宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

友達の熱い転機 2005.3.31

 ついに平成16年度最後の日になってしまいました。今日で私が入社以来最も世話になった上司が退職されます。26年という長い年月、創生時から会社を支えてくれたこと、そして私と一緒に日々仕事に奔走された4年間、などなど、本当にありがとうございました。とりわけ、私が入社して一年目の冬など、客先から夜中まで軟禁されている時、私が帰社するまでずっと待っていてくれたこと、私の待遇改善のために幹部にも再三直談判してくれたこと、などなど、感謝の言葉がつきません。今回の退職は新たな人生のスタートとして必然・ベストの流れなのだと思います。私もすぐに後を追って会社を去りますが、お互いよい人生を創造していきましょう。絶対にいい人生が幕開きます。そんなに頑張らなくてもいいので、楽しい日々に感謝して生きていきましょう。

 と、世話になった上司にむけてささやかながらはなむけの言葉ですが、私の周りには私を含めてガラガラと人生を変えて行っている人がいます。今日紹介するのは、私の幼稚園・小学校・中学校・高校時代からの友達で、同じく4月から新たな人生の幕が開けます。今年の正月に会ったときに話をしたのですが、3月頃から日記(非公開)を書いており、その内容がとても熱く、勇気付けられるので、ここで紹介させていただきます。もちろん本人の了承も取ってあります。ちなみにその友人は誰でも知っている大手の食品会社に10年勤めました。4日分なのでとても長いですが、読む価値は大きいです。


(ここから)

【カウントダウン】3月7日

初めての転職まで一ヶ月月を切った。
10年勤めた会社だったし、今も愛着がある。 今も好きなんだろうなしみじみと思う。
自分が苦しみながら製品開発に関わってきた、まるで自分の子供かのようなたくさんの製品たちと、スーパーに行きゃ陳列棚でいつでも会える。
そして、安売りされている。
「半額セール」 「98円均一」 「全品4割引」
それを裏で仕掛けてきたセールスマンがいる。
俺だ。
一年前まで、こんなことしている自分が今ここにいるとは思いもしなかった。
夢か?いや、明日も売上げに追われる自分がいる。現実だ。
いつまでも、こんなことしてていいのかよ。俺。
変えてやる。世の中の”流通””マーケティング”とか言われるものを変えてやる。だって、違うんだから。
アメリカから入ってきたらしい。このマーケティングとかいう理論は。
何度勉強しても、間違っているものは間違っている。顧客の前提が全然違うから、これまでの日本のマーケティングは全く逆のことを目指してきたと言っていい。
世界のSONYの出井さんも退任か。何か大きく世の中が変わる気がするな。
俺は、これからの新しい道へと一歩足を踏み出す。これは必然だったと思う。
社員のみなさん、取引先の方々、どうかこの気持ちわかってほしい。
明日、取引先すべてに自分の退職を伝える。


【月末 年度末 世紀末】3月20日

うーん。。。やっぱり今月末も「つめ」(あえて平仮名)で売上げやれってのね。
俺が辞めたあとでも”こんなこと”やっぱり続けるわけやね。
最後のお仕事か。しゃーない!最後ちゃんとやってくから安心してください。
「資料作りしてもらったり、有給使わずに最後までいてもらってわるいなあ。来週、夜に埋め合わせするから、いこな~」
結構でございます。。。ホンマ時間ないんすよ。お気になさらずに。
でも、もうこんなことやめたらいかが?20世紀に置いてくるべきだったんですよ。こんなの。
需要を創造しましょう。供給量はもういっぱいいっぱいです。器自体を大きくしないと、もう水は入んないっす。
うちは創造業。単なる製造業ではないんですから。
近視眼的に「営業という仕事はこうあるべきだ」と限定してしまっているのはもったいない。変わりましょう。そろそろ。
成果主義?実際は結果主義になってませんか?結果オーライ主義かもしれない。実際、”オーライ”だった時もあったもんなあ。
お金じゃない。ポジションでもない。ましてや誰かとの比較の中での評価でもないんです。俺のモチベーションを維持するものは。
「いい仕事」をしたことに対する評価。それは次の「もっといい仕事」がほしいんです。これが本当の成果主義。
20代後半から自分は提案してきました。あたかも経営に関わっているかのような当事者意識で、行きたい部門と統合したい部門を明確に伝え、大きなビジョンと具体的に進める行動内容まで掲げて。
「無視されているのか」。。。そう感じてこの数年過ごしてきました。
でも、しかたない。俺ごとき若造に何ができるのか、と思われて当然ですから。このような大きな組織ですからね。

「顧客、社員、経営者、株主、取引業者、得意先」。。。。なんか、誰もが使う言葉。
そうじゃなく、もっと目を向けなければいけないのは、、、

「見込み顧客・潜在顧客、将来入社してほしいような優秀な人材、企業価値向上を期待し支援して投資してくれる人、社内にいる優秀な将来の幹部候補生、自社製品を画期的に進歩させる技術を持つ新規のサプライヤー、自社製品の「物語」を理解し、共感し、愛情を持って販売いただける得意先」。。。。って感じで掘り下げてものごとを見ていかないといけないと思うんでよね。これからは。

俺がこの会社でしたかったこと。それは、
「社会的責任のある企業として、その時点その時点において、すべてのステークホルダーに最も理想的な利益を常に生み続けるための最高のスパイラル構造を作りあげること」

だれもが幸せになるような、Win-Win-Winの世界。
それを実現させるものは何か?。
これがブランドというものなんだと思う。
社員皆で使っている「ブランド」という単語ではないですよ。あれは”単位”の代替表現でしかない。
リアル・ブランド。
ルイ・ヴィトン・ジャパンの秦社長が使われたこの自信に満ち溢れた表現が近い思う。
アメリカ人が90年代位から言い出した”Brand”ではない、純日本的なブランドという概念がある。伝統的な「のれん」でもない、新しく発生してきたものが日本にはある。
現場で消費者の姿、実際自分が開発したかわいい製品たちを手にする消費者の姿見ていると、この考え方は間違っていないと思う。
そして、それは世界でも通用するものである可能性もあると思っている。
外資小売業が、結局本国の本社のやり方で日本市場に参入してきたが、数年前に新店に入ってぐるりと見て回っただけで、数年で撤退するだろうと確信していた。
彼らは日本をわかってないし、これからも理解できないんではないかと。それはそれでまずいけど。活性化しないし、孤立してしまうから。。

よし、こうなったら、自分個人がブランドになるという、とんでもなく偉そうな夢に向かって走ってみるか!

ふーっ、長い独り言、終了。


【完全燃焼】3月28日

完全燃焼した。

明日東京に行き、社長にご挨拶させていただく予定である。
泣くかもしれない。

自分が就職活動をしていたころは、マスコミが「就職難」と騒ぎはじめて3年目だったと記憶している。
なかなかどこからも内定をもらえなかった。辛く、厳しかった。
今の会社から最終面接後、「2週間以内にご返事します」と言われたが、2週間たってもどっちなのか返事がなかった。
合格者、すなわち入社後に同期達に聞いたら、翌日に連絡が来ていたらしい。

最終面接まで、結構期間が空いていた。
もう落ちたと思っていた。突然の面接の連絡であった。
最終後、2週間たっても返事がこなかった。他の会社からはいい返事を頂くようになったが、どうしても気になったのが今の会社だった。
なんと、俺はとんでもない行動をとった。
人事部宛に手紙を書いた。

内容は覚えていない。が、熱すぎる内容であった。

しかも、それを会社に持参した。
ん、しまった。。。土曜日だった。
通用口しか開いていない。どうしよう。
ガードマンさんにお渡しした。おじさん、熱い俺を見て笑ってたな。そりゃそうだろうな。

数日後、内定の連絡。びっくりした。(あとから聞いたら欠員が出たから!!らしい)

その時のエピソードを社長はご存知なんだろうか?
ご存知だと思う。そうでないと、内定はいただけなかっただろう。
ただ、そうした行動によって入社した人間が、今回辞職する自分であるとのご認識はないだろう。

泣くかもしれない。
もし、社長がこの自分であったことを覚えていらっしゃったならば。


【経営】3月30日

社長、どうもありがとうございました。
企画部時代に鍛えていただいたこと、一生忘れません。
お帰りの車に乗られる直前、突然すみませんでした。
10年間の感謝をお伝えしたかったのです。

「おー、お前か。もう向こうに行くんやな。しかし、残念やなあ。とても残念や。」
こう言っていただいた。
はやりこみ上げてくるものがあった。
体中が熱くなった。
「がんばれよ」ではなく「残念」・・・。
まさか、そう言っていただけるとは。
夜、泣いた。

10年。
もし残れば4月1日からは11年目。
あたりまえだが、次は12年目。
会社のよくないところを変えたい。そう思ってきた。
しかし、この○年目、○年目というプロセスが、もったいないと思われる時間だった。

「経営」というフィールドに立ちたいと思っている。しかも、つい最近考え始めた。
それまでは課長になれりゃいいと、そう思っていた。
多くの会社員がそうだろう。
今の会社の社長を身近で見させていただいた5年間、営業部に行ったこの1年があり、俺は変わった。
社長がこの会社で一番仕事をしていた。
量ではなく「質」で。

経営者になる。または経営に携わる。
「じゃあ、今のままで「上」を目指せばいいじゃないか。10年のキャリアはもったいないぞ。」
辞めるにあたり、人事部に引き止めていただいたときそう言われた。
その考え方が違う。
「経営者」は決して「上」ではない。

「残念やなあ」と言って頂いた時の社長のお顔は、一生忘れられないだろう。
経営者、代表取締役としてのお顔でなく、人生の先輩としてのお顔に見えた。
あの数十秒間は、社長と社員の関係ではなかった気がした。
人間と人間。
他の人にはわからないだろう。。。。偉そうにすみません。

「経営」とはもっと泥くさい、人間くさいものなんだ。
これはうちの社長から勉強させていただいた。
「経営者」を「上」としていることが間違い。これが企業不祥事が多い一番の原因かもしれない。
「経営者になりたい」人は、なって思考回路が停止する。なった時点で人生の目標が終わりなんだろう。

会社員の究極の目的が「取締役になること」なんてつまんなくないか?って思っていた。
なってどうすんの?何をするの?そっちが重要でしょう。

「経営者」になるんではなく、「経営」を仕事にする。
そういうことを、今考え始めている

(ここまで)



 熱いです。理想に燃えて、夢に向かってひた走りしています。私と同い年です。ちなみにライブドアの堀江社長やヨン様も同い年です。「ヒロシです・・・」のヒロシも同い年です。世の中の仕組み、流通のあり方を変えてやる、自分がブランドになってやる、そんな気概にあふれています。そしてこれです。

「社会的責任のある企業として、その時点その時点において、すべてのステークホルダーに最も理想的な利益を常に生み続けるための最高のスパイラル構造を作りあげること」

 難しい言い方してますが、要するに「関係してくる人すべてが喜ぶような仕組み」を作っていきたい、ということでしょう。今日の昼、飯を食いながら、冒頭に出た退職される上司とこんな話をしていました。

「今月頭の激務は本当にひどかったですよね。私が腹がったと言えば激務そのものよりも所長の言い方ですよ。『一週間徹夜して200万円の仕事だ。いい仕事じゃないか。』、ってすよ。一体どこが『いい仕事』なんでしょうか。誰が喜ぶのでしょうか。我々は苦しいだけで喜ばない。家族ももちろん喜ばない。クライアントも朝まで付き合って喜ばない。こんな状態でやってるので仕事の質が下がった場合、成果品を使用する多くの人も喜ばない。また、委託金の大元である納税者もこれでは喜ばない。喜ぶのは残業代も支払わずに激務を押し付けて200万円の数字が上がるを見ている幹部の数名だけですよ。」

 関わる人誰もが喜ぶような仕事をしたい。これってあまりにも理想過ぎでしょうか。いや、決してそうではないでしょう。本来そうあるべきなんです。しかし、「カイシャ」という組織である以上、本来シェアするべき「喜び」が一部に集中してしまうのです。それは経営者であったり株主であったり一部のクライアントであったり。。。そしてその一部に対する利益を守らんがために、多くの人が犠牲になる。。。「某雪○」などはその典型で、大変な被害をこうむった消費者がいても、経営者は明るみに出るまで気づかないのです。しかし、そういう企業は淘汰されていっています。

 「法令遵守」と言いながら、半ば公然と談合を繰り返す土建業者もそうです。法律違反していることさえ気づかないでいるのです。でも、今まさに、そういう企業は淘汰されていっています。

 キレイ事かもしれないけど、誰もが喜ぶような仕事がしたい。そしてそういう仕事を、ブランドを作っていきたい。そのためには自分でやるしかないんだ。組織は変わらない。変わるのは自分だ。変えるのも自分だ。

 一部の人が利益(喜び)を独占するような構造は、確かに「復興」の名のもとには必要悪であったかもしれません。その方が「馬力」がでますので。しかし、21世紀はそんな時代ではありません。利益が出た場合、それを多くの人に還元し、喜びを分かち合う。そしてそれが本当のブランドにつながる。そのブランドがまた利益を呼び、多くの人と喜びを共有する。

 そんな構造を作るのは確かに思いつきだけでは難しいとは思います。しかし、そのような確固たる理想を持って、信念を持って突き進むことは、これからの経営者にとって必要なマインドだと思います。でないと生き残れない気がします。

 この日記を書いた友人からは改めて重要な「気づき」を得られることができ、私自身も新しいスタートを切るのに大きな励みとなりました。この場を借りてお礼申し上げたいと思います。ついでに、この友人は前にこんなことを言っていました。

 「俺の仕事の理想は『完全試合を果たすキャッチャー』なんだ」、と。
 
 ピッチャーではなくキャッチャーです。私はこの言葉に「経営者」のあるべき姿を感じます。キャッチャーというのはピッチャーのような晴れ舞台でもなく、ファインプレーをこなす野手でもなく、ひたすら一か所に座りながらボールを受けつづける、言わば「地味」な仕事です。でもキャッチャーの采配一つで試合はどうとでも転がります。社員であったりクライアントであったりするチームのメンバー、応援してくれる株主やその他の消費者、そしてその試合に勇気を得る、目に見えぬ多くの関係者(ステークホルダー)、、、これらの人たちすべてに「喜び」を与えるのがキャッチャーの使命であり、あるべき姿なんだと思います。

 今でもこういう友達がいることに心から感謝したいと思います。

今日も長い文書を読んで頂きありがとうございました。明日への励みのためにクリックをお願いします(ブログランキング)。
by katamich | 2005-03-31 23:41 | ■ビジネス・事業
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