宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

最高じゃねえか 2013.7.30



b0002156_17323294.jpg 先週の今頃は12名連続セッションにて、ヘロヘロしてる頃でしょうかね。7月は東京出張を皮切りに、出雲ツアー、大阪講演会、東京5日連続耐久セッションなど、かなり動きまくって充実した一か月でした。8月はまた後半から忙しくなる予定。22日の「東京セッション」は満席となりましたが、12日の「大阪セッション」はまだまだ空きがありますので、この夏に何かの突破口を開きたい方はお待ちしています。

 昨日も話に出たのですが、卓越した結果を残す人の特徴の一つに、「適切に他人の力を借りる」ってのがあります。すべて自力でやらなければ価値がない、と思い込んでる人もしばしばいるのですが、それが趣味ならいいのですが、結果にフォーカスする上では制限になります。反対に何でもかんでも他人の力を借りようとするのもまた問題。依存の癖がついてしまっては自分でどうにかする自由度が制限されます。つまり、「何らかの結果を得たい」という目標があったとき、「適切」に他人の力を借りれるかどうかが重要なのです。その点、私の場合は「適切」と言えるでしょう。自分でできることは最大限にやりますので、自分に必要な知識や情報がないとなると、そこはお金を払ってきちんと補うようになっています。例えば6月から白石さんにコーチングをお願いしてるのですが、最初は確かにお金を払いました。決して安くない金額です。しかし、それはものの数日で回収し、後はプラスしかない状態。もちろんこれは私自身のリソースもあったでしょうが、そのリソースをしっかりと引き出すには自力では不可能だったわけです。適切に他人の力を借りるってのはこんな感じかな。

 ですので、私の個人セッションについても、誰もに等しく同じ結果を保証するものではありませんが、個人個人において重要な「何か」を一時間でもたらすことは可能です。たった一つの「気づき」が人生を大きく変えることだってありますからね。依存にならない範囲で期待して頂ければと思います。ところで今日は夜、なつかしい人間と会っていました。初めて会ったのは私が20歳の頃。彼は中学二年生でした。当時住んでいた地元のオーケストラの団員で、私はクラリネット、彼はヴァイオリンを担当していました。あれから20年、今では彼はプロのヴァイオリニスト、ヴィオリスト、そして指揮者として世界的に活動しています。先日もニューヨークで棒を振ってきたとか。会うのは何年ぶりかな。12~3年ぶりで、その間、一度だけ偶然、私の知り合いが出てるオーケストラにいたので会った程度。一緒にお酒を飲むのは初めてだし、あれこれとなつかしい話も出てきました。

 まあ、それなりに立派になったな~とは思ってたのですが、中身は中学生のまんまでした。やたらとエロい話を聞きたがるところとか、32歳の感性とは思えない。当時、私は大学生で彼の実家がたまたま近所。徒歩圏内。彼はしょっちゅう親とケンカしては家出して、時には私の家に退避に来ていました。で、何するかと言うと、勝手にAVを漁ったり、エロい話をしてくれ~と言われてしたり、とか。それが中学生ならわかるのですが、今もほとんど変わってないことにビックリ。でも今日、改めていろいろ話をしていると、その当時の私の「言葉」が彼の信念にバシッと入っていて、それが彼を音楽の道へと進ませる原動力になったとか。

 私が大学4年の夏、そのオーケストラでは海外遠征がありました。実は私もその遠征で人生が変わってしまいました。演奏はプラハとウィーン。プラハではガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏したのですが、その時のピアノ独奏がジャズピアニストの山下洋輔氏、クラリネットソロがオレ、でした。今思うと、めちゃくちゃな経験でして、前日のパーティではスメタナ弦楽四重奏団の第二ヴァイオリン奏者の方が見えられました。私はスメタナ四重奏団とヨセフ・スークによるモーツアルトの弦楽五重奏曲が大好きだったので、もう、血が逆流するほどに大興奮しました。改めてオレって運がいいな~、当時から~、と思います。

 で、そのヨーロッパ遠征では、彼はもうオレにべったり。崇拝を通り越して、完全にストーカー状態でしたね。飯を食うにしても、オレと一緒じゃなきゃ気が済まない的な。そのとき、私がどっかで何か言ったそうなんです。何気ない一言ってやつ。それが彼の信念システムを揺るがしたそうで、それがプロの音楽家を目指す一因にもなってると、今日初めて言われました。一方で私は、ちょうどその頃は就職活動まっただ中。かなりの苦戦を強いられながら、一応、一社だけ内定は頂いてました。と言っても、ほとんどの人が内定はもらえる某教材販売の飛込み営業でしたが。そこはなんとなく嫌だったので、ヨーロッパから帰ったらまた就職活動再開です。とりあえず10日間は就職活動のことは忘れて、思いっきり楽しむぞ。そんなつもりだったのですが、旅をして、いろんな言葉や音を浴びているうちに、「これは人生、もっと楽しまなければ損じゃないか」みたいに思い始め、海外遠征が終わる帰りの飛行機では、「就職活動やめた!卒業後はアメリカに行く!」とか宣言していました。

 アメリカに行くと言っても、何かの目的があるわけじゃない。今ならば、どこに行くにしてもいろんな選択肢を考えられたでしょうが、当時はただ「行く!」だけしかない。そして遠征から帰るとさっそく大学の求人募集に「工場バイト」の案内があり、時給900円でそこそこだったし、すぐに応募。とりあえず夏休みの間だけと思っていたら、結局、8月から12月まで勤めました。他にも家庭教師とかいろいろやってたので、約半年で100万円ほど貯めてアメリカの資金となりました。

 そんな折、ある人と知り合います。1970年代にバックパッカーをやってた大先輩。沢木耕太郎の「深夜特急」以前で、小田実の「何でも見てやろう」や五木寛之の「青年は荒野を目指す」の時代。「青年は~」はシベリアから陸路で北欧に行き、そこでバイトしたり、女とやったりとかしながら、スペイン辺りに落ち着き、そこからアメリカに渡るってとこで物語は終わり。その方はシベリアから北欧、そこで皿洗いとかして、スペインへ。そこで仲間内のコミューンを作って、やはり女とやりまくったりして、そこからイタリア、ギリシャ、キプロス、トルコ、イラン、アフガニスタンなど通って帰国したそうな。その話を聞いてバチッと来た。アメリカとかどうせ無目的なんだから、世界一周していいじゃねえか、と。その発想はそれまでなかった。ちなみにその時、その大先輩の方からボロクソ言われまして、かなり酒飲んでたのもありますが、「オマエはクソだ」とか言われ放題。だけど、世界一周へのヒラメキをもらったことに大興奮してて、何言われても心地よかったです。

 そしていろいろ準備して4月にいったん大阪に帰省。そこでも10日ほどの短期の土方バイトなどして、プラス10万ほど軍資金をもって5月に旅だったのです。まずはアメリカはコロラド州。最初はNGOのホームステイプログラムに申し込んで、一か月ほどお世話になったのですが、その時のファミリーとは全員フェイスブックでつながっています。で、8か月半ほど放浪して帰国。もう、ザックはかつがん!(ザック=バックパックのこと)とか宣言しながらも、翌年にはまた同じザックとテントをもってアイルランドへ。自転車で一周。そのアイルランドにこの9月に行くのです。ヤバ過ぎですね。

 話を戻しますが、彼もなんやかんやと音楽の道で食ってるわけで、これって決して容易な道じゃない。それもどっかのオケ所属とか、先生とかじゃなくて、自分の演奏を聞かせることで食っている。確かにめちゃめちゃ儲かるってものでもないだろうけど、それでもやっていけてるのがすごい。生半可な信念じゃできないことですが、いろいろあるにせよ、何となく自然にやってる感じ。そしてこんな話をしました。結局、大丈夫なんですよって。自分のやりたいことをブレずにやってると、宇宙が味方してくれるんだって。おいおい、その境地に達してたのかよ。そりゃ、できないはずないね。私だってそう。2005年に会社辞めて、翌月に21日間のインド放浪。いろいろあったけど、結局、大丈夫って悟りを開き、その旅では一冊だけ本を持って行ってたのだけど、それともシンクロしまくりで、やっぱり宇宙が味方してくれるって「事実」につながったわけです。その一冊とは言うまでもなく「アルケミスト」。これを覚えるほどに読んだら、間違いなく宇宙となかよくなれるね。マジで。

 それはともかく、「宇宙」の存在を身近に感じるほど強いことはない。いろいろ大変なことはあろうけど、どこかで「大丈夫」ってことを知っている。だから、自分の好きなことやっても大丈夫。試練はあったとしても、その試練自体が自分を成長させる上で必要なこと。それを知ってるからこそ、大丈夫なんです。おそらく彼もまだ若いし、これからいろんなことをやっていくでしょう。久々に再会して、一緒にいて恥ずかしくなるほどの精神年齢の低さだったけど、だからこそ、いい。大人になんかなる必要なし。一生好きなことやって、人に迷惑かけて、それでも人から喜ばれて、感動して涙流しながら生きてりゃ最高じゃん。その彼の演奏がYouTubeにいろいろあがっていました。ブラームスのシンフォニー全曲演奏会とかやってたんか。指揮してるのがそいつで、これがプロフィールね。



 最高じゃねえか。奴も奴だけど、オレもオレで好き勝手やってる。いい人生だと思います。今日は最初の店で寿司を食って、二件目はオレの大好きなバーでカクテル。三件目は彼の家の近所の小さなバー。どうやら奥さんに締め出されたとかで、おいおい、何やってんだよ。中学生の頃と変わってねえじゃん。家出して俺ん家に駆け込んできたときと変わってねえ。で、結局、家には入れてもらえなかったようで、近くの屋台でラーメン。今日はかなり飲んだ。フラフラ状態でタクシーに乗りました。楽しかった。熱かった。また飲みたいね。今度は当時の仲間ともいろいろ。最高の人生に乾杯。そうそう、8月2日夜の福岡飲み会もまだ席ありますので(ツアー、セミナー参加者限定)、よかったらお待ちしてます。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-30 23:39 | ■精神世界
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