TOSHI小島スピリチュアルコンサート 2005.4.15

 今日は夜7時から、Toshi小島氏のスピリチュアルコンサートに行ってきました。去年も行っており、とてもよかったの今回も行ってきました。前回は一人で行ったのですが、今回はツレを誘って行きました。

 博多ベイサイドプレイスのベイサイドギャラリーというところでのコンサート。会場に行くと様々な楽器が並べられてあります。3つのディジュリドゥの他にもいくつかの笛、そして打楽器が並べられてあります。
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 Toshi氏がおもむろに前に出てきて、まずはペイントのほどこされたディジュリドゥを吹き始めます。Toshi氏のスタイルはあまりリズミックさを表に出さず、幅の広い倍音をゆったりと聴かせるのが主です。ディジュリドゥは近年はロックやジャズと融合し、どちらかと言うとパーカッシブに奏でるのが多いようですが、本来は5万年前のアボリジニが宇宙との交信のための道具として使っていたので、Toshi氏のスタイルの方が本来的なのでしょう。ツレはディジュの生音は初めて聴くようで(私の掃除機の筒吹きは別ですが)、最初、「怖い」と言っていました。確かに知らなければ「得体の知れない楽器」なんでしょうね。最初のディジュを吹き終わると、ディジュについての解説をし、今度はラッパの広いディジュの持ち替えます。するとやおら立ち上がり、客席に入り、一人ひとりの目の前でディジュを鳴り響かせます。これはすごい。一人10秒程づつですが、30分も聴きつづけると、潜在意識が呼び起こされそうな心地良さです。倍音がとても心地いいです。
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 途中、歌をはさみながら、ネイティブアメリカンフルートや尺八、縄文笛など自然の楽器をいくつか即興で奏で、今度は目の前の打楽器をたたき始めます。森の中にいるような雰囲気になり、とても気持ちがいいものです。
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 私がToshi氏を聴いたのは最初、ディジュリドゥ目的でしたが、コンサートに触れてみて最も感激したのがその歌です。これも倍音成分を多く含む透き通った歌声で、声を聴いているだけで癒されるのですが、やはり心を打つのはそのメロディと歌詞です。

 アボリジニは「所有」という概念を持ちません。ネイティブアメリカン、縄文人などもそうです。なので「争い」を知りません。土地、作物、住居、道具など、全て大地から与えられたものであり、自分たちがそれを大地から取り上げる権利などなのです。争いがないので、そこにあるのは「平和」のみです。しかし、現在の世の中は依然と争いに絶えません。そうなったのは「所有」があるからです。Toshi氏はこのような歌を歌いました。

「全てを持とうとすることは何も持たないこと、何も持たないことは全てを持つこと」(うろ覚え)

 つまり、何もかもを自分のものにしようとすることは、そこに生じるのは空虚であり(全ての人が全てを持つことはありえない)、逆に誰もが全てを捨てようとすることは、みんなで分かち合うこと、すなわち全てを持つということになります。結局は「持たない」ということが一番贅沢でかつ大切なことであることを教えてもらえます。

 ジーンときます。やはり「捨てる(与える)」ことは「得る」ことなんです。ひたすら求めること、守ろうとすることには「空虚」と「恐怖」しか生じないのです。

 般若心経の一節であり、大乗仏教の本質でもある「色即是空・空即是色」とも見事にシンクロします。つまり、形あるもの(色→所有)はつまるところ空虚であり、逆に形のないもの(空→所有しない)は全てに満たされているということなのでしょう。アボリジニやネイティブアメリカンなどは常に「宇宙」から生き方を指南してもらっていました。また、「色即是空・空即是色」が宇宙の教えの本質であるとすると、「所有しないこと」とは宇宙の法則に合致したことなのでしょう。Toshi氏の歌には、宇宙の意志が感じられました。

 もう一つ、「いただきます」という歌を聴きました。「いただきます」は言うまでもなく日本人の食事の挨拶ですが、実はこれには3つの感謝の意味があるのです(「いただきます」は宗教行為なので禁止という小学校があることを聞いて驚きでした)。

 一つ目は、「いただく命に対する感謝」。人間は他の生命を食べて生きています。ですのでその「生命」に対する感謝の念を抱きながらいただきましょう。二つ目は、「先祖に対する感謝」。今の私がいるのは親がいるから、そして親がいるのはその親がいるから、そしてずっと繋がってたくさんの先祖の命があるのです。一つでも欠けてしまえば今の自分の命はありません。そのことに感謝しながらいただきましょう。そして三つ目は、「食事をもたらしてくれた全ての人に対する感謝」です。自分が食事にありつけるのは、作ってくれた人はもちろんのこと、材料を作ってくれた人、運んでくれた人、運ぶための燃料を掘ってくれた人、その機械を作ってくれた人、機械の材料を掘ってくれた人、、、、さかのぼっていけば世界中の全ての人。。。その人たちに対する感謝です。アメリカ人の食べるハンバーガーは原料である牛や野菜はもちろんのこと、それを作った会社と従業員、材料を運ぶための車、それを走らす石油、石油を掘ったイラクの人たち。。。そう考えると、イラク戦争なんて絶対できないはずです。

 つまり、「いただきます」には生けとし生けるものへの感謝、自分たちのご先祖様への感謝、そして世界中の全ての人に対する感謝の意味がこめられているのです。「いただきます」には「真の平和」に対する願いが込められているのです。

 今日はツレ(彼女)を無理矢理このコンサートに連れて行きました。これまでも何度かいろんなのに連れて行ったことがありますが(カラーセラピー、フリージャズ、おっさんの居酒屋などなど)、いつも「すきやね~」とか「しゃ~し~ね~」とか言っていたのに、今回のコンサートには心から感動したようです。「歌を聴いていたら涙が出てきた」、と。

 今回もとっても素晴らしいコンサートでした。また行きたいな。
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(おまけ:水族館の亀)
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Commented by 楽園 at 2005-04-16 09:18 x
はじめまして
トラックバックパラダイスの楽園と申します。
何度か訪問させていただいていたのですが、こちらにトラックバックするのは初めてでした。
実は内容には言及していないのですが、2度ほどリンクさせていただいたものですから、今回トラックバックを送らせていただいたところ、見事に文字化けしてしまいました。お目汚しご容赦ください。もしご迷惑でしたらどうかこのコメントともどもスパッと削除してくださいませ。
それでは失礼致しました。
by katamich | 2005-04-15 23:42 | ■音楽 | Comments(1)