宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

たまには泣いて下さい・・・ 2006.3.26

 今日はいい天気でした。滝行に行くのが遅れてしまい、夕方頃でしたが、とてもいい天気で寒さなど忘れ、ポカポカ陽気の中の気持ちのよい滝でした。そう言えば、昨日のビジネストレーニングの時、私のブログをいつも読んでくれているメンバーが「鏡の法則」の話をしてきました。号泣したのだそうです。

人生のどんな問題も解決する知恵 『鏡の法則』

 確か先日紹介していましたね。読んだ人の9割が泣くそうなんですが、ご多分にもれず私もウルウルしちゃいました。私は「親子系」の話は弱いかもしれません。泣ける泣けないは別として、この話には文字通り「幸せに生きる」ためのエッセンスが凝縮されているように思います。「言霊」「シンクロニシティ」「潜在意識」・・・コーチングと言うにはあまりにもスピリチュアルなんですが、21世紀的にはこれまた真実なんでしょう。一種の心理法則と言えるのでしょうが、私などはすっと腑に落ちてしまいます。

 そんなわけで、今日は「泣ける」をテーマにブログを書いてみたいと思います。って言うか、ネットで拾った「泣ける話」の紹介という、あまりに手抜きな内容かもしれませんが。「泣ける」と「ネット」を組み合わせると、一番有名なのはなんと言って、書籍にもなった「泣ける2ちゃんねる」ですよね。

泣ける2ちゃんねる

 「2ちゃんねる」という掲示板サイトは、だいたい9割りが「くそ」のような書き込みなんですが、残り一割に信じられないくらい美しい話があったりして、そのために「2ちゃんねる」が存在していると言っても過言ではありません。そんな中で私がちょっとだけ気に入った話を抜粋してみたいと思います。





【ばあちゃんのすごろく】

オレは小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地に来て間もなく当然友達もいない。
いつしかオレはノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中になっていた。
それをばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み~」
ばあちゃんはニコニコしながら、「ほうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。
やがてオレにも友達が出き、そんなこともせず友達と遊びまくってたころ
家の事情も解消され、自分の家に戻った。ばあちゃんは別れる時もニコニコしていて、
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」と喜んでくれた。

先日、そのばあちゃんが死んだ。89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から、「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみると、そこにはばあちゃんが作ったすごろくが書かれてあった。
モンスターの絵らしき物が書かれていたり、何故かぬらりひょんとか
妖怪も混じっていたり。「ばあちゃん、よく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に

「義弘(オレ)くんに友達がいっぱいできますように」

人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
ばあちゃん、死に目に会えなくてごめんよ。そしてありがとう。

(ここまで)


 やばいです。「おばあちゃん系」の話は弱いのです。その代表が次の実話だったりします。

・亡き祖母に会う 2005.2.21

 ちょっとオカルト入った体験談なんですが、自分で書いてて、自分で読んでてなんだかウルウル来てしまいます。きっと今もにこにこして私の行を見守ってくれているのでしょう。そう考えると、訳もなく強気になったりします。おばあちゃんはあの世でもおばあちゃんなんでしょう。変な霊や生霊が寄ってきても「あんたら、可愛い久ちゃんになにさらすねん!」と怒鳴って蹴散らしていることでしょう。今でも感謝しております。







【(゚Д゚)ゴルァ! 】

どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして私が悪いのにケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしてお小遣減らしたのに文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして自分が体調悪い時は大丈夫だと私を突き放して私が倒れると会社休んでまで看病しますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして妻の私に心配掛けたくなかったからと病気の事を隠しますか(゚Д゚)ゴルァ!
おまけにもって半年とはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
長期出張だと嘘言って知らない間に手術受けて助からないとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で俺の事は忘れていい男見つけろとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちの気持ちは無視ですか(゚Д゚)ゴルァ!
正直、あんた以上のお人よしで優しい男なんか居ませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
それと私みたいな女嫁にすんのはあんた位ですよ(゚Д゚)ゴルァ!

もう一つ言い忘れてましたが私、お腹に赤ちゃん出来たんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたの子供なのに何で生きられないのですか(゚Д゚)ゴルァ!
そんな状態じゃ言い出せ無いじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
それでも言わない訳にはいかないから思い切って言ったら大喜びで私を抱きしめますか(゚Д゚)ゴルァ!
生まれる頃にはあんたはこの世にいないんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な子だといいなぁってあんた自分の事は蔑ろですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で周りの患者さんや看護婦さんに何自慢してやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
病気で苦しいはずなのに何で姓名判断の本で名前を考えてやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして側に居てあげたいのに一人の身体じゃ無いんだからと家に帰そうとしますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしていつも自分の事は二の次何ですか(゚Д゚)ゴルァ!

医者からいよいよダメだと言われ泣いてる私に大丈夫だよとバレバレの慰めを言いますか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちはあんたとこれからも生きて行きたいんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
それがもうすぐ終わってしまうんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
バカやって泣きそうな私を包んでくれるあんたが居なくなるんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
忘れろと言われても忘れられる訳ないでしょ(゚Д゚)ゴルァ!
死ぬ一週間前に俺みたいな奴と一緒になってくれてありがとなですか、そうですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちがお礼を言わないといけないのに何も言えず泣いちまったじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
あんなに苦しそうだったのに最後は私の手を握りしめて逝きやがりましたね(゚Д゚)ゴルァ!
何で死に顔まで微笑みやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!
そんなのは良いから起きて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
生まれてくる子供を抱いて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
子供に微笑みかけて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
たのむから神様何とかして下さい(゚Д゚)ゴルァ!

ダメ女な私にこの先一人で子供を育てろと言いやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
そんなあんたが死んで5ヶ月...
子供が生まれましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な女の子ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
目元はあんたにそっくりですよ(゚Д゚)ゴルァ!
どこかで見てますか(゚Д゚)ゴルァ!
私はこの子と何とか生きてますよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたも遠くから見守って居てください。

(ここまで)


 読むの疲れた。何も言えないっての。さっきのおばあちゃんの話じゃないけど、「あの世系」の話も弱いかもしれません・・・。それにしても「(゚Д゚)ゴルァ!」って切ないなあ。





【ドリフ】

ドリフターズの全盛期、昭和40年代のあの頃、俺はまだ中学に入ったばかりだった。
もう世の中が大分豊かになってきた頃だったが、我が家はまだ貧しくて、六畳二間の長屋に一家5人で暮らしていた。
友達が家に遊びに来た時に白黒テレビを見られるのがたまらなくいやで、カラーテレビを見たい、買いたいという一心から、俺は新聞配達をはじめた。
新聞配達は今にして思ってもきつい仕事で、朝4時から7時まで毎日休まず働くのは想像以上に大変だった。

俺が新聞配達をはじめて3ヶ月たった頃だった。
我が家に突然、カラーテレビが届いたのだった。
俺が新聞配達まではじめたのを見かねた親父が、ローンを組んでまで買ってきてくれたのだった。
弟たちもは大喜びだったが、親父に経済的負担をかけたという思いがあって、俺は素直に喜べ
ずにいた。茶の間にいるのがなんだか気まずい感じだった。親父も何故か妙に無口だった。

はじめてのカラーテレビで見た最初の番組は忘れもしない「8時だよ!全員集合」だった。
家族みんなで笑い楽しんだ。ドリフのおかげで気まずい雰囲気もとれて、幸せな気持ちで床についた。

翌朝4時に目を覚ますと何故か親父が起きていた。
「俺は学がないから苦労してきた。今日から俺が新聞を配るから、お前はその分頑張って勉強しろ」

その後、俺は大学を卒業し、あの頃の親父と同じ歳になった。親父が亡くなってから、もう7年が経つ。
親父は何の趣味も持たず、働きずくめの人生だった。
だけど、一番大事なことを教わった、教えてくれた。
だけど、親父や長さんの存在感はとても真似できやしない。

俺は今、何の不自由もない生活をしているが、親父や長さんみたいに一番大事なことを子供達に教えているのだろうか?と思えてならない。
偉大だった故人のご冥福を謹んでお祈りします。

(ここまで)


 これもヤバイ。「ドリフ」の偉大さを改めて痛感しました。もちろん親父の偉大さも。長さんが死んだ今も私の心にはずっと生き続けています。私は昔、9時に寝せられていたのですが、土曜日とて9時に寝るのが習慣でした。我が家はなぜか土曜日は風呂に入らないことが多く、「ババンババンバンバン」でかとちゃんが「風呂は入れよ~」って言うのを聞いて、必ず決まったように「かとちゃんが風呂入れって言ってるよ~」と言って、少しでも長く起きていたいことを親にアピールしていたような。思えば健全な時代でした。なぜ「ドリフ」がPTAで有害番組にあげられていたのでしょうか。今となっては、あれほど第三者の悪口を言わない番組も珍しいというのに。





【あの時代】

宮城県出身 少年飛行兵14期
陸軍特攻第七十七振武隊
昭和20年5月4日沖縄周辺洋上にて特攻戦死 18歳

 「母上 お許し下さい」

攻撃隊振武隊に加へられ、國恩に報ずる事が出来ました。
父母上、信夫は勇躍征途につきました。
父母上、兄上の写真を飛行服に入れて。
父母上、信夫は子としてあるまじき無礼な言葉遣ひを遂に最後まで矯正せず、
唯々慚愧に堪へません。
母上、六歳の時より育て下されし、生母以上の母上に対し「お母さん」と
呼ばなかった信夫。
母上は如何程淋しかつたでせう。
要望と幾度も思ひましたが、面と向かつては、恥しいやうで言へませんでした。
今こそ大声で以て呼ばして頂きます「お母さん」と。
中支の兄の心境亦等しいでせう。母上、我ら兄弟をお許し下さい。
今、特攻の征途につくに際し、心に掛けるは以上2つのみです。
後は思ひ残すことはありません。
人生五十年、自分は二十歳迄長生きしました。残りの三十年は
父母上に、半分づつ差し上げます。
同封の金は母上の好きな煙草代に使つて下さい。
父母上、では征きます。信夫は莞爾として敵艦必殺へ征きます。


大石清伍長 妹へ遺書

大阪府出身 飛行学校卒 
戦死

なつかしい静(しい)ちゃん!

 おわかれの時がきました。兄ちゃんはいよいよ出げきします。この手紙がとどくころは、
沖なはの海に散つています、思ひがけない父、母の死で、幼い静ちゃんを一人のこしていくのはとてもかなしい
ですがゆるして、下さい、
 兄ちゃんのかたみとして静ちゃんの名であずけてゐたうびん(郵便)通帳とハンコ、これは静ちゃんが
女学校にあがるときにつかつて下さい、時計と軍刀も送ります。これも木下のおぢさんにたのんで、
売つてお金にかえなさい。兄ちゃんのかたみなどより、これからのせいちゃんお人生のはうが大じなのです。
 もうプロペラがまはつてゐます。さあ、出げきです。では兄ちゃんは征きます。泣くなよ静ちゃん。がんばれ!


茂木三郎少尉 「特攻出撃に際して」遺言

福島県出身 予科練乙飛第18期生 
神風特別攻撃隊第5神剣隊
昭和20年5月4日沖縄周辺にて特攻戦死 19歳

遺言(昭和二十年三月 母への言葉)

僕はもう、お母さんの顔を見られなくなるかも知れない。
お母さん、よく顔を見せて下さい。
しかし、僕は何にも「カタミ」を残したくないんです。
十年も二十年も過ぎてから「カタミ」を見てお母さんを泣かせるからです。
お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。
それが僕の別れのあいさつです。

(ここまで)


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(涙)
 こんな時代もあったのですね。こんな時代があったからこそ今の時代があるのです。さあ、疲れた中間管理職も希望を失った失業者も事なかれ主義のバブル世代も鼻息以上に体力がついてこない若手サラリーマンも、そして常に世を斜に構えたニートも、いざ、立ち上がれ!!




とりあえず、ここで一休み(ブログランキング)

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閑話休題。




【インコ】

ブログには書きにくいのでこっちに書きます。
今しがた、ツレ(彼女)から電話がありました。
飼っていたインコが死んだそうです。
雪の中、歩きながら電話しているそうです。
インコの名前は、みどり、と言います。
緑色だから、みどり、だそうです。
今まで飼ってきたインコの中で一番なつかないインコだそうです。
でもそれが故にまた可愛いインコだったそうです。
ケータイのカメラで何枚も写真を撮っていました。
可愛いやろ、可愛いやろ、と何度も見せられました。
でもここ最近、様子が変だったそうです。
えさも食べない、動かない、突然ひっくりかえる。。。
インコもツレもなんとなく死期を悟ってたような。。。
2日ほど前にインコの話を聞いた時、私も、死ぬな・・これは・・と思いました。
そのインコが今朝方ついに死んだそうです。
でもツレが見たときはまだ生きたいたそうです。
様子が変だったので、手のひらにのせて撫でてやったそうです。
すると間もなく、カクン、となって死んでしまったそうです。
最後は手のひらで死んでしまったそうです。
電話では、よかった、最後を看取ってあげれて、と言っていました。
私も、よかったね、と言いました。
仕事から帰って、死んでたらショックだけど、手のひらで死んでくれてよかった、と言っていました。
ティッシュで包んでかごの中においてきたそうです。
電話口では明るく、よかった、と言っているけど、さっきまで泣いてたんだろな~と思いました。
証拠に、だんだん話しているうちに声がふるえてきています。
こっちまで声がふるえそうです。
電話を切った瞬間、涙がドバっとあふれてきました。
インコごときに私まで泣くのは滑稽です。
こいつ、大切にしてやりたいな、、、なんてガラにもなく思いました。
男が決意する瞬間って案外こんな些細なことがきっかけなのかな~と思いました。
でもまだしません。
しっかり稼いで、幸せにしてやりたい、と思っています。
とにかく稼いで、でも己を見失わないように、、、しっかり稼ぎたいと思っています。
でも先が思いやられます。
結婚したら動物を飼うだろうけど、インコごときでこんなんなるのでは。
その度にこんな思いをしなければならないなんて。
先が思いやられます。
以上、ブログには書きにくい独り言でした。。。

(ここまで)


 やばい。こういう話って弱いです、、、ってこれ私の文章ですけど(笑)。「ブログに書きにくいけど無性に書きたいシリーズ」をミクシィ日記によく書くのですが、ここに載せようか迷ったけど、今夜中でよく分からん精神状態なんで、勢いで載せてしまいました。ちなみに最近のミクシィ日記は「100日行で煩悩~、せ○しチビリそ~!」みたいな、下ネタすれすれ話ばかりなんですけどね(爆)。そして、この「インコ」の日記にはいくつかのコメントもつきました。勝手に紹介します。

Aさん

(TT)・・・・・

早くそしてずっと幸せにしてあげてください。
Qちゃん頑張ってね!

Bさん

彼女さん、インコ飼ってたんだ、、、。
長寿だったのかな?
あ゛ー、なんかワンコが死んだ時のことを思い出しちゃった。
クスンッ。

Cさん

インコごとき じゃないよ!
うんうん。 同じ想いを共有できるって 大切なこと!!

ウチで5匹の子犬が産まれた事があったんだけど、うち1匹が死産だったの。
で、ウチの旦那さん。その子犬に人口呼吸してたのね。
かなり吃驚しました。
この人に、一生着いていこう って思ったなぁ~(遠い目 ^^)

>しっかり稼いで、幸せにしてやりたい
 ↑↑↑ 一緒にその道を歩むのもまた良いですよ~♪(照)

Dさん

優しいんですね。Qさん!心が!綺麗だということです。ブログと違う一面を見ました。毎日読んでますよ。いつも力をありがとうございます。

Eさん

そのたんびそんな思い大いに結構じゃないですか。
そのたんびちゃんと泣きましょう!

Q

>みなさん

温かいコメントありがとうございました。
今考えると、あの日は、今年一番の寒さでしたね。
すいません、ここでもまとめてレスしちゃって。。。
生き物の命ってとても大切ですよね。

小学校一年生の時、かぶと虫が死んで、大泣きして母親と埋めに行ったのを思い出しました。あの、かぶと虫、今頃、何に生まれ変わってるかな。。元気かな。。

インコさんも、しばらく(49日)はツレの家を守っていてくださいね。。。

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 とまあ、今日は「泣けるシリーズ」をやってみました。思い出せば、私個人の体験でも結構泣ける話があるかもしれないのですが、そういうのは親が死んで10年以上経ってからどこかで書けばいいかな、と思っています。親が死んで10年経った頃には私は超大物になっているでしょうが(笑)、その時もこうやって毎日「宇宙となかよし」を書いてられたらな~、って言うか書いてるでしょうね、きっと。私の文章はともかく、松田勇作のちょっと一息前の文章ってとても泣けますよね。ご先達様、ご先祖様に対し奉り、日頃のご恩を感謝して一心に読誦申し上げます、、、って毎日お経読んでるのですが、亡き人があってこそ私がいるのですから、そうやって実感を込めてお経も読まないとですね。でも、時々、涙流すと、心が浄化された気がしていいものでしょう。笑いも大切ですが、泣きもいいものでしょう。今日はなんだか優しくなれたような気がします。
by katamich | 2006-03-26 23:59 | ■日一日 | Comments(6)
Commented by みっさん at 2006-03-27 07:36 x
読んでくうちに
人って自分に重ねてしまうんですかね…

マチャミで笑い
また泣きました(T T)
Commented by bananan1994 at 2006-03-27 23:10
お久しぶりです(^-^)

ウルウルウルっときてしまいました。

その後、転職することもなく同じ会社で働いています(^-^)
「迷ったらやめた方がいい」
というQさんのお言葉の結果、良かったと思います。
ありがとうございました♪
Commented by しの at 2006-03-28 01:13 x
今たくさん泣いてかなり浄化できた気がします。まちゃみと松田優作爆笑でした。1月の終わりに祖母が亡くなって、亡くなる前に会えて良かったことを思い出しました(´∀`)
Commented by katamich at 2006-03-28 11:28
■みっさん!
泣きと笑いが今回のテーマでした。狙いがあたってよかったです。
Commented by katamich at 2006-03-28 11:29
■banananさん!
そうそう、迷っているうちはまだ決断の時じゃないのでしょうね。
私が辞めるときは、迷ったり相談する前に辞めると表明しちゃってましたし。
Commented by katamich at 2006-03-28 11:30
■しのさん!
やっぱり画像貼り付けといてよかった。
泣かせっぱなしじゃあ、ちょっと心苦しいですからね。
人間って実は泣かせることは簡単なんですが、笑わせることって結構難しいですよね。マチャミに感謝。
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