宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

インドの話 2007.6.29

 ぁ~今日もやってしまいました。一度、3時半に目が覚めたのですが、身体が動かんな~とか思っていたら、次に目が覚めたのが6時。日の出の時刻を過ぎてしまいました。今回の行では2度目の日の出遅刻です。なんと言うか、、、悪魔の囁きみたいなのが聞こえるんですよね。「今日は午前中の用事がなくなったから、もう少し寝ててもいいよ・・・」、なんてのが。一方で、「日の出とともに起きるんでしょ!さっさと起きなさい!」、とも聞こえるんです。これは天使の声ですよね。今日は悪魔君に負けちゃいました。まだまだ修行が足りぬようです。

 6時過ぎに家を出ると、既に結構、暑いです。私はもともと靴があまり好きでないので、今日はスニーカーではなくビーチサンダルで家を出ました。大地を踏みしめる感覚が心地いいです。しかし、慣れない部位に力が入っていたのか、すぐに足が筋肉痛みたいになります。これまた、明日は起きるのが辛いぞ~とか思ったのですが、これも修行修行。滝場まで2時間弱歩いたら、足の親指の付け根の部分が皮むけてました。これはよくある現象です。ミャンマーを旅行した時、ずっとビーサンだったのですが、親指の付け根がむけたので、人差し指と中指の付け根に鼻緒を挟むようにして履き直したりしました。でもそのうち、むけたところに強い皮が戻るので、そうなると後はOKです。足の皮を太くするのも修行です、、なんてね。

 靴が好きでないと言いましたが、それは昔からそうですね。小学生の時もビーサン大好きでしたし、アジアを旅行する時も、ほとんどスニーカーを履いたことがありません。大学生の頃、インドでずっとビーサンだったので、大学にも普通にビーサンで行ってました。それはまだいいのですが、ある日、完全に裸足で大学構内をうろついていたら、周囲から変な目で見られました、、と思います。すぐに大学事務の人から「靴を履きなさい」と言われたので、裸足生活は一日で終わりましたが、その後はまたビーサンです。今は雪駄が多くなっていますが。。。

 ところで、今日、なぜかインドの本を読んでいました。私は今まで3回インドに行ってます。3度目は2005年の5月です。これは奇しくも21日間だったので、完全に「修行の旅」でした。この時の話ですね。2回目のインドは1997年の8ヶ月かけての世界一周の時です。で、最初のインドですが、それは大学2年。20歳くらいの時だったと思います。私が初めて海外に出たのは、大学一年の夏、韓国でした。ちょうど釜山の大学生と交流する学外サークルに入っていたので、それで訪れたのが初です。その時は直接集まりに行くのではなく、3日前に釜山に入って、今考えると無鉄砲にも、一人でソウル行きの電車に乗り込みました。確か、地球の歩き方だけ持っていたと思います。車内で早速「歩き方」を見ていると、隣の女性から声をかけられました。日本語が堪能な25~6くらいのきれいな女性です。ちょうどソウルの友達の家に行くので、よかったら一緒に行かないか、という誘いでした。今ならボラれることを思ってしまうのでしょうが、その時は非常に純粋だったので、喜んで着いて行きました。ただ、鼻の下を伸ばす以前に緊張してたので、何かを期待するということもありませんでした。今なら期待するかも。結局、その日は焼肉などを奢ってもらって、友達の家に泊めてもらって、翌日、再び一緒に釜山に帰りました。そこでその女性のボーイフレンドとまた食事。結局、ひたすら親切にされただけで、お別れしました。その後、一度手紙を書いたのですが、届かず戻ってきました。

 そんな初海外旅行だったので、その後、病み付きになるのは致し方なしですね。で、その後の釜山大学の学生との交流も大盛り上がり。翌年もその交流会に参加するのですが、大阪の友達と一緒に参加して、その後、インドに行くことを計画していました。今考えると変な話ですが、とりあえずインドビザだけ取ってて、後はその時のノリでインドに行こうなどと言ってました。で、結局、釜山での交流が楽しかったので、その勢いでインドにも行くことになりました。交流会後、4人でソウルに行き、旅行代理店でチケットを買います。今考えるととても勿体無いです。日本で手配すると、どんなに高くても往復10万円前後なんですが、ソウルで片道を買ったら7万円でした。で、帰りもカルカッタから福岡までの片道が7万円でした。今考えるとありあえないチケットの買い方ですね。

 チケットを手にした4人はもうテンション最高潮です。「テウォン旅館」という安宿に泊って夜中までいろんな旅人と語り合います。そして翌日、ついにインド行きです。バンコクに一泊するのですが、ノーマルに近いチケットだったので、ホテル付き。贅沢なディナーを4人で楽しみ、そこでもテンション最高潮。いや~楽しかったですね。インドや~!見たいな感じで。そして翌日、バンコクからカルカッタに飛びます。その時、4人が4人とも飛行機初体験。離陸の瞬間、4人で小さく万歳ですよ。

 その時の4人というのは、全員、河合塾という予備校出身。男女2名ずつの4人です。私はその男とは前から知ってたのですが、女の子のほうは、一人は前年の釜山交流会で知り合ったけど、もう一人の女の子は初対面。よく一緒にインドなんかに行く気になるよな~と思うのですが、その女の子の親の考え方はとっても共感を覚えます。娘に旅をさせてあげたい。インドなど素晴らしい。でも女だけでインドに行かせるのは心配なので、男が二人も同行するのならOKだ、という考え方です。言うまでもありませんが、別におかしなことにはなっていません。インドという非日常な空間で、4人とも下痢の話ばかりするのに、そんな気になりようもありません。ただ、女の子の一人が割りと英語に堪能だったため、助けてもらったのは男の方だったりするのですが。。。

 テンション最高潮でカルカッタの空港に着いたのですが、ソウルやバンコクとはうって変わったみすぼらしい空港です。国際空港とは思えません。田舎のバスターミナル並です。突然、手のない乞食みたいな男が現れてタクシーまでエスコートします。我々一行は無視です。外に出ると土砂降り。誰も傘をさしてないどころか、靴を履いてる人もあまりいません。何とか公共タクシー乗り場に行って、4人で乗り込みます。サダルストリートまで74ルピー。タクシーが出る間際まで、手のない男がチップを求めて、車の中に身体を挟もうとします。で、出発。出発すると今度は運転手が「一人74ルピー」などと言って、ボロうとします。聞こえてないふりします。外を見ると、大雨で道路が洪水。裸の子どもが手を振ってます。4人は「ええ感じやな~」とか言ってるのですが、明らかにテンションが下がっています。

 サダルストリートに着いたら雨が止んでいました。お目当てのパラゴンホテルに向かうのですが、ツインルームは満室。変なインド人オヤジがニヤニヤしてる小さなドミトリーだけあいてたのですが、さすがにそこは遠慮します。外に出るとすぐに客引きに捕まって、とにかく宿に入ろうということで、着いて行きました。そのホテルは安宿の中では中流かも。ソウルのパッカーからのアドバイスを聞いて、前払いするとすぐにレシートをもらいました。それがこの写真です。おお~若い、おれ!髪がある!
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 何となくきれいには見えるのですが、実際にはそうでもないです。特に部屋とベッドは、これまでの人生を覆すようなものでした。もっとも、その後の長旅の中ではもっとえげつないホテルに何度も泊っていますが。何よりも周りのインド人が怪しげですよね。腹が減ったので外に出ました。すると乞食に囲まれ、大勢の乞食にずっと付きまとわれます。道端を見ると、麻袋に入った人間が3人(3体)、亀のように顔を出しています。手足がなく達磨のような人間が亀のようにこちらを向いています。親分みたいなのが金を出せと手招きします。その瞬間、食欲がなくなり、すぐにホテルに帰ります。女の子の一人がついに言いました。「私ら、えらいとこ来たんちゃう・・」、と。

 ひたすら強がっていた4人は再び意気投合。さすがに帰ろうとは言わないものの、インドに対する不安を口々に言い合います。でも、ブッダガヤーとバラナシには行きたいものです。結局、カルカッタには2泊して、ブッダガヤーに向かいます。カルカッタは欲むき出しの街だったので、田舎に行って心を癒したい気分でした。カルカッタの駅でカレーを食べたのですが、なぜかそこではいいサービスしてもらい、とりあえずホッとしたのです。ちなみに下の写真はサダルストリートのハガキやサトシの店です。
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 列車は夕方に出ます。2等寝台に乗るのですが、周囲はインド人ばかりで、じろじろ見られます。こういうとき、女の子としては、我々がいたことが心強かったようです。4人で昔流行った話とか、バカ話をして、気を紛らわせます。うとうとするのですが、熟睡はできません。突然、「チャイ!」という声で起こされます。その大声に4人はまた笑い出します。「みんな寝てるのに、夜中に何大声だしてんねん!」、とか言いながら。

 15時間ほど列車に揺られて、ブッダガヤーに到着。男女ペアでサイクルリクシャーに乗って、中心地まで行きます。期待通り何もないのどかな街でした(しかし、その2005年に訪れた時は随分変わっていました)。スリランカ寺に宿を取り、外に出ます。雨季だったので、川の水かさも多いです。ヤケクソになって服のまま川に入ります。途中で島に辿り着いたので、私はそこで徐に全裸になりました。女の子は別の島にいます。うお~とか全裸で叫ぶと、インド人が向こうで指差してます。私の方からはあまり見えないのですが、視力のよいインド人はきっと私のチ○コもよく見えたのでしょうね。ブッダガヤーは落ち着けました。
 
 その後はバラナシに行きます。また2等に乗るのですが、着いたのは夜、暗くなってです。「クミコハウス」を目指していくのですが、みんな水没したとかウソをつきます。結局、怪しいインド人に連れられて「クミコハウス」に着くのですが、なぜか宿の主人シャンティーに門前払いを食らわされます。理由はタゴールをしらなかったから。我々も逆ギレして、「クミコハウスがなんぼのもんやねん!」と捨て台詞を吐いて、近くの宿に取り合えずチェックインします。翌日は私の常宿となる「ヴィシュヌレストハウス」に無事チェックインしました。3回インドに行ってますが、3回ともここに泊っています。テラスからガンジス川が見えるので、とてもいいロケーションです。
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 ヴィシュヌではいろんな旅人といい出会いもあり、とても楽しかったです。でも、バラナシの飯は劇マズでしたので、果物ばかり食べていました。2回目にバラナシに行った時は、結構、旅行者向けの店もできていてそれはそれでよかったのですが、何だか寂しくもあったものです。バラナシではまず、男が先に帰ります。女の子2人はデリーに向かいます。私は再びカルカッタに戻り、帰国となります。ちょうどビシュヌにカルカッタに戻る日本人旅行者がいたので、同行します。インド哲学を専攻している同じ年の男でした。(写真は先に帰った男ですが)
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 で、私の初のインド旅行が終わるわけですが、正直、2度と行くもんかと思いました。結局、4人のうち2人が赤痢になり、隔離病棟に収容です。私も保健所から呼ばれたのですが、「擬似赤痢」ということでギリギリセーフ。実はかなりやばかったのです。日本に帰っても下痢は止まらないし、症状がまさしく赤痢だったのですから。一応、赤痢菌は入ってはいたものの、感染は免れたので、隔離されずということです。検査結果が出るまでドキドキでしたね。

 インドに行くと2通りに分かれると言われます。大好きになる人間と大嫌いになる人間と。間違ってはいないのですが、もっと正確に言うと、最初は1割が好きになり、9割が嫌いになります。でも嫌いになった9割りのうち半分はもう一度行ってみたいと思うようになります。そのまた半分以下が本当に行ってしまいます。でも、本当に行った人は、大体が好きになって帰ります。私もその一人ですから。

 そんなわけで、私の初のインド旅行について、述懐してみました。人生の中で、インドにはまだ何度かは行くと思います。やっぱインド好きですね、私は。



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by katamich | 2007-06-29 21:59 | ■インド
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