低レベルな話だけど誰かのために 2016.4.11

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今日は月曜日定例のLINE配信。週二回のLINEを楽しみにしてくださってる方も少なくないようで、とても嬉しく思います。ここんとこ一般教養としての量子力学の話が続いてしまい、話のレベルも決して高くはないので、中には「ガッカリ」とのご意見もあるのですが、もうすぐ終わりますのでよかったらお付き合いくださいませ。もちろん解除も遠慮なくどうぞ。

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ところでLINEは基本的にスマホ対応になっており(PCでもいけますが不便)、当然、聞きたくても聞けない方もいらっしゃるようです。とりあえず今年いっぱいはLINEで配信してみますが、来年以降はどうなるかわかりません。再びメルマガで一本化するか、または別のツールを使うか、やめるか。


いずれにせよ、今年いっぱいは合計100回の配信をしまして、何が起こるかの実験でりながら、それ以降はまったくの未定。

そして今日の話、せっかくなので簡単にブログでも振り返ってみましょうか。「量子力学(量子物理学)」は、それ以前の「古典物理学」が目に見えるマクロの世界を扱うのに対し、一般には「目に見えないミクロの世界」に対する科学です。


ただし、それが「科学」であるからには、客観性、実証性が担保されてなくてはならず、確かに理論が先行することはそうなんですが、最終的に「観測」されることで認められます。

ニュートリノにしても、宇宙の質量を測った結果、どうしてもつじつまが合わなくなるので、とりあえず「未知の質量」なるものがあると推論・理論化し、最終的にそれを見つけたのはカミオカンデと呼ばれる大きな水槽によってでした。


とにかくも、理論の先行がありながらも、最終的に「観測」されて初めて認められるのが科学の約束。そこが宗教や哲学と一線を画するところ。光の速さにしても、秒速30万キロってのは、実際に測って出された数字です。


そこで量子力学なんですが、これは物質をミクロのミクロまで観測するとどうなってるかを解明する科学。見れるところまで顕微鏡で見て観測するのです。そこでわかったのは、通称「素粒子」と呼ばれる極小単位が物質の構成要素としてあり、そしてなんと、その素粒子ってのは通常の目に見える世界では考えられない動きをしてたんです。

たとえば突然消えたり、現れたり、テレポーテーションしたり、とにかくとにかく不思議な世界。


そしてその前に、ニュートン以来、「光」に関する論争がありまして、「光は『粒』なのか、『波』なのか?」という議論。ニュートンはなんとなく「光は粒」と言ったんですが、その後、マクスウェルって物理学者が「光は波」と言って決着がついたように思われながら、再びアインシュタインが「光は粒」と実証してノーベル物理学賞まで取ってしまいました。


結局、どっちやん!ってことなんですが、それは光だけでなく物質全般も同じこと。物質の最小単位である素粒子もまた「粒」なのか、「波」なのか、って論争になりました。

ちなみに「粒」はわかりやすいと思いますが、それが集まれば物質になるイメージ。泥団子の元は砂粒ってのと同じ。なので、粒である以上、それは物質そのものであり、古典物理学の範疇でも理解できます。


だけど、「波」ってのがよくわかりませんが、ここではとりあえず「状態」とご理解ください。「海」を見たとき、それは「H2O」って粒でありながら、「波」そのものは「状態」のことを言いますもんね。タライの中で「波」を見せるには、水をかき混ぜてその「状態」を作らなければならないように。


とにかくも、物質の最小単位は「粒」なのか「波」なのかの論争が巻き起こり、それを実験によって確かめようとしたのが、有名な「二重スリット実験」です。結論から言うと、物質の最少単位は「粒」でもあるし「波」でもあることが実証されました。


さらに言うと、ここからが不思議なんですが、物質の最小単位は「観測」してないと「波」だけど、「観測」すると「粒」になることがわかったのです。ここで新しいパラメーターとして「観測」が出てきましたが、目に見える世界を扱う古典物理学では観測してようがしてまいが、あるものはあるし、ないものはない、です。


ともかく結論ですが、この世の中は「波」という状態でありながら、人間が観測した瞬間、「粒」という物質になることがわかたのです。ちなみに「素粒子」も「量子」も概念上は同じような意味なんですが、「素粒子」の方が粒っぽくて、「量子」の方が波っぽいイメージと理解していいです。


具体的に言うと、目の前のテーブルに上にリンゴがあるとしましょう。トイレに行きたくなったので、リンゴから離れました。そのとき、リンゴはあるでしょうか?なんて言われても、普通は「ある」としか思えませんが、観測してない以上、「ある」とは単なる思い込みであって、実際には「ある」の可能性だけがあって、厳密には「ある」と「ない」が重ね合わさった状態と考えるのです。


そんなバカなと思われるでしょうが、ミクロの世界では確かにそうなってる。もちろん普通に考えたらリンゴはあるでしょうが、それもまた単なる「可能性」に過ぎないって話。


つまり、この世界ってのは、そもそも何一つ確かなものなどなくて、単なる「可能性」だけが無限に広がってるだけ。それを人間が「観測」することによって、その「可能性」を一つに収縮させてるだけであって、自己啓発的な言い方をすれば、その「可能性」は自らの意識によって「選択」することによって、「現実」となるわけです。


そのことを量子力学はおろか、古典物理学、科学さえもなかった2500年前に看破した人物がいました。お釈迦さま。般若心経で言うところの「色即是空 空即是色」とは、量子力学的には「粒即是波 波即是粒」と言い換えてもまったく同じこと。


目の前の現実(色・粒)は、そもそも可能性(空・波)であって、その可能性はあたなにとっての現実に過ぎないんだよ、って話。そして言うまでもなく、自分が観測してる世界なんて、この宇宙全体から見たらほんのほんの僅か。海の中の砂粒くらいのもので、ほとんど「ない」に等しい。


宇宙とは「可能性」であり、つまり空であり波に過ぎない。そこにほんのわずかに、しかも自分で選んで「現実」を形成(引き寄せ)ちゃって、それで一喜一憂してるのが、オレたち人間。なにやってるんでしょうかね。


「可能性」が広がるだけの宇宙で、自らのちっぽけな「観測」だけで、その一つの「現実」に収縮させてしまってる。そして多くの人がその収縮されたちっぽけな「現実」が世界のすべてだと思って、悩んだりなんとかしてる。それが人間だと言ってしまえばそうだけど、けども、たまにはそんなちっぽけな現実から、本質的な「可能性」だけの世界に目を向けてみたらどうでしょう~って提案に過ぎません。


なので、たまにはゆっくり星空でも見上げてみたらどう?

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っと言うわけで、今日のブログは今日のLINEを少し補強しただけの内容で、まあ、ご指摘の通り、今さらガッカリな低レベルな話ですが、それでも誰か一人くらいはこれを読んだり、LINEを聞いたりして「なるほど」と思っていただけることを信じて、これからも頑張って配信していきたいと思います。次回のLINEもこの続き。ありがとうございました。


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by katamich | 2016-04-11 23:39 | ■人生哲学