宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

叫び声にビックリ! 2006.8.9

 今日も一日、オフタイムでした。働いている人には申し訳ないけど、今日もとってもゆっくりした一日でありました。本を読んだり、ネットを見たりして過ごしました。夕方、図書館に本を返しに(借りに)行ったついでに滝行に行ってきました。うんと暑い日々が続くので、滝行は本当に気持ちがいいものです。

 いつものように仏様に線香をあげてお参りして、本堂でお経をあげます。その時点で汗がじわじわとにじんでいます。滝に入るのが楽しみであります。そして滝着に着替え、作法をして滝に入ります。気持ちよく声を響かせて、祝詞から、お経、真言など一通りあげるのですが、気持ちがいいのでその後はしばらく観法で入っていました。そしていっそのこと三昧に入ってみようかと思い、その場に座り込み、半跏趺坐(はんかふざ)の姿勢でじっと滝に打たれます。とにかく「想い」を捨てることを目指してみます。聞こえるのは滝の音だけです。気持ちがいいです。その姿勢で5分と打たれていないと思うのですが、突然、「うおおおお~~~~!!!」というような叫び声が滝の中から聞こえてきました。その瞬間、ビクッとなって、なんとなく追われるように滝から出てしまいました。これは気のせいのレベルではなく、リアルに耳元で誰からが叫んだのです。もちろん辺りに人はいません。お日様もまだ明るいです。行の間はしばしば「霊音」が聞こえるのですが、今日の音ははっきりとした叫び声でした。今までは囁くような霊音(声)で、うっとうしいな~と思う程度だったのですが、今日は突然驚かされたようで、思わず反射的に滝から出てしまったのです。

 まあ、単純に言うと、チャンネルが合っちゃったんでしょうね。ただ、今日の状況に関して言えば、ちょっと中途半端だったと思います。なにせ反射的に出てしまったのですから、中途半端にならざるを得ないのですが、本来はもっと入っていて、もっと深いところまで入って行く方がいいような気がします。霊を見るとか霊の声を聞くなんてのはちょっと中途半端です。私の目指すところは「水になる」ことです。人間の70%は水でできていますが、最終的には滝の水と体内の水の区別がつかないくらいになってみたいと思っています。ただ、そうなるまでには今日のように叫び声を聞いてしまったり、時にはオバケ(幽霊)が表れることだってあるのです。今日の夜辺りオバケ君が出てきそうですが、まあ、大丈夫です。うっとうしい時は体外離脱して九字を切るか、そこまでしなくとも、光明真言や般若心経を唱えてあげるだけで、安心していなくなってくれます。以前はおばあちゃんが横に現れて、仏具を私に手渡しながら稲荷台明神の真言(をんきりかくそわか)を唱えてきたこともあります。その時は一緒に唱えてあげると、窓の付近に現れた幽霊がすう~っと消えていきました。ただ、正直なところ、あんまり幽霊は見たくないものです。突然、現れるのでビックリしてしまうのです。

 しかしまあ、普通に瞑想していると、30分から一時間かけないとトランス状態に入らないのが、滝の中で半跏趺坐で瞑想していると、ものの5分程度でトランスに入ってしまいます。このトランスへの「入り癖」がついてしまうと、日常でも割とスムーズにトランスに入ってしまいます。私も時々、起きながらにしてトランスに入ることがあるのですが、そういう時ってわけのわからないシンボルやらイメージが出てくることがあります。その時に見たイメージを覚えていることもあるのですが、忘れることだって少なくありません。以前は火星の風景を見てしまったようです(導師いわく)。実は、、、今まであまり言わなかったし、どちらかと言うとアンチサイキックなところがあるので、言いたくなかったのですが、、、実は最近、ちょっと見えちゃったりしています。それが過去世なのか、未来なのか、別次元の世界なのかわかりませんが、ちょっとした弾みで突然、「ビジョン」が見えてくるのです。ただ、これが何なのかわかりませんし、自分自身でコントロールすることもできません。とにかく、何かが見えてしまうのです。便利と言えば、コーチングをしている時などは、電話であってもクライアントさんの表情がすぐに浮かんできて、その顔を見ながら質問できたりするのですが、日常でもしばしば「何か」が見えてしまうのです。ようするに感覚が鋭くなったのか、妄想深くなったのかわかりませんが、近頃、確実に何かが変わってきているようです。一昨日も書きましたが、想念化が進んでいるというのでしょうか。人から連絡が来ると思えばすぐに来るし、収入が入ると思えばすぐに入ってきます。なんとなくアボリジニ的になっているのかもしれません。ちょうど今読んでいた本にもそんなような事が書かれてありました。ちょっと紹介します。

 
 アボリジニの特徴の一つは、想念の力にゆだねた生活を送っているという点です。たとえば、砂漠を旅行するときには食料ももたずに、わずかな水だけをもって彼らは出かけていきます。そして毎朝、半円形に並び、族長が宇宙にお祈りをささげます。
 「もし宇宙の調和を乱さずに、すべての生き物にとっていいことならば、今日もわれわれに糧を恵んでください」
 すると、必ず蛇や虫が出てきて食べ物にありつけるのです。地下水にもありつけます。時には族長でない人がお祈りをします。お祈りをすると想念に鳥が浮かびます。そこで、「今日はどうも鳥が飛んできそうだ。みんあで鳥を食べよう」というと、本当に鳥の大群がとんでくるのだそうです。(天外伺朗「宇宙の根っこにつながる生き方」p.66)。



 これに似たような事が最近、頻繁に起こってきます。なのであんまり不安がありません。極端な話、「想えば得られる」のですから。ただ、自然と出てくるビジョンだけはよくわかりません。何だか3次元だか4次元だかの境がなくなってきているようにも感じます。今日聞いた滝の中での叫び声ももしかしたら霊ではなく、過去世か未来か別次元からの声かも知れません。自分自身、なんとなくそういうところから目を背けがちになっているのですが、もしかしたら必要なメッセージが隠されているのかもしれないな、、、と今日、ちょっと思いました。なので、今後はできるだけ正面から向き合ってみたいと思う、あいかわらず暑い夏の夜のことでした。そして今日は満月だったりします。

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by katamich | 2006-08-09 22:30 | ■精神世界
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