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超一流の二流を目指せ! 2015.10.9

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 今日はフェイスブックにかなりの長文を書いてしまいました。貼り付けます。

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b0002156_2249539.jpg長倉顕太氏の「超一流の二流を目指せ!」、電子になって一気に読了!プロデュースはサンマークの名物編集長、鈴木七沖氏。
⇒ http://amzn.to/1P30L6x
 
電子特典のセミナー動画も見た。「世界一“残酷”な成功法則」と言われるだけあって、確かにキツイ言葉もあるけども、大方、最後まで共感して読めた。
 
 
著者はとかく「スピリチュアル」を嫌っている。身内が太ったオバハンに財産奪われたんじゃないかと勘繰るくらい嫌悪する。もちろんそんな事実はない。聞くところによると、本が売れなくなった昨今、なぜかスピリチュアルのジャンルだけは安定して売れてるそうだ。
 
「引き寄せの法則」も再びブームになってるようだし、最近では「悟り系」とか、もっと新顔には「ノンデュアリティ(非二元論)」なんて新たなジャンルまで登場して、それなりに支持されてるそうだ。
   
そんなんだから、多くの出版社も安易にスピリチュアル本を出そうとする。スピ本だせば目先の資金繰りはクリアしてしまうなんて出版業界の台所事情もあるんだろう。もちろんそれはスピリチュアルを買う大衆があるからだ。
 
  
著者はそんな風潮に対して、「ヤバい!(悪い意味で)」と警鐘を鳴らす。オレ個人的には、もちろんスピリチュアルの書棚の全部が全部クソとも思わないし、クソなスピ本にも一定の役割があるのを認めながらも、なんだけど著者の一貫したスタンスには実はすごく共感している。
 
オレもなんだかんだ何冊か本を出してて、ジャンルで言えばごめんなさい、スピリチュアルなんだけど、それでも著者の危惧するヤバさにはいくらでも身に覚えがある。
 
 
これだけスピリチュアルが流行る背景には、著者の言う「重要感」の損失ってのがある。デール・カーネギーが言うように、人は「重要感」を求めて動かされる。ウソでも自分を重要視してくれる人ばかりに寄りかかり、ときには大金をはたく。
 
「あなたはそのままで素晴らしい」なんて言葉も、それは確かに本質おいてはそうだけど、単に現状を肯定されたいがための言葉なら麻薬と同じ。
 
 
一つの価値観に過ぎないろうけど、オレは「成長」のためにお金を使いたいし、そしてそうあるべきだと思っている。なんだけど、多くの人は現状否定が前提となる「成長」よりも、現状肯定、重要感だけを強く求め、そこに「スピリチュアル」がスルッと入り込む隙間が生じる。
 
今の状況はすべて自分に原因がある。原因と結果の法則。それを、スピリチュアルではその原因を前世だとか、カルマだとか、守護霊だとか、星の動きだとか「目に見えない世界」に落とし込み、真の原因から目をそらさせる。
 
今のあなたは素晴らしいけど、前世の行いが原因だから自分を責めないで。涙ぼーっと流して、財布はどんどん軽くなるわけだ。
  
 
すべては「重要感」。実はオレの新刊の第四章でも「重要感はクソ」って話をしてて、表現の仕方は違えども言ってることは驚くほど同じ。自分が重要なのは本来自分が一番知っている。なぜにそれを他人に求めるのか。なぜに大金をはたいてでも、重要だと認めてもらいたいのか。
 
ようは、人は「重要感の奴隷」だってこと。奴隷で一生を終えてもいいのかいってこと。
 
 
そこで「超一流の二流」。著者の言う通り、「一流」なんて1%もいればよくって、あとは99%の「二流」で社会は成り立っている。自分が一流なら一流で行けばいいけど、生憎と大半はそうじゃない。
  
にもかかわらず、自己啓発だとか成功哲学だとかは、「一流」をゴールだと洗脳して、そうなるための努力を強い、そしてやっぱりお金を巻き上げる。
 
 
以前、とある有名な外人系セミナーに参加したときのこと。なんだかみんなハイになってて、言うことがすごい。
 
「年内に一億円稼ぎます!」「ノーベル平和賞取ります!」「東京オリンピックで金メダル取ります!」、、、
  
これらは実際に聞いた言葉。ノーベル平和賞なんて狙って取るものなの?東京オリンピック?完全に舐めてるよね。本人いわく、乗馬の世界は年齢関係なくて、今からでも頑張れば、、、って言うけど無理だから。
 
極端な例だけども、それらっていわゆる「一流」であって、その辺にゴールを設定させるところから破たんしてるわけ。
  
島田紳助が言ってたけど、「おもろい奴は最初からおもろくて、最初おもんない奴がどんなに努力しても無理やで。才能やから。才能ある奴が努力するから売れるんであって」って残酷だけどそれが事実だ。
 
 
結局、「重要感」と「一流」を結び付けるところに、いろんな歪みが生じるわけでしょ。だからと言って、そこそこでいいよね、ゆる~くいこ~とも言ってない。
 
自分をあえて「二流」と認めた上で、二流としての戦い方があるよねって話。一流こそが重要であり、それが成功だと思い込んでる人には確かに残酷。だけど、世の中の99%は二流だから。もちろんオレも含めて。
 
 
で、どうすれば二流が戦えるかって話なんだけど、そこは本書を読んで欲しい。ただ、一つ言えるのは、実はこれらの方法ってオレも今まで実際やってきたことでもある。
  
たとえば「情報発信」。今は誰もが気軽に情報発信できる時代。オレもブログを11年間毎日書いてきたけど、気が付けば本も出して、それなりのベストセラー、収入もそこそこになった。
 
そりゃ、「一流」には程遠いけど、オレはオレなりにやってきたし、やってるし、満足もしている。そしてやりたこともある。幸せですよ。だからと言って、これですべてOKとも思ってなくて、絶えず自己批判しながら成長していくプロセスは純粋に楽しい
 
 
実は著者の長倉さんとは以前、一度だけ会ったことがある。2008年12月だったか、場所はフォレスト出版の会議室。とあるビジネス書著者に「著者候補」として連れられて。
 
「で、石田さん、いくら稼いでんの?」で早々と玉砕して、あとは黙るしかない。「夢ゾウのようなわかりやすい本を書きたいんです」と言うと、「え~っと、夢ゾウの話した人とはやらないから」、「悪いけど見ればわかるんで」、、、連れてってくれた人からもなぜか暗に責めれらる始末。
 
そりゃ惨めでして、鞄に入ってた原稿のコピー、出さずに退散。徹底的に否定された。けど、その原稿は五日市剛さんとの出会いによって翌年に本となり、アマキャンで総合1位にしたのをサンマークの金子さんが見ていて、そこから小さなご縁。その3年後、ふと金子さんを思い出して企画を送ると忘れた頃に返事がきて、その翌年に本が出て5万部突破。そして先日また金子さんプロデュースで本ができた。
  
決して大きな成功じゃないし、本を出すことがゴールでもなんでもないけど、愚直に「情報発信」を続けることで共感、応援してくれる人も出るし、同時に自分が少しずつ見えてきた。そんなプロセスが今はとても楽しい。
 
 
もしかしたら「弱者の戦略」ってのにも近いかもしれないけど、「二流」には二流の戦い方があって、「一流」や「天才」を求めても惨めな思いするだけ。長倉さんが「夢ゾウの話~」と言ったのは、水野さんが「天才」だからであって、それを目標にするオレは最初からズレてたわけだ。
 
 
そんなわけで、同じ月に同じ出版社から本を出せたのも個人的には妙なご縁を感じるし、純粋な長倉ファンとしても素直に嬉しい。そしてやっぱりとてもいい本なので、いろんな人に読んで欲しい。
 

  
最後に、長倉さんはこれまでの人生で音楽から随分インスパイアされたようだけど、それはオレも同じ。オレはロックは聞かないけど、中3でモーツァルトにハマって、周囲がブルーハーツとかボウイとかジギーとかに入れあげてるなか、「モーツァルトしか聞かない」って決めたのもなんか似てる気がする。
 
なんだけど、1992年にモーツァルト没後200年なんてにわか流行ができて、それで嫌気さして何気にモダンジャズを聴くと、そっからさらにドップリ。
 
ジャズの世界で「超一流の二流」と聞くと、真っ先にジョン・コルトレーンが思い浮かぶ。そのトレーンの言葉。
 
「みんな、正直になろう。スタンみたいに吹けるのならば、吹きたいだろう?」 
 
b0002156_22564046.jpgスタンとはスタン・ゲッツのこと。スタンは最初から天才だった。元FRB議長のグリーンスパンはクラリネット奏者になろうとジュリアード音楽院で学んでいた。そのとき、バイトで所属してたジャズバンドの隣に座ってたのがスタン・ゲッツだった。
 
「こんな奴がウヨウヨいる世界で食っていけるわけない」と悟って後にアメリカ経済を支える男になったわけだ。あのまま音楽の道に進んでも、きっと無名のクラリネット吹きで終わってたろう。ただ、間違ってることもあって、スタンみたいな奴は「ウヨウヨ」はいない。
 
 
先ほどのトレーンの言葉だけど、誰だって本当はスタンみたいに天才的な才能を欲しいままに吹きたいはず。だけど、それを求めてもダメだ。スタンは真の天才であって、凡人の及ぶとこじゃないから。
 
とは言うものの、ジャズの歴史でその影響力から見れば圧倒的にトレーン。マイルスのバンドに入れてもらったとき、すでにスターだったマイルスまでも「なんてあんな下手くそを入れたんだい?」と揶揄される始末。完全なる二流テナーだった。

しかしトレーンはスタンを目指すのでも、ロリンズを目指すのでもなく、圧倒的な練習(情報発信)によって自分のスタイルを築き、気が付けば、トレーンの後のテナーはほとんどがトレーンのエピゴーネンになるくらい。
 
ジョン・コルトレーンは「超一流の二流」として、その後のジャズ界の地図を塗り替えてしまった。
 
 
だけど、ここで紹介する動画は晩年のスタン・ゲッツ。村上春樹はジャズを、そしてスタンをこよなく愛し、「中国行きのスロウボート」という短編小説も発表している。それとは直接関係はないけど、この曲も「中国行きのスロウボート」。11か月後にスタンは天国に旅立つ。
 
癌にやられ、あらゆる治療を施していたけど、進行を止めることはできなかった。立ってるだけでもやっとだろうけど、スタンは最後の最後まで天才だった。いつも以上に冴えるアドリブながら、白眉は続くケニー・バロンのピアノだろう。スタンの魂が乗り移った一世一代の迫真のソロがある。
 
最晩年の伴侶役としてスタンを支えたケニーとは、死ぬ3か月前に「ピープルタイム」なるアルバムを残しており、涙失くして聞くことは不可能。そして最後に、、、
 
 
「みんな、正直になろう。一流になれるならば、なりたいだろう?だけど、オレは二流なんだよ・・・」


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そんな感じでいろいろ歴史を感じちゃいました。ほんと、いろいろあったなあ。そしてこれから、どんな展開になるんだろうか。とりあえず、今日はこんなところで。ありがとうございました。


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by katamich | 2015-10-09 22:20 | ■読書・書評
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