宇宙となかよし

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未来の自分からのメッセージ 2007.12.22

 とにかく久々ですね。具合が悪いのが3日と続くのは。でもまあ、ゆっくりと身体を休めましたし、寝ながらもいろいろ思索に耽ることができ、それなりに有意義な時間を過ごせたと思います。ま、相変わらず、一日に一回は「加賀田式」をしつこく見ている自分がいるのですが。

 ところで、昨日は夜、「金スマ」を見ました。先週に引き続き徳永英明特集です。続きモノにする必要がどこにあったのか、と思われるような、強引な編集でしたが(つまり先週と同じ話の繰り返しばかり)、徳永の歌を割りとたくさん聴けたので、それはそれで楽しめました。最後にレギュラーの高木美保が「徳永さんのようになりたい」と言ってましたが、あれは別に徳永のような歌手になりたいというのではなく、徳永のように人生を見つけたい、ということなんでしょう。誰もが思い悩む一つのテーマではありますよね。彼の場合、中学生の時に、突然、「お前は歌手になるんだよ」という言葉が聞こえてきて、その声に導かれるかのように、そのまま歌手になり成功を収めたというわけです。もちろん成功するまで、いろんなことがあり、成功後も病気や生き甲斐の喪失をはじめ、いろんな苦悩は経験してきたようです。ただ、ここにきて、いろんなものが吹っ切れ、純粋にシンガーとして開き直って歌に専念できるようなったと、番組の中で徳永本人が言っていました。一説によると、病後は全盛期の徳永の声ではなく、音程の正確さ、声質の瑞々しさ、高音域の伸びやかさが、かなり損なわれている、と言う人もいるようです。確かにそんな感じはします。ただ、それゆえに、その脆弱さゆえににじみ出る人間性やメッセージ性に心打たれる部分もあるわけで、完璧を求めるのなら、若々しいボーイソプラノを聞いていた方がいいわけです。徳永は徳永の、これまでの人生の中で到達した一つの地点、そしてプロセスにおいて、今の徳永があり、それが多くのリスナーの耳を奪っているわけです。ちなみに先日の札幌では、列車やバスの移動中、徳永英明が歌う「未来予想図Ⅱ」をずっと聞いていました。妙に雪景色にマッチしていたものです。

 話を戻しますと、高木美保が「徳永さんのようになりたい」と言ったのは、まさしく人生を見つけたいという意味であり、誰もが一度は思うことへの代弁でもあります。もちろん徳永自身、本当に自分の人生を見つけたかどうかは、誰にもわかりかねるところです。ただ、中学生のとき、「お前は歌手になるんだよ」という声を聞き、それに従って生きてきたということは、確かに人生における何か強い芯のようなものを感じさせます。徳永は後にその声の主を「未来の自分(つまり今の自分)」だと考えるわけです。先日の東京・札幌セミナーの前日、ちょうどその話を聞いて、感銘を受けていたので、ワークの説明をするときに、突然、徳永の話が出てきてこんなことを言いました。

 徳永は未来の自分からの声に従って歌手になったそうですが、これって声が聞こえようが聞こえまいが、誰にでもあることなのでは。例えば今もし、18歳の私の人生をコントロールできるのであれば、絶対に一度で大学に合格させるようなことはしなったでしょう。現に失敗しましたが。もし、あの時、どこでもいいから現役で大学に入学していたら、あの人との出会いもなければ、あの本に巡り合うこともない、それがなければ、あの国にも行ってない、あんなチャンスにも巡り合っていないなど、今の自分を創る上でのいろんなことを犠牲にせねばなりませんでした。今の自分から見ると、やっぱりあの時、大学受験に失敗して何よりの正解だったわけです。こんなことが今までの人生の中で何度も起こってきたように思います。人はその導きの存在を守護霊とか、潜在意識とか言うのでしょうが、一つの視点として「未来の自分」と考えることもできるわけです。そして現に「未来の自分」に何らかの形で出会ったことがある人も少なくないと思います。モーツァルトは遺作となったレクイエムK626の作曲を依頼したのは、死後の自分だと思ったそうです。もちろんきちんとした依頼者はいるのですが、彼はその時の本当に死後の自分に出会っていたのでしょう。

 それはともかく、あらゆることにおいて、「未来の自分」が導いてくれている、と考えたら、これほど頼もしいことはありません。何てったって自分なのですから。どっかの神様でもなく、天使でもなく、ご先祖様でもなく、未来の自分自身がすべてを見越して、最善の道へと導いてくださっているのです。それ考えたら、本当にすべてのことがOKになってしまいます。私の場合は、人生で最初の挫折が受験の失敗でしたが、本当によくぞ導いてくれたと感謝の気持ちでいっぱいになります。と考えると、今、もし辛いことがあっても、これは「未来の自分」からの導きであると考えると、辛いながらも前向きに頑張れるではないか。

 と、そんな話を突然して、自分で自分の話し声聞いて、「オレハイマスゴイコトヲイッタ(俺は今すごいことを言った)」みたいに思って一人で鳥肌立ててる瞬間もありました。そしてその話が多くの参加者の皆さんの心に響いたそうです。まさしく降りてくる瞬間だったのでしょうか。ちなみにあの2日間のセミナー中、何度か降りてくる瞬間を味わいました。しゃべりながら突然っていうのもありましたが、最後、みんなで目を瞑って、音楽を聴きながら、私の語りを聞くワーク(?)を行ったのですが、その時などは、もちろん何を話そうかまったく決めておらず、ひたすら降りてくる瞬間を待って、いわばチャネリング的に話をしました。すると思いもかけないことを言っていたようで、それが心に残ったとの感想も頂きました。例えばこちらのブログなど(ありがとうございます)

 話を元に戻しますが、今、「未来の自分」という一つの視点を出しましたが、もちろんこれは「潜在意識」でもいいし、ハイヤーセルフでも何でもいいと思います。どれが正解なんてのはありませんから。ただ、常に「未来の自分」が見てくれて、最善の道へと導いてくれている、とも思えば、こんな心強いことはありません。月並みですが、未来の俺に感謝します、ということですね。

 ところで、徳永英明の場合は、どこからともかく聞こえてきたと言いますが、この「未来の自分」の声ってのは、ある日突然、誰かの口を介して聞くことがあるのでは、と思います。そしてその「誰か」ってのは、多くの場合、「初対面の人」であることが多いのでは、と私の経験上考えてしまいます。どういうことかと言うと、これまでの人生で非常に多くの人と出会ってきて、それと同じ数だけ初対面も経験してきました。その中で、初対面であるにも関わらず、非常に私の記憶に残る言葉頂いたことを思い出しました。一つは、「石田さんは将来講演活動とかなさるんでしょうね」ということ、もう一つは「石田君は話す仕事が向いてそうだね」という言葉です。おそらく初対面で私の話が面白かったのかもしれませんが、ほぼ断定的に言われたことに、なぜか「もしかしたらそうかも」と思ったものです。一つは友達の母親から。もう一つは友達が世話になっている年配の男性から。

 何気ない一言なんですが、誰が言ったのか、何を言ったのか、そういうシチュエーションで言ったのかまで覚えているくらいですから、やっぱり何かあったのでしょう。そして今は講演活動とまではいかずとも、全国でセミナーをやったりなど、それに近い活動はしています。話す仕事というのもそうかもしれません。もしかしすると、これら「初対面の人」による何気ない一言ってのは、私の言う「未来の自分」からのメッセージだと考えることができるかもしれません。もしも、今まで、初対面の人から、非常に印象的な、しかも自らの人生を示唆するような「一言」を言われたのなら、その人がどんな人であろうと、何かの意味があるかもしれません。

b0002156_1733982.jpg そんなことを今日、寝ながら、モーツァルトの晩年の名曲「クラリネット協奏曲イ長調K622」を聴きながら考えていました。そして最近、中居君の生え際が妙に気になりはじめ、草なぎ君はあからさまな増毛であることも、同時にやっぱり考えてしまうのでした。

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by katamich | 2007-12-22 23:21 | ■精神世界
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