宇宙となかよし

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2007年21日行(その1)満行 2007.1.27

 2007年の最初の「21日滝行」の最終日です。正確には昨日が21日目なんですが、今日の朝にお礼参りをして晴れて「満行」となります。5時に起きて車で北九州の畑観音に行きます。今日もさほど寒くはありませんでした。今回は氷を割ってから滝に入るような場面もなく、寒さの面では比較的恵まれていたと思います。反面、ちょっと物足りなかったかもしれないのも事実。でも、これも滝。自分の意思で滝の温度を変えたりなんてのはできっこないわけですから。変えられるのは滝に対する自分の「想い」だけ。温かくても冷たくても「想い」は一定。そういう境地を目指したいと思っています。

 今日は10人ばかり来ていましたが、最後の締めは私。般若心経7巻をゆっくりと唱えて、縁のある真言をすべて3巻ずつ唱えて出ます。般若心経を唱えているとき、途中で涙が出そうになった瞬間がありました。なぜそうなったのか覚えていないのですが、今考えると、あれは「感謝」だったのではないかと思っています。

 感謝。会社を辞める一年前くらいから、どうもこの言葉が気になって仕方ありませんでした。そして「感謝」を表す「感謝します」「ありがとう」「ツイてる」などの言葉を意識的に使うようにして、不平や不満を表す言葉はなるべく使わないようにしてきました。すると、やはり明らかに人生が変わってきました。転機は2004年の3月から6月あたりだったのですが、それ以来、私の言葉遣いは180度変わりました。同時に「感謝」という言葉の重みをかみしめるようになりました。正直言います。言葉を変えると人生は変わる、、、というのは事実だと思います。少なくとも私に関しては。単なる偶然だとは思えません。五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」では「いいことがあったら『感謝します』」、「良くない事があったら『ありがとう』」と言えばよいと書かれてあって、そのとおりにしてきました。するとやはり「感謝します」のあとにはもっと感謝したくなるようないいことが続きますし、よくないことがあっても「ありがとう」と言えば、よくない連鎖は断ち切れ、本当に「ありがとう」と言いたくなるようないいことが起こってきます。一番極端な体験で言えば、昨年の10月に間違えて8千円失ったことに気づいた瞬間「ありがとう」と言ってしまい、その10日後になぜか私に寄付したいという方が現れたとか。その額は10万円でした。直接的な因果関係はわかりませんが、私にとっては無関係とは思えないのです。

 それ以外に、フリーになってから幾度となく訪れる「危機」に直面しても、「感謝します」と「ありがとう」を、連呼するわけではありませんが、何かあるごとに言っていると、不思議と「危機」を乗り越え、チャンスが訪れるのです。これも因果関係はわかりませんが、私としては無関係とは思えないのです。本当に不思議なことばかりなのです。

 その一方で私は現世欲の塊です。お金も欲しい、時間も欲しい、したいことしたい、行きたいところに行きたい、会いたい人に会いたい、、、そんな欲の塊の人間です。他人の幸福よりも自分の幸福を願っています。もちろん他人の不幸を願うことはありませんが、自分の幸福大好き人間です。他人の幸福を自分のことのように喜ぶこともありますが、別に喜ばないこともあります。「感謝」の言葉を使っていると幸福になる、、、とは言い切れませんが、少なくとも「気分がいい」ことだけは確かです。なので好んで使っています。そしておそらく、マジで感謝しています。感謝したら何か知らないけどいいことが起こる。そんなこともなぜか腑に落ちています。いいことが起きて欲しいから感謝する。さすがに露骨にはそう思いませんが、感謝したあと、何かいいことが起こるのを期待している自分がいるのも事実です。そしてそれは本当に現実になります。現実になるので、素直に感謝しています。そこでひねくれる必要もない訳でして。

 そんなわけで、私の日々というのもまさしく「感謝」と「幸福」の連鎖の中にあるのですが、一方で、ほんの時々ですが、無条件に「感謝」したくなるときがあります。「○○だから感謝」ではなく、とにかく「感謝」だけが独立して心に芽生える瞬間があるのです。そう頻繁にあるわけではないのですが、その極一瞬の無条件の感謝に出会えたときってのは自然と涙が出るようになっているのです。そういう瞬間ってのは何事にも変えがたい感覚が身体を駆け巡ります。このために生きているのだな~なんてことも感じたりします。2年前に会社を辞めて、その直後にインドに行った時の話ですが、インド人に突然殴られて、ほとんどお金を取られて、5,000円で一週間ラダックに滞在する破目になったとき、何もすることがなくて丘の上で般若心経を1000巻あげたときがありました。5日間に分けてですが。その最終日の5日目は800巻から始めるのですが、ちょうど50巻を唱えたくらいに、突然、涙が出てきたことがあります。とにかく滝のように涙が出てきました。丘の上のお寺(ゴンパ)からラダックの土色の大地を見下ろしながらも目は洪水でした。その時に自然と出てきたのが「感謝」でした。散々、泣きまくったら妙にスッキリして、あとは普通に残りを唱えて丘を降ります。翌日は無事デリーに戻りました。

 あの感覚だけは今だに不思議です。わけもなく「泣く」なんてのはそれまでの人生ではなかったわけですから。いい話を読んだり、いい音楽を聴いたりして涙を流すことはありましたが、般若心経を唱えているだけであそこまで泣けるなんて不思議でなりません。もちろんあの場とか状況も手伝ってのことでしょうが、本当に不思議な感覚でした。「感謝」という言葉や気持ちには、人間の魂をふるわせる何かがあるのでしょうか。

 そんな感覚が今日の最後の滝の中で、一瞬、蘇ってきた気がしました。でも、考えてみると、やっぱりこうやって21日間も毎日滝に打たれることができるなんて恵まれてるわけです。去年の100日行の時も思いましたが、普通の生活では難しいはずです。初めての21日行の時はサラリーマンでしたが、あの時も本当に偶然が重なってたまたま21日間出来たのですが、それが一週間でも前後にずれようものなら不可能でした。まさしく「潜在意識」の偉大さを体感した瞬間でした。正直言って私は恵まれています。あらゆる意味において。恵まれてるから滝行ができるのか、滝行をしているから恵まれるのか。どっちが先かはわかりませんが、少なくとも、滝行が出来るほどに恵まれていることだけは事実です。言い方を変えると滝行を続けるためには恵まれ続けるしかないわけです。それは健康面はもちろん、生活面でも、周囲の理解という面でもです。今、レギュラーで滝行に来ている人ってのは、例外なく恵まれています。もちろん滝行に来なくなった人が恵まれてないわけではないのですが、少なくとも、見ている限り、滝行にずっと来ている人はなぜか恵まれている気がします。

 このことにもしも理屈を付けるとなると、こういう考えもできます。まず「滝行を続ける」には健康でなければなりません。また、ある程度の生活ができ比較的時間に恵まれている必要もあるでしょう(激務のサラリーマンには難しいなど)。周囲の理解をはじめ、人間関係もきちんとしている必要があります。もっとも、ホームレス同然のような生活で、生きていく最低限の食料を托鉢か何かで得ながら、たった一人で行を続けることも不可能ではありません。でも、そんなのは好きではありません。楽しくありません。なので滝行を続けるためにはある程度は恵まれていることが条件になると思います。逆に言うと滝行を続けるにはそれらの恵まれた条件を満たす必要があります。だとすれば「滝行を続ける」ことに意識や行動をフォーカスすれば、自然とそのための条件は満たされるわけです。つまり、「形をつくる」ことです。結婚するためはある程度の経済力、安定性が必要となりますが、それらが整うまで結婚しないと言うのであれば、いつまでたっても結婚できません。逆に結婚してしまうことで、自然と条件が整うこともあるわけです。つまり「○○できるまで●●しない」ってのは●●の実現を大幅に遅らせてしまうわけです。それよりも「先に●●することで、あとから○○を整える」と考える方が、目先のリスクはありますが、その方が実現は早いわけです。私のやり方はほとんどがこうです。生活力ができるまで会社を辞めない、、、と考えていたら、今でも辞めてはいないでしょう。でも、なぜか先に辞めてしまったことで、今は現実に生活ができているのです。

 こんなことを書くと、「願望実現するためには滝行」なんて考える人があるかもしれませんが、そういう人はたぶん続かないでしょう。なぜならすぐには結果がでないから。私の場合、最初は純粋なる興味でした。やっているうちに「21日行」をしたくなって、その次は「100日行」がしたくなって、そうやるためには、生活も安定させねばならない状況におかれ、結果論としてそうなっているだけの話です。

 話がそれてしまいましたね。今日の感謝の涙の正体はわかりません。私が滝行できるほどに恵まれていることへの感謝なのか。もしくは、とにかく無条件の感謝なのか。。。感謝の意味、種類はわかりませんが、少なくとも「感謝」の気持ちを抱いたのは事実です。この21日間ってのは、本当にいろんなことがありました。奇跡の日々と言っても過言ではありません。そして何かあるたびに感謝していたような気がします。でもって、そういう気持ちってのはなかなか良いわけです。現世欲むき出しであろうが、無条件であろうが、とにかく「感謝」の気持ちが芽生えてきたのだけは事実です。そんな気持ちはやっぱり大切にしていきたいな~と思います。

 そんなわけで今年最初の21日行が終わりました。とっても楽しい21日間だっただけに、終わったのがちょっと寂しい気もするのですが、まあ、今年は全部で5回はやりたいと思っています。とても楽しみです。2月はまた大阪に帰ったり、いろいろ忙しくなりますが、なるべく滝には行くようにして、春のエネルギーを浴びまくりたいものです。

 ほんとうにありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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by katamich | 2007-01-27 23:13 | ■精神世界
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