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「批判の種」を消す方法 2017.4.16

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滝行7日目で、明日で満行です。今日は真夏のような気温でまだ4月であることを忘れるところでした。この4月はほとんど外に出ずに家にこもってかなり作業を進めました。本は一冊分書き終わり、そして今、新たな事業展開に向けて準備を進めています。


さて、一昨日のブログで「批判のメカニズム」なる記事を書いたのだけど、批判を執拗に繰り返す人は、その人の中に「批判の種」があるからだ、との趣旨でした。それに対して、


「犯罪者とか明らかに嫌がらせをする人を批判するのも、自分の中に種があるからですか?」


とのご質問をいただきました。非常に良い質問だと思ったので、こちらで改めてお答えしたいと思います。


まず「人間は感情の生き物である」との前提をおさえてください。

もちろん思考も使いますが、行動の9割以上は無意識であり「感情」に基づいて動いています。食べたい、眠いなどの衝動も感情であり、ダイエットしている人が「食べたい」なる衝動が出たとき、本来であれば「ダイエット中なので食べてはならない」と思考してやめるはず。ですが、「衝動(感情)vs思考」となると、たいてい「衝動(感情)」が勝ってしま、しばしば食べてしまう。いかに人間が感情に突き動かされているかの証です。


「批判」もそのほとんどが感情から生まれています。もちろん専門家や有識者が、その職業上の批判をするのは「思考」なので、感情とは一線が引かれます。


では、たとえばある種のブログを見たとき、なぜか執拗に批判をするような人がいます。スピやブログに限らず、なんらかの「対象(客体)」がトリガー(引き金)となって、感情の導火線を発火させてしまうのです。そこでこの表を見てください。
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これは交流分析などで用いられる「4つの基本的感情」と呼ばれるもの。喜び、悲しみ、怒り、恐れ。この辺の話は拙著『夢がかなうとき~』の第三章に詳しいです。これらはいずれも生きるために必要なもの。


「喜び」はそのまんま生きるエネルギー。

一方、どちらかと言うとネガティブな「悲しみ」は「大切なものを失った痛みを乗り越えるため」に必要な感情です。女性が失恋とかすると、最初の方は、うわ~って泣くのですが、割とすぐにケロッと次の彼氏を見つけたりする一方で、男性はあまり泣いたりしない代わりに、割と長々と引きずっていたりします。それは女性の方が「悲しみ」の感情を使うのが上手だからと言えるでしょう。


「怒り」は「まさに今、大切なものを奪われないようにするため」に必要で、子どもでも大切なおもちゃを取られそうになると、本能的に怒ってそれを守ります。ただ、力の関係で奪われてしまったら、失ったものに対して「悲しみ」で処理します。ただし、「怒り」は処理されていないので、後から説明する代理感情へと結び付きます。


「恐れ」はわかりやすいと思いますが、「これから先、大切なものを失う危険・不安をさけるため」に必要。恐れがなかったらビルから飛び降りちゃったりしますからね。小さい子が危なっかしいのは、恐れの感情を上手に使うほど学習されていないから。でも、一度でも危険な目にあうと(たとえば犬にかまれるなど)、それを学習して、次からは恐れの感情で犬から身を守ろうとします。


これらは見ての通り、「喜び」は「得る」ときに出るエネルギーで、時間は関係ありません。過去に得たものにニヤニヤ喜んだり、今、得たときに飛び上がったり、将来得られるだろうことにワクワクしたり。時間に関係なく「喜び」は機能します。


一方、他の三つは「失う」ことに関するエネルギーで、「悲しみ」が過去、「怒り」が現在、「恐れ」が未来にベクトルが向いている違いがあります。そして「喜び」の感情は使えば増えるのに対し、他の三つは使うと消えます。


怒っている人が、しっかり怒りを出すとスッキリします。先ほどの失恋の女性も悲しみの感情を適切に出すことで、失恋の痛みを乗り越えられる。なので、悲しいときは思いっきり泣くといいのです。恐れの感情も、「あ~怖かった」としっかり感じれば消えます。「男は怖がっちゃいけないんだ!」なんて我慢していると、身体には恐れの感情が残ったままになり、しばしば表情に出ていたりします。


で、先ほどの質問の、


「犯罪者とか明らかに嫌がらせをする人を批判するのも、自分の中に種があるからですか?」


についてですが、おそらく「批判」のエネルギーは「怒り」からで、犯罪者や嫌がらせをする人に「怒り=批判」を向けるのは、その人達から何らかの大切なものを奪われそうになり、それを守るためのものであれば、それは健全な感情です。

もっとも、犯罪者に対しては、けしからん奴やと思うくらいで、自分に関係なかったらその程度で、関係あったら訴訟にまで発展する。嫌がらせする奴に対しては、きちんと怒って、批判して、しかるべき対応をして処理すればOK。


では、そうじゃない「批判の種」とは何なのか。それが、表の一番右にある「代理感情」(ラケット感情とも呼ばれる)によるもの。


これはいわゆる「にせものの感情」と言われ、なぜこれがあるかと言うと、人それぞれ「出すのが苦手な感情」があるから。一般的に男性は「怒り」は出せても「悲しみ」が出しにくく、女性はその逆とも言われますが、あくまで個人差はあります。


そして厄介なのは、代理感情は出しても出しても消えないこと。

『夢なに』では横山やすし(やっさん)の例で説明しました。やっさんはいつもところ構わず怒りまくっていましたが、本来であればあれだけ怒れば消えるはずが、まったく消える気配がない。これは典型的な代理感情であり、そこに隠された本物の感情は、おそらくは「悲しみ」ではないかと。元々、悲しみを出すのは苦手な上、相方は政界に行くし、前の奥さんからは捨てられるし、弟子たちを毎日鍋に呼ぶのに、どこか楽しそうな顔をしない。本当は悲しいのに、その感情を出せずに怒ってばかりいた。そして中にある悲しみはアルコールで麻痺させて肝硬変で寿命を縮めたわけです。


そこで「批判の種」なんですが、執拗に、病的に批判する人たちは、なぜにそれをやめようとしないのか。

「批判=怒り」だとすれば、本当はその中に「悲しみ」や「恐れ」があるからです。それらの本物の感情に向き合わず、にせものの感情である「怒り」を使い続けていても、その「種(本物の感情)」が消えないのです。もちろん批判する人たちは、自分が怒っている自覚もないだろうし、当然、悲しみや恐れなどまったく表には出てこない。


身近な人にいるかもしれません。会社の上司などで、四六時中、怒ってばかりいる人。本来であればしっかり怒れば、その感情はすぐに消えるのに、そうはならない。その上司はおそらく、なんらかの悲しみや恐れを抱えている。飲みに誘ってもらえない悲しみとか、自分の立場が脅かされる恐怖とか。その感情を怒りで代理しているだけ。


また、いつも泣いてばかりいる女性などもそう。嫌なことを言われたとか、都合よく利用されたとか、本来はそうなる前に怒りで守るべきを、怒りを出すのが苦手であるため、悲しみの感情で代理する。


また、代理感情として「喜び」を使うこともありますが、それはわかりやすいでしょう。本当は恐怖でガチガチなのに、なぜか笑ってしまったりとか、怒っているのを悟られないような無意識の反応として笑っていたりとか。しばしばネットとかで何かを批判するのに、またはされたのに対し、「笑」とか絵文字とかで誤魔化し誤魔化しする人がいますが、それも代理感情です。あからさまに怒ったり、悲しんだりできないので、笑いで誤魔化す。


上の表では「悲しみ・怒り・恐れ」に対してはそれぞれ代理感情がありますが、「喜び」にはないのは、それがある意味ゴールだから。「悲しみ・怒り・恐れ」は生きる上で大切な感情である一方、その都度その都度、処理して、用が済んだら消していい。しかし、「喜び」は使えば使うほど増えるものであり、それを誤魔化すような代理の感情は不要。最終的にはすべて「喜び」につながるように生きるのが、人として健全であり、理想とすべき生き方。


「批判の種」についてですが、正直、そんなのを持ち続けて得することはない。適切な「怒り」は必要だけど、「悲しみ」や「恐れ」を隠すための誤魔化しの感情など必要ない。だから、批判した一瞬はヒーリング効果があったとしても、すぐにまた戻ってしまう。そして何度も何度も批判を繰り返す。しかし、その批判は当然のこと友達を減らすし、しばしば身体の不調につながることもある。そして、ふと、ただ虚しい瞬間に押しつぶされることも。


では、どうすれば「批判の種」を消して、健全な方向に進むことができるのか。それは繰り返しになるけど、その奥の「本物の感情」にアクセスするしかない。批判が怒りを通して出るのであれば、その奥の悲しみと恐れについて、

「私は何を悲しんでいるのだろうか?何を恐れているのだろうか?」

と自問する。批判したくなる心の奥にはどんな感情があり、その感情は何を求めているのだろうか?


それは幼少期の体験に原因があるかもしれないし、成人してからも何らかの大事故やトラブルが原因なのかもしれない。もしもその原因となる体験(感情)にアクセスできたら、悲しみであれば涙を流してみる、恐れであれば身体を収縮させて恐れを追体験してみればいい。すると、代理感情としての怒りも消え、「批判の種」が消滅し、本当の意味での「喜び」に向かっていくのです。


今日の話はかなり教科書的になってしまったけど、感情には本物とにせものがあることを、まずは知っておいてください。それを乗り越えて初めて「喜び」につながることができるのだから。そんなとこで、また明日。ありがとうございました。

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by katamich | 2017-04-16 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)
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