二日間の徹夜 2005.3.1

 今日は家に帰ることができました。今、ものすごく眠いです。でも頑張って書きたいと思います。日曜日辺りから、仕事が忙しくて寝る間もない、という話をしてきました。寝る間もないと言うのは決して比喩ではなく、本当に寝る間がなくて2日間も徹夜をしてしまいました。

 二日も徹夜をさせ(し)、残業手当も超勤手当ても出さない会社、、、これは「基本的に『会社』としてどうなのか?」という意見を周囲からも頂きました。徹夜の残業をすることは誰も望まないことでしょうが、自分の持っている仕事を果たすためにはそれも仕方がないときがあります。私は何のために仕事をしているのか。。。自分の健康や命よりも大切な仕事など存在しない、、、こんな意見も頂いたところです。

 しかし、今回の徹夜残業を通して体験した「美しい話」も時には存在します。

 今回、このような事態に陥ったのは、直接の担当である私の責が重大であります。確かに今回の業務は私にとって初めての仕事で、作業イメージ、仕事の着地点、工程管理などわからないことばかりでありました。今思うと「ああすればよかった」と思えるのですが、とにかく、やや楽観的に仕事を見すぎていたところが無きにしも非ずです。

 仕事を受けてから3週間。今回の仕事は短期間で大量な作業を要するため、新たなアルバイトも動員して進めましたが、私の工程管理の杜撰さから、この一週間、客先から矢のような催促が始まったのです。アルバイトにも無理を言って、なおかつ私自身も深夜残業に徹夜、休日出勤(その合間に滝行)により仕事を進めましたが、作業が進めば進むほど新し作業が発生し、段々と自分の中で袋小路になりはじめたのです。

 日曜日は正午から出勤し、その日は当然徹夜。早朝までひたすら身体を動かしつづけ、勤務時間になると客先からの矢のような電話・FAX・メール攻撃。その合間に別の仕事の対応もし、昼にはまた別の仕事の会議のために出て行くこともありました(おかげで電車の中で仮眠をとれました)。会議から帰ると、束のようなFAX。これはすべて資料の修正指示です。もともと作業量が多く、アルバイトの手を借りてやっていましたので、その修正ともなると眼前に立ちはだかる岩山のようでした。

 締め切りは月曜日の夜10時。とにかく修正、そして新たな資料作成を進め、約600ページもの資料が出揃うわ、今度はその製本に時間がかかり、結果として締め切りの時間には間に合いませんでした。客先が電話の向こうで切れているのですが、我々にはもはやどうすることもできません。私も久々に頭を抱え、心では思いながらも「ツイてる」と口に出せる状況ではありませんでした。

 うちの事務所の所属長が客先の責任者に電話をしたところ、翌日の朝6時まで待つとの返事を頂きました。私は前日寝てなかったので、これで2日連続の徹夜が決まったのです。なぜか社員はすべて残っていました。とりあえず、私は「すいません」と言うと、所属長が「いや、これは俺の管理の甘さも原因だ」と言って、財布からお金を出して、コンビニで何か買ってこい、とりあえず落ち着こうと言う話になりました。私も外の空気にあたりたかったのでコンビニに行き、水とおにぎりを買い、その日初めての食事となりました。

 タイムリミットは残り6時間です。社員は自分の仕事や睡眠時間を投げ打って私の仕事を加勢してくれました。いつも疲れた顔でため息をついている上司も、「僕に何かできることはないか」と手を差し伸べてくれました。何だか胸が熱くなりました。普段は何かと腹の立つ所属長もその時は本当に頼もしく思いました。
 
 社員総動員で必死で作業を進め、朝5時、資料の製本をはじめ、約束の6時には半分の資料を客先に届に行きます。客先の事務所も電気がついています。半分を手渡し、残りは会社に残った社員が製本を進めます。客先はその資料を持って7時40分の飛行機に乗らなければなりません。

 地下鉄に乗るタイムリミットは7時3分。私は急いで残りの資料を取りに会社に戻り、そのままUターンで地下鉄に走ります。7時3分には間に合いませんでしたが、客先は7時12分の地下鉄に乗ることで取り合えず資料は渡せました。しかし、その客先は40分の飛行機に間に合うでしょうか。間に合わなかったらこれまでの時間がすべて無意味になってしまいます。。。祈るような気持ちで客先を見送りました。

 私はとりあえず駐車場に車を置くとそのまま運転席で眠ってしまいました。

 こうやって運転席での半分熟睡、半分覚醒といった曖昧な状況のなか、私は無意識に思いを巡らせました。

 「世の中には大変なこともたくさんある。でもこれは試練なのだ。その一方で俺は守られている。いや、俺が守られているのではなく、世の中の人と人との間の中に置かれ、その中で助け合って生きているのだ。助けることは助けられることであり、守ることは守られることであり、与えることは与えられることなのだ。。。。。。(熟睡)」

 21日滝行の「満行」の余韻に浸る余裕もなく、こうやって新たな試練が与えられるのです。しかし、不思議と「不満」の想いが出てきません。前までなら、「ちくしょ~、ツイてね~よ。」とか叫ぶところが、今回は新たなる試練への「感謝」の想いの方が多く出てきたのです。余韻に浸る間もなくと言いましたが、考えると、満行後のこの3日ほど、ずい分と「感謝」できたような気がします。

 土曜日に食べた焼肉の一切れ、一杯のビールに心から感謝し、BGMで流れるJAZZに感謝し、今年も無事に春がやってくるであろう予感に感謝し。。。今回の試練に対しては、単なるトラブルではなく「試練」として感謝し。。。

 客先は無事に飛行機に乗れたようです。でもあと少し、「試練」は続くことでしょう。会社では人も減り、金にならない仕事は増え、、、「試練」はもうしばらく続くことでしょう。でも私には、滝行を通してかわかりませんが、「感謝」という武器に新たなる息吹が与えられたのです。この武器で、まだまだ試練とは闘えそうです。
by katamich | 2005-03-01 23:49 | ■ビジネス・事業