100日行満行前夜 2006.4.19

 100日行も今日で99日目。この日が来ることは知ってたけど、本当に来るとなると感慨深いです。今日は5時から早朝コーチングのはずだったのですが、なぜか起きられず、申し訳なくもキャンセルとなってしまいました。この2~3日どうも体が重い感じがしていました。滝場に行っても導師から「元気がない」と指摘されて、自分でもどういうことなのかわかりませんでしたが、一の滝の美しい滝に打たれて、気分爽快、回復したようです。それにしても今日の滝は本当に気持ちがよく、何時間でも打たれていたい気分になりました。

 今日は100日前夜ということで、体の負担を減らすため、いつもよりもなお食事を少なめにしました。朝昼兼用でバナナとかぼちゃ。夜は夕方に味噌汁を作って飲んだだけ。それ以外はひたすら水で浄化していました。おかげで30分おきにトイレに行っていました。いよいよ明日なんだな、という気持ちです。

 そして明日のことに関して導師からご指導を頂きました。当初は20日の午前0時に滝に入って、そのまま24時間お堂にこもって般若心経を唱え続けるつもりでいましたが、若干修正がでました。

 まず、滝場に行くのは午前4時です。 日の出と共に第一回目の滝に打たれます。そして唱えるお経は般若心経ではなく「観音経」です。観音経は心経よりも長く、普通に唱えると5~6分はかかります。 それを24時間で108巻を目処に唱えます。そして日の出の滝を第一番目として、翌日の早朝までに約3時間おきに7回の滝行をします。その間、不眠・不臥・不食でのぞみます。ただ、水だけは飲んでもいいとのことです。

 このスケジュールだと、日の出を2回経験することになるので、夜中に入って夜中に終わるよりもいいです。また、0時に入っていたら丸二日以上起きていることになりますが、4時に入るのならば、早目に寝れば睡眠も取れます。私の場合は土曜日にも仕事があるので、ムリをするなということかのかもしれません。

 それにしても、なぜ、「観音経」なんでしょうか。今までは「般若心経」がメインで、「観音経」は毎日唱えてはいるものの、どちらかというと「般若心経」のサブのような気持ちでいました。本来はどちらもメインなんでしょうが、導師からも「観音経」のことはあまり言われたことがなかったのです。導師に「なぜ、観音経なんですか?」と聞くと、「そう言ってるから」という返事でした。つまり、宇宙(神や仏)が導師を通して私に命じたのが「観音経」ということなのです。これは素直に従うと共に、今日は仕事をしながら、「観音経」についていろいろ勉強もしていました。

 「観音経」とは字の通り「観音菩薩(観音様)」のお経です。日本で一番ポピュラーな仏様かもしれませんね。「般若心経」も主役は「観自在菩薩」つまり観音様なんですが、「般若心経」の主題が「空」に置かれているの対して、「観音経」はそのまま観音様のお力についての話がメインとなっています。では観音様のお力とはいかなるものなのでしょうか。「観音経」の出だしは、お釈迦様に対して、「なぜあの菩薩様は観音と呼ばれるのですか?」という問いで始まります。それについてお釈迦様が答えるのです。「観音様は人々の声を聴き、いかなることがあっても救わずにはおられないお誓いを立てたのだ。そしてその誓いは海のように深く、考えられないくらい長いものなのだよ。」、と。そして観音様のお力について説明します。

 観音様のお力とは・・・極めて簡単に言うと、「念彼観音力(かの観音の力を念じたなら)」によってあらゆる悩みや災害、煩悩、苦しみ等から解き放たれます、ということです。それをお経の中でいろんな例を出して、何度も繰り返し繰り返し唱えることなります。要するにいつ何時、どこにいようと、観音様の力を念じることで救われるのですよ、ということです。まるで超能力者のように我々を救ってくれるというのです。そして、お経の最後に「お地蔵様」が登場して、感動しながら、観音様の働きや神通力の素晴らしさを賞賛します。お地蔵様ほどの人が、観音様の凄さを褒め称えているのです。そしてお釈迦様がこのことをお説きになったとき、8万4千人もの民衆が悟りを求める心を起こしたのです。

 ここで観音経は終わります。私が解説するとあまりにもあっさりし過ぎていますが、実際に詠んでみると、非常にリズムがよく、心に響いてきます(→こちらで聴けます)。そして意味を深くかみ締めると、、、観音様は誰の元にも来て、どんな苦しみからも救ってくれるのだと、非常に頼もしい気持ちになります。見返りを求めずにひたすら利他行に励むことを「菩薩行」と言ったり「観音行」と言ったりするのですが、まさしく観音様は我々の元に何の見返りも求めず、お救いに来られるのです。なんだかジーンと来ませんか。観音様のお力を念じただけで、いかなる障害を乗り越えてでも助けに来てくれるのです。それもどんな人に対してでも。私はもちろん、このブログを読んでいる全ての人の元に観音様はやって来るのです。そして助けてくれるのです。そう考えると、なんとも頼もしいではありませんか。

 私は明日、ひたすらこの「観音経」を唱えます。滝の中では「般若心経」を浮かべながら精神を研ぎ澄ましていますが、お堂ではひたすら「観音経」です。とりあえず今から5時間後にはお堂にいると思うのですが、ひたすら観音様の力を念じつつ、読経に励みます。そのことが今後、どのような意味を持つのかわかりませんが、とにかくやってみないことには始まりません。一生涯に渡って「観音行(菩薩行)」を続けるための、そのお誓いを立てるのかもしれません。決して容易ではないと思いますが、私にはお釈迦様も文殊様も、そして観音様も見ていて下さっているという気持ちで、最後の行を心行くまで楽しみたいと思います。

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by katamich | 2006-04-19 21:56 | ■精神世界