宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

科学と精神世界 2007.9.27

 今朝は行が空けたこともあり、ちょっとゆっくりしました。そしてちょこちょこと用事を済ませて、昼は前の会社の元同僚と飯を食いました。インドカレーです。久々に手で食べます。その後は本屋に行って8冊ほど本を大人買い。旅行のコーナーでインドの本を眺めている時、NLPに来ている地球外生物とばったり遭遇しました。彼女も10月からインドに行くそうです。また、ヤバイな~とか言いながら、小一時間ほどスタバでお茶。その地球外生物からすれば、ちょうどいいときに、私からインドの話が聞けてよかったそうです。本当にヤバイ奴です。そしてチャリで帰っていくのですが、大人買いした本を一刻も早く読みたくって、ロイヤルホストに入ります。そこでフライドポテトと金柑ビールというのを注文。宮崎名物の金柑ジュースとビールを割ったもの。例によって東国原宮崎県知事のシリーズですね。ただし、あまり美味しくありませんでした。やっぱビールはビールとして飲んだ方が美味いに決まってます。最近、文句言うこと多いですね。って言うか、昨日のY家と今日のビールくらいのものでしょうが。そこでも小一時間ほどいましたが、とりあえず新書を一冊読破。帰ってしばらく別の本を読み、パソコンの電源をつけます。いつものミクシィを開いて、読んだ本の感想なんかをアップ。マメですね。私も。で、この記事ですが、素晴らしいコメントが付いたこともあり、私もいろいろ考えを整理するきっかけとなったので、今日はそれをご紹介します(ちょっと改編してますが)。紹介したあと、まとめを書きますね。



【タイムマシンが発明されない理由】

今日、本屋で大人買いした一冊に「2112年9月3日ドラえもんは本当に誕生する!(桜井進)」ってのがありました。これは内容も確かめずに、「ジャケ買い」ならぬ「見出し買い」をしてしまいました。新書だし、ま、いいかと軽い気持ちで買いました。

読んでみるとあまり面白くないです(^^;私としては、ドラえもんの道具の可能性を科学的に説明するような話かな~とか思ったのですが、量子力学でドラえもんの道具の可能性が開けたとか、ドラえもんは科学の面白さを簡単に教えてくれたとか、科学偏重主義は危険だということへの示唆がドラえもんにはあるとか、どちらかと言うと、社会的、倫理的な話が中心であったようです。

先端科学の話をドラえもんの道具にかこつけて説明するあたりも、もう少し突っ込みが欲しかったのですが、新書なので、ま、こんなところかなと納得してもいいでけど。

ただ、一点、私が感動した箇所がありました。ドラえもんには「タイムマシン」を使う話がいくつもあるのですが、そのいくつかはタイムマシンが故障したりして、ピンチになるような話とか、間違った使い方でドツボにはまるような話が多いです。その話をしながら、同じ藤子F不二雄氏の短編の中の一節を紹介します。

「しられたくない秘密はだれにでもあるもんだ。個人の情事から、それこそ国家機密に至るまで、それがあるうちはタイムマシンは実用化されないんだと永久に」

という一節です。相対性理論ではタイムマシンは理論上不可能とされているのですが、今後の科学の展開によって可能になる日も来るのではないか、と私は思っていたりします。そもそも人間が空想ででも考えうることはすべて実現可能なのです、と言った科学者もいましたが、私もそう思っています。

それこそ「ワープ(空間を跳び越す)」なんてのは、まったくの絵空事と考えられてましたが、物質の最小単位である素粒子が観測上ワープしているという事実も証明されています。だとすれば物質のワープも可能であるかもしれませんし、そうなると空間や時間の概念も根底から考え直す必要もあります。そして、その延長上でもしかしたらタイムマシンも可能なのでは、と考えたくなるわけです。

本書によるとしかしもしタイムマシンがあるとすれば、未来の人が既に現在に来て痕跡を残していると考えられます。そして今はその事実も観測されないので、実質上、タイムマシンが開発されないことへの証明となるのでは、という考え方もできるわけです。本当は痕跡を残してて、我々が気づいてないだけかもしれませんが、その可能性を排除したとすれば、「現実に痕跡がない」のだから「タイムマシンはない」という論拠も充分に成立します。

で、その理由がそれなのです。タイムマシンがあったら困る人がたくさん出てくるから。困らないようにする、ということを我々は「規範」と呼んでますが、要するにどんなに科学が進歩したとしても、人類の「規範」や「価値」には敵わないことを示唆するように感じられたのです。言い換えると、「科学」よりも「精神(心)」の方が、人間にとって重要なんだよ、、ということです。

そのことに思いが巡った瞬間、大いに感動してしまいました。それを味わうためだけでもこの本を買った甲斐があったというものです。というか、一冊の本の中で、一箇所でも「買い!」と思う箇所で出会えれば、それは十分に良書となるのでしょうけど。

てなこと言いながらも、すでに未来人来てたりして・・・(笑)


コメントA1

>>言い換えると、「科学」よりも「精神(心)」の方が、人間にとって重要なんだよ、、ということです。

う~ん、反対意見になるかもしれないんですが、人間の科学ってかなり暴走してませんかね?(苦笑)

原爆しかり、オゾン層破壊しかり。

いや、もちろん科学より精神の方が重要だとは思うのですが。

しかし現実は・・・


あと「未来人が来た痕跡がない」についてですが、我々には考えもつかないほど発達している未来の科学力ならば、そんなヘボい痕跡を残すような真似はしないような気が・・・

と言うか我々がその痕跡を発見できる時点で大した科学力ではないと思うのですがいかがでしょうか?(苦笑)


すみません、いきなりズバっと言ってしまいましたが、こういう話し大好きなのでコメントさせてもらいました(^_^)


Q

確かに近視眼的に見れば、科学は暴走しているかもしれません。

ただ、私が表現したかったのは、人間というのは、もしかしたらどこかで超えてはならない一線があり、無意識的にもそれを超えずに生きてるのだろう、という性善説的な考え方に過ぎません。

そう思って生きている方が、もしかしたら豊かな人生を送れるのではないか、という願いを感じた感動だったのですね。私の場合は。

未来人が来た痕跡がない、については、これはいわゆる「悪魔の証明(ないことの証明)」となり、検証不能なんですが、これも上の論理と同様に、「未来人は踏み越えてはならない一線を守っているが故にタイムマシンを作らないのだ」という願いを込めた考え方なんですね。

ですので、私の記事全体としては、事実が厳密にどうか、という話ではなく、どう考えたらこれからの将来において豊か向き合えるか、という考え方レベルの話なのです。

その点で言えば、考え方のレベルとして、人間の科学は実は暴走しているのではなく、その逆に暴走を最大限の力で抑制しているという説も成り立ちます。もし日本に3発目の原爆が落ちていたら、日本だけでなく地球全体が死を迎えたかもしれない、、と考えたら、降伏した日本はなんと地球に貢献したのだろうか、ということになります。もしかしたら、我々はいなかったのかもしれないのに。。。

それから未来人については、「UFO=タイムマシン」説のように、現実的には来ているのかもしれません。本当に気づいてないのかもしれませんし、もしかしたら地球機密のレベルで知ってて封印されてるのかもしれません。

さらに言えば、宇宙には多次元世界というものが現実にあって、4次元以上ではタイムマシンも普通に存在するとします。となると3次元(3.5次元)の地球がその「次元」という規範を破ろうとした瞬間に、地球は滅びるかもしれない、だからタイムマシンは存在しないのだ、という考え方もできます。あくまで考え方の話ですが。

私は科学者ではないので、どう考えるか、という話しかできないので、この辺が限界ではあります。長くなりましたが、私もこんな話が大好きですので・・・(^^)


コメントA2

いいですねー!!

よく大学時代にこういう話ししてたの思い出します(笑)


えっと「タイムトラベル」についてですが、ぶっちゃけ目撃されるUFOの中の多くは未来から来ているものだと考えています。

たぶんですねー、時間の流れって言うのは実は我々が考えている以上に存在しているんだと思うんですよ。

過去→現在→未来

と言う前提で我々は話しますが、果たして本当にそうなのかと。


ってか精神世界お好きそうなので「バシャール」はご存知だと思うのですが、彼は我々の時間で言う300年後の未来から来ているそうです。

バシャールによれば色々な次元、時間は実は、「同時に存在している」らしいですよ。


映画のフィルムってありますが、あれは一つのフィルムは同時に存在していますよね?

でもあのフィルムを再生すると、我々はオープニングからエンディングまで順番に見るので、一見時間は、過去から未来へ一直線に流れています。

しかしフィルム自体はオープニング、エンディング関係なく、同時に存在しています。


なので時間旅行と言うのはそのフィルムのセル(フィルムの一部分の事)からセルへ直接移動しているのかなと。


つまり、例えば全150分のフィルムだったら、普通は0秒から150分まで流れていくわけですが、いきなり49分32秒のところに飛ぶとかね。



コメントB

小さい頃
全部夢を叶えたようなパワーがある理想の未来の自分が今の自分をタイムマシンなんかでみにきて
こんなんで悩んでるのかあ。可愛いなあ。と色々助けてくれたり
ヒントくれたりしてるかもなー♪ なんて
ドラえもん
(((ミ゚o゚ミ))←こんな変換がでてきました!)

みて思ってると☆色々うまくいったの思い出しました♪

ある線はこえないようにして
直接影響は少なくみえるけど
違う次元から見守ってくれてるかもしんないですね☆



Q

■コメントA2さん

>えっと「タイムトラベル」についてですが、ぶっちゃけ目撃されるUFOの中の多くは未来から来ているものだと考えています。

なるほど、そういう考えもあります。と同時に、目撃されているUFOの9割が「見間違え」というデータもあるようです。私も昔「UFO=タイムマシン」説を信じていた時期はありましたが、結局のところ「証明」できなくて、あくまで「解釈」の範囲を超えないんですよね。

>ってか精神世界お好きそうなので「バシャール」はご存知だと思うのですが、彼は我々の時間で言う300年後の未来から来ているそうです。

バシャールに関しては300年後の未来から来たかどうか、これも「証明」できないことではありますが、現実的な見方としては、ベトナム戦争の時代を契機に流行し始めたニューエイジ思想の方々が生み出した「虚人」であるとも考えられます。つまりは「わくわくすればいいじゃん」というメッセージは、当時のヒッピー族が自己肯定するために使われてきたプロパガンダとも考えられるのです。

>バシャールによれば色々な次元、時間は実は、「同時に存在している」らしいですよ。

この考え方は我々3次元からは実感しにくいのですが、理論的には導けるようです。現代物理学では時間や空間を曲げるなどと言った、非常にオカルト的な発想が普通に成されていたりしますし。

で、私自身も「時間が同時に存在している」という考え方には共感する部分もあります。例えば私の現在の意識自体も過去を契機として未来へ向かっているものである以上、現在という地点はどうしても過去や未来と切り放せないものになります。言い換えると、現在は常に過去と未来との関係の中で成立しているのであり、逆にそれぞれと切り放された現在はありえません。

映画のフィルムの喩えも藤子F不二雄氏が同じことを書いていたと思います。ワープの原理としては、空間を移動するのではなく、一枚紙のような空間を折り曲げて、それぞれの両端をくっつけるようなものだと「ドラえもん」で読んだことがありますし、理論物理学博士である私の兄もその考え方がワープの概念の説明するのに最もわかりやすく適格だと言っていました。同様に時間の概念も既にフィルムのようなものとしてとらえるのが、理論上も正しいのかもしれません。


■コメントBさん

>全部夢を叶えたようなパワーがある理想の未来の自分が今の自分をタイムマシンなんかでみにきてこんなんで悩んでるのかあ。可愛いなあ。と色々助けてくれたりヒントくれたりしてるかもなー♪ なんて

これはかなり鋭い感性をお持ちですね!

NLPのスキルの中に「タイムライン」と言うのがあるのですが、これは変性意識(トランス)の中で過去や未来を充分に体感してもらい、そこから現在に活かせるリソースを持ってくるという手法です。ですので私もタイムライン上の未来から成功した自分をリアルに感じて、そこから何かしらのアドバイスを得ようとしています。

実はこれって多くの成功者が無意識的に採用しているやり方だそうです。ある意味「4次元」のスキルと言えます。

が、私は以前にブログの中で(5次元の成功法則)の中で、これを越えた「パラレルライン(仮称)」という考え方を導き出しました。これは時間軸(ライムライン)にある自分の姿ではなく、5次元を媒介とした、別の3次元の自分(いわゆるパラレルワールド)から、望ましいリソースをとってくるという考え方です。エジソンやベートーベンなども、霊的なヒラメキを感じる時には、もしかしたら別の3次元の自分にアクセスしていたのかもしれません。これについては、現在、研究中ですので、納得いくやり方ができたら、またどこかで発表したいと思います。





 てな感じです。決して反対意見とは思っていないのですが、私の論点をさらに明確にする上で、とてもありがたいコメントでした。科学と精神世界ってのは、一見、相反する分野のように思われますが、実は非常に親和性があります。まず、科学も精神世界も「人々の生活をよりよくするため」に存在する一方で、それぞれが行き過ぎるあまり、何らかの反逆を被ることもあります。科学の反逆としては、昨今言われているような、環境破壊やエネルギーの供給過剰(原発)による危険性の上昇など、そして精神世界の反逆としては、いわゆる殺人を肯定するようなカルト集団の出現や個々人に対する極度な依存心の醸成などが考えられます。両方ともにプラス面とマイナス面があり、重要なのはそのバランスであることは言うまでもありません。
 
 私自身は科学にも精神世界にもとても敬意を持っているつもりです。ですので、精神世界の立場から科学を批判することもありませんし、科学の立場から精神世界を批判することもありません。昨日、お腹が痛くなって、病院で抗生物質を処方してもらって完治したことを書きましたが、精神世界に強い関心を抱く人の中には、自然治癒力で治すべきであり、薬は決して使ってはならない、と叫ぶ人もいます。理屈としては正しいのでしょうが、現代の生活においてはあまり現実的ではありません。その昔、自然治癒力やいわゆる民間療法しか治す術がない時代に、もし抗生物質があったとしたら、神のように崇めて使うことでしょう。他にも輸血をしてはならないとかいう宗教もあるようですが、これとて愛する人が輸血でしか治らないというケースに見舞われたとき、宗教の教義の力など何の意味もなくなります。むしろ殺人に近いとさえ言えるかもしれません。

 一方で、薬さえ飲んどけば治るとか、未来の地球環境はさておき、今の生活さえ便利になればいい、という考え方も同調できません。あくまでバランスが大事なんですが、ここでは主に「無批判な科学批判に対する批判(なんかよくわかりませんが)」に重きを置いて書きたいと思います。ただ単に科学であることを批判する人たちの主たる対象として環境問題があることは異論はないでしょう。原発反対とか、農薬を使うなとか、中にはヒステリックな団体もあります。しかし、こと原発に関して言えば、今の日本において原発がなくなったら、おそらく今こうしてパソコンを打つことも難しくなるかもしれません。確かに電力会社が儲けるためとか言う人もおり、それももしかしたら一理あるかもしれません。しかし、どうでしょう。現在の電力の70%が原発に頼っていることを鑑みても、今の生活から原発がなくなることはまず考えられません。おそらくすべての日本人が原発の恩恵を得ていることは間違いありません。それをヒステリックに「原発反対!原発反対!」と叫ぶことだけが、地球環境や我々の生活をよくする手立てなのでしょうか。決してそうではないでしょう。

 この本の中にとても面白い話が紹介されていました。スウェーデンも日本と同じように原発をたくさん使っているのですが、廃棄物であるプルトニウムを日本のように海や地中に埋めるのではなく、コントロールしやすい地上で保管するようになったという話です。海や地中に埋めない理由として、5000年後に地殻変動が起こって放射能が大量に漏れ出すことを考えてのことだそうです。もちろん地上で保管するからと言ってリスクがなくなるわけではありません。むしろ人目に付きやすく、国民不安を増大させるかもしれません。しかしスウェーデンには5000年後の未来を考えて、今を生きるという国民のコンセンサスが一定程度できていることが伺えます。その辺は地中に埋めて臭いものには蓋をする現状にある日本よりは、格段に意識が進んでいると言えます。もしプルトニウムを埋めている地域に致命的な地震が来たらどうするのでしょう。想定外では済まされない大問題になります。

 このスウェーデンの例を見ると、5000年後の地球を考えるという、国民意識の高さの他に、私は「科学と子孫への信頼の強さ」が見て取れます。確かに科学は生活を便利にしてきたでしょうが、一方で、様々な弊害ももたらしました。しかし、もしかしたら、この先、科学がその弊害を除去してくれる日が来るのではないか、、と信じている一面も伺えます。原発の廃棄物をもしかしたら、クリーンに害なく処理できたり、さらには地球や人体にまったく害のない資源へと転化できる時が来るのではないかと。そうなったとき、廃棄物が海や地中に埋めてあるよりも、地上で保管されていた方がはるかに処理しやすいのではないでしょうか。地上で保管されているとスムーズに処理できていたのに、地中などややこしいところに埋めてたばっかりに余計なコストやリスクが生じてしまうかもしれません。

 私は今回、「タイムマシンが発明されない理由」として、未来人のある種の「倫理観」によるものだという楽観的、性善説的な意見を申し述べました。これも実は未来の子孫や科学、価値・規範に対する「信頼」を表現したかったからなのです。世の中には、地球はダメだダメだと嘆きながらも普通に電気をつけて車に乗ってガソリンを撒き散らしているような人は大勢います。そんなに嘆くのならば、まずは自分から洞窟に引越しするべきです。しかし、そんなこと言っては拉致が飽きません。単なる意地悪です。正直言って、科学が進歩してしまった以上、人類はそこから後退することはできません。携帯電話だって本来はなくても充分に生活できるところ、一度、持ってしまった以上、それを手放すことは難しいです。それこそ全体主義か社会主義で統制するしかないかもしれません。

 重要なのは、今、こうなってしまった以上、今後、どのように「調和」を保つかを考えることです。携帯電話の批判をしても始まりません。もちろん原発反対を叫んでも始まりません(原発に代わるクリーンで強力なエネルギーが開発されれば別ですが)。重要なのは、今、こうなってしまった以上、今後、どうするかを考えることです。その意味で言えば、原発の廃棄物を地中に埋めるよりも、コントロールしやすい地上で保管し、今後の科学の発展に信頼を寄せる方がより建設的かもしれません。「どうすべきだったか」ではなく、「今どうすべきか、どうするか」、そして「未来がどうあるべきなのか」が大切なのです。

 蛇足になりますが一言。コメントを頂いた方に対する反論では決してなく、一般的な話として考えて頂きたいのですが、精神世界に少なからず興味を持つ人は、なぜか我々と血のつながった未来の人間よりも、いるかいないかわからない300年後のバシャールや宇宙人、守護霊など「目に見えない存在」の方を信頼しようとする傾向があるようです。つまり未来は嘆くけど、仮想の宇宙人の言うことを信じる、という傾向です。時として考え方としては素晴らしい場合も多いのですが、目に見えない存在をアプリオリ(理屈抜きに最初から)にとらえ、今の科学や人類の偉大さを嘆くことには違和感があります。とは言うものの、「目に見えない存在」は確かにあると思います。やっぱり結局はバランスの問題になってしまうのでしょうが。。。


長い文章をお読み頂き、ありがとうございます♪
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by katamich | 2007-09-27 23:22 | ■精神世界
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