亡き祖母に会う 2005.2.21

 滝行も最後の週に入りました。ゴールはもうすぐそこ。体調も良いし満行が見えてきたかも。今日の滝行日誌に書いたのですが、昨日、音楽をかけて電気を消して布団に入り、ウトウトしかけたころ、「霊」を見ました。今日はそのことをテーマにします。ちょっとオカルト入りますので。

 昨晩も好きなジャズを聴きながら寝床に入り、ウトウトしかけたころです。久々に金縛りにあいました。「またか~」と思って体を動かすと、いつものように「体外離脱」が始まりました。しかし、その時は不思議と安らかな離脱でした。いつもなら、何かしら「抵抗」を感じながら離脱するのですが、不思議と安らかでした。とりあえず立ち上がり、自分の姿を確認し、さらに左手を見てみました。いつもは残された「肉体」は見えながらも、「霊魂」となった自らの身体は見えません。

 しかし、その時は、初めて霊魂としての「左手」が見えたのです。と同時に、、、左隣に人影があります。ちょっと怖かったのでよくは見ませんでしたが、明らかに人の姿が見えます。

 「滝からなんか持ってきたかな~」と冷静に思い、霊魂のまま「九字」を切りに入ります。「九字」を切るとは悪霊退散の際の作法です。滝行の前は必ずするので、ここでも九字を切りに入ります。しかし、、、「りん、ぴょう、とう、、、」くらいで、なぜか思いとどまり、般若心経を唱え始めました。体外離脱したままの般若心経です。すると、不思議とさらに安らかな気分になり、金縛りに逆らうことなく、そのまま眠りに入ったようです。

 そして翌朝も普通に滝に入りに行き、普通に会社に行きました。昼飯を食った後、ふと、昨晩の「体外離脱」の話を思い出しました。なんとなく気になったので、その場で「導師」に電話をしました。

(プルプルプル←電話の音)
導師:はい、導師です。
私  :今いいですか。いきなり変な話しますけど、僕、昨日の晩、「霊」見たんですよ。
導師:ほ~。その霊って、別に嫌な感じじゃなかったろ?姿ははっきりと見えなかった?
私  :いや、怖くてよく見れませんでした。でもそうですね。いつもは金縛りにあうと疲れるのですが、昨日は不思議と楽だったように思います。
導師:それは「ご先祖様」だよ。
私  :え!?、そうなんですか!
導師:実はこないだから来ているみたいなんだよ。別に供養が必要とかではなくって、単に君の姿を見に来ているだけみたいだよ。
私 :それってもしかしておばあちゃんじゃないですか?
導師:そう。茶色っぽい服を着て、小柄で白髪頭をきれいにまとめているよ。
私  :昔、僕のことを可愛がってくれていたおばあちゃんは、生前は毎日、台所で不動明王真言を唱えていました。私も「うんたら~!」とか言って冷やかしていたので覚えています。その人じゃないですか?
導師:そのおばあちゃんみたいだよ。君が行に入っていて喜んで来ているようだね。ようやくこの世界に入ってくれたか~って感じで。別に悪いことじゃないからね。
私  :昨日会ったとき、おばあちゃんに向かって九字を切ろうとしたの謝った方がいいですかね。
導師:その必要はないよ。まったく気にされていないみたいだから。本当にニコニコされてるよ。
私 :それは嬉しいですね~。

(ここまで)

 この会話はリアルに実話です。導師にはすべてお見通しだったようです。私のおばあちゃんは確かに、生前は真言をよく唱えていたし、母親に言わせると「変なことをよく言っていた」ようです。私風に言うと、「スピリチュアルなおばあちゃん」だったようです。しかも、最近知ったのですが、そのおばあちゃんの姪、つまり私の親戚は密教系の僧侶なのだそうです。私の母親もしばらくは連絡をしていないようなのですが、実はその人は北九州市に住んでおり、私が毎週土曜日に行く「畑観音の滝」の近くのお寺にいるようです(亡くなっていなければ)。当時はまったく意識はありませんでしたが、これって実は「血筋」のようですね。

 それにしてもおばあちゃんが来ているとは驚きと同時に感動でもあります。

 亡くなってから今年でちょうど10年なので、春には墓参りに行くことにさえなっていました。私は男3人兄弟なんですが、真ん中の私が一番可愛がられていました。おばあちゃんの葬式では、私が一番可愛がられていたということで、棺おけの先頭を持って遺体を運びました。小学校の頃は我われ3人のために「ジャンプ」を毎週買ってきてくれました。正義感が強く、見知らぬ人でも悪いと知れば平気で大声を張り上げて注意をする人でした。でも、見知らぬ人のことを平気で「ぶさいくやな~」とか口に出して周囲を冷や冷やさせる怖いもの知らずでもありました。土曜日には昼ご飯におにぎりと玉子焼きを作ってくれていました。私が高校を卒業した時分は体も弱っており、何年かぶりに「おにぎり作ってくれや~」というと、「よっしゃ」と言いながらも、サランラップを巻いたおにぎりを作りました。なんでも「よくトイレに行くから」だとか。そんなことを気にする人でした。ちょっと寂しかったのを覚えています。死ぬ前日、おばあちゃんの夢を見ました。そして電話が鳴った瞬間、「死んだ」と思いました。

 思い出はいろいろあるのですが、そのおばあちゃんが、「今、ここに」いるのです。私のことをそっと見守りに。導師の電話を切った後、なんだか涙が出そうになりました。とても心が温まりました。

 夕方、母親にも電話をしました。すると、「いやっ、気色わるっ。そんなん、はよ帰ってもらわなあかんな~」、と。おばあちゃんは母親にとっては実の母親です。最近、ようやく夢を見なくなったと言っています。

 まあ、いつまでもいてもらっても困るのですが、「行」の間だけでもいてもらってもいいかな。もう残り4~5日。残りの「行」では滝の中でおばあちゃんに話しかけてみたいと思います。来てくれてありがとう、おばあちゃん。

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(なんとなくおばあちゃんが似合う人)

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by katamich | 2005-02-21 22:48 | ■精神世界