スピリチュアルなジャズ 2006.5.7

b0002156_10293465.jpg 今日はゴールデンウェーク最後の日。朝はゆっくりして、昼からは吹奏楽の練習に行きました。さすがに人数は少なかったのですが、初めてする曲ばかりでとても楽しい合奏でした。願わくば、私がもう少し上手であれば、もっともっと楽しくなるのでしょうが、そればかりは自分の責任以外の何ものでもありませんね(笑)。

 音楽の話ついでですが、私はジャズが好きです。とっても好きです。18歳の頃から本格的に聞き始めて、ジャンルとしては一番親しんできた音楽だと思います。CDもざっと数えたところ500枚以上は優にありそうです。コレクターとしては多くないかもしれませんが、私はコレクターではなく完全なるリスナーなので、そこそこ多いのではないかと思います。私がコレクターでないところは、ほとんどすべてを「きちんと聴いている」ところにつきます。とりわけ20歳前後でなけなしのお金で買ったCDなどは、何度も何度も聴いているので、聞いた瞬間にその当時のことがフィードバックして、とても愛おしくなります。最近は買うことは少なくなってきましたが、一時期、買いまくりの時期があり、その時期に買ったものはさすがに思い入れの点で少々劣るかもしれませんね。でもやはり、普通のコレクターやリスナーよりはきちんと聴いているので、CDを手に取ったときに、その雰囲気は普通に思い出されます。よくコレクターと呼ばれる人たちが「重複買い」を自慢する事がありますが、何やってんだ、、、と思うのが正直なところです。「重複買い」というのは、以前に買ったものなのに店頭で見つけてまた買ってしまうやり方です。要するに聴いていないので、何を買ったのか覚えていないのです。

 そんな話はともかく、最近でも読書やパソコンをしている時に、自然とジャズが流れているようです。一時期、民族音楽やヒーリングミュージック、クラシック、ポップスなどに流れた時期もありましたが、何だかんだ言って、最終的にジャズで落ち着いてしまうのです。我ながら本当にジャズが好きなんだな~と思います。ジャズというと、聴かない人にとってはダンスミュージックのように誤解されることもあるのですが、ものすごくエキサイティングでスリリングでありながら、ある時はヒーリングでもあり、またスピリチュアルです。今日はこの「スピリチュアル」という観点から私のお奨めジャズの話をしたいと思います。

 スピリチュアルな音楽と言うと、瞑想とかヒーリングとか類の音楽、またはアヴァンギャルドなトランスミュージックのように思われるかも知れませんが、私の場合はそういうものに限定していません。大きく、「なんかわからんけど、魂にグッときて感動させられることもあれば、心から癒されることもある音楽」のようにとらえています。この「なんかわからんけど」というのがミソです。ヘミシンクCDなどは、脳波を深いところまで持って行って、深いトランスや三昧、さらには体外離脱して別の世を見に行こうなんて、いかにも作為的な音楽のようであり、これが悪いとは言わないまでも、魂を揺すぶられるような音楽ではありません。倍音をぶいぶい聴かせるディジュリドゥやガムラン、ホーミーなどの方が、よほど魂に響きます。ただ、これらは宗教や儀式的であり、本人たちが「音楽」という範疇で演奏してるかと言うと、おそらくそうではない気がします。もちろん立派な音楽なんでしょうが、本人たちにとって見れば呼吸のようなものでしょう。そういう意味で、あまり作為的であってもいけないのですが、かといって自然すぎてもどうかというところで、いわゆる「芸術(アート)」というのはそういう「人工」と「自然」の絶妙なバランスの上で成り立つものだと思っています。もちろん語義的には「アート」=「人工」なんでしょうが、それを支える自然的なもの、いわゆる「魂」と呼ばれるものがなければ一流の「アート」として完遂しないものだと考えています。

 そういう意味で、音楽については「モーツァルト」の音楽が「人工」と「自然」をうまくマッチさせた究極の「アート」と呼ばれるものかもしれません。モーツァルトの音楽自体はきちんとした音楽技法(今でいう古典的な)の上で成り立つものであり、その点、「人工」なんですが、「アマデウス」という映画でもわかるとおり、彼は次から次へとスイスイと淀みなく作曲してしまいます。まるで呼吸や日々の営みのように自然と曲がつくられていくので、その点、「自然」を感じさせます。そして出てきた音楽は、その完成度から言っておよそ「宇宙的」であるように、理路整然としており、また、その音楽には脳や潜在意識に働きかけ、癒しや活力をもたらすことが証明されています。いわゆるモーツァルト・エフェクトというやつですが。そういう意味で、「なんかわからんけど、魂にグッときて感動させられることもあれば、心から癒されることもある音楽」というスピリチュアルな音楽と言えば、「モーツァルト」が究極になるのかも知れませんね。

 ただ、モーツァルトの場合は、ちょっと「宇宙」的過ぎて、人間臭さがあまり感じられないので(もちろんモーツァルト自身はものすごく人間臭く、曲のモチーフにしても多分に人間臭いものが多いのですが)、私としてはもう少し「人間」を感じさせるスピリチュアルな音楽を求めたいわけです。そこで私がいろんなジャズを聴いているなかで、これぞ「スピリチュアル」と考えられる奏者がいます。その名は「ミシェル・ペトルチアーニ」。

 ペトルチアーニという名はジャズリスナーの間ではメジャーなんですが、いわゆる一般の人たちにはあまり知られていないと思います。マイルス・デイヴィス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーン、ルイ・アームストロングのようなビッグネームと比べると、一般的な知名度はグッと下がるでしょう。また、フランス人なため、いわゆるアメリカジャズの本道からも外れていることも、メジャー視されない一因なのかもしれませんね。ただ、レコーディングを含め、活動自体はアメリカが多いのですが。また、先天的な身体障害を持って生まれ、20歳までの命と言われていたなど、そのハンディキャプトな面を強調され、音楽の本質が見えにくくされている面もあるかもしれません。さすがに彼の音楽を聴いた事がある一般のジャズリスナーの中にはそんなのはいないのでしょうが、あるジャーナリズムでは「障害を乗り越えて」なんて書かれ方をされて、妙に腹が立つ事があります。彼の音楽をきちんと聴けば、障害の話をすることなんて馬鹿馬鹿しいことがすぐにわかるはずなんです。

 余談ですが私は、いわゆる障害のある方が出演する番組やステージが好きではありません。いえいえ、ちょっと誤解を生みそうなので正確に表現しますと、「障害を売りにした」番組やステージが好きではありません。以前、ある方からゴスペルコンサートのお誘いを受けたことがあります。スウェーデンの女性シンガーだったのですが、生まれ持って両手両足がないのです。「ふ~ん」と思ってチラシを見ると、、、主催が「北九州市社会福祉協議会」。。。これを見て行く気がなくなりました。協賛もそういう福祉団体ばかり。なぜ、ゴスペル協会や愛好家、キリスト教会などが主催をせず、社会福祉協議会なんでしょうか。おそらくオファーを受けたシンガーは、仕事として歌を歌いに、歌を聴いてもらいに来ているはずなのが、主催や協賛の関係から、お客はいわゆるゴスペル愛好家ではなく、福祉関係者であることが容易に推測できます。「両手両足がなくても頑張って歌っている・・・」なんて思われたら、シンガーに対して非常に失礼でしょう。もちろん多くの人に勇気を与えるコンサートにはなるのでしょうが、音楽好きとしてはどうも釈然としないんですよね。おそらくコンサートの開始前には社協の会長なんかが「○○女史は、生まれ持って両手両足を失っているという大変なハンディキャップがあり・・・」なんて挨拶をするんでしょうね。歌を聴くのにそんな御託は関係ない!!!のです。

 話がそれましたが、ペトルチアーニはそういう偽善的な演出とはまったく関係ない本物のピアニストでした。「・・・でした。」と書いたのは、彼はその障害が元で既に故人となっているのです。まだ30代半ばでしたが、医師からは20歳までの命と言われていたので、思ったよりも長生きしたのかもしれません。しかし彼の演奏は、故人となった今でも決して色あせることはありません。パーカーやマイルスと同じように、永遠に聴かれ続けることだと思います。ペトルチアーニのピアノの特徴をここで述べるは野暮な感じがするので控えますが、仮に部屋で何気なく聴こえていたとしても、おそらく多くの人が「このピアノいいね」とかもらすと思われます。ジャズを聴かない私のツレもそうでした。これなんですよね。もしこれが晩年のコルトレーンや電化時代のマイルスであれば、天才であれど「うるさ~い!」で終わるところ、ペトルチアーニの場合は「このピアノいいね」となるのです。ヨーロッパの人だけに、いかにもジャズジャズした感じでなく、クラシック的な薫りが感じられるところに、心地好さがあるのかもしれませんが、単なる耳障りのよさだけでなく、聴けば聴くほど深みにはまるような、「スルメ的」な味があります。ジャズを聴かない人でも、聴きまくっている玄人でも同時に楽しめるのです。

 そして私はこのペトルチアーニの音楽を聴いていると、トランスを超えて、体外離脱を経験した事が何度かあります。「なんかわからんけど」なんです。瞑想したり、ウトウトしているときにペトルチアーニを聴くと、どういうわけか脳みそにまで染み入るような感覚を得ます。こればかりは感覚的なものなので、説明のしようがありません。そこまで聴いてしまうと、もう抜けられません。「このピアノいいね」が「快感!」に変わってしまうのです。そんな意味で、私は「なにかスピリチュアルな音楽ってない?」と聞かれれば、迷わず「ミシェル・ペトルチアーニ」と答えてしまいます。とまあ、ここまで来たのでついでにペトルチアーニのお奨め版をご紹介しておきますね。活動期間の割には録音も多いのが不幸中の幸いですね。

ソロ・ライブ
 私はいつか自分でサロン的な空間を作って、いろんな人を招き入れたいと思っています。そのサロンにはペトルチアーニの音楽だけを流したいのですが、この人場合、スタジオ録音よりもライブの方がいい演奏が多いのです。となると拍手や間がある分、あまりサロン的でなくなるのが玉にキズなんですが、この「ソロ・ライブ」はとにかくいいです。ソロなんで、ペトルチアーニの魅力を丸かじりする事ができます。私のレビューもあります。

ディオ・イン・パリ
 オルガンのエディ・ルイスとのディオです。鍵盤同士のデュオなんて珍しいのですが、奇をてらうものではなく、あまりにも素晴らしいジャズになっています。これもライブ録音ですが、やっぱり素晴らしいです。エディ・ルイスがまた素晴らしい。

ライブ・アト・ブルーノート東京
 来日時のブルーノート東京でのライブです。オーソドックスなピアノトリオですが、ベースがアンソニー・ジャクソン、そしてドラムスがスティーブ・ガットという、全然オーソドックスじゃないトリオになっています。この場にいた日本人が羨ましいです。神君臨を感じたことでしょう。

 ちなみにペトルチアーニについてはこちらのサイトが詳しいです。

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by katamich | 2006-05-07 08:32 | ■音楽