震災から23年、新たに動き出す 2018.1.17

今日から京都の山奥での断食生活が始まります。昼過ぎに到着したのですが、京都って実は大半が山なんですよね。特に山陰地方にかけては秘境と言っていい規模。こんなところで月曜日まで断食で執筆に集中します。胃袋に入れるのは酵素ドリンクのみ。天然果汁なのでとても美味しいです。
b0002156_13264191.jpg


なんだか座敷わらしが出そうです。前々から知り合いの断食施設なんですが、古民家を改築したもので、外見はいかにもですが内装はとてもきれい。私は四畳半のお部屋とトイレ、一日一回の入浴を移動するのみ。寒いですが、一日一回は散歩もしなければな~とは思っています。


それにしても腹減った。正月から東京、名古屋、大阪の出張で飲み食いが増え、年末の断食で一気に落ちたもののまた元に戻り。食べる習慣ができていたため、いきなり食べなくなると身体が変に反応している。酵素ジュースを飲むと、数分はおさまるけども、また腹が減ってくる。トイレも近くなる。ジュースは美味しいけども、3日後とかにはきっと飽きてるだろうな。



ところで、今日は阪神大震災から23年。1995年は悪夢の年。まだまだなにも片付いてない2か月後にオウム事件。本当に世紀末を感じさせました。あの時、私はまだ学生でしたが、大阪の実家にはなかなか電話がつながらずドキドキしました。震源地からはかなり離れてたので、大きく心配はしてなかったものの、夜に電話がつながったときはホッとしたものです。


友人であるジャズのテナーサックス奏者の今津雅仁さんの記事が胸にこたえる。


Jazz 日記 in 阪神大震災から23年...


阪神大震災から23年...


オカンが腐らんようにドライアイスを取っ替え引っ替えしてた公民館での俺の周りには何十体という遺体が....


十日後...


和歌山の釜でオカンを焼きに行った時、俺は40度の熱を出して控室で点滴を受けていた...

気がついたらオカンは小さな箱に...


______________


マスコミが報道しなかった裏事実は山ほど有るけど...


地震の二ヶ月後にあのオウム事件が起こり、東京のマスメディアは全部そっちに行ってしまった。


しかし、阪神大震災の二次災害は想像を絶するものだった。


日本各地から泥棒が押し寄せて、そこら中の家から金目のモノを取っていった。


なにより可哀想だったのは、小さな子供たち。


当時、インフルエンザが蔓延している避難所にホームレスの団体が食い物を求めて集まった。

ただでさえ弱ってた子供たちにインフルエンザの脅威が襲いかかる・・・


次々に死んでいく子供たち。


正に此の世の地獄だったよ。

(後略)

______________



b0002156_13442311.jpg神戸で生まれ育った今津さん。1974年に17歳でプロデビュー。その15年後、キャリアは十分に積んだ後にメジャーレーベルからデビューするや、「日本ジャズ大賞」の受賞を始め、日本ジャズ界を席巻。


私がジャズを聴き始めたのがちょうどその頃なので、スイングジャーナルやその他のジャズ本にはチラホラと「今津雅仁」の名が登場してて、まだロリンズやマイルスを追いかけている段階で、日本人にまで手が回らずCDを聞くことはなかったけど、頭にはしっかり残っていました。


立て続けにCDを出し、ライブやコンサートで全国を飛び回る日々。数々のメディアにも取り上げられ、1990年代前半は本当に「時の人」でした。しかし、1995年1月17日。すべての始まりであり、終わりだった。


母親を震災で亡くし、精神的なショックが襲い掛かる中、義援金集めのためのライブで奔走するも、その年の12月、事実上の引退に追い込まれる。理由は単純。


気が狂ったんですよ。


長く精神科に入院・通院しながら、仲間やファンの助けもあり3年後に復帰するも、その翌年に交通事故にあい完全に引退。ジャズジャーナリズムで「今津雅仁」の名を聞くことはなくなった。いや、それでもテレビなどでは時々今津さんの音楽がBGM等で流れてはいたけども。


21世紀に入り、入院、引退、復帰、事故、引退、リハビリ、復帰などを繰り返すも、全盛期のように楽器が吹けなくなった。スタンダードの「Body and Soul」のコード進行が思い出せなくなった。リハビリを兼ねて近所の老人ホームにテナー一本で慰問に行ったりした。演奏する曲は老人が喜びそうな演歌や軍歌。歓喜する入居者たち。

誰かが言ったそうな。あなたの曲も聞きたい、と。リクエストに応えていくつかのオリジナルを演奏すると、奇跡を目にした、、、とご本人の談。


2003年3月、よく行く博多のライブハウスに「今津雅仁」が来るとある。当時は毎週1~2回は必ずライブに行ってて、聞いたことある人だな~思って聴きにいきます。元々音の大きい人だったのが、音量をカバーするためにマイクを付けていた。編成は地元のギターとベースの静かなトリオだった。ジャズの曲はやったけど、オリジナルよりも誰もが知る洋楽や歌謡曲をたくさん演奏していた。なんだか妙に感動して、すぐにCDを注文し、なぜかアフターの飲み会にも混じってしまった。


「キミ、大阪の人かいな~」とすぐに打ち解け、ギャグを飛ばしながらずっとしゃべってる印象だったな。その後もいろいろいろいろあったようで、その日からまた15年。今年は2018年なので。今年一発目の仕事である「ジャズ講座&ライブ」にフラッと遊びに来られたとき、すでにインスピレーションが走っていた。


「あ、オレ、今津さんのCD出さなきゃ」


すべて自腹でいい、稼ぎとか考えずに純粋に出したくなった。しかし、単純にCDを出すのは能がない。以前にCDブック『そらのレコード』を出していたし、その路線で書籍として出せばいい。ノウハウはある。今津さんに打診。快諾。しばらく自分の執筆や仕事があるので春頃からスタートしたい。


そう思っていると、とある出版社が「よかったら手伝わせてください」と。渡りに船とはこれだ。これで一気に体制が固まり、年内には今津さんのCDブックが出ることになりました。私はライターになります。「監修」として表紙に名前が出るかはバランス次第で、これまでは普通に著者だったのが、ライターとして本づくりにかかわる。矢沢永吉の『成りあがり』を糸井重里がライターしたかのごとく。


そしてその決起ライブの日程が決まった。4月5日(木)、東京だ。私のリクエストでピアノの吉岡秀晃さんにお願いすることに。私の最も好きなピアニストの一人であり、かつては今津さんのバンドでずっとやっていた朋友であり戦友。今からその日が楽しみで仕方ない。


人生っていろいろあると思う。震災だけじゃなく、いつ何が起こるかわからない。でも、起こることしか起こらない。どうあっても起こることは起こる。けど、一つだけ自由になることがある。それは自分の心。


そう言えば二年前の4月、熊本で地震があったとき、私は東京でとあるパーティに参加していました。たまたま携帯を取り出したら、知らない番号からちょうどかかってきた。


「テナーサックスの今津です」


ん?誰?2~3回聞き返したと思うけど、今津さんだった。九州の友人たちが気になって、と。私は東京にいましたし、家族のいる福岡は大きく揺れたものの被害はなし。そうか、あの時、真っ先に電話をくれたの今津さんだったなあ。

CDブックの話はまだ伏せておこうと思っていたけど、隠すことでもないし、震災から23年、ちょっと報告したくなったのです。それまで自分の執筆だ。ありがとうございました。


【受付中の講演・セミナー】
 
■1月27日(土)/福岡/宇宙となかよし塾35~CSJM伝授会(チャールズ式セルフ除霊メソッド)
 
■2月4日(日)/福岡/DAF福岡公演
 
■2月12日(月)/鹿児島/宇宙となかよし塾~CSJM伝授会(チャールズ式セルフ除霊メソッド)
 
■2月22日(木)・23日(金)/熱海/シンクロニシティ熱海合宿ワークス2018 ~タロットで望みの未来を引き寄せる技術~
 
■3月15日(木)/沖縄/宇宙となかよし塾~CSJM伝授会(チャールズ式セルフ除霊メソッド)
 
---
プロフィール・実績メルマガFACEBOOKTWITTEROFFICIALお問合せ
 
友だち追加数
アカウント名は「@gix0298a」
 
Commented by なり at 2018-01-18 17:20 x
奇跡が今動いているんですね
どうしてそこまでの奇跡を現し続けられるのか、すごいとしか言えない
by katamich | 2018-01-17 23:39 | ■音楽 | Comments(1)