ごみ拾いに行って思う 2005.9.12

 選挙はやはり自民・公明党の圧勝でしたね。自民党も単独で政権が取れるまでの議席を確保しました。確かにこの一ヶ月は小泉改革内閣一色でしたよね。ホリエモンまで登場して。造反組や野党が騒げば騒ぐだけ小泉氏が引き立つような構図で、まるでサブリミナル効果で洗脳されていたようです。とは言いながらも、私も一応自民党に札を入れました。アメリカの属国になろうとも、貧富の差が拡大しようとも、行くところまで行ってしまえ。本当に行き着くところまで行った先がホリエモンの言う「世界平和」かもしれません。今後も世の中が激変していく中で、自分の食い扶持だけは確保しておかないとダメですね。

 ところで今日は予定していた仕事が突然キャンセルになったので、発作的に海辺のごみ拾いに行きました。家にあるゴミ袋12袋を持って海の中道に向かいました。発作的とは言うものの、先月の水上バスの社会実験の時に歩いてみて「ここ、汚いな~」とずっと頭に引っかかってたのです。

 さて、ごみを拾う前に腹ごしらえです。こないだも食べた「寿食堂」のチャンポンです。長崎県人が「ほんもの」と評価するチャンポン400円です。今日はちゃんと写真を撮りました。
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 そしてこれが「寿食堂」です。昭和のよき日がここにあります。
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 さあ、ごみ拾いですが、こんなのが一面に広がっています。ごみ袋足りるやろうか。
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 一時間ちょっとで12袋全部使ってしまいました。焼け石に水です。一番、目に付くのが500mlのペットボトルです。
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 博多湾です。
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 とにかく、ごみ拾いをして思ったことが、どうやったらこんなにごみが出るんだろう、ともう一つ。500mlのペットボトルっていつからあるんだろう。ここ10年ほどじゃないかなあ。とにかく持ち運びに便利なので重宝されているようですが、これほど資源を無駄にするものも珍しいのではないでしょうか。もしもペットボトルがなくなれば海辺のごみは5分の1以下になると思います。便利さの裏には、ここにも環境破壊が進んでいるようです。

 最近でこそ、スーパーなどでは「マイバッグ」と言って買い物袋を持参する運動が起こっているものの、この500mlのペットボトルについては、消費者、生産者ともにどう考えているのでしょうか。多品目競争のためには仕方ないのかもしれませんが、できれば「マイボトル」を持参して、ジュースやお茶、ビールを注げるようなコンビニがあってもいいのではないかと思います。むしろその方が新しいビジネスモデルとして価値が高いのではと思います。

 あるコンビニでは500mlのペットボトルのジュースやお茶を置かず、かわいいデザインの「マイボトル」が並べられてあり、そこにジュースやお茶を注ぐようであれば、他のコンビニとの差別化が図れるのではないかと思うのですが。もちろん「マイボトル」は洗って何回も使えます。

 とにかく地球環境に優しい行いをする人や会社がいわゆる「勝ち組」になるようなビジネスモデルを今後、意識的に構築していくことが必要だと思っています。ちなみに福岡市では10月からゴミ袋が一枚45円になります。これまでの10倍以上の値段です。でも個人的には大賛成です。これでごみが減ればいいのですが。てなこと言ってると、「その前に部屋片付けり~よ!」という声が聞こえてきそうです。。。

 話は変わりますが、10日の日記について導師からメールを頂きました。掲載させて下さいとメールを送ると、「どーぞ ご自由にお使いください。僕の手元から言葉が離れたときから、すでに僕のものではありません。」との返事が来ました。なるほど。自分に対する執着がないということでしょうか。私もこうありたいものですね。ではこれです。


「21日行ご苦労様でした。J-ichiroの写真観ましたが、改めて観ると良く撮れていますね、霊的な発動がなかったと言っていますが、「行」の最終日にこの様な体験をさせて頂ければ充分でしょう。振り返ってください、何故その時J-ichiroの写真を撮ろうと思ったのですか?J-ichiro以外の写真は如何ですか?水量の多い滝の写真をブログに掲載してやろう位の気持ちだったと思いますが、お神様はチャンと君にその不可思議な一端を魅せてくださったのでしょう。J-ichiroの真摯な気持ちもあったのでしょうが、僕には、君にさらに励めと(禿げめ!ではありませんよ)言うお神様の声が聞こえてくるようです。色々な条件(因縁)が重なって一つの現象が生じてきます。この世には偶然など決してありません。因を重ねると果が生じ因と果を繋ぐものを縁といいます。一つ一つの因(出会い)を大切にして下さい。ともあれ21行ご苦労さんでした。普通の人であれば、暫くゆっくりしてくださいと労を労うところですが、お坊さんを目指す君はここでホッと一息つくと元の木阿弥ですよ、ガンガンやってください。」


 余計なフレーズがありますが、そのまま掲載しました(笑)。前のブログでは「フラッシュのせい」と書いていたの思うのですが、よく考えると、最初はフラッシュを焚いていないのに、わざわざフラッシュを付ける理由はどこにもないので、おそらく、光の写真もフラッシュはなかったと思います。だとすると、日光の影響かもしれませんが、いずれにせよ「緑のオーラ」は普通は撮れることはありません。
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 もう一つ気がついたのですが、あの日の写真には霊魂、いわゆる「オーブ」が全く写っていません。今まで写真を撮ったときはその全てに写っていたのにです。台風のあとで浄化されたからだと考えるのですが、オーブが写らずに「オーラ」が写るとは、やはり不思議な現象なのかもしれませんね。
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(オーブの写真→ここより)
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 上の導師の言葉は、この現象だけに言えるものではありません。

 「この世には偶然など決してありません。」
 「因を重ねると果が生じ因と果を繋ぐものを縁といいます。一つ一つの因(出会い)を大切にして下さい。」


 まったくその通りだと思います。どんな些細な言動、現象であろうと、そこには自分では分からない「意思(宇宙の意思)」が働いており、自分をあるべき場所にお運びしているのでしょうね。つまり全ての現象に「意味」があるのでしょう。いいこと、悪いこと、全てに意味があるのでしょう。今日、この人と出会った、この本を読んだ、ごみ拾いをした、、、全てのことに「意味」があるのでしょう。

 このように導師からお言葉と気づきを頂いたことこそが、今回の「21日行」の成果なのかもしれません(おそらく導師は「自分ではなく、お神様に言わされたのだ」と言いそうですが、、、)。

 明日から新たな気持ちで禿げんで、もとい、励んでいきたいと思います。

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by katamich | 2005-09-12 22:37 | ■まちづくり | Comments(0)