宇宙となかよし

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魂を生きること 2014.9.14



 来週の今頃はコペンハーゲン。9月は仕事しないと言いながら、東京と大阪でそれぞれセミナーをして、しかも満員。気持ちいいね。その理由となったのが、今日の用事。高校吹奏楽部のOB 演奏会に顔を出すことにしたから。それを決めたのは先月のお盆のことで、失礼ながらセミナーは「ついで」だったのが、思った以上に盛況。昨日のセミナーではこんなことを言いました。

「自分の価値観に基づいた願望、活動を広げていく限り、必ず宇宙の助けが入って、上手くいくものなんです」

 セミナーではたまたま「アルケミスト(パウロ・コエーリョ)」を持っていたので、この節を朗読しました。

「おまえが誰であろうと、何をしていようと、おまえが何かを本当にやりたいと思う時は、その望みは宇宙の魂から生まれたからなのだ。それが地球におけるおまえの使命なのだよ」

 2005年5月、インドを旅している間、ずっと「アルケミスト」ばかり読んでいました。しかし、この小説を読むのは初めてではありません。1997年の世界一周の旅で、エルサレムのタバスコホテルである旅人から貸してもらったのが初めて。その旅人の名を「カズ」と言います。その時の日記を昨日の引き続き貼り付けます。

夜、池原さんはホテルのパーティに行ったが、俺は一人読書を楽しむ。夜中、何か変な音で目が覚める。俺が寝た後に池原さんが帰ってきたようだが、池原さんのベッドから水が噴射するような音が聞こえる。周りをよく見ると、雨が降ってきたためか、ルーフの客が室内にマットを持ってきて、俺たちのベッドの隙間に敷き詰めて寝ている。しかし、彼らも池原さんの方から聞こえる音で、皆目を覚まし騒いでいる。どうやら寝ゲロのようだ。彼はパーティに行って久々に飲みすぎたのだろう。最初は上を向いてゲロ噴射をしていたようだが、重力の影響でゲロが逆流し苦しくなったのか、今度は横向けになりベッドの外にげろを吐いている。周りの白人が「OH!NO!」などと言って騒ぎながら、急いで場所を移している。池原さんを揺すったが起きる気配なし。とりあえず横向きなので窒息することもないだろうと思い、俺は俺で再び寝入った。

翌朝、目を覚ますと池原さんはいなくなっていた。しばらくすると、シャワーを浴びて帰ってきて、汚した床を掃除し始めた。周りの白人にすまなさそうに謝っていたが、皆、結構キレていた。しかし、このタバスコホテル。巨大なドミトリーで男女同室なのだが、白人の女性の何とも大胆な姿。長いTシャツを羽織っているだけで、中にはノーパンの女の子もいる。俺は2段ベッドの下なので、斜め上の女の子を姿がよく見える。寝たふりをしながら薄めで動きを伺う。すると、何の警戒もないのだろうか、ノーパンのTシャツが上にはだけた瞬間、あのあまりにも魅惑的な○○○が見えてしまった。禁欲生活を余儀なくされている俺にとってあまりにも刺激的だ。
 
池原さんは昼には酔いが抜けたようで、一緒に出て行動する。夕方、オリーブの山に登る。空は半分が青、半分が灰色。昨日の雨雲が少し残っているようだ。山の頂きに着くとちょうど日没の時間になり、空が真っ赤に変わっていくのを楽しみながら、世界の聖地、エルサレムに沈む夕陽にさよならを言う。 

太陽は我々太陽系に住む生物にとっては「神」のようなものだ。それは間違いなく唯一のものであり、毎日確実に出会っている。夕陽も同じように、世界のどこにいても必ず遭遇するものだ。しかし、その場所によって、いつも違った顔で俺たちの前に現れる。世界中がその土地のもてなしにより、唯一「神・真・心」たる太陽のクロージングを演出する。それを見るのも旅の楽しみの一つだ。
(10/16~18)

起きた時、激しい腰の痛み。ベッドが固いのか、旅に疲れているのか。今日はエルサレムから出て、近郊のベツレヘムという街に行く。イエスが馬小屋で生まれた街だ。今日も池原さんと行動をともにし、ミニバスで向かう。ガイドもないので何があるのか分からないが、とりあえず丘に登ってみた。特に何もないし、景色がいい訳でもない。2人でビールを飲みながら話をした。池原さんは沖縄出身で俺と同い年。腹が立てばためらわず相手の胸倉をつかむが、内面的にはロマンチストで普段は小声で話す。結局話をしただけで、エルサレムに戻った。
 
何となくこの旅のことを考えてみた。旅をしていると真の自分が出てくるような気がする。日本での俺は、どちらかと言うと明るく、お調子者で外向的であるが、この旅では自分のネガティブな部分が実によく出ている気がする。旅先で出会う人は皆、物事に対して器用でよく勉強もしているし、何ごとに対しても積極的だ。それに比べて、俺はなんて不器用な人間だろうかと思う。そして、ここの来て「カズ」という人間に出会った。彼は30歳。どちらかと言うとアウトローの部類かもしれないが、実にポジティブだ。自身で言うに、昔はいわゆる不良で、高校卒業時は20歳を超えていたとか。もちろん勉強なんかしたこともなく、まして大学受験なんて考えたこともなかったそうだ。ところが、あることをきっかけとして、一年間、恐るべき集中力を発揮し、一流大学への入学を果たした。旅ではドラッグも自然にやり、女も簡単に彼のものになる。

カズいわく、何ごとも自然の「流れ」に身を任せていると何ごとも上手く行くそうだ。そんな彼のことを、俺は「憎い」と思うと同時に羨ましく思っている。俺は自分では直感的な人間だと信じてきた。しかし、旅に出て、全てが自分の判断に委ねられるや、実にくよくよといろいろ考えてしまっている。彼の言う「流れ」が俺の味方になっていないのだ。

翌日は池原さんがここを発つ。俺は一人残り、またしてもいろいろと考える。「旅」とは一体何なのか。旅をすると確かに多くのものを見、たくさんの人と出会う。そして感動する。しかし、一番関心を持つのは他ならぬ自分自身であることに気がつく。例えば、今、エルサレムに来ており、その大きな歴史を間近に見ている。旅とはその国の文化や歴史を見ることではなく、それらに対置しながら、学び、感動している自分自身を客観的に見ることなのかもしれない。

「あなたは楽しんでいますか?感動していますか?学んでいますか?」

そう問いただす第三者的な自分がいる。しかし、この時、俺の答えはNOだった。しかし、そうやって苦しみながら、自分自身と戦うのもまた旅なのである。

そうやって考えながら、外に出てみた。近代史における凄惨な歴史の象徴であるホロコーストに行ってみた。胸を打たれている自分がいる。よかった。今日はなんだか美しい日だ。明日、エルサレムを出る。
(10/19~20)



 少し長く引用しましたが、このときは「アルケミスト」を読んでもさっぱり理解できませんでした。メキシコでドラック漬けとなり(コカインやヘロイン)、その宿を追放され、なんとなくイスラエルの女性と「やりたくなった」なる理由でやってきた男。一言でいうと、不真面目。だけど、当時のオレからすればあまりにも「自由」で、そんな彼が憎いと同時に羨ましくもあった。感動しながらアルケミストの話をするんです。魂だの、宇宙の意思だの、、、いわゆるスピリチュアルな話をするんです。タトゥーだらけの腕をまくりながら。

 そんなやつが感激するような本、面白いはずがない。貸してもらって読んだけど、案の定、言いたいことがわからない。その時はそれで終わったのだけど、それから8年。その間、大学院に行ったり、ニートになったり、そして会社員になったりして、それなりに過ごしながらインドを旅している自分がいた。どうも、あの日のことが頭から離れない。カズの話。何かあるんじゃないかと、一冊だけ持って出たのがアルケミストでした。

 そしたらもう、入ってくること、入ってくること。これはオレの話じゃないかと。1997年にカズとあって感じたのは、「真面目でなければならない」という反抗的なビリーフ。だからドラッグも女もやっちゃダメ。もちろん今でもいいとは思ってない。だけど、そのビリーフが自分を守ると同時に、大切なことを見逃してしまったのかもしれない。

 会社を辞めて生きていくには、単なる「真面目」ではダメ。この真面目とは「制限」なる意味。つまり「なんでもあり」の精神が必要なことに気が付いた。クレイジーに生きる。それしかないやん。今日の演奏会の懇親会で、演奏家をやってる後輩と話したのだけど、彼も昔のオレと同様、いろいろ悩んでいた。演奏家として活動しているけど、はっきり言って将来どうなるかわからない。経済的に困ることもある。そこで言ったのが、

「クレイジーになれ!」

ってこと。海外留学までしたのに、、、なる余計なプライド(制限)など捨てて、自分の音をひとりでも多くの人に届けるために、やり尽くせ!ってこと。手段は何だっていい。とにかく「届ける」しかないんだと。それはオレも同じ。今はブログによってオレの「声」を届けられているけど、オレがやりたかったのもまた届けること。それが「音」か「声」かの違いがあるだけ。

 もう一度言うけど、結局は「なんでもあり」。「本当にやりたいこと」であれば、必ず宇宙がサポートしてくれる。しかし、そのためには指をくわえて待ってるだけじゃダメ。何でもやる。プライドも、余計な羞恥心も捨ててしまって、与えられた「魂」に忠実に生きること。そしたら、どうあっても上手く行くものだ。

 今日の演奏会では中3の時の担任の先生がベーシストとして参加されていました。お互い少しは風貌も変わっていて、対面して3秒ほど沈黙があったのですが、それから懇親会でもいろんな話をしました。元々音楽にめちゃくちゃ造詣の深い英語の先生で、ジャズの話もしながら、「オマエも変わったな~」と言われました。確かに中学時代の私は大人しかったと思います。それでも兄弟と比べて「人間くさいところがあったな」と言われ、まあ、私もいろいろ苦労しながら、今こうしている。ただ、、、変わったと言っても、それは表面的なところであって、中身は何も変わってない。

 また、何人かの後輩とも昔話をしたのだけど、オレは実は昔から熱かったようだ。寮生活をしてて、例えば私が高3で最後の吹奏楽コンクールの合宿中なども毎晩のように熱く語ってて、そして引退が決まった夜もめちゃくちゃ涙して、そしてまたいろんな話をした。夜中に。青春があったな。そして今もなお「青春」をしている。青春するために活動している、生きていると言っても過言ではない。

b0002156_2227277.jpg そして懇親会ではまたマイクを渡され、まあ、いつもの5分の1くらいのテンションでしゃべったのだけど、すぐに音楽の先生から「オマエの話はハチャメチャやからええな!今度、生徒の前でしゃべってくれや!ホンマに!」と言われ、もちろんオファーを頂けるなら喜んで。ギャラも足代も要りませんもの。何らかの形でオレを育ててくれた母校に恩返しができれば、それが無上の喜びですから。

 要するに、やっぱり「原点」ってあの時代にあったんだ。あの頃にやってたことを、ただ、今も続けるだけ。それが与えられた「魂」であり、それに忠実に生きていく限り、必ず宇宙のサポートを得られながら、魂の成長を遂げるわけわけなんです。

 人は「大人」になるつれ、自らいろんな「制限」を設けてしまう。プライドだったり、羞恥心だったり、世間体だったり。だけど、そんなのは本来、なんの役にも立たないもので、魂の成長を遅らせるだけのもの。宇宙のサポートを放棄するに等しいもの。何度も言うけど、クレイジーに生きる。昔のようにハチャメチャにクレイジーに生きる。それでいいんです。

 てなわけで、今年もまた何かを思い出させてくれる、素晴らしいひと時でした。できればまた来年も顔出したいと思います。ありがとうございました。

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by katamich | 2014-09-14 23:39 | ■人生哲学
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