宇宙となかよし

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人はなぜインドに行きたがるのか・・ 2008.1.14

 連休三日目。今日はなんだか日曜日のような雰囲気でした。朝、テレビを付けると「ヤッターマン」の予告番組がやっていました。今日から新たに始まるそうで、「説明しよう!」のナレーションが懐かしさいっぱいでした。そして主題歌を歌っているのは、世良正則と野村義男。出てきた瞬間、「よっちゃんや!」と叫んでしまいました。何を隠そう、私は「よっちゃん」が大好きです。その好き度で言えば「としちゃん」と張る位です。「マッチ」はさほどでもありませんが、新田純一は割と好きです。ただ、私の「好き」の基準にはちょっとした判官びいきが入っているわけですが。でも「よっちゃん」は純粋にギターがめちゃくちゃ上手いな~と思います。ま、私の人生にあまり関係のない話ではありますが。

 今日は一日、特に何かをするわけでもなく、天気が良かったので、ツレと動物園に行ったりしました。ツレは大の動物好きで、私一人では絶対に行かないであろう、動物関連の施設にこれまでも何度か行ったことがあります。私はさほどでもないのですが、行ったら行ったで面白いものです。特にゴリラが私のお気に入りです。ゴリラはずっと見ていても比較的飽きることはありません。一方、象なんかは、動きにあまり変化がないので、すぐに飽きてしまいます。これ、いつも思うのですが、「象」って、もしその存在が「幻の動物」という位置づけにあれば、おそらくものすごいインパクトではないでしょうか。あんなに巨体で、耳が大きく、オマケに手のように自在に操れる鼻があります。もしも象がネッシー並に幻の、めったに姿を現さない伝説上の動物だとすれば、、、いざ、その姿を目にした時には、恐竜に引けをとらないほどのインパクトがあると思うのです。そういう観念で象に接すると、なるほど、興味深いものです。ただ、動きに変化がないので、見てて飽きることは否めません。その点、ゴリラは楽しいです。人間に近いからでしょうか。そういう意味では、人間が見てて一番面白いという結論にはなるのでしょう。

 ところで、今日一日、ずっと頭の中を支配し続けていたものがあります。そう、昨日も紹介した小田実の「何でも見てやろう」です。文庫本にして458頁の大作。オマケに字が小さく詰め込まれています。読了に3日を要しました。これでもか、とばかりに面白かったです。私もこれまでいろんな旅行記を読んできましたが、古典にしてやはり最高傑作だと思います。人に読まれる旅行記の見本であり、そしてその価値はいつまでも失われることはないでしょう。昨日も書きましたが、この本は、いわゆる貧乏旅行をテーマとした個人旅行記の走りであり、類書の多くは、この本の影響下にあることは容易に伺えます。小田のこの本は日本の旅行自由化されるちょっと前の話であり、同時期にはこのような旅は真似しようにも物理的な困難さが大きくそびえ立ちます。それでも多くの若者の旅への好奇心を駆り立てた事実は疑いようもなく、多くの論者が指摘するように、その内的原動力は、その出だしに集約されているのでしょう。

「ひとつ、アメリカに行ってやろう、と私は思った。三年前の秋のことである。理由はしごく簡単であった。私はアメリカを見たくなったのである。要するに、たったそれだけのことであった。」

 若者価値観が戦前戦中の「全体主義」から加速的に「個人主義」に移行しつつある最中、この「見出し」はあまりにも魅力的に映った事だと思います。何かするのに「理由」や「大義名分」が必要であったそれまでの時代、そんなもんよりも、「見たいから見るのだ!」という自己中心的な価値観をカウンターパンチのごとく見舞われた気分になったのでしょう。おそらくこれ以来、「見たいから見る」という利己心が市民権を得るようになったのだと思わせるほど、魅力的な見出しです。そして当時は日本人にとって、海外に行くことは、それこそ一生に一度あるかないかの夢ごとであり、そんな大そうなことを「たったそれだけのこと」として、隣町に行くかの軽さで綴られてしまっては、ぐうの音も出ないカッコよさを見せ付けられます。64年の旅行自由化以降、多くの若者が小田に追従して世界に散らばっていったのでしょうが、「あなたはなぜ旅をするのですか?」という日常的な問いに対して、意気揚々さを隠しながら、さも当たり前を無理に装いつつ「行きたいから行くんでしょ」と言い演じた若者は、全体の8割を下らないと考えます。なぜなら私もそう言ったであろうから。

 そんな時代背景ですので、今とは隔世の感があることは否めないのですが、その最も驚くべき前提として、日本は「小国」であり「貧乏国」であることが「常識」化されているのです。確かに国土面積で言えば決して大きくはないでしょう(ただし、全世界的に見れば大きいほう)。しかしながら、現在、日本をもって「貧乏国」とは決して言えないことは明白であり、仮にそう言われたとしても、根拠を挙げて反論するまでもなく、相手の常識を先に疑うところでしょう。しかし、戦後、この時代では日本はまだ「貧乏国」であると言う「常識」が前提となっているのです。

 しかしこの時代はアメリカを除いて「金持国」と言えるところは、ほとんどありませんでした。あるとすれば、可能性があるとすれば、共産主義国。アメリカは資本主義の唯一の成功国として独走しており、日本を含むその他の国では、「貧乏」から脱するために、共産主義のイデオロギーを受け入れる姿勢が強くなってきます。小田はそれ以降、極端なまでの左翼論者として言論活動を活発にしたようですが、その鼻息の荒さが、本書の、特に後半部分から如実に読み取れます。しかし、現在は言うまでもなく、イデオロギー対立の勝敗は明確となり、かつての左派は「資本主義の限界」として環境や福祉問題に傾倒するに過ぎません。しかし、本書の背景となる、その時代は、未だに日本は「貧乏国」であり、共産主義への信奉が普通に生きている時代だったわけです。今読むと、確かに昔話ですが、それゆえに現在の輪郭をより明確につかむことができます。確かに旅行ガイドとしては、まったく使えないのは当然ですが、比較文化論、比較世代論としてはいつまでも輝きを失わない本だと思います。

 本書の前半はアメリカからヨーロッパ、つまり「日本対西洋」という図式が背景となり、小田の個人的な交遊録から、そのあたりの文化論が論じられています。しかし、圧巻は後半、エジプトに入ってからです。それ以降は、もはや小田の甘やかな交遊録は影を潜め、小田の内面の動きが主たるテーマとなってきます。そしてそれまでの「日本対西洋」という図式から「西洋対非西洋」という図式に変わっていき、果たして日本はどちらに入るのか、という揺れ動きが、最後まで付きまといます。言うまでもなく、日本は西洋ではありません。しかし、アラブやアジアのような非西洋と同じでは決してなく、その点においては、日本は西洋なのです。日本が西洋であることは、アメリカ滞在期においても何度も語られます。アメリカ南部においては、当時、「白人(whie)」と「有色(colour)」が空間的にも区別されていました。かつてのアパルトヘイトと同様に。その際、日本人はどちらに座るかと言うと、それは例外なく「白人」に座るのであり、「黒人(black)」を除く、他の有色人種も同様だということです。その意味で日本は西洋社会であると。このことは私の経験からも実感できます。1995年に初めてインドに行った時、列車の同じコンパートメントにスウェーデン人の女性がいました。そして私とその女性とは、インドに対して「オーフル」だとか「ディスガスティング」だとかを言い合える中となり、そこで私は、日本はやっぱりアジアではないんだな~と20歳ながらに感じ入ったものです。

 本書でもそのような図式の揺れ動きが後半部分に特に顕著となり、日本人の図式上のアイデンティティを考えるような既述が目立つようになります。日本はある意味、「西洋」であり「非西洋」でもあります。そして日本と「西洋」との距離は、「西洋」と「非西洋」との距離と比べて遥かに近いことを認識しつつ、終盤、それを肌で実感するようになります。それは「絶対的貧困」という事実において。本書では日本は「貧乏国」として既述されていますが、「貧乏(not rich)」ではあっても「貧困(poor,needy)」ではありません。現に今の日本において、自分のことを「貧乏人だ」と言う人はいても、「貧困に喘いでいる」という人は、ほとんどいないと思われます(「いない」わけではありませんが)。しかし、現在においても、世界には文字通りの「貧困」が存在し、それも生死を左右するほどの「絶対的貧困」が明らかに存在するわけです。それは今も昔も同じ。当時、日本がたとえ「貧乏国」であっても、それはアメリカという「金持国」と比べてという意味であり、円の相対的弱さという意味においてであります。しかし戦後の一時期を除いて、日本という国において生死を左右するほどの「絶対的貧困」を国家レベルで看過せざるを得ないという経験はほとんどありませんでした。

 つまり世界は「西洋対非西洋」や「資本主義対共産主義」という観念的な区分ではなく、「(相対的貧乏を含む)普通の国対絶対的貧困国」という物理的・肉体的な区分が明らかに存在していたし、そして今でもそうであるのです。その貧困国の代表として、本書では「インド」が取り上げられています。そして現在でもインドは貧困国に分類されるのでしょうが、昨今のインド株人気を見ても、IT立国としての躍進を見てもわかるとおり、全体的な生活レベルは上がっていますし、当時は考えれなかった中産階級も立派に存在しています。そしてインドよりも貧困な国は世界にはいくらでもあります(例えばアフリカ諸国)。それでもなお、インドは貧困国であり、日本では考えられないような生活をしている人が今でも多く存在するのです。その数、少なくとも日本の全人口以上はあろうかと思います。

 そもそも人はなぜインドに行きたがるのでしょうか。正確に言うと、インドに行きたがる日本人が多いのでしょうか。私もそうでしたし、今でもそうです。そして実際にインドに行くと、インドが大好きになる人と大嫌いになる人とがはっきり分かれると言われます。このような言われ方は、どういうわけかインドの専売特許のような感さえあります。ちなみにこれをもっと正確に言うと、インドに行くと、8割の人がインドが嫌いになり、2割の人が好きかどっちでもない、ことになります。つまりほとんどは嫌いになるのです。しかしその8割の中の半分くらいは、時期が経てば、もう一度行ってみたいな~と思うようになり、さらにそのうち2割くらいが、実際に行くことになります。そしてその大半はインドが好きか大好きになります。私もそのうちです。インド、とりわけ東インド(コルカタ、ヴァラナシ)をして、世界で最も最悪な場所だ、と言う既述は多く見かけます。小田もそう言ってます。しかし単なる貧困だけであれば、アフリカ諸国の方がもっと悲惨です。それでもなお、最悪だと言われるのは、その絶対的貧困の中に、一握りの超大金持ちが混在している、そのゆえなのでしょう。

 確かにそんな国は他にはありません。近いとすればアメリカがそうかもしれませんが、絶対的貧困層の割合はインドのそれに比べてはるかに少ないとは言えましょう。その特殊性に加えて、インドには奥深い文化が存在しています。もっともらしい理由をつければ、その特殊性を物見見物のように眺めてみたいという好奇心、そしてその文化や歴史への興味、ということになるのでしょうが、インドを訪れる多くの日本人の若者が、最初からそのような意図をもってインドに行くとは考えられません。そこにこそ、まさしく、「何でも見てやろう」の冒頭文がしっかりと当てはまると考えるのです。

「ひとつ、インドに行ってやろう、と私は思った。理由はしごく簡単であった。私はインドを見たくなったのである。要するに、たったそれだけのことであった。」

 今もって多くの若者がインドに足を向ける理由のほとんどがこれかもしれません。かく言う私もそうでした。私は当時、インドと言えば、カレー、ターバン、ブッダくらいの知識しかありませんでした。そして事前に調べようとさえしませんでした。ただ単に「見る」ことが目的だったのです。しかしその目的が、小田のそれと同レベルかと言えば、実はそうでないことがわかりますし、私以外の多くの若者もそうでしょう。何が違うかと言えば、小田のそれは「何でも見る」と言うことであるのに対し、私を含む多くのそれはただ単に「見る」、もっと詳しく言えば「都合よく見る」ことなのです。例えば、インドには依然として「絶対的貧困」と「一握りの大金持ち」があると言いましたが、インド来訪者の多くは、その構図こそを客観的に眺めるだけであり、「絶対的貧困」の中に入ることも、「一握りの大金持ち」の中に入ることもしていません。そもそもどちらもと入れないのであり、そのことを知った上での「見る」に過ぎないのです。

 そして今のインドにはそのための「席」がきちんと用意されており、旅行者の多くは否が応でも、その「席」に座ることを余儀なくされるのです。つまり、手ごろな安宿、手ごろな食堂、選択肢の多い交通手段があり、そのバックとなる、強い自国貨幣があり、インドに入国した瞬間、自ずとその席に誘導されることになるのです。例えば個人旅行でデリーに着いたとします。事前にホテルは取っていません。そうなるとその多くはオールドバザール(パハールガンジ)に向かい、手ごろな宿にチェックインし、目の前の手ごろな食堂で空腹を満たすわけです。それ以外の選択肢はほとんどないという意味において、まったくのオートマチックです。一方、小田のそれはどうであったかと言うと、ホテルと言うと、外資系かマハラジャ級の高級ホテル。それ以外の宿泊所と言えば、巡礼者用の無料宿泊施設、部屋だけの間借り、住民の家庭、そして野宿しかないのです。今で言う手ごろな安宿などはありませんでした。そして小田は手持ち資金がほとんど底をついてしまい、その最後の手段、つまり野宿と言う手段を、二日間ですが、経験するのです。それは最終章に程近い「付加触賤民小田実氏」という章で描かれています。小田はそこで、リアルな貧民と並び寝することで「こうまでむき出しの途方もない貧困」を肌で実感するのです。しかしながらそれでも小田は比較的豊かな日本から来た行きずりの旅行者であり、逃げようと思えばいつでも逃げられることを確認した上で、それでもやはり、その夜は「欲望」とも言える、激しく逃げ出したい気持ちを味わったというのです。もしかしたら、それが小田を極左論客に育て上げた原体験なのかもしれないし、きっとそうなのだと思います。

 話を現代の旅行者に戻しますと、インドを語るに置いて、私は日本人の旅行者からあるショッキングな話を二つ聞いたことがあります。他にもあるのでしょうが、今でもそれを再現できるということにおいて、それは重要な意味を持つのかもしれません。それ何かと言うと、

「インドはボクがダメになるまでとっておくのです」
「インドの乞食が少なくなってて寂しく思いましたよ」

という二つの台詞です。前者は10年前にオランダで聞き、後者は最近ある知人から聞きました。後者からいくと、要するにインド政府はコルカタを初めとする貧民街や貧民層の存在を消しにかかったのです。それは福祉を施すと言う意味ではなく、文字通り、消しにかかったと言う方が正しいようです。コルカタでは名物の人力車がなくなり、前に進めないほどの乞食もいなくなったと聞きます。それをして「寂しくなった」と言うのですが、それは不謹慎な言い方であるにもかかわらず「わかる気」はします。

 そして前者も非常に象徴的な言葉です。それを言った男性とはアムステルダムのユースホステルで知り合いました。いろいろと旅の話をしていて、私が「インドには行きましたか?」と聞いたときの返答です。なぜ「ダメになるまで」なのでしょうか。そしてなぜ「ダメ」なのでしょうか。これはつまりこう言うこと。自分もいつかは立ち上がれないほどに「ダメ」になることがあるかもしれない。その時、その立ち上がる手段を考えると、月並みなことは思いつかないけど、もしかしたらインドに行くことで、それは成し得るのではないか、つまり、首尾よく変われるのではないか、という根拠のない幻想がそこにあるのです。

 その幻想の正体は、後者の言葉にみる「乞食が少なくなって寂しい」という言葉と密接にリンクしているのではと考えるのです。インドの特殊性、そして不謹慎を承知で言うと、その魅力の一つに「絶対的貧困」と「大金持ち」との「格差」を物見的に楽しむということがあります。「貧困」も「裕福」も、その両者が極端であるがゆえに、それぞれの「程度」が極まって表れます。その程度が広ければ広いほど、そこには何かしらの「力」が感じられます。それは弁証法的な発展ではなく、単に何かを「変える力」なのかもしれません。両者から距離をとりながらも、そこから得られる力。その「弁証法的客観性」を旅行者が獲得した時、何かが変わる、、、という幻想なり実感を得るのかもしれません。ダメな自分を救い出すような。それゆえに乞食が少なくなるという事実は、自分を変えるための力が小さくなることへの予兆であり、それゆえに寂しさを感じるのかもしれません。

 それでもやはり、インドは日本と比べるまでもなく「絶対的貧困」と「一握りの大金持ち」は存在し、その差を縮めることの絶対的な不可能性が今でもあります。それゆえにインドには未だに「自分を変える何か」があり、それがために、未だに多くの若者を引きつけるのかもしれません。しかしながら、インドに行って何かが変わることは、、、実はあんまりない、というのが今の現実であるとも思っています。その理由の一つが、、、やはりインターネットの普及であると思っています。今までのインドの魅力は、混沌とした何かを変えざるを得ない力にあっととすれば、その力によって自己意識や価値観が徐々に解体されていき、その結果として、何かが変わるという経験をするものです。しかし、インターネットはそこに接続するだけで、日常の自分、つまり自分の家に戻し、自己解体を妨げる結果となるのです。つまりインドの面白さが減る、ということになります。実際、インドに行く若者はここ数年減っているとの話を聞くことがあります。これは日本人のインドの旅に関する、一つの変化の局面が来ていることを示唆されます。これまでインドの旅のトレンドとしては、簡単にまとめると次のようになります。

1、第一期:海外旅行自由化前後でインドに行く若者はまだ少ない、インドにはライビョウ患者も多い(1960~)
2.第二期:小田実の影響、ヒッピーへの憧れ、大学の旅行研究会の活発化(1970~)
3.第三期:格安航空券の登場、「深夜特急」の登場により本格的なインドブーム(1980~)
4.第四期:円高により海外旅行が一般化、ニューエイジ思想への傾倒(1990~)
5.第五期:「猿岩石」によってバックパッカーの存在が知られ、一般化(1997~)
6.第六期:ネットカフェの普及によるボーダレス化(2005~)

 つまり、今は「第六期」の最中にあり、この先、さらにボーダレス化は加速すると思われます。例えば、携帯電話が完全にボーダレス化し、インドの安宿から日本の恋人に毎日携帯で状況報告する旅行者なども増えていくでしょう。そうなると、インドはますます身近なものになりつつも、ある種の「面白さ」が損なわれることは否めません。何かを変えてくれる力もなくなります。となると、バックパッカーが抱いていた旅の楽しさもどんどんなくなっていき、いわゆる「貧乏旅行者(バックパッカー)」という存在が消滅するかもしれません。となると、インドに行きたがる若者も当然減り、従来どおりのパックツアーのみがインドに訪れる形になるでしょう。

 私はこの秋、再び、4回目のインド訪問をするつもりです。しかも非常に特殊な形を取りながら。そこでの私の目的の一つは、まさしく、今のインドを見ることです。いや、日本人旅行者とインドとの関わりのあり方を見ると言った方が正解かもしれません。変化するインドと旅行者。その最中において、私と同行するツアー参加は何を見て、何を感じるのか。それもまた興味の一つかもしれません。今年は(も)、私のライフワークである「旅」は止みそうにありません。何となく、何が言いたいのかわからなくなりましたが、何があろうとも、インドは私の心を未だに引き付けていることに変わりはないということです。

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by katamich | 2008-01-14 23:08 | ■インド
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