ご先祖様からのサポートを得る唯一の方法 2007.4.3

今日も5時起床。昨日、寝たのは2時過ぎだったので、3時間しか寝ていません。3時間も寝た、と言ってもいいのかもしれませんが。そんで、今日は滝に行ったり、いろいろ外に出ていたのもあり、昼寝もしてません。あ、でも夜の7時くらいに30分ほど椅子に座って船を漕いではいましたが。それにしても4月ですね~。


ところで、先ほど、何気なくぼんやりしてたら、急にミクシィ日記にこんな記事を書きました。それは「ご先祖様からのサポートを得る唯一の方法」というエントリーです。今日はそれをモチーフにして記事書きますね。これはちょっと前に知人と話をしてて、しゃべってたことですし、滝の中でも何となくこんなことを思ったりしたのです。精神世界系の人がしばしば言いますよね。○○のサポートを得るって。○○の部分は例えば「宇宙」だったり「守護霊」だったり「天使」だったり「潜在意識」だったりするわけです。で、その中の一つとしてよく出てくるのが「ご先祖様」だったりするのです。細○数子なんかも「先祖供養なさい」って言いますが、本来は当たり前のことであるにも関わらず、なぜかスピテクの一つになっていたりもします。そして「先祖供養」そのものが、何かを成就するために先祖の力を借りる方法論だったりします。確かに先祖の力を借りれたらすごいかもしれません。自分から両親、その両親と枝分かれしていけば、ねずみ算式にサポートが得られるわけですから。そんなことで「ご先祖様お願いします」などと言って、今生でのささやかな望みを叶えてもらおうとしたりするのです。ま、それはそれで良いのですが、そんなんでほんとに力貸してくれるのか、甚だ疑問だったりします。例えば親に「金貸してくれ」って言って、誰もがすんなり貸してくれるわけでもないだろうのに、何世代も後の血の薄まった子孫の言うことを、「はい、そうですか」と言って聞いてくれるとは、ちょっと思えなかったりします。


もっとも、そう思い込めば、ちゃんとサポートしてくれるのかもしれませんが、理屈的にどうも納得できないのも事実です。ですが、ある筋(?)の人の話によると、実はご先祖様の力を借りる方法があるというのです。それも「唯一」の。どうでしょう。ご先祖様からのサポートを得る唯一の方法があるのです。唯一と言うからには、他にはないということです。それは言いすぎにしても、基本であることは間違いないと思います。その方法を今からご紹介したいと思います。


まず、紙と鉛筆と石をご用意ください。石はできれば水晶など不純物のない鉱物がいいようです。ってのはウソです。ちょっとスピテク風に遊んでみたかっただけですので、別に用意なさらなくてもいいですよ(笑)。では、真面目に行きます。これも聞いた話なんですが、伴侶や子どもに恵まれない人って、ご先祖様のサポートが得られてない人が比較的多いようです。そんな話聞くと、絶対にご先祖様のサポートが欲しくなりますよね。彼女または彼氏ができないのはご先祖様のサポートが得られてないから。で、ここでサポートを得られたら、自分もカルマ落としでない、幸せな結婚ができるのです。ま、事実として、ご先祖様からのサポートを得られたら、ますます幸せになっていくことは間違いないようです。なんてったって、その数もすごいですからね。とは言うものの、すべてがそのせいではありませんよね。根本的に人としての魅力がないから、などと言うのが実際のところ正解だったりするのでしょうが、そこをあえて「カルマ」とか「因縁」とか「原因の世界」という言い方で、何か一つを究明するとすれば、「ご先祖様のサポートが得られてない」と考えるのも一つだとは思います。


では本題です。どうすればご先祖様のサポートを得られるのでしょうか。結論を言いますと、それは、、、


親孝行


に他ならないのです。「な~んだ」という声が聞こえてきそうですが、考えてみると、自分にとって一番近い「ご先祖様」は両親以外の何ものでもありません。その両親とて人の子です。つまり共通のご先祖様を持つ、一人の人間なわけです。つまりご先祖様にとって自分も両親も平等に可愛いはずなのです。このブログを読んでいる方の中にお孫さんをお持ちの方は比較的少ないとは思いますが、お子さんをお持ちの方は多いと思います。考えてみると、自分の子どもをいじめる人間を可愛いと思いますか?。本音のところ自分の子どもが幼稚園や小中学校などでいじめられていたら、まず、気にするのはいじめてる側とその親の顔ですよね。そしてやっぱりいい気はしないものです。反対に自分の子どもととっても仲良くしているお友達のことは可愛いと思いますよね。普通は。家に遊びに来たらおやつでも出したくなるでしょう。


お孫さんの例でもいいです。お孫さんがその親、つまり自分の子どもの悪口を言っていたら、やっぱ注意したくなりますよね。「よう言った!」なんていうのは余程のことでしょう。おじいちゃんやおばあちゃんは孫である自分を可愛いと思ってくれる以上に、実の子どもである親のことも可愛いわけです。反対にお孫さんがその親(つまり自分の子)のことを誇りに思っていたら、可愛さも倍増しますし、お小遣いの一つでもあげたくなるものですよね。そうやって遡っていけば、すべてご先祖様に行き渡るわけです。


親孝行をすれば、親は喜びますが、その親(つまり祖父母)も喜びます。祖父母が喜べば、その姿を見てその親も喜びます。その親が喜べば、その姿を見てまたその親も喜びます。そうやって延々と遡っていくと、縄文時代や石器時代にまでも「喜び」が伝播していくわけです。その幾重にも積み重なった「喜び」を受けるのは、最終的に今の自分となるのです。一方、親不孝は「悲しみ」を積み重ねます。その「悲しみ」を受けるのも、最終的に今の自分となるのです。


要するに、自分に一番近い親に対する孝行、つまり親孝行を忘れて、顔も名前もしらない、観念上の「ご先祖様」に手を合わせても本末転倒というわけです。縄文時代のご先祖様の顔や名前を知ってる人がいれば会いたいくらいです。もちろんチャネリングとかでなく、実際の話として。「親孝行」こそが、ご先祖様のサポートを受けるための基本中の基本なのです。


しかしこれ言うと、ドキッとする人もいることでしょう。今だから言います。実は昨年、100人コーチングをして、これまで150人以上の人のお話(夢や悩み)を聞いてきて、「結婚」で悩んでいる人の多くは「実の親とうまくいってない」と言うことがおぼろげながら見えてきたのです。「あ、自分のことだ・・・」と思う人もいるでしょうが、もちろん特定個人のことを指して書いているわけではありません。事実、非常に多いのです。これは「結婚」だけではありません。何かしらうまくいかない、充実しない、もやもやが消えない、という人の多くは、「実の親」とうまくいってない、、、と言う話を何回も聞いてしまったのです。繰り返して言いますが、これは特定個人のことではありません。本当に多かったのです。実の親とうまくいってない、、、この根本を一言で言うと、「許せない心」となるのです。


では何が許せないのか。言い出したらキリがない人もいれば、漠然として言い出せない人もいるでしょう。でもとにかくも「許せない」のです。そしてスピリチュアル系の本などを読むと、その「許せない心」ってのは、あらゆることを妨げる元凶のように書かれてあります。願いが叶わないのも許せない心が原因。自分だけ運が悪いのも許せない心が原因。どんなに潜在意識に願いをインプットしようとも、その「許せない心」がある限り、きちんと思い通りにインプットされない。そして例外なく「許しましょう」なんて書かれてあります。あたかも「許し」ってのが一つのジャンルと化しているようです。でも「許しましょう」なんて言われても、何をどう許せばいいのかわかりません。どこまでいったら許したことになるのか。仮に今、「はい、許しました」と言っても、翌日にはまた「許せない心」が復活してくるわけです。そして「許しましょう」なんて言われれば言われるほど、どうすればいいのかわからず悩みがどんどん深まるのです。


じゃあ、私はコーチとしてどんなアプローチを取ればいいのでしょうか。間違っても「許しましょう」とは言いません。むしろ「許したくなければ許さなくてもいいんじゃないですか」と言うかもしれません。実際にいらっしゃいます。あれもした、これもした、でも親孝行、親を許すことだけはできないんです、、、とおっしゃる方が。ご自身でもそれが最大のネックであることは自覚しているのです。でもできないのです、、、と悩まれるのです。


私のコーチングとして、落し所は一つしかありません。それは「許しているふりをする」または「許しているような形をとる」だけです。心から許さなくてもいいのです。まずは形からです。で、私はこんな質問をします。


「もし仮に許しているふりをするとなると、どんなことなら一番簡単にできそうですか?」


と。そこでいろんな答えが出るわけです。朝、形だけでも「おはよう」と言う。味噌汁の具を少なめによそわない。洗濯物を別々にしない。一日に一回だけでも話しかけてみる。「お父さんを許します」と紙に書く(見せないで)。電話してみる。などなど。で、確実にできる第一歩を決めてもらい、期限を決めて、踏み出してみます。それが出来たら、自分を多いに褒めてあげるようにします。もちろん心などはどうでもいいです。許せなくてもいいのです。もしも出来るならば、少しでも「許しているふり」をすればいいのです。


それがちょっとずつでも出来るようになれば、いつの間にか、相手の態度も変わってきて、次第に許せるようになるのです。そういう希望を持つしかないのです。もちろん「許し」の段階を過ぎたところの「親孝行」でも、「親孝行しているふりをする」のでいいのです。まずはできることを、一つずつ。一歩一歩です。心などは気にする必要はありません。


でも本当に許せないのであれば、親を叩きのめすことも可能です。完膚なまでに徹底的に叩きのめすのです。その方法があります。それは「先に謝ること」です。「お父さん(お母さん)、今までごめんなさい」と言ってみるのです。もしもその人に親としての心が残っているのならば、反論することは考えにくいです。中には感極まって泣き出す方もいらっしゃるかもしれません。そうなれば勝ちです。徹底的に叩きのめせました。おめでとうございます。


でも、そこまで叩きのめすのも忍びない、、、とおっしゃるのならば、まずは出来ることを第一歩しかありません。形だけです。心はどうでもいいのです。で、ご先祖様の話に戻りますが、もし、仮にあの世でもどこでも、ご先祖様がそんな姿の、そんな努力をしている子孫である貴方を見たら、どう思うでしょうか。とても可愛い、愛おしいと思うのではないでしょうか。私がご先祖様の立場ならそう思うでしょう。そして最大限にサポートしたくなります。でもこう言うと、「サポートしてもらいたいがために形だけ許したふりしてもいいのですか?」と反論されるかもしれません。何度も言いますが、心はどうでもいいのです。形だけ。仮に「ご先祖様からサポートを受けたいぞ!」と思って、形だけそのふりをしてもいいじゃないですか。でも形だけでもそうしていると、必ず「心」は後からついてきます。


人はなぜか「心」のことをすぐに気にしてしまいますよね。「心がなってないから・・できない」なんて言いますが、正直って、責任逃れの言い訳にしか聞こえません。行動しないための言い訳にしか聞こえません。ここで言う「心」ってのは意識の世界です。本当に重要な「潜在意識」の世界は、行動にこそ影響されるのです。言い換えると、行動こそが潜在意識を騙すことができるのです。どっかでも言ったと思いますが、お客さんに対して本当にありがたい気持ちで「ばかやろう」と言うのと、こんちくしょーと思いながらでも「ありがとうございます」と言うのとでは、どちらがお客さんにとって心証いいでしょうか。もっとも、ありがたい気持ちで「ばかやろー」とは言えないでしょうが、仮にそうであったとしてです。言うまでもないですよね。心はどんなであれ「ありがとうございます」と言った方がいいに決まってます。

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話し戻しますが、「心」なんてどうだっていいのです。許している、親孝行している「ふり」をするだけでいいではないですか。それでもし、「心がなってない」と言われたら、それを言う人の心ってなんぼのもんやねん、と言いたくなります。とは言うものの、「心がなってない」と言われるには、それなりの理由もあるのでしょうから、それを言わせないくらいに演技をすればいいだけの話です。心なんて後からついてきます。ちなみにNLPでニューロロジカルレベルって考え方(スキル)があるのですが、そこではまず底辺に「環境」があります。その上が「行動」、その上が「能力」、その上が「信念」、その上が「存在そのもの」、さらにその上があるとすればスピリチュアルな領域と定義されています。ここでのスタートは「行動」です。親孝行のための「行動」をその気がなくてもしていれば、そのうち親孝行の「能力」が身に付きます。それが身に付けば、親孝行の「信念」が芽生えます。それが芽生えれば、親孝行する「存在そのもの」になります。そうなれれば、心から、潜在意識から親孝行ができるようになるのです。


話が何だか長くなりましたね。ミクシィ日記ではあっさり書いていたのですが、ブログに書き始めると、つい長くなってしまいます。てなわけで「ご先祖様からのサポートを得る唯一の方法」とは「親孝行」なのでありました。最後に私なりの「親孝行」の定義を。。。


親孝行とは「親がこの世からいなくなる時に『生まれてくれてありがとう』と言われ、そして『生んでくれてありがとう』と言えるような関係、つまり親子間における『win-win』の関係を確認するに至るまでの一連の行動様式のこと」と定義します。


ここで質問です。


「それではそのような『win-win』の関係を最終的に確認するために、今、貴方ができることはなんですか?」


ありがとうございました。(別にコメント欄に答えなくてもいいですから~^^)



【21日滝行日誌 4日目 雨のち晴れ】
今日はちょっと寒かった。頭がガンガンした。今日は米、納豆、大根と揚げの味噌汁、りんご、キャベツを食べた。

Commented by きらら at 2007-04-04 21:34 x
「許す」ほとんどの人がなんらかの形で許す事の難しさを感じているのではないでしょうか?
心のなってなさが相手に分からないくらい、完璧に演じきるって面白そうです。
ゲーム感覚というと語弊がありますが、気持ち的に重くならずチャレンジできそうですね。
出来る一歩を踏み出したいと思います。
Commented by powder_ski at 2007-04-05 12:45
私もウツの治療を通じて、言葉や行動が思いよりも先にくるということを実感しました。NLP的な裏づけを知れたことで、安心感が増しました。すばらしい記事をありがとうございます。ウツ仲間に紹介したいくらいです!
Commented by katamich at 2007-04-07 13:00
■きららさん!
そうですね。ゲーム感覚でいいと思いますよ。
重くならずに一歩一歩。
Commented by katamich at 2007-04-07 13:01
■powder_skiさん!
なるほど、体験として実感されてるのですね。
ほんと、形からでいいと思います。
心なんて、あと、あと、です。
by katamich | 2007-04-03 00:46 | ■精神世界 | Comments(4)