ソウルフード 2005.4.2

 2日連続で飲み会でした。最近は飲まないのが当たり前なので、すっかり酒に弱くなったものです。本当は今日は「滝行」の日だったのですが、軽い二日酔いで休んでしまいました。二日酔いの時こそ滝で洗い流すと良いのでしょうが、反面、体に酒が残った状態で滝に入るのは「失礼」という気持ちがなきにしもあらず、、、でも、今日は「きつかった」のが正直なところです。
 
 しかし、滝に行かないのは気分が良くないので、夕方、家の近くの「不入道」まで行ってきました。珍しく3人ほど先客(女2人、男1人)が行をしていたのですが、おばちゃんの行者が「シャワーキャップ」をかぶって滝に打たれていました。他人のことをとやかくいう権利もないのですが、シャワーキャップで滝行、、、う~ん・・・。

 今日の話題はこんなところなんですが、昨日、飲みにいったところの話をしたいと思います。福岡市早良区唐人町にある「蒼生弥(たみや)」というモツ鍋屋についてです。 ここは以前はよく行ってたのですが、ここ2~3年ご無沙汰していました。モツ鍋というと10年程前に関東を中心にブームになっていましたが、ここ最近はすっかりなりを潜めていることでしょう。でも、九州はまだまだ元気です。何と言ってもモツ鍋発祥の地ですので、浅はかなブームなど関係ありません。

 この「蒼生弥(たみや)」ですが、なんと言っても味がいいです。洗練された幾種類かのモツ、醤油ベースの極上スープ、そしてシャッキリ野菜のトライアングルに加えて、いかにも博多風の、ダシを吸ったチャンポン麺に料亭顔負けのおじやが付きます。あ、ちんちんに冷えた生ビールも忘れてはいけません。ここの美味しさは口で言ってもわからないので、機会あれば実際に行ってみるしかありません。席はそんなに多くないので予約される方が無難でしょう。

定休日:月、木
営業時間:夜 
駐車場:なし(近くにコインパーク)
電話:092-712-4224
場所:福岡市早良区唐人町3丁目2ー1

  もう一つここ、「蒼生弥(たみや)」の名物は、店を切り盛りしている「親父さん」の存在です。食べ方指南については小うるさいものの、それは少しでも美味しくモツ鍋を味わってもらいたいという心意気の表れ。まあ、あの人なつっこい笑顔で指南されちゃうと、かえって楽しい気分にさせてくれるところが、そんじょそこらの頑固親父とは違うところ。そして、実はこの大将(マスター)、、、かつてはジャズミュージシャンであったと、今日始めて知りました。

 戦後日本、ダンスホールやスイングジャズが華やかかりし頃、九州で自らのバンドを結成し、数多くのホールやイベントでの演奏、テレビ出演など活躍されていたそうです。しかし、ダンス・ブームが蔭りを見せるや、手持ちのクラリネットとアルトサックスを売り払い、今のモツ鍋屋を始めたということです。

 私がジャズ好きということで、昔の録音テープを聴かせてもらいました。天ぷら屋で録音しているかのようなノイズの入った録音から、名曲「ムーングロウ」が流れてきます。ソロはもちろんクラリネット、、、大将(マスター)の演奏です。ややもするとノイズの方が大きいようなその録音から、スジのピンとはったクラリネットが輝かしく流れてきます。私が生まれる遥か前の時代なんですが、そのセピア色の音色からは、なんだか懐かしいような、心安らぐ気分が伝わってきます。

 日本を代表するジャズミュージシャン、渡辺貞夫氏が九州発祥のモツ鍋を初めて食べたとき、「これは日本のソウルフードだ!!」、と言って、それからモツ鍋が広まりだしたと言う話を聞いたことがあります。そもそも「臓物(モツ)」というのは関西ではホルモン(ほるもん→捨てるもの)であり、アメリカでは白人が上質のステーキをほうばる、そのおこぼれを黒人が食べていたというものです。ですのでモツは本来的には下層社会の食べ物なのです。

 しかし、モツ(内臓)には人の表面、上澄みでは見えない、本質があると思われます。「肝心」とは肝臓と心臓、「お前の腹の中を見せろ」と言う場合、「本心は何だ」という意味になります。つまり、まさしくモツとは「魂(ソウル)」に直結する食べ物なんです。

 漢方の世界では肝臓が悪い時はレバーを食べればいいように、治したい部位を食すれば良いと聞きます。その考えからすると、モツを食べることで人の魂を揺さぶる、情熱を呼び覚ますような何か(something)が出てくるのはないかと思われます。

 渡辺貞夫氏がモツ鍋を「日本のソウルフード」と言った背景には、黒人社会がモツの煮込みを常食にし、当地のジャズミュージシャンが毎日のように食べていたことがあると思われます。ですので、我々日本人が外国で「味噌汁」を食べるとホッとするように、今でもすべての黒人が「モツの煮込み」を食べることで、自らの魂を呼び覚まし、「やっていける」のでしょう。

 ところで、焼酎という飲み物があります。今でこそブームとなって、東京に芋焼酎等がなだれ込んでいますが、これももともとは最下層の人間、日本酒を飲めない人間がその代用品として飲むものでした。日本酒を取った後の絞り粕を蒸留した「カストリ」、米さえも使えずに芋や麦を発酵・蒸留した幾多の代表的な焼酎などは、かつての労働者階級が唯一の嗜好として飲んでいたものです。当時のことを知る人に言わせると、今の焼酎などは「日本のウイスキー」であって、本来的には「飲めたものじゃない」のが焼酎の本質のようです。

 モツ鍋と焼酎とジャズは似ている気がします。モツはホルモン(捨てるもの)であり、ステーキのおこぼれであったものが、今では「モツ鍋」という洗練された食べ物に生まれ変わっています。焼酎は飲めたものじゃない最下層の飲み物が、今ではお洒落やブランドとして多くの人に好まれています。ジャズもアフリカ出身の※奴隷下級が白人にレイプされた混血(クレオール)によって生まれた音楽、つまりブルースと西洋音楽のクロスオーバーとして自然発生的に生まれた音楽が、今では大学でジャズ課が設置されるまでに上品でアカデミックな音楽となっています。

(※:辛島文雄さんが言ってたのですが、エルビン・ジョーンズに「ブルースとは何ですか?」と聞くと、う~ん、と考えて「人生じゃ」と言ったそうなのです。禅問答のような回答ですが、エルビンのおじいちゃんは「奴隷」だったと言うのだから重すぎて笑えね~よ、との話です。)

 そのように、モツ鍋と焼酎とジャズには「下層から上層」へという発展の力、魂が込められています。戦後日本の復興の影には、安いものを腹いっぱい食べ、まずい焼酎を美味しく飲み、そして華やかなスイングジャズによって活力が生み出されていたという背景があります。今の日本は不況と言いながらも衣食住には困らない水準にあり、しかし、その一方で「魂」だけはどこかに置いてきたような状況が続いています。日本が再び復興するには物的整備(インフラ整備)ではなく、「魂の整備」が必要なのだと思われます。そのためには、・・・いつも言ってるので今回は割愛、いわゆるスピリチュアルな話ね。

 今回の飲み会は退職される上司に向けた仲間内での慰労会を趣旨としていました(主役不在でしたが)。しかし、私自身も会社を辞めることで新しい世界に飛び込んでいきます。言わば一からのスタートです。そこでモツ鍋を食べ、ジャズを聴くことで、これからの「発展の魂」が植えつけられたのは、私自身にとっての最大のはなむけである気がします。
 
 相変わらず理屈付けが上手かも知れませんが、今回の飲み会には一つの「運命」を感じさえします。新しい世界が楽しみでなりません。わくわく。

 また話が展開してしまいました。あっさり書くつもりだったのが。そんなブログに応援のクリックをお願いします。(ブログランキング)

たみやのモツ鍋)←レポートがあります(勝手に拝借しました)
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by katamich | 2005-04-02 23:59 | ■食 | Comments(0)