「あじまりかん」についてきちんと書きます 2017.9.12

旅の話をする前に、一つ。おそらく先日の「ICOとあじまりかん」なる記事を読んでのことでしょうが、それに対してご意見のメッセージをいただきます。アトムさんの「水ブロ」にも「あじまりかんは言ってても大丈夫なのか?」の記事のように、ご質問が届いているようです。


もう一度きちんと真意を書きますね。まず私は「あじまりかん=動物霊」とは言っていません。そこは誤解されたかもしれませんが、「『あじまりかん』への依存=動物霊」なのです。その意味では「アーメンへの依存」、「阿弥陀さんへの依存」、「天照大御神への依存」、「アッラーへの依存」もすべて「動物霊」です。


しかし、ここで区別しないといけないのは「依存」と「帰依」の違い。浄土真宗では阿弥陀如来へ帰依します。イスラム教ではアッラー(神)に帰依し、同様にキリスト教もゴッド(神)に帰依します。「帰依」とはサレンダーとも南無とも言いますが、ただ自らを大いなる存在に預け、信仰し、日々淡々と生きることへの誓いを意味します。そこに「自我」はなく、まさに自我を滅する生き方が「帰依」なのです。


一方、「依存」は強い自我がベースにあります。幸せになる、豊かになる、お金持ちになる、理想のパートナーと結ばれる、そのような「願い」はすべて「自我」がベースになっています。浄土真宗では「南無阿弥陀仏と唱えたら、願いが叶います」とは言いません。あの世信仰が元になっているとしても、ただ、阿弥陀さんに帰依して、しっかり日々を生きなさいと説くのです。


ですので、ほとんどすべての浄土真宗の方は「南無阿弥陀仏と唱えてるのに、お金が入らない、この呪文、違うくない?」とは言いません。それはキリスト教もイスラム教もすべてそう。しかし、たとえば「あじまりかん」のような信仰と結びついていない呪文などは、「あじまりかんと唱えてもいいのですか?」とアトムさんに聞いたりする。「あじまりかんと唱えたら売れた!株価が上がった!引き寄せた!」、一方で「あじまりかんを唱えてるのに、株価が下がりました。好天反応ですか?」と「あじまりかん」の発信者に聞いたりする。そこが完全なる「依存」であって、その隙に「動物霊」が入り込んでくるのです。


もう一つ注釈ですが「動物霊」とは比喩であり、正確に言うと「何もしないで状況を変えたいという煩悩」のこと。これはお釈迦様も指摘する、2500年以上前からある人間の根源的な煩悩であり、これを「無明」と呼んでいます。


お金を儲けるには、お金を儲けるための知識、行動、経験が不可欠です。それらをすっ飛ばして「〇〇を唱えればお金が儲かる」と考えたくなるのは、まさに煩悩。その煩悩が膨らむと「何もしない」が定着し、仮にうまくいったとしても「エネルギー等価の法則」から後にズドンとしっぺ返しが来るのです。それを比喩的に「動物霊(キツネ等)」と呼ぶのであって、古今東西、数々の寓話で語られています。日本の昔話もそんなのが多い。

「あじまりかん」そのものが「動物霊」では決してありません。「動物霊」とは人間の肥大化する欲望そのものであって、そこは区別する必要があるのです。


では、「あじまりかん」とは何か。そもそもは古神道をルーツとする宗教法人「山蔭神道」で唱えている呪文です。ここは不勉強を承知で言いますが、「あじまりかん」もおそらく古神道に何らかのルーツがあるのでしょう。


ただ、このような呪文はおよそすべての新興宗教が持っています。新興宗教の二大グッズが「お守り」と「呪文」であり、形は違えど同じようなものがあります。それは仏教(仏具、仏典など)にも、キリスト教(聖書など)にも、イスラム教(コーランなど)にもありますし、経典のようなものでなくても、数珠だったり、ブレスだった、ペンダントだったり、形はいろいろ。


昔、PL学園の野球部員が甲子園で胸をギュッと握っているのをテレビなどで見たことあると思いますが、あれは胸に「お守り」をぶら下げ、ある「呪文」を唱えているのです。そのような「お守り+呪文」のセットはおよそあらゆる宗教に共通して見られるものであり、無宗教である人も、同じようなものを求めています。


たとえばパワーストーンだったり、ブレスレッドだったり。私も常に携帯しているわけじゃないですが、持っているし、いいものだと思っています。最近はオルゴナイトなどがいいな~と思いました。こうやってグッズは取りそろえ、次に欲しいのは「呪文」です。そこに「あじまりかん」は無宗教の人たちにピタッとハマったのです。その昔は「ホオポノポノ」だったり、「トリンカファイブ」だったり、「幸せ言葉」だったり、「キンベマーン(笑)」だったり。


そうやって多くの宗教が提供している「お守り+呪文」を、無宗教な人たち(スピリチュアル教と言ってもいい)が求めると、巷に売っているパワーグッズ、そして新たな効力がありそうな呪文になるのです。そこに今回は「あじまりかん」がピタッとハマった。しかも古神道だから、日本のルーツに直結しそうなものである。現に私への質問として「あなたは朝鮮人ですか?」みたいなのがありました。

確かに今は韓国を旅行中ですが、パスポートは日本国ですし、先祖も日本人だと思います。「あじまりかん」への批判と受け取った人たちが、日本のルーツを蔑ろにする私は朝鮮人でどうとかって話。ただ、これはネットで見た情報ですが、当の「山蔭神道」の信者の皆さんは「あじまりかん」を商売道具だったりに使われていることに憤慨しているようです。


しかも「天皇陛下も唱えている」などと、ソースもハッキリしない情報を真実のように語り権威付ける。山蔭神道になんのご縁もない人が「あじまりかん」は日本のルーツであり、天皇陛下も唱えており、だからエネルギーがある、、、などと流布されては、真面目な信者さんは憤慨して当然でしょう。もしも批判をするならば、「あじまりかん」を山蔭神道とは無関係に恣意的に使ったり、拡散している人たちに対してこそじゃないでしょうか。


ちなみに「天皇陛下も唱えている」については、眉に唾を付ける必要がある。一宗教法人、一新興宗教の呪文を天皇陛下が唱えているとは、ちょっと考えにくいから。ただ、これも私の推測に過ぎないので、宮内庁など公的な文書として「天皇陛下が唱えている」のソースとなるものがあったら教えてください。


結論から言うと「あじまりかん」は唱えてもいいとは思いますが、唱えるなら山蔭神道のことを知り、古神道を勉強し、その背景や教義を理解されてからの方がいいかと思います。定期的にブームになる即席の呪文の一つと扱うなら、それは山蔭神道に対して失礼ですし、ひいては古神道、神道、神社に対してもちょっとリスペクトが足りないのではと思いますが、いかがでしょう?
 
長くなりましたので、旅の話はまた別に。ありがとうございました。


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by katamich | 2017-09-12 23:38 | ■精神世界 | Comments(0)