聞いてはいけない「心の声」 2016.1.11

b0002156_25195.jpg三連休最終日。今日は長男・次男と三人でお出かけです。昨日の夜、ブログを書かずに寝てしまい、起きたら8時。ブログを書くか、滝に行くか。ブログを優先しました。いつものクローバー珈琲でモーニングをいただきながら更新。

昼前から息子らと出かけて、マクドナルドでハッピーセット。マリオのおもちゃだけど、注文してから気付いた。ハッピーセット三つ頼めばおもちゃも三つだった。オレはフィレオフィッシュを一つ頼んだだけだったから。

そして百道にあるロボットスクエアへ。長男ちびQは「将来、高専に進んでロボットを作る人になる」と今から言ってる。教えてもいないのに、なぜか足し算引き算を覚えて、先日は掛け算らしき計算までしていた。これはお爺ちゃん、おじさんの血筋かも。大阪の実家に帰ったら、お爺ちゃんに算数を習うことにしよう。4月から小学生だしね。早いな~。あんな小さかったちびQが。そして本人はなぜか空手を習いたがっている。音楽にはまったく興味がないみたい。

一方の次男たくちゃん、まったくもって自由奔放。きっと勉強とかしないだろうな。まあ、いいけど。ロボットスクエアでは、それぞれお気に入りのロボットやメカのところを中心に二時間くらいいたかな。よく遊んだものだ。写真コーナーでは海賊になったりウサギになったり。楽しい一日でした。


さて、今日はそんな感じで割と食べたのだけど、夜はりんご半分のみ。土曜日に断食をしてから、なんだか身体の調子がいい。今年一番に「食を慎む」というメッセージをいただき、滝行にあわせてさっそく実践。おそらく12時間以上なにも食べないのは数年ぶりかも。そして今、めちゃくちゃ調子がいい。


もちろん普段から悪くもないのだけど、それはマヒしてただけかもしれない。もしかしたら年齢を重ねるにつれて表面化することかも。ってことは、今年また新たに健康に目覚め、その手段として「食を慎む」は必要なメッセージだったんだろうな。


ところでここ2~3日、立て続けに「心の声を聞く」って話を聞いていました。特にスピ系の人って「心の声」とか好きですよね。そんな風なことがあったとき、ちょうどフェイスブックで棚田さんがこんな投稿をしていました。

「心の声を聴いてはいけない」
心(感情)や身体の声に素直に従って生きていると、その結果、幸せや「なりたい自分」から遠ざかってしまうことがある。なぜなら、心の声(感情)は、容易に間違いを犯すからである。例えば、本当は愛している親を憎んでみたり、本当は一緒に居たい人と別れたくなったり・・・と。


この投稿を読んでドキッとした人は多いようだ。これはものすごく深い話なんだけど、すぐにこんなコメントをしてしまいました。

「 心の声(感情)なんて、多くの場合、安心・安全・現状しか求めてなかったりしますもんね。」


たとえば「『R1ぐらんぷり』に出場せよ!」みたいなメッセージを受け取ったとするじゃないですか。気にはなる。そこで「心の声」とやらに従うと、たいてい「今の自分には必要ない」みたいな結論に落ち着くんですよね。


R1に関して言えば、プロの芸人の目指そうとしてる人を除いて、必要な人とかいないはず。だけども、そのメッセージを受け取ってしまったのは事実だし、気になってる自分もいる。去年と一昨年のオレがそうだったように。

R1に出るってことは、練習の時間も必要だし、何より恥ずかしさとかあったりする。それでもそのメッセージに逆らわずに出場したら、何かがぶっ壊れてしまった。いわゆる心のブレーキのようなものが。


運なに』でも書いてるのだけど、ここでもう一度整理しますね。


意識=「言葉」によって思考・志向する(たとば「願う」)
潜在意識=「安心・安全」を求める
超意識=「成長」を求める



つまり、多くの人が「心の声」として勘違いしてるのが、ここで言う「潜在意識の声」なんです。

「潜在意識」について中途半端に理解しちゃうと、何となく目に見えない世界の眠れるパワーのような印象を受けますよね。潜在意識を活性化して願いを叶えよう的な。


でも実は「潜在意識」ってのは、それ自体に最初から力があるわけじゃなくて、過去の経験・体験によってプログラミングされたものに過ぎない。


では、このプログラムはどんな基準によってなされるのか。それが「安心・安全」なんです。生命維持本能と言ってもいいかもしれないけど、「安心⇒◯、危険⇒×」って仕訳をしてるだけ。


小さい頃、犬に噛まれて痛かった。そこで「犬=危険⇒×」ってプログラムができて、大人になっても犬嫌いで恐怖し続けるようになる。たとえそれがマメシバのような小さな犬であっても。

逆に物心ついたときから家に犬がいて、とてもなついていたら「犬=安全⇒◯」ってプログラムになって、そのまま犬好きでいるわけで。


オレの例で言うなら、中学までは人前に出るのが苦手だったけど、高1の一学期、あることから嫌々ながら人前でしゃべったらとてもウケた体験をした。そこから「人前でしゃべる=安心⇒◯」ってプログラムができて、それで今でも人前でしゃべる仕事ができてるわけです。


もちろん遺伝とか才能とかの要因もあろうけど、後天的にプログラミングされる要素も強い。そのプログラムがまさに「潜在意識」であって、安全ならアクセルをふかすけど、危険ならブレーキを踏むだけのもの


そして、「成長」するには、ときとして「安心・安全」をぶち破る必要がある。

その「成長」のメッセージはどこから来るかと言うと、それが「超意識」。しばしば「ヒラメキ」や「シンクロ」によって引き起こされるのだけど、ほとんどの場合、そこにはストレスを感じてしまう。


「超意識」からのメッセージは「成長」を求めるのだけど、すごくストレスを感じてしまう。けど、同時にストレスのない挑戦がないように、成長だってない。


もしも、本当の意味での「心の声」が「願望実現」を求めるものであるならば、それは「超意識の声」でなきゃならないのだけど、多くの人は「潜在意識の声」と勘違いしてしまい、つまりは「安心・安全なこと、ストレスにならないこと」を選んでしまうわけです。


その結果、成長も願望実現もなく、ただ、これまでの現状が続くだけとなる。R1であれば、最初の出場は吐くほどのストレスだった。だから、すごく成長できた。二回目もまあまあストレスだった。だけど、三回目の今年となると、いわゆる「ザワツキ」がまったくなかったのです。


「ザワツキ」は『運なに』のキーワードでもあるけど、「潜在意識(安全)と超意識(成長)の摩擦」によって生じるものと説明しています。つまりザワツキを感じたら、それは超意識、本当の意味での「心の声」なんです。


三回目のR1に関しては面倒と思うだけで、ザワツキもなければ、成長の実感もない。ネタさえ作れば出場自体は余裕だろう。もちろん二回戦に進むかは別の話だけど、少なくとも最初のようなストレスはない。よって、今年は出場しないことに決めたんです。


その代わり、正月に突然、「食を慎む」なるメッセージがやってきて、それにものすごくザワツキを感じた。あ、超意識きた。そして一週間の滝行の間に「断食」を決めて実行した。すごくストレスには違いないけど、やってみて本当によかったし、明日もまたやるつもり。


オレにとって「食を慎む」とか「断食」ってのは、ストレスでしかない。だって食べるの大好きだから。けど、このまま潜在意識の安心・安全(現状維持)にまかせるままに食べていたら、成長もなければ、健康を害する可能性もある。


そこで積極的にストレスを受け入れ、今回は食を慎みつつ、断食を入れるようにした。そして一つ乗り越えたので、今年の滝行中は必ず断食を入れるようにして、できればどこかで一週間ほどの断食に挑戦してみたい。そのことにもザワツキがあるので、やっぱり超意識、「心の声」なわけだ。

まずは明日は断食。満行が楽しみだ。


ところで今朝、LINEメッセージの4回目を配信しました。さらにまた沢山のご返事、ご感想をいただきました。ありがとうございます。このLINEメッセージ、、、間違いなく「超意識からのメッセージ」ですので、これからも成長、願望実現した人はぜひぜひ登録して受け取ってくださいね。

友だち追加数
アカウント名は「@gix0298a

そんなところでまた明日。ありがとうございました。


---
プロフィール・実績メルマガFACEBOOKTWITTEROFFICIALお問合せ

友だち追加数
アカウント名は「@gix0298a

【2016滝行1-6】
朝:モーニング(トースト、ゆで卵、コーヒー)
昼:フィレオフィッシュ、ポテト
間:アイス
夜:りんご半分
○家族サービスデイ二日目。滝は夕方に行き、朝はカフェでモーニング。昼は息子らとマクドナルド。途中、アイスで間食。夜はりんご半分。明日はまた断食する。滝も冷たいが気持ちがいい。
by katamich | 2016-01-11 23:39 | ■願望実現 | Comments(0)