宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

「コーチング」に限界を感じる 2006.10.1

 今日から10月1日です。今年も残すところ3ヶ月。100日は切りましたね。あとちょっとで、2007年か~。ところで、最近、「ディクシャ」って流行ってるみたいですね。「ディクシャ」とは一種のヒーリングのようなもので、「悟り」のために不可欠なプロセスだと言われます。インドのカルキ・バガヴァンという人が世界中に広めている方法のようで、実は私も昨年、まさしくインドのバガヴァンのワークで身に付けてきた人から「ディクシャ」を受けたことがあります。以前書いた「黄金の玉が頭の中に入った!2005.4.2」の記事でそのことについて述べています。じゃあ、「悟り」って何かというと、他人との差をなくすこと(=差取り)、すなわち、「人類が一つになること=ワンネス」だと説明されます。「悟る」ことによってあらゆる「苦しみ」から解放され、競争や差別のない世の中になるのだそうです。私が「ディクシャ」を受けたときに聞いた話を覚えている限りで再現いたしますと、「悟りとは得るものではなく与えられるもの」「悟りとは脳の配線が物理的に変わること」「悟った人とそうでない人とは脳の形が違う事がCTスキャンでも確認されている」「お釈迦さまの頭が盛り上がっているのは悟った証」「その悟りとはディクシャによって与えられるもの」「一度悟ると、二度と元に戻ることはない」「2008年に日本人全員が悟るので、政府と言う概念もなくなる」、、、などなど。私は一度「ディクシャ」を受けたので、「悟った」し、「あらゆる苦しみから解放された」ことになります。と言いながらも、個人的にはまだまだ理解が及ばないところがあります。「悟り」の定義や状態としては、主観的な漠然とした感がありますが、客観的には「悟り=ディクシャを受けた後の状態」だとすると、トートロジーに陥ってしまう気がします。じゃあ、別の観点から現象としてどういう結果になるのかと言うと、「苦しみから解放される」と言われますが、それ自体非常に「主観的」でもあります。では、私にディクシャをしてくれた人(インドでバガヴァンから授かった人)の言うように、「2008年には日本人全員が悟る」のであるとすれば、極端な話、「日本政府」と言う概念がなくなることになります。もし本当にそうなるのであれば、すごいことだと思います。もちろんこれは極論なんでしょうが、バガヴァンが言うには地理的な問題で「日本が一番最初に悟る」のだそうで、それが2008年中なんだそうです。いずれにせよ、このムーブメントがどうなるかは注目したいのですが、私個人的にはやや客観的に見ていきたいと思います。精神世界好きの中だけの一種のブラシーボ効果ではなく、いわゆる一般的な人の間でも「悟り」を求めてディクシャを受け、その結果、「あらゆる苦しみから解放された」のであれば、本当に画期的なことです。しかし、私の今のスタンスとしては、正直、「やや批判よりの中立」と言うところでしょうか。頭から否定するものでもなく、かと言って、没入する気にもなれないのが正直なところです。是非、いろんな人の意見を聞いて見たいところではあります。

 ところで、今日は日曜日ですが、何件かの「100人コーチング」をしました。9月から始めた「100人コーチング」ですが、やっているうちにいろんな「気づき」を頂くことがありあすので、前置きが長くなりましたが、今日はそれをテーマにしたいと思います。100人コーチングも現在43名。9月になってからも20名以上の方のコーチングをさせて頂きました。猛烈に勉強になってる実感があります。ただし、申し込んでこられる方で、本来的な「コーチング」になるのは、全体の2割もいません。他は「私と単に話をしてみたい(雑談)」が1割、そして残り7割が「悩み相談」になります。極端ですが、私の感じるところは、こういう割合です。本来的な「コーチング」では、「現在漠然とやりたいことはあるけど、最初の第一歩が踏み出せない」とか「日々、やらないといけないことは自覚しているけど、時間の使い方が下手で、なかなか上手くこなせない」といった方が対象となります。そういう方には、いわゆるコーチング・スキルを使いながら、具体的な「行動」への落とし込みを行うことができます。その最初の「第一歩」をコミットメントできれば、だいたい48時間以内に「やりました」というメールが自然と来るようになります。もちろん私はメールを出すようお願いしたりはしていません。こういう方に対しては、私のたった一回のコーチングでも少しは効果があったかな、と嬉しくなります。別に48時間以内でなくとも、一週間経ってから「Qさんのコーチング以来、ちょっと生活のリズムが変わりました」なんてメールも頂くこともあるのですが、こういう方も非常にOKだと思います。

 「雑談」が目的の1割の人は、私と30分から一時間話をして、「楽しかったです」と言っていただけます。これはこれで、ご本人が満足されているのですから、私としても満足です。ちなみに自慢じゃないですが(・・・と言って自慢)、私のコーチングを受けられた方の8割以上は「楽しかった」という感想を持って頂けるようです。「楽しい」と言われるのは、コミュニケーターとして本望です。

 で、残り7割、と言うか大多数にあたる7割の方は、大きな意味で「悩み相談」となるケースが非常に多いです。一番多いのは、「何をすればよいのかわからない」といった悩みで、その中には「天職」や「生き甲斐」探しなども含まれます。その場合のアプローチは、例えば最初に「定義づけ」をします。つまり「天職」は何かにいきなりいくのではなく、その方にとっての「天職」という言葉の意味を明確にするところから始めます。すると、「天職=楽しい、遣り甲斐がある、稼げる、魂が震える、、、など」、たくさんの定義づけが出てきますので、今度はその定義に基づいて「質問」すれば、段々と明確になってきます。たいていはご自身で「何が天職か」分かっているケースが多いので、こちらはそれを引き出せれば、とりあえずOKです。それでもなかなかしっくり来ない人には、得意の「エピソードトーク」となります。私自身が「天職」や「生き甲斐」に関して思っていること、それを表す逸話などをお話した上で、その感想を聞くようなやり方をしています。例え話やエピソードトークをすると、ありきたりの質問では出てこない、強烈な気づきをもたらすことができます。

 他は「人間関係」に関する悩みが多いようです。友人、家族、会社、恋人など。非常に複雑な場合もあるのですが、ちょっとしたコミュニケーションの工夫で、解決への突破口が開ける場合もあるので、こうなるとコーチングというより、コミュニケーションのティーチングとなることが多いです。

 他は私にとって非常に厄介なのですが、いわゆる「トラウマ」関係です。私の場合、このブログを通して申し込まれる方が大半なので、基本的なラポールは築かれています。そして実際にお話してみると、ちょっとしたスキルと、私の強みとして声がいいので(笑)、より深いラポールを築くことも可能です。そうなると、いかにもコーチング的な「未来志向の目標達成」からは離れ、「トラウマの解消」とか「クレンジング」といったことが必要になってきます。中には涙ながらに悩みやトラウマをお話される方もいらっしゃいます(結構、多いです)。しかし、私的には正直言ってどうすればよいか分からないような状況に立たされることもあります。例えて言うと、外科手術で、胸を切り開いたはいいけど、どのように治療すればよいか分からないような状況です。私はメスを持って「胸を切り開く」ところまではできるのですが、その後の「治療」については自信を持って施すまでには至りません。勝手に胸を切り開いときながら、患者さんに対して、「それでは、どのような解決方法が考えられますか?」なんてコーチング的質問はまったく無意味であり、不誠実です。その解決方法を提案するのが医者(コーチ)の役目であるはずです。こういうときは、いわゆる「コーチングスキル」は通用しませんので、私としては、「ひたすら話を聞き、同意する」「例え話をして、考えてもらう」「さりげなく話を元に戻す(胸を縫い合わせる)」ぐらいしか考えようがありません。そこで適格な「治療」が出来ればいいのですが、それは「カウンセリング」の範疇に入るのでしょう。ただ、「ひたすら話を聞き、同意する」だけでも、かなりの人が癒される場合があるので、それはそれでいいのかとも思います。こういうときは決して未来志向的な「質問」をしてはならないと思います。

 ここまでの話をちょっとまとめてみます。これまでお話した人のタイプとそのアプローチです。

①夢や目標が漠然とでも目に見えている人(2割):コーチングスキルで対応

②単に私と雑談したい(1割):最初は月並みにコーチングをするけど、途中から雑談→かなり楽

③悩み相談(7割)
 -いわゆる自分探し(4割):コーチング+ティーチングで対応
 -人間関係の悩み(1割):ティーチングで対応
 -トラウマ関係(2割):コーチング困難


 こうやって考えると、いわゆる「コーチング」の対象となる方は、全体の2割ちょっとにしか過ぎません。曲がりなりにも「コーチングします」と言って呼びかけているにも関わらず、本来的な意味での「コーチング」が出来るのは2割程度ですので、もっと一般の人にしてみると、もしかしたらコーチングの対象となりうる人って、全体の1割にも満たないのではないでしょうか。コーチ仲間、プロコーチの間で、しばしば「アンコーチャブル」という言葉が使われます。要するに「コーチできない人」のことです。しかし、そう言ってしまうと、私が感じた分類的にはほとんどの人が「アンコーチャブル」になってしまいます。本当にそれでいいのでしょうか。コーチングしやすい人だけがクライアントならば、それはもう理想的です。極端な話、黙ってても目標達成してくれ、感謝されるのですから。でも、大半は心に何か悩みを持っていたり、自分には分からない答え、または救いを求めてセッションを受けられるのだと思われます。

 コーチングにおいては、しばしば「提案をしてはいけない」とか「過去のトラウマに触れてはいけない」とか言われます。確かに狭義のコーチングではそうかもしれません。しかし、誰もが自分の都合の良いクライアントであるとは限りません。都合の良い人だけクライアントとして認めて、それ以外は「アンコーチャブル」として切り捨てるような考え方は賛同しかねるところがあります。提案を求められたら、適格な提案が出来なければプロとは言えないでしょう。求められてるのに「なぞなぞ」みたいな質問されても、困りもんです。トラウマに関する話をし始めたら、それだけラポールがしっかり築かれたのだと思って、相手のニーズに合わせたコミュニケーションを取るべきだと思います。では適格な提案、ニーズに応じたコミュニケーションをするには、どうすればいいのでしょうか。やっぱり勉強しかありません。大きく「人間対人間のコミュニケーション」を仕事としながら、「ここはコンサルティング」「ここはカウンセリング」「ここはコーチング」などと言って、住み分けしようとすることは、単純に「勉強不足」に対するエクスキューズに過ぎません。もしも本当に「アンコーチャブル」であれば、別の人を紹介するなど、代替案を常に用意できてなければなりません。そのためには、コーチだけでなく、心理カウンセラー、医者、経営コンサルタントなど幅広い人脈が必要となるでしょう。要するにプロを名乗るためには「勉強」と「人脈」が重要だということです。

 「100人コーチング」を実践しながら、痛切に感じるところです。でも実践のお蔭で、本当にいろんな「気づき」を頂いています。一応、窓口は「コーチング」かもしれませんが、こうなったらどんな人でもお受けしたいと思います。スピリチュアルOK、オカルトOK、トラウマOK、恋愛相談OK、単なる愚痴OK、エロい話OK、深刻な話OK、質問攻めOK、もちろん雑談OK、なんでもOKです。当然、守秘義務は厳守します。時として、「泣きあり、笑いあり、感動あり」のコーチングとなる場合もあります。むしろ、そうなるよう目指していきたいと思います。今月から新しいスキルも習得に行きます。あ、そう言えば、今月の「オフ会」ですが、まだまだ受け付けしております。16日はあと2~3人、15日はまだ結構余裕があります(現在18名です)。てなわけで、10月になったことですし、気分もまた一新してエキサイティングに行きたいですね。今月もどうぞよろしくお願いいたします。

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100人コーチング」-ただいま 43人/100人 です。(まだまだ、受付中です)



【21日滝行日誌 16日目】
午前中は6時からコーチングだったため、滝は夕方。誰もおらず、ひっそりとした、静かな滝だった。行に入ると、炭水化物を必要以上に取ってしまう。意識的に控えなければならないと思う。
by katamich | 2006-10-01 23:35 | ■NLP・コーチング
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