「あじまりかん」はやっぱりすごかった! 2017.9.13

まず、これを見てください。
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拙著『「言葉」が人生を変えるしくみ その最終結論。』にいただいたレビューです。今は消えていますので、スクショしておいてよかったです。そしてこの前にも一度消されています。まず、このレビュアさんは誤解があるようですが、レビューを消すのは著者や出版社ではなく「Amazon」です。レビューを消す消さないはすべてAmazonに委ねられています。ただし、レビューの横にある「違反を報告」は誰にでも押すことができます。


もちろん、著者として不愉快なレビューだったとしても、それがAmazonの規約や判断に反するものでなければ消えることはありません。私のこれまでの本もボソクソ書かれていますが、それは正当なレビューなので、受け入れるしかありません。


その観点で言うと、この方のレビューについてはAmazonが「違反」だと判断したから、消されたのでしょう。私が見ても「違反」と判断する材料はたくさんありますが、第一に「本書のレビュー」ではありません、これは。本書には「あじまりかん」「天皇」「神道」「皇室」などの文言は一つも出てきません。著者のブログ(つまり、このブログ)の記事に対する批評としては成立するでしょうが、少なくとも本書を読んだ上でのレビューではありません。図星だから消えたのではなく、的外れだから消えたのです。ここはしっかり理解する必要があります。


それはさておき、せっかくなのでこのレビューについて、いくつか指摘させていただきたいと思います。


「あじまりかんがベストセラーになってるから、利用しようとしたのでしょうけれど・・・」

その本の存在すら、最近まで知りませんでした。本当に。私が「あじまりかん」のことをブログに書いたのは9月5日のことで、アトムカンフーさんがブログで「あじまりかん」のことを書かれていて、それをフェイスブックでシェアした記事に私がコメントを入れたのが始まりです。そのコメントが「動物霊感じるね・・・」だったので、それを見られた人かもしれませんが、複数の人から「あじまりかんってどうなのですか?」と質問されたので、私なりの素直な感想を書いたまで。そもそもどうやれば利用できるのでしょうか?



「あじまりかんは、「欲」とつながっているから・・・」

まず自著の呪文なんてものはありません。「すべては自分次第」を受け入れた上で唱えればいいとは書いていますが、それが便乗商法なのでしょうか?確かに「すべては自分次第」という「呪文」なんて書き方をするときもありますが、普通に読解力がある人は、「呪文」なんて言い方は単なる方便(ジョーク)であって、「すべては自分次第」は心の姿勢のことを言ってることはわかるはず。それを「ジョーク」って言うのは逃げですかね?普通の読解力があればわかると思いますが。


あと、「欲」とつながっている云々については、「あじまりかん」の呪文そのものと言うより、それを唱える人たちの「欲(煩悩)」そのものと見ていいのではないでしょうか?「あじまりかん」で検索すれば、よくわかると思います。



「ブログでは、ビットコインについても・・・」

これについてはその通りです。ICOと暗号通貨を同一視していたので、そこは訂正します。ただし、間違えたことについても、そのままにしておき、間違ってないことにはしないでおきます。



「天皇行法で、天皇陛下が唱えている呪文です」

ここは極めて重要です。まずこれが真実であるかどうか、あるとすればその根拠となる情報源は何か。そこを明らかにする必要があります。まずもって「天皇行法」とは何なのでしょうか?グーグルで検索しても「あじまりかん」関係の記事でしか出てきません。正式にそのような名称があるのではなく、字のごとく「天皇」の「行法」なのでしょうが、現代においてそれは具体的にどのような行為を意味するのでしょうか?


また「天皇陛下が唱えている」は極めてデリケートな話題です。よくある「天皇陛下御用達」じゃないですが、「あじまりかん」を天皇の名を借りて権威付けしているのであったとしたら、極めて問題です。


そこで私は電子書籍で「あじまりかん」の本を読んでみました。結論から言うと、もう、降参します。凄すぎます。本書に書かれた「あじまりかん」の経緯を簡単に要約します。


まず、浦島太郎の話が出てきます。浦島太郎のモデルは古事記にも出てくる「アメノヒボコ」であると著者は言われますが、この辺はいろんな解釈があってもいいとは思います。アメノヒボコとは日本の神様にして唯一大陸からやってきた神様、つまり渡来神です。正式には朝鮮半島(新羅)からヨメを追ってやってくるのですが(大阪の難波まで)、この本の著者はイスラエル由来だと独自解釈をします。


そのイスラエルにいたアメノヒボコ(浦島太郎)は宇宙人から玉手箱を渡されます。しかし、その玉手箱は宇宙人がイスラエルの民を奴隷にするための装置だったので、アメノヒボコはそれを永久に封印します。


そこでアマノヒボコは太陽神の啓示に従い、まったく別の箱を作りました。それこそが真に神から与えられた宝物が入った玉手箱であり、その中に入っていたのが「自霊拝(鏡に向かって礼拝する云々)」と「あじまりかん」だったのです。そしてこの二つ(自霊拝とあじまりかん)を「天皇行法」として応神天皇に伝授したと言うのです。


ただし、以上は著者による「どんな文献にも出ていない私の仮説」とされ、これを別名「〇想」と言うこともできます。


さらに、応神天皇は「あじまりかん」を含む天皇行法を秘密裏に保持するための司を設置し、山蔭神道に管理を委託したのです。そうやって天皇行法が純粋な形で残り、その玉手箱を開けたのがまさに「現代のリアル浦島」である著者なのです!著者はこの後、「自霊拝」と「あじまりかん」を軸とする「世界神道」なる概念(宗教)を提示するわけですが、この辺にしておきます。


すみません、大丈夫ですか?


これ以上深く言及する必要もありませんが、「あじまりかん」を信奉する人は、まずはその本を読んでみられるといいかと思います、最初から。正直、面白すぎでした。ただ、事実関係をある程度知るには「宗教法人山蔭神道」に聞いてみるといいかもしれませんね。応神天皇が「あじまりかん」を秘密裏にするために司を設置し、その管理を委託された辺りとか。

ただ、これを読むと、仮に本当に「あじまりかん」が山蔭神道に管理を委託されたのであれば、宮内庁にそれがあるとは考えにくいのですが、どうなのでしょう?つまり現行の天皇・皇族が「あじまりかん」を唱えているとは思えないのです。秘密裏に唱えていると言われても、確認できないし。


ともあれ、この著者は若い頃から数々の宗教を渡り歩き、またシュタイナーの人智学などもかなり深く学ばれたようですので、その辺の知識はものすごいものがあるのでしょう。ただ、それらの知識があっちもこっちもつながって壮大なファンタジーを作るに至ったのかと、私は感じました。すみません。冒頭から「あじまりかん」を唱えたらイエスキリストが降臨したとかありますしね。



「著者は、わざわざ、ありがとうは唱えるけど、あじまりかんは唱えない・・・」

はい、唱えません。その必要がないから。ある種の興味はありますが(笑)



「日本の在り方(神道や皇室)に対し、なにか、意図があるのではないでしょうか?」

ないです。あるはずないです。そもそも具体的にどんな「意図」を想定してるのでしょうか?


そんなとこで、非常に面白い体験ができました。ありがとうございました。





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Commented by あまじ りか at 2017-09-15 09:38 x
あじまりかんについては、この著者はちょっとあれですけど、アマゾンでこの著者の本を見たら出てくる神道の人の本があるように、昔からあってそう変なものでもなさそうですが。仏教のおんなんとかそわかみたいなものかと。もちろん唱えたからと言ってお金が入って来るとも思えませんけどね。どうぶれいは言い過ぎでないかと思ったのですが、唱える人の心次第ではそういう部分が増幅されるのはありそうですね
Commented by katamich at 2017-09-15 21:28
> あまじ りかさん
ありがとうございます。何度も申し上げます通り「あじまりかん=動物霊」とは書いていません。それを唱えた「だけ」で、あるべき行動をせずに何とかなると考える煩悩のことを「動物霊」と比喩してるのです。それは「あじまりかん」に限らずです。動物霊の比喩も昔から言われる狐憑きと同じ意味で、私の造語でもありません。「あじまりかん」にすがりたい人がいるのは理解しますが。
by katamich | 2017-09-13 23:00 | ■精神世界 | Comments(2)