「ありがとう」の力・・・ 2007.11.4

 昨日は「飲んだ」と思ったのですが、500mlのビール二缶くらいでした。私も弱くなったものです。やっぱり普段から飲んでないとダメですね、、、とか言いながらも、毎日、毎日、飲むつもりはありませんけど。で、今日は2週間ぶりのNLPセミナー。プラクティショナーコースというのが10回あるんですが、現タームは結婚式、新婚旅行、自分のセミナーやらがあり、半分くらいしか参加できないでいます。ま、私にとって復習みたいなものですね。

 そこで今日、ちょっと面白い話を聞きました。世の中、不思議な人がいるもので、私の周りにもいわゆる「見える」という人が増えてきました。「あの世」とか「霊界」とか「守護霊」とか「前世」とかの類ですね。ただ、私としては、そういう人が周りにいすぎて、しかも、言うことがそれぞれ違うし、そもそも私にはそれが正しいのかどうか分からない、、、ということから、ほとんどが眉に唾をつけて聞くようになってしまっています。ですが、中には信憑性が感じられるものもあり、それは「具体的である」、そして「客観的に確かめられる」という要素でしょうか。

 まず、「具体的である」について。例えば、「あなたは前世でモノを書く仕事をしていた」と言われたとします。そして、それが今生にも引き継がれていると言われ、何か「使命」みたいなものを感じ取ったとします。ただ考えてみると、現在、モノを書かない仕事ってあるのでしょうか? 字が書ける以上、誰もが「モノを書く」ことを仕事に役立てているはずです。モノを書くのは作家に限ったことではありません。事務員、先生、営業マンなどは当然のこと、いかなる仕事であれ、何らかの形でモノを書いてますし、直接書かずとも、人に何を伝えるということをしているはずです。仕事をせず引きこもっているニートなどが「2ちゃんねる」などに執拗に書き込んでいたりすることも、モノを書くことに違いありません。その他に「前世では大きな悩みを持っていた」と言われて、「だから今、悩みが多いのか!」と納得したとしても、世の中、悩みを持たない人っているのでしょうか? また、よく聞くのが「あなたの前世ではスピリチュアルな仕事に従事してました」というものです。前世リーディングとかに来る人って、スピリチュアル(精神世界)に興味がある人ばかりでしょから、それ言われるだけで舞い上がってしまいます。今生はその能力を開花させるためにあると言われ、高額のセッションやらセミナーやらを買わされる手口です。こう言うのはコールドリーディングで言うところの「ストックスピール」と呼ばれるもので、誰にでも当てはまりそうな抽象的なことを言って、さも当たっているかのように思わせる手法です。

 私のセミナーでも「ファーストインスピレーション」のワークなどをするのですが、初対面の人を見た目だけでお互いに判断しあうのですが、当たってる当たってないに関わらず、そう見られるのは事実ですし、何かしらの要素があってだからでしょう。そういう意味では抽象度を上げると、すべて当たってしまうのです。話が脱線しそうですが、要するに「具体的である」ことが、私にとっては重要だと思うのです。

 ただし、どんなに具体的であったとしても、あてずっぽうの可能性もあります。以前、なんかの時に私が九州大学の学生何人かに、適当な前世リーディングをしたことがあります。全くのデタラメです。ですが「キミは前世で隠れキリシタンとして弾圧を受けていた」と言った学生は「ボクんとこクリスチャンなんですよ」とか、「キミは前世でアジアの方でダンスなどで世の中を表現していた」と言った学生は「ボク、今年、東南アジアに行こうと思ってるんですよ」とか。「キミは前世で設計か土木に関わる仕事してた」と言った学生はそもそも工学部土木学科でした(それは知っていた)。なのでデタラメに言ったとしても、何かしら関連あることを自分で探し出して、自分で当たってると錯覚するわけですね。この話を別の人にすると、「それはQさんが、そういう力があるからでしょ」なんて言われましたが、力があるかどうかは別として、私は単にデタラメ言っただけです。

 それで言うと、前世リーディングで相手を喜ばせることは非常に簡単です。その相手の仕事、または趣味や打ち込んでいることに関する「前世」をデタラメに言えばいいわけですから。例えば、28歳のOLさんが、退職してカナダにワーホリに行こうか迷っているとすれば、「あなたの前世はオリエンタルなものに興味を持つカナダ人でした」と言えば、大きく背中を押すことになり、その人の将来がどうなるかはともかく、ほぼ間違いなく、退職してカナダに行くことでしょう。他に、相手がやり手の営業マンだったとすれば、「あなたの前世は何か作ってそれを世に広めることをしてました」と言うと、やっぱり営業むいてるんだ~という話になります。あとは話に信憑性を持たせるためにボキャブラリーを増やしていけばいいだけ。そういう意味では、私なら簡単にできそうです。ある程度の属性を教えてもらって、それに関連する前世をデタラメに言うだけ。

 話が脱線してますが、要するに「具体的」であっても、デタラメの可能性もありますので、本当に信頼できるかどうかは、「客観性がある」ことが重要だと思っています。明らかに自分しか知らない内容を、相手が知っていたら、それは信頼度が上がるということです。前世や守護霊など、普通の人が見えないものが見える(と言う)のに、私が昨日何食べたかなど、ものすごく簡単なことさえ分からないのは、なんか不思議な気もします。ただ、何も言ってないのに、昨日何食べたかを朝昼晩で全て正確に言えたら、私でも完全に信頼しちゃいそうです。ただし、一発で当てる必要はあります。それとなく質問しながら当てるのは、やり方を知っている人にとっては簡単です。メンタルマジックと呼ばれるものですが。

 で、話をぐっと元に戻します。昨日、面白い話を聞きました。いわゆる「見える」という人の話ですが、その人は、私の言う「具体的である」「客観的である」ことをきちんと満たしていました。どんな話かと言うと、まず、私に話をしてくれた人に対して、「あなたは水神様に守られていますね」と言ってきたそうです。実はその人がそう言われたのは初めてではありません。5年ほど前、別のある人から「あなたは水神様とご縁があるので、日が変わってから神棚の水を取り替えなさい」と言われたそうです。言われた人は、金のかかることでもないしと、素直にやっていたそうです。5年間毎日。その間、また別の人からも「水神様に守られている」と言われ、さらに今回も言われました。

 そう言われたので「じゃあ、守ってくれてるお礼を言わなければなりませんね」と言うと、その見える人いわく、「既に毎日お礼を言ってるようですよ。毎日、日が変わったら水を替えて、ありがとう、と言ってるんじゃないですか?」と、その人には知らないはずの情報を言ってきたそうです。これは「具体性」も「客観性」も満たしています。

 で、ここからが重要な話なんですが、その水神様は、「ありがとう」と言われるごとにどんどん力を付けているんだとか。この話には「客観性」はありませんが、そう信じることは悪いことではありません。つまり、自分を守ってくれている何かの存在に対して、「ありがとう」と言うことで、その存在の力がどんどんアップするという話です。なので、その人のその水神様はどんどんパワーアップして、これからもますますお守りくださるのでしょう。でも、考えて見れば、「ありがとう」と言われて、力が出ない人はいません。

 以前、ブログにも書いたことあるかもしれませんが、私が、昔、老人ホームにボランティアに行ってた時の話です。月に一回の外出日に車いすを押して同伴したのですが、あるお婆さんから、最後にお饅頭を買ってもらったとき、その人の懐具合を変に意識して断ったという話がありました。その時、ものすごく悲しそうな顔をされたのを思い出して、めちゃくちゃ後悔したという話です。そのお婆さんはお饅頭と引き換えに「ありがとう」という言葉が欲しかったのかもしれません。それは無意識のうちに「ありがとう」という言葉の力を知っていたから。なので、私はお婆さんからお饅頭を受け取らなかったので、「ありがとう」という言葉を与えることができなかったのです(もちろん断る時には言ったと思いますが、交換と言う意味での「ありがとう」ではありません)。たかが数百円のお饅頭を受け取らなかったばかりに、掛け替えのない「ありがとう」を与えることができなかったのです。今でもあの時のお婆さんの悲しそうな顔を思い出すことがあります。

 「ありがとう」という言葉は人であれ、神様であえ、非常にパワフルにする言葉なのでしょう。それこそ言われれば言われるほどパワフルになるのです。だからもし、自分がパワフルになりたければ、「ありがとう」と言われる行いを普段から心がけ、逆に自分が何かをしてもらったら必ず「ありがとう」と言うことが重要なのだと思います。そうすることでどんどんパワーアップすることでしょう。

 で、こんなことを言うと、「私は何に対して『ありがとう』と言えばいいのかわからない」と思われる人ももしかしたらいらっしゃるかもしれません。私の知人は「水神様」、私は「文殊様」。これらはある日、突然に言われたことです。私の場合は、興味本位で入った初めての「滝」の中に「文殊様」が現れたと言われました。その後は私も「文殊様」に対して「ありがとう」と言い続けていると、なぜか口ばかりが達者になってきました(笑)。重要なのは「私は何に対して『ありがとう』と言えばいいのかわからない」などと考えないことでしょう。世の中にはお金を払えば、とりあえず教えてくれる人はいます。インターネットで探せば出てくるでしょう。それが本当かどうかは別として。で、例えば数万円払って「あなたは天照大神が守ってくださっている」と言われたとしましょう。で、しばらくは「天照大神様、ありがとう」と言い続けたとしても、おそらくいいことなどなくって、そのうち逆ギレが始まる可能性があります。「『ありがとう』って言ってるのに、天照大神、何もしてくれてない!」とか。そしてまた別の人を探して数万円払って尋ねるわけですね。今度は「龍神様」と言われたとします。ですが、また同じことの繰り返しになるでしょう。

 重要なのは「水神様」でも「文殊様」でもなく、「ありがとう」と言い続けることなのです。そういう神様事については、もしかしたら、準備ができた段階で、突然、誰かの口を通じて言われることがあるかもしれません。考えて見れば、私が「文殊様」と言われたのは、江本勝さんの本に感動して、斎藤一人さんの本を読んで実践して、五日市剛さんの小冊子にバイブルとするようになってしばらくしてからだったと思います。その時期はとにかく「ありがとう」と言いまくりでした。よく分かりませんが、もしかしたら、準備が整っていたのかもしれません。そう考えることは、ま、損にはならないと思います。

 とにかく、今日、「ありがとう」という力を再確認したところです。ひょっとしたら、最近の私は「ありがとう」をちょっと蔑ろにしていたのかもしれません。考えてみると、毎日の日課であった朝晩の「お釈迦様へのご挨拶」も中途半端になっていました。ここらで改めて「ありがとう」の大切さを思い出し、日々の実践をしたいと思います。まずは身近な人、両親、ご先祖様、文殊様、そして宇宙。ありがとうございます。

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by katamich | 2007-11-04 23:22 | ■精神世界 | Comments(0)