そして何を信じるの 2006.2.10

 4時50分に起床。早朝コーチングを2件です。考えてみると、この早朝コーチングのすっかり日常の一部になってしまっています。現在、レギュラー、イレギュラー合わせて11名の方とセッションをさせて頂いています。性別、年齢もバラバラで何一つ同じ傾向がありません。人間だなあ~と思います。

 7時にコーチングが終わり、しばし準備をして滝行に行きます。今日は掃除道具を持っていきました。一通り仏様にお線香を上げた後、もう一巡して仏様の周辺の掃除をします。30分から一時間かけてたっぷりと掃除をしました。夏の間は滝場を訪れる人も多く、割と綺麗にされているのですが、冬の間はめっきり来る人が減ってしまいます。なので掃除されずに放置される傾向があります。今日は掃除の時間も合わせて2時間近く滝場にいたのですが、誰一人姿を現しませんでした。そして滝に打たれます。いつもそうなのですが、真冬に滝に打たれるという強烈な体験をしているにも関わらず、ブログを書いている今、その状況が実感として思い出されません。前に「出産の苦しみは忘れるから何度も産めるらしい」てな事を書いたと思いますが、まさしく今は滝行の苦しみをすっかり忘れてしまっています。そして朝になり滝の前に立った瞬間に初めて思い出されるのです。そして滝に入る一瞬です。その一瞬に無限を感じます。しかし今日は何も「感じない」で滝に入りました。すると、足が滑りそうになりました。気をつけた方が良いようです(笑)。

 ところで、昨日の日記はやはり関心が高い内容だと思います。野口さんが「自殺」か「他殺」かなんてのは、きっこさんのブログ等にお任せするとして、私が言いたいのは「信じられるものは何か」ということなんです。世界的に見ると一応でも「民主主義」という形態を取っているのは珍しい方で、ほとんどの国が独裁政治だったり軍事政権だったり、一部のものに権力が集中していたりします。日本は曲がりなりにも「民主主義」の国家であると標榜していますが、今回の事件の背景などを見ると、本当に「民主主義」を担保するものは国でも法律でもマスコミでもないことがよくわかります。結局は何か巨大な意志によって動かされているだけなのです。そしてその「巨大な意志」に従って生きることが、「国」という共同体でうまく生き残る術なのだと教えられます。確かにその通りかもしれません。しかし、それが本当の意味での「人間」としての生き方なのかと言うと決してそうではないと思います。

 結論から言うと、やはりこのブログのタイトルでもあるように「宇宙の意志」に従って生きることこそが、本来的な意味での「人間」の生き方なんだと思います。前からこのブログを読んでくれている人にとっては納得のいく話でしょうが、昨日今日で「野口殺傷事件」からみでアクセスしてきた人にとっては話の飛躍だと思われることでしょう。

 21世紀という時代は、まさしく新しい時代だと思われます。人間の歴史が5万年前から始まっているとすると、その時代はまさしく「宇宙」と直接向き合って生きていたのだと思われます。しかし数千年前から、家族が共同体となり、いわゆる「社会」が形成され「宇宙の意志」とかけ離れた生き方が台頭しているときに、仏陀やイエスなどが現れ、改めて「宇宙の意志」をわかりやすく説き伝えるようになりました。

 しかし、仏陀やイエスが説いたことそれ自体が「宗教」として共同体化の道を歩み、教祖や教主、司祭などといった新たな権力者が現れるようになりました。中世のヨーロッパなどでは、そのような宗教的指導者が権力を握ったところ、宗教改革や市民革命によって「市民・民主」という新しいパラダイムへとつながりました。しかしながら、「市民」の誕生によって政治や経済、イデオロギーといった別の論理に力点が移り、そうなると「宇宙の意志」はどこかへ忘れ去られるようになり、それが現在へと続いているのです。

 しかしよく考えると、人間が「宇宙の意志」に従わなくなったのは、人類の歴史の中のほんの僅かな一時期であり(つまり今まで)、21世紀という新しい時代においては、これまでの「政治・経済・イデオロギー」が支配する価値観が崩れようとしています。そこには「情報革命」という新たな力(パワー)が大きなきっかけとなり、一言で言うと「正しいことを正しくする」ことの重要性が認識されるようになっていると思われます。20世紀までの世の中は「モノ」が価値観を支配していたのに対し、21世紀はまさしく「精神」の世の中であると考えられます。つまり、今こそ「倫理や道徳」の意義が問われる時代なのでしょう。

 「倫理や道徳」と言ってしまえばなんとなく陳腐な感じがありますが、つまりは「宇宙」に嫌われない生き方を意識する必要があるというわけです。そんなことを考えながら、今日一日過ごしてしまいました。私流に言わせると、結局、信じるべきは国やマスコミではなく、「宇宙の意志」に他ならないのですが、それが何たるかはまだまだ人に伝えられるほどわかっていないと思われます。今のところ、これだけは確信をもって言えることは「何事にも感謝すること」、それだけです。それだけは私が体感として言えることです。

 話は変わりますが、今日の「滝行日誌」を見てもらえばわかるとおり、正直、何もしない一日だったように思います。ひたすら夢想に耽り、役にも立たないことをあれこれ考えて過ごした一日でした。時々、寝てるのかどうかわからない瞑想をし、久々に風呂にお湯を張って一時間ほど何も考えずに(何か考えながら)浸かっていました。そこでわかったことは、結局、今、肉体を持って生きているということでした。肉体を肉体として妙に意識しただけです。それがどうしたと言われれば返答のしようもないのですが、そういう日もあるということでご勘弁下さい(笑)、近頃、どうも理屈っぽくっていかんですな~。あまり理屈っぽく長くなっても(十分長い!)あれなので、今日はこの辺で。おやすみなさ~い。

今日もまた長い文章を読んで頂きありがとうございました(ブログランキング)

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(今日も癒しの一枚を。要するにタ○コが功を奏したというわけでしょうか・・・)
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by katamich | 2006-02-10 23:33 | ■精神世界