年度末にあたって懐古する 2005.3.29

 企画書を一本書きました。しかし、後一ヶ月で退職する私の中には、今の仕事のために働かせられる創造力はほとんど残ってないのです。したがって、今回は知ってる知識と過去に書いた企画書のつぎはぎで出してしまいました。そもそも、この企画書が通っても私が仕事をするわけでもありません。なのに事前の話し合いも最終チェックもなしに、私に丸投げ状態で書かせるのもどうかな、と。本来、企画書とは客先から制約されずに自分の書きたい事が書けるので、この仕事の中でも最も楽しい仕事であるのに、退職前の社員に丸投げとは、、、もったいない話です。

 まあ、残り一ヶ月のこの会社生活も日に日に収束に向かいつつあります。今日もある客先から電話があり、「報告書が届きました。今までありがとうございました。」と言われました。日数も金額も多くはないものの、そう言ってもらえると本当に嬉しいものです。あと、何度かこう言われるので、とてもワクワクします。くれぐれも、「ようやくあんたと手を切れる」と言われないように、残りも頑張りたいです。(と、言いながらも今日も押し付けられるように新しい仕事を頂いてしまいました。する人がいなくて何だか哀れな気までします。)

 入社以来世話になってきた上司が今月いっぱいで退職されます。あと、2日ほどです。この方は私が入社以来、とにかく「ため息」ばかりで、やっぱり最後の最後まで「ため息」をつき続けています。「ダメだ」、「苦しい」とも言い続けています。残念です。最後の一ヶ月くらい開き直って、明るく会社生活を送られるものと期待していたのですが。。。

 「会社を辞めれば人生が変わる」

 残念ながら変わりません。人生を変えるのは「自分自身」でしかありえないからです。例え外的環境は変わったとしても、「ため息の人生」はそう簡単には変わりません。でも、考え方によってはとても楽ですよね。自分自身で人生の舵取りができるのですから。誰かが舵を取ってくれるのを待つのは辛いことです。人生を変える鍵は他人ではなく「自分自身」にあるのですから。

 かく言う私も会社を辞めます(何度も言っていますが)。しかし、私の場合は「人生を変えたくて会社を辞める」のではなく、「人生が変わったから会社を辞める」のです。私の場合は、ノンキャリアの中途入社でしたので、実は会社の私に対する待遇は当初とても厳しいものでした。なんせ仕事量は同じで給料だけは同期入社の給料に「0.7」をかけられるのですから。しかし、これまで旅したり遊んでばかりいたので、仕方ないと思っていたのですが、一年たって仕事も覚え、そろそろ「普通」になれると思っていたら、「仕事をさばいたとかではなく、営業という形で目に見える実績をあげろ」と言われ、普通になるのは引き伸ばされました。そしてその半年以内に、全社で取り組んだことのない物件を2件獲得しました。しかし、それでも普通にはなれず、2年目の9月に待遇改善のために真剣に相談に行きました。すると、すぐに0.7が0.9に上がりました。

 しかし、これで満足はしません。やはりせめて同期入社と同じ水準で働かなければ、納得できません。2年目の終わりに、もう一度待遇改善のための話をしに行きました。しかし、上の方から「君には十分手を尽くしてきた」という返事で、「普通」にはなれない状況でした。私は最後の手段として、「普通になれないのなら辞表を書く」と言うと、またも態度が変転。できの悪い先輩社員を降格することで、3年目の4月から「普通」になれたのです。

 この一連を見ると、私という人間はなんと言うガメツイ奴だ、と思われるかも知れません。しかし、私は人知れぬ苦労や悔しさをずっと味わいながらやってきたのです。私はとにかく「動く」ことで自分自身を変えていったのです。もちろん周囲の協力があってのことですが。そのかいあってか、待遇は標準となり、新しい仕事に積極的に取り組んできたことで、他の事務所からの問い合わせがあったり、他の事務所まで営業(プレゼン)に行ったりなど、ちょっとは認められるようになったと思います。

 また、担当の仕事についても、声の大きさと話すスピードと雑談力によって技術の未熟さをカバーし、何とか楽しんで仕事をするようにもなりました。そして、今、4年目が終わり会社を去ろうとしています。4年と言う短い期間ではありましたが、私の前向きな退職には周囲は誰もが賛成してくれています。私を拾ってくれた恩師までも大賛成してくれています。

 私はとにかく前向きに「動く」ことで自分自身を変えつづけ、その結果、多くの仲間と出会いながら運命を切り開いてきたのです。そしてまた、新たに運命の扉を開こうとしています。

 最初の上司の話に戻ります。そのため息の上司はあと2日で正式には会社を去ります。これは自主的に退職するのではなく、追われるように退職をすると言った方がいいと思います。しかし会社は惨いもので、その上司に対しては身分の保障もなく、日雇い感覚で「同じ仕事」をさせようとするのです。しかし、本人は「他に仕事がなければ・・・」と甘受する姿勢があるようです。

 「ビジネスとはリスクをチャンスに変え、それを結実させること」

 私はそう思っています。「リスクなくしてチャンスなし」「リスクの裏にはチャンスあり」「リスクだけの人生、チャンスだけの人生はありえない」「リスク=チャンス」・・・

 私の今回の退職には当然「リスク」があります。なんせ、声かかりがあるとはいえ、5月からは固定給がないのですから(失業保険というセーフティネットはありますが、、、チベットにも行くけど、、、)。しかし私はリスクを取ると同時に「チャンス」もしっかり握っています。その「チャンス」に対して、私は抑えきれないほどの「わくわく」があるのです。

 さて、例の上司はどうするのでしょうか。「外注(日雇い)」というソフトランディングによってリスクを軽減させる代わりに「人生を変える」ための「チャンス」を失うのか。それとも自ら運命の扉を開くために、リスクとチャンスを両手に高く抱えるのか。。。他人事ではないのですが、最後の審判が待っているようです。

 話は変わりますが、私の身近な人間の親戚筋がつい先日「自殺」をしました。50歳を超えたばかりで、働いてはいるものの2人の若い娘さんと奥さんを残して、家の裏で首をつったようです。理由はまだわかりません。でも死ぬ数日前からいろんなところを掃除していたと聞きました。世の中には人が及びもつかないようなことを抱えている人がたくさんいます。

 しかし、世の中悪いことばかりではありません。捨てる神あれば拾う神あり。自分を取り巻く環境のマイナス部分ばかり見ている人は、それと同じだけのプラス部分が隠されているもの。ちょこっと首を回せば見えるものかも知れません。すべては「自分自身の中」にあるのです。この世に「不幸な人間」なんて一人もいません。「不幸と思う人間」がいるだけなのです。最初から不幸な人間なんて生まれてくる意味がありません。バシャールが言うように、人は「わくわく」することがその使命なのです。

 確かに、目先には「不幸と思いたくなること」があるかもしれません。でも、そんな「恐れ」などは、テレビのリモコンを押すように「わくわく」のチャンネルに切り替えればいいのです。いみじくもバシャールが言うように、「恐怖」と「わくわく」は同じエネルギーをもつもの。だったら「わくわく」の方がいいではありませんか。「恐怖」や「不幸」を感じられる人は、それと同じだけ「わくわく」を感じられるのですから。言い換えると、今、「恐怖」や「不幸」を感じている人は「ツイてる」のです。それだけ「わくわく」できるエネルギーを持っているのですから。

 今、決して幸せとは思えない人は、本当に、リモコンを押すようにチャンネルを変えてみればいいのです。例えば、「ツイてる」「ありがと」「感謝します」、、、これらを無理してでも言ってみるといいのです。するとどこかで「わくわく」のチャンネルに変わるときが来るでしょう。「わくわく」になってしまえばこっちのもの。あとは面白いように人生がうまく転がり始めるでしょう。間違いない!(←長井ひでかず風・・・ちょっとなつかしい)。

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(ぷんっ、ぷんっ、って奴っすね)
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Commented by MASA at 2005-03-30 18:33 x
自分のお客さんでこの記事のようなこと(後半部分)を言っていた人がいました。
ちょっとびっくりでコメントしてしまいました(^^)

僕もじわーっとブログなんかやり始めたので覗いてくださいましね。
犬と歴史と国内旅行の話しか話題がないんですけど・・・。
Commented by katamich at 2005-03-31 14:23
MASAさん久しぶり!
「後半部分」とはどの部分かな??いろいろ書きすぎでわかんなくなっています。
マサさんのブログ見てますよ。まだ余り本領発揮してないようですね。マニアックに走ってないという意味で(笑)
これからも更新楽しみにしています~
by katamich | 2005-03-29 23:51 | ■ビジネス・事業 | Comments(2)