ドカンとメッセージ 2014.1.5



 繰り返しアナウンスしますが、「天使企画」はAVの制作会社ではありません。ではなくて、「宇宙企画:2014年の願いを叶えます!」は1月7日に24時間コメントを開放して、引き続き参加の募集をします。なので、メールや別記事のコメント欄へのご記入はご遠慮願います。窓口があちこち行くとわけわかんなくなりますので。すでに書き込んだ人は、あれば7日に修正してくださっても構いません。三箇日の2日間で338名のご参加を頂き、ただ今、毎日15名ずつメッセージをアップしていますが、明日は一斉に会社も始業することですし、そこでこの企画を目にする人も多いでしょう。なので、7日は一日だけとは言え、もしかしたら400名、いや、500名は超えそうな予感が。もしそうなると、すべて終了まで2か月くらいかかりそうですが、とにかく頑張ってメッセージを送ります。私自身にとっても量稽古になるし、何かとインスピレーションが冴えてる感じがしますので。

 そんなことも、今回の21日滝行でスタートしたのはいい兆候ですね。そして「R-1ぐらんぷり」まであと5日。ネタはできたものの、練習はまだ全然です。ただ、車の中でやってみたところ、何となく行けそうな気がします。2回戦進出とかはわかりませんが、ようは、できたネタの通りにできれば、結果はどうであれ私の仕事は終わりです。でも、できれば2回戦には進出したいかな。したらしたで、しばらく解放されずに緊張が続きますが、それはそれでよしです。やっぱ、新しいことにチャレンジは重要ですよね。なんだか、年々、人生が面白くなってきました。

 今、「天使企画」の「3つの願い」にメッセージを送りながら、同時にそれぞれの人生に触れているところ。文章から波動が伝わるんですよね。なので、メッセージを送っている5分~10分の間はその方の人生を真剣に向き合うのですが、書き終わったら次の方に進み、前の方のは忘れてしまってます。アップする際にざっと誤字脱字の確認はしますが、内容を訂正することはありません。それだけ、真剣勝負ってこと。頑張ります。

 でもまあ、中には辛口、ダメ出しなのもあり、それはそれで今回の企画の持ち味と考えて頂ければ幸いです。ハンドルネームを見て知ってる方はごくわずかで、大半はまったく知らない、つまり顔が見えない文章だけのコミュニケーションです。私も超能力者じゃありませんから、その方の属性や時には性別さえもわからないことがあり、その辺は文章で判断するしかないのです。ただ、文章のみと言っても、その方の特有の表現や無意識のパターンがにじみ出てることがあり、そこからその方の状況を読み取ることはできます。そしてもちろん悪気は一滴もありません。自己弁護するつもりはありませんが、その方の願望実現・目標達成のために、たった300字のメッセージですが、最前のものをお届けしたいとの気持ちは100%です。とは言うものの、中には表現がきつくなったりして、反感を買うことだってあるかもしれない。

 しかし、です。反感を買うことに遠慮して、本当に伝えたいことをセーブするような文章なんか、私じゃないし、誰も望んでないと思う。もし、誰からも反感を買わない、耳心地のいいメッセージだけにするなら、「大丈夫」の一言ですべてが集約されてしまいます。せっかく書いて頂いた「3つの願い」について、すべて「大丈夫」で済ませたらあんまりでしょ。だけど、これは真実。大丈夫なんです。しかし、ここは3次元。特に文字・言葉は完全に3次元の世界のツールなので、3次元の論理で答えることも必要。そうなると、単なる「大丈夫」ではない、その方に特異なメッセージを届ける必要がある。そて今回は「公開」なので、願わくば他の方の願いとメッセージを見て、当てはまる人は自分のこととして参考にして欲しい。そのための企画でもあるのです。これからは、毎日の日記に加えて、15名へのメッセージをアップしますので、一日に二度の更新になります。ただでさえ字の多いブログですが、これからも読んで頂ければ嬉しいです。

 ところで、昨日今日と、知らない方からメールが来て、スルーしとけばいいものを、何度かメール交換してしまいました。私のある記事をたまたまひっかけて、それが気になってメールしてきただけの、ま、普段からブログを読んでる方ではないのでしょう。その話をフェイスブックでも書いたのですが、やっぱり後で消しました。そのある記事とは長崎の「あんでるせん」って喫茶店について。今さらその話はいいのですが、オレも器が小さいな、と思いながら、素直に腹を立ててしまいまして。

 「あんでるせん」ってのは、ネットが隆盛する前は知る人ぞ知る「超能力喫茶」としてオカルト・スピリチュアル界隈で有名になった店。当時は今と違ってショーは一日三回あったし、電話予約もできなかった。始まる二時間前に並んで、それでも満員になることが多く、はるばる遠方から来ても門前払いになることがあったそうな。ネットが出てからはそんなこともなくなりましたが、それでもその喫茶店で「超能力」が見れると思って訪れる人は少なくないよう。

 私は2005年に初めて知人から連れて行ってもらって、確かに不可解なことはあったものの、いくつかは手品だとすぐにわかり、その後は人を連れて何度か訪れたのですが、訪れるたびにタネがわかってしまい、今では「あんでるせん」の中のショーに関しては、「すべてタネのあるマジック」であることがわかりました。それでも超能力だと信じたい人は、「手品と見せかけた超能力」だと主張する人もいるわけで、ま、おめでたいとしか言いようがない。でもまあ、それでも喜ぶ人はいるし、ショーの合間合間にされる自己啓発トークで心をゆすぶられ前向きになる人もいるので、個人的には好意的に見ていました。だけど、今は「あること」があってから、「あんでるせん」はむしろ行ってはならない派になっています。
 
b0002156_04137.jpg で、メール交換を通して何に腹立てたかと言うと、ショーの中で行われた「スプーン曲げのトリックがわからないから教えろ」って話だったから。確かにすべて手品なのは知ってますが、その言い方はプロマジシャンに対してあまりにも失礼。おそらくその方の裏には、「トリックなどない、だから超能力だ」と結論づけたいのでしょうが、その方が多少なりともマジックをかじってるならともかく、単なる素人でありながら、お金取って見せてる手品のタネがわかるはずないじゃん、と考えるのが普通の感覚でしょ。ちなみに写真はオレが曲げたかなり固い材質のスプーン。で、「あんでるせん」がクソなのが、それをマジック(タネのある手品)と言わずに、「超能力」と思わせて下手な手品を見せてるところ。でも、それはそれで喜ぶ人がいるならいいか、と思いながらも、私が目にした「あること」とは、自分のマジックが失敗したときに、それを客(私の知人)のせいにしたこと。

 具体的に言うと、一万円札から声が聞こえるってマジックの際、私はそれを三回見てるので知ってますが、お札の声を聞くのは、いつも最前列の右端の方。つまり、その席に座った人だけにピンポイントで届くスピーカーがあるのでしょう。で、その日はスピーカーに不具合があったのか、そのお客さんには声が聞こえなかった。そこでマスターは「耳鼻科に行ってください」とだけ言って、何のフォローもなかった。これがもし、最初から「マジック」であるとの筋書きを共有してるのであればシャレで済みます。しかし、多くの方はマジックを見に遠方からやって来てるのではなく、超能力を期待して、現にそう信じている人が多い。行けばわかりますが、あれをマジックとして見たら、それはもう、下手な手品です。元は長崎在住の世界的マジシャン・小川心平さんのからマジックグッズやタネを分けてもらって、余興半分で始めたショーが、なぜか「超能力」と勘違いされ広がってしまった。普通ならそこで、「マジックですよ」と明かすところ、マスターは否定せずに上手に利用した。実際、「超能力ですか?」と聞いたら、「未知能力です」などとどっちでも取れる回答で逃げている。ウソは付けませんからね。

 経緯を話すと長くなりますが、要は「耳鼻科に行ってください」の何が悪いのか。現実問題として、「あんでるせん」を超能力と信じている人が多いのは事実。そしてもし、人一倍信心深い人(?)がそのように言われたら、本当に自分は耳が悪いのではないかと思い込んでしまう。そして言われた通り耳鼻科に行くでしょう。もちろん異常はないので、その方は時間と費用を無駄にしてしまう。でも、そんなこともよりもっと問題なのは、超能力者と信じてる人から「耳が病気」と言われたら、それだけで本当に耳がおかしくなることがあるのです。それが「信念」の怖いところ。アンソニー・ロビンズの「一瞬で自分を変える法」の中に興味深い一説があります。要点を抜粋しますと、、、

 オーストラリアのアボリジニには、呪術師が「呪い」をかける習慣がある。強力な呪いの言葉を唱えると、呪われた人は自分は重病にかかり、死ぬと思い込むようだ。心と身体の関係について数多くの著書があるハーバート・ベンソン博士は、1925年に起こった実例を紹介している。

「敵に呪いをかけられたと知った男は、惨めそのものだった。愕然と立ちつくし、呪いをかけた裏切り者をにらみつけ、(中略)。・・・その男は今にも死んでしまいそうだった」

 私はこれほど真に迫った、恐ろしい話は読んだことがない。そして、「信じること」がいかに大きな影響力を持つかをこれほど如実に示す話はない。普通に考えれば、誰もこの男の命を脅かすようなことはしていない。ところが、この男自身が「自分は死ぬ」と信じ込んでいたために、生理機能もそのように変化して、ついには死に至るような、恐ろしい力が働いたのである。(p.131~132)


 つまり、「あんでるせん」のショーがいかに稚拙であったとしても、それを「超能力」と信じてやって来る人にとっては、マスターの言葉は福音であると同時に呪いにもなるのです。確かにマスターから「今、とてもいい運勢がやってきてますね」と言われて、本当にそうなった人もいる。有名なのが俳優の藤岡弘。彼は昔、スランプ時に行って、数々の超能力ショーと言葉に励まされ、それを機に本当に復活した。それ以来、ある時期、毎年行ってたそうな。だったらいいじゃん、と思うかもしれませんが、繰り返し言うように、信じる人にとっては福音であり呪いでもあるのです。

 仮に「福音:呪い」の割合が「99:1」であったなら、99人がハッピーになるからいいじゃん、との言い分もあるでしょう。1人の犠牲の上に99人が幸せになる。それでいいどうかは各々の哲学でしょう。しかし、その議論の以前に、私は極めて不健全であると考えています。

 要するに、幸せになるか不幸になるかの「選択権」を他人に委ねてしまっているから。マスターから「幸せになる」と言われたら幸せになるけど、「不幸になる(耳が病気)」と言われたら不幸(耳の病気)になる、と考えるのは極めて不健全。幸せになるも、不幸になるも、すべては「自分」が決めること。親がどうであれ、社会がどうであれ、会社がどうであれ、政府がどうであれ、そしてマスターが何を言おうと、自分の幸せは自分が決断するんだ。それが人間として最も健全なあり方です。

 ちなみに結局、「耳鼻科に行け」と言われた私の知人へのフォローはなく、ま、私がフォローするまでもなく、最初からネタだと考えていたのは、知人の健全な証。だけど、それが熱心な信者、または人一倍信心深い人に対してならどうだったか。そこは倫理の問題。信じる方がバカ、も確かにそうでしょう。だけど、一言、「さっきのはシャレですから本気にしないでね」くらいは言っていい。言うべきだと思う。

 もちろんそんなこと言われなくても、普通の感覚ならば大丈夫。わずかな普通じゃない人がバカ。それもそうかもしれないけど、もう一度言うけど、それは倫理観の問題。そして現実に、まだまだ弱い人がいる。噂を聞きつけて、飛行機飛ばしてやって来る人もいる。「あんでるせんに行けば病気が治る」なんて言う人もいた。それはまるで、糖尿病一型の患者さんに「この合宿(霊感系)に参加したら治る」と言って、インシュリンを持たせずに参加させ、死なせてしまった実際の事件を想起させる。

 話を戻すけど、やはりショーはショーとして楽しむ方が健全。スプーン曲げのトリックがわからないと言ってそこに固執するのは、単にショーとして楽しみたくない、つまり、超能力であって欲しいとの現れ。もしそれが、最初からマジックだと知って行ってたら、トリックを教えろなんて言わないはず。だって、マジシャンにとってのトリックとは、料理人にとってのレシピと同じもの。長い時間と費用を費やして、研究に研究を重ねて開発したトリック。レシピも同様。それを素人が、「わからないから教えろ」と言うのはあまりに失礼。もっとも、そんなこと料理人にもプロのマジシャンにも言わない。そのメールをくれた人だって。だけど、それが「もしかしたら超能力では(そう信じたい)」と思う人は、願わくばトリックである可能性を潰せないか、その思いで私にメールをしてきたのでしょう。そんなに気になるなら、長崎の小川心平さんのショーを見に行ってください、と返事しました。

 ま、そんなわけで、また、この手のネタで熱くなる自分も器が小さいと思いながら、同時に、オレらしいな、とも思う。これからもドカンとメッセージを届けたいと思う。自分の幸せは自分で決める。すべては自分次第。「天使企画」のメッセージにもその哲学が通底していると思ってください。明日からもまた頑張ります。ありがとうございました。

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by katamich | 2014-01-05 23:39 | ■精神世界