今日の話はいつになく重要かもしれない 2008.8.9

 とにかくドキドキしてきました。と言うのも、11月のインド行きがいよいよ具体的になってきたからです。メンバーもなんだかんだ言って決まってきましたし、スケジュールに関しても、かなり面白いものになりそうです。また、メンバーの希望により、「ある場所」を訪れる予定にしているのですが、その「ある場所」からメンバー宛に返事が来て、なんと近くの町から送迎してもらえるとか。これでさらに旅がディープなものへと具体化されてきました。私の方としても、その「ある場所」を訪れるために、極力スムーズに、そして費用のかからないアレンジを旅行会社にリクエストするつもりです。その辺のネゴは私の得意技でもありますから、やはり「定食+特別サービス」のアレンジが普通に実現します。

 ところで夜は飲み会でした。ミクシィにて福岡セミナーに来られた方を中心に呼びかけましたところ、私を含めて4名でディープなトークが繰り広げられました。近況報告に始まり、精神世界、恋愛、営業、そしてインドの話などなど。5時半に集まったのですが、気がつけば11時過ぎ。おっと5時間もしゃべっていたのか。ただ、いくらしゃべってもあまり疲れないのは、お互いが「エネルギー」を交換し合っているからだと思います。一方的にエネルギーを発していたり、逆に吸収するだけだったら、5時間ももちませんもの。自転車で帰って家に着いたのは0を過ぎていました。楽しい飲み会でした。

 その中で久々に会った人がいるのですが、おそらく11月のインド行きに加わりそうです。まるでインドが呼んでいるかのように、今回の飲み会に参加したようなもん。この「呼んでいる」「呼ばれている」という考え方はとても重要な気がします。世の中には行きたいと思いながらもどうしても行けない人、逆に突然前触れもなく行くようになる人。こればかりは「ご縁」としか言いようがなく、「意識」とは全く別の経路からの導きとなります。しかもそれは最初から決まっているように思います。ですので、私などはこれまでインドに3回行ってますし、これからも行く機会は何度もあるでしょう。私の意志とは別にインドが呼んでいるとしか思えないです。あたかも私の「魂」がインドにあるかのごとく。

 今日の冒頭に「ドキドキしてきました」と書きましたが、実は無意識ながら書いたこの「ドキドキ」という言葉。非常に大きな意味があります。なぜ、私がインドのことを考えると「ドキドキ」するのか。この「ドキドキ」の正体は何のか。人は意識や理性で「ドキドキ」することができないように、「ドキドキ」するのは無意識であり感覚の分野になります。そして構造的には「無意識」と「魂」をつなぐのが「感覚」となるのです。もちろん、その「感覚」へのアクセスを試みるのは「意識」となります。ですので、私の場合、この3~4か月は意識がインドに向いていなかったので、感覚へアクセスすることもなかったのですが、いよいよ時期が迫り、意識がインドの向いた瞬間、感覚が震え、「ドキドキ」という現象が起こったのだと思います。私の場合、インドと「魂」は非常に近しい関係にあるようで、例えばニュージーランドと聞いても、感覚が震えることはありません。このように「魂」とある特定の事柄との関連を見つけるために、最もと言うか、唯一のセンサーとなるものが「感覚」に他なりません。

 これはインドとか国の話だけではありません。何かをするにおいてもそうです。就職、転職、結婚、購入、参加など、本来、その対象と自らの「魂」とが必然的な関連にあるのであれば、「感覚」がセンサーとして働き、きちんとつないでくれるものです。もしも「魂」と「営業の仕事」とが結びついている場合、最初に「感覚」が働き、それが正しければ、営業の仕事は向いているどころか、天職にもなりうるわけです。と言うか、本来の人間ってのはこうあるはずなんです。特に子どもはそれが顕著です。先日、親から聞いた話なんですが、私がまだ赤ちゃんの頃、両親は職場のアパートから離れて、家を買うことを検討していたそうです。そして実際に不動産屋と一緒にある物件を見に行った際、その家に入る瞬間、突然、私が大声で泣き出したそうなんです。完全に拒絶の反応です。どうにもならなかったので、その日は家を見ることができず、結局、その家を買うことは流れてしまい、私が高校を卒業するまでアパート暮らしとなったのです。今思うと、私の「魂」がその家に住むことを拒絶していたのだと思います。赤ちゃんは理性が発達していないので、その分、感覚がむき出しになっています。だからこそ、「魂」と「対象」との結び付きに敏感になるのです。その結びつきが正しければ、赤ちゃんは良い反応をするし、間違っていれば私のように泣きわめいて拒絶するわけです。

 そう考えると、変な話、赤ちゃんは正しいかどうかのセンサーにもなりますね。例えばある人が転職を考えていたとします。そこで自分の赤ちゃんがいれば、聞いてみればいいわけです。赤ちゃんに。そこで笑うなどいい反応をすれば転職OKですし、泣きわめけばNGとなるのです。ただし、赤ちゃんには真剣に言語だけでなく、感覚的なコミュニケーションで聞いてみることが必要です。

 話は変わりますが、感覚的コミュニケーション(無意識的コミュニケーション)の能力を高める方法があります。加賀田晃先生から教えてもらったのですが(こちらの本にも載っています)、初対面の小さい子相手に「名前」や「年齢」を聞いてみるという方法です。普通、知らない人が来れば、小さい子は警戒します。ですので、多くの場合、「ボク、お名前は?」とか「ボク、いくつ?」とか聞いても、すぐには答えてくれません。これは自分の発する「言語」と「感覚」が一致してないからです。別の言い方をすれば、ラポールが築かれていないから。本来のラポールとは言語的コミュニケーションで築かれるものではなく、無意識によるコミュニケーション、つまり感覚的な共鳴・調和が不可欠となります。ですので、知らない子ども相手に「名前」や「年齢」を聞く際、感覚的な聞き方を重視すれば、すんなり答えてくれるようになります。コツとしては表情と話し方を工夫することです。大人に対応するように「あなたの名前は何ですか?」と聞いてもダメ。親しみをこめて、子どもの背丈に合わせて、「ぼく~、お名前は~?」と聞くのです。これで子どもの感覚に合えば、答えてくれます。答えてくれると言うことは、感覚的なコミュニケーションができていると言うことです。これは実は子どもだけでなく、大人に対しても本当は重要なのです。相手の胸襟を開いて、スムーズなコミュニケーションをするためには、言語だけでなく、非言語、無意識、感覚的なコミュニケーションが不可欠になります。加賀田先生が「営業の神様」と言われるのは、まさにこの手のコミュニケーションの達人だからでしょう。

 と言うわけで、何かを決める際、もし赤ちゃんがいれば、真剣に聞いてみるのも一つの手です。もしかしたらその答えを出してくれるかもしれません。いずれにせよ、本当に正しいか間違っているか、つまり「魂」の目的に直結しているかどうかは「感覚」が決めてくれるものなのです。第六感とまでは言わずとも、五感、とりわけ「身体感覚」がその答えを出してくれます。天才と言われる人や、世の中で成功している人の多くは、その「感覚」に優れており、必ずしも頭がいいとか、知識があるとか、学歴が高いとかは関係ないのです。重要なのは「感覚」。しかし、一方でIQの高さと感覚の鋭さとは、どうも正比例しているようにも思います。そして「感覚」を磨くには、自分で自分の責任を取る姿勢が絶対に必要になります。少なくとも人に頼っている段階ではまだまだ。占いやタロット、論外。しかし、人に頼っていい場合もあります。その場合とは、その頼る相手が「本物」である限り。ただし、世の中の99%以上は「偽物」であるから注意が必要。もしも自らの「感覚」が正しければ、その「本物」を引き寄せることもあるでしょうが、そうでない方が多いことは知っておく必要があります。どんなに霊能者行脚を繰り返しても、「本物」に出会える可能性は低いです。むしろ、行脚などせずとも、「本物」に出会える人は出会っていますから。結局は自分次第になるわけですね。

 もう一度言いますが、何かをする際、それが正しいかどうかは「魂」によって既に決まっています。少なくとも私はそう思っています。そして「魂」の目的に合っているかどうかは、「感覚」と言うパイプを通って、「反応」によって現れます。しかし現代人の多くはその「感覚」「反応」が鈍っている場合が多いです。なぜか。理性に頼り過ぎだからです。私は理性も大切だと思っています。と言うか、めちゃくちゃ大切です。と言いながらも、最終的にその正しさを決めるのは「感覚」でしかない、と私は思っています。もしもその「感覚」の鋭さを順位づけするならば、一番、「感覚」が鋭いのは男女問わず赤ちゃんです。そして子ども。大人になるにつれ、「感覚」は鈍ってくるのですが、ここで男女差があるとすれば、女性の方がはるかに鋭いと思っています。ですので、一番、判断能力がないのは「成人男性」と言うことになります。なぜ、女性の方が感覚が鋭いのか。それは、月経と言う言葉があるとおり、そもそも世の中のバイオリズムに調和しているからです。例えば何かの品物を見た場合、男性は「値札」によってその価値を求めるのですが、女性の多くは感覚的に価値のあるなしを知っています。ツレと買い物などに行った際、ツレが「かわいい」と言うものは、ほとんど値段も高いです。しかし私は、値札を見るまで値段が高いかどうかわからないことが多いです。歩いていても、波動が低い場所、行ってはいけない場所もすぐに察知します。そう言う意味では、その辺のセンサーが鈍い成人男性は、一人で外を歩かせてはならないと言えます。極論に過ぎるかもしれませんが。

 しかし成人男性であっても、「感覚」は正しくそれを認識しますし、そのセンサーの精度を高めることはできます。その方法としては第一に、何もかもその根拠を「理性」に求め過ぎないこと。そもそも経営判断なんて男性だけでするべきではありません。古い話ですが、Imodeの開発者が女性であったように、最終的にそれが正しいかどうかの判断には女性の感性を重視するべきなのです。ですので、年よりの男性ばかりで何もかもを決めてしまう会社には未来がありません。なぜならほとんどすべてを「理屈」によって決めようとするからです。しかし、その「理屈」にしても、突き詰めていけば「感覚」でしか説明できないことがほとんどです。ですが、中にはその「感覚」を信用しないために、「過去の事例」や「権威」に答えを求めてしまうのです。ここまで行ってしまえば、それは「理性」でも「感覚」でも何でもないです。どうしようもないです。多くの男性に「感覚」の鋭さを求めることは難しいにしても、少なくともそのことを理解しながら、最終的に「感覚」の正しさを認めるくらいの頭の柔軟さは欲しいところです。するとそのうち、その人の「感覚」も鋭くなってくるのでしょう。

 と言いながらも、世の中には感覚の鋭い男性もいれば、鈍い女性もいます。例えばそれを「男性性」や「女性性」という言葉で表すとすれば、「女性性」の高い男性は感覚が鋭いと言えますし、逆に「男性性」の高い女性は相対的に感覚が鈍いと言えます。では、そもそも「男性性」とか「女性性」とは何なのか、と言う話になります。これを定義するのは難しいのですが、歴史的な解説をすると、「近代」に必要なのは「男性性」であったと思います。「近代」とは「理性」の産物であり、それが自覚化されたのは17~18世紀となるのでしょう。フランスの哲学者デカルトの「我思う故に我あり(コギト・エルゴ・スム)」と言う言葉がそれを象徴しています。「我思う(コギト)」とは「理性」のことであり、それゆえに、「存在」があるとします。つまり「理性」こそが世の中を創っていると自覚することによって、「近代」という新しい世の中が幕開けたのです。しかし「理性」中心の世の中は闘争や破壊を生み出すことにもつながり、それと関連するかどうかは別として、20世紀になってブレンターノと言う一人の哲学者の元に、実は3人の偉大な人物が、それも同時期に輩出されているのです。一人は現象学のフッサール、もう一人は心理学のフロイト、そしてもう一人は人智学のシュタイナーです。その3人は師のブレンターノよりもはるかに有名ですが、一人の元に同時期に3人の天才が現れたのは象徴的だと言えます。3人はいずれも「近代的理性」への対抗者であり、フッサールは独立した理性や客体から、その間の関係性・志向性に着目し、フロイトは無意識の発見により理性の優位性を根本から問い直し、そしてシュタイナーに至っては、「霊性」なる古くて新しいパラダイムを世に知らしめたことで知られています。それらがポストモダンへの思想につながるのですが、実は20世紀後半のポストモダンこそが「男性性」の終焉を象徴していると言えます。国別で言えば、「理性」を根幹とする「男性性」によって創られた文化がヨーロッパ(及びアメリカ)であり、「感性」を根幹とする「女性性」によって創られた文化がアジアだと考えられます。そして今、北京オリンピックの開幕がそれを象徴しているように、21世紀はアジアの時代であるし、そして「女性性」が復活する時代だと考えられます。

 それを象徴するかのように、今、なぜにあれほどにゲイ的なタレントがテレビに出てくるのでしょうか。名前はいちいち出しませんが、男性であっても「女性性」のある人が受け入れられるようになり、しかも、彼らは芸術や経営、その他の分野でものすごく活躍しています。ゲイ的でなくても、あまりマッチョな男くさいタレントは少なくなっているように思います。テレビの世界で言えば、ジャニー喜多川と言うゲイのプロデューサーが輩出したタレント及び事務所が大きな影響力を持っていることがそれを象徴しています。それが人間本来の姿とは言いませんが、近代から「女性性」を復興させる動きがあるのは事実のように思いますし、現に一昔前に比べると、女性の活躍も著しい世の中です。

 私自身はこれからの世の中、「女性性」を蔑ろにする男性は生きていけないと思っています。もし「アセンション」なるものがあるとすれば、最終的に生き残れるのは、自らの「魂」の生き方に忠実な人、さらに言えば「魂の成長」の途上にある人だと考えられます。「宇宙」にもし「意思」があるとすれば、「宇宙」にとって必要なものは「完成された魂」であり、それこそが「宇宙の進化」にとって不可欠な要素なのです。宇宙にとって必要な人間が生き残る。これは宇宙にとって合理性があり、生き残った人間は宇宙の期待にこたえる必要があります。その「期待」こそが「魂の目的に沿った生き方」であり、その「魂」の目的に近づくセンサーとなるものが、「感覚」でありそのベースとなる「女性性」であると考えています。

 ドキドキする、ワクワクする、、、これはまさしく「魂」の目的に対して「感覚」が反応している証拠であり、その限りにおいて、その方向は正しいと考えていいのです。私が「インド」を思うとき、感覚がワクワクドキドキと反応します。まさしく私の中ではアプリオリに存在する「魂」と「インド」が直結している証拠であり、その限りにおいて、11月のインドツアーでは何かが起こる、、、と思わせる十分な根拠になるわけです。それを証拠に、インドツアーには必要なメンバーが集まってきていますし、他では体験できないであろう「機会」が引き寄せられています。もちろんメンバーにとっても「インド」は必然であり、魂の目的に沿ったあり方なのだと思わせるわけです。

 何度も言いますが、これは「インド」とかに限りません。もしも何かするにおいて、ワクワクドキドキがあるのであれば、それは「魂の目的」に沿ったあり方であり、宇宙からのサポートが得られることは間違いありません。しかし、現代人はそのワクワクドキドキのセンサーが狂っている人も少なくないわけです。仮に何かするのに、ワクワクドキドキがあったとしても、間違った可能性もあるわけです。つまり重要なのは、単にワクワクするからする、しないからやめるということではなく、その大元の「センサー」が正常かどうかなのです。では、どうすれば「センサー」を正しく起動させることができるのか。答えは一つしかありません。センサーを正しく動かすには、一つしか方法はありません。それはなにか。この答えがすぐにわかれば、あなたのセンサーは正常に動いています。もし分からなければ、正常でない可能性があります。その答えとは、、、しばらくは「空白」にさせて頂き、そこに適切な「答え」が入ってくれば、あなたのセンサーは正常だと言うことです。でも、そのうち、答えを書きますので、それまでしばらくお待ちください。今日はこの辺で。

センサーが正常であればクリックできるでしょう!
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Commented by みつぐちゃん at 2008-08-12 12:10 x
僕のわくわくセンサーは正常でないことがわかりました。空白が埋まりません。。 ああ~~!知りたい!です。
Commented by katamich at 2008-08-16 00:29
■みつぐちゃんさん!
そのうち埋まると思いますので、急がず焦らず。
by katamich | 2008-08-09 23:54 | ■精神世界 | Comments(2)