不動明王のパワー 2013.7.28



 今日は眠い一日だった。いつものように朝6時に起きてスイカ食べていろいろやって。午前中は本でも読もうと横になった瞬間、いつの間にか寝てしまい。昼は野菜チャンポンを食べて、ちびQと公園に遊びに行きましたが、買い物も済ませて2時間くらいして帰ると、また寝てしまう。合計すると3~4時間は昼寝してたと思うのだけど、これでようやくとエネルギーチャージが完了したように思います。私の場合は「眠い=睡眠不足」では必ずしもなくて、エネルギーを使い過ぎた後にやたらと出てくる眠さ。大阪から東京にかけての怒涛のスケジュールでかなりエネルギー消耗したようで、そのための充電時間が必要だったんですね。ほんと、自分でも感じるんですよ。携帯電話の充電じゃないですが、まさにそんな感じでそろそろ電池切れるぞ~みたいな感覚が。そして充電するには「睡眠」しかありません。身体は正直で、睡眠させるためにわざと熱出したりもするようで。すごく素直な身体になっています。

 さて、休息はこの辺にして、明日からまた活動開始。明日はまたとあるセミナーを受けに行くのだけど、本格的な活動再開はお盆明け。それまでいろんな勉強をしていたいと思っています。遊びは飲み会も。ところで昨日書いた、

・怒り:大切なものを守るために必要(今)
・悲しみ:失ったものを乗り越えるために必要(過去)
・恐れ:危険から身を守るために必要(未来)

ですが、目から鱗的な感想をいくつか頂きました。「喜び」を否定する人はいないと思いますが(「喜んではいけない」ってビリーフを持つ人はいいますが)、これらの「怒り」、「悲しみ」、「恐れ」はどうも否定される風潮があります。特にスピリチュアル系では。何となく「スピリチュアルな人」って、いつもニコニコ、怒らない、悲しまない、、、みたいな一般イメージありますよね。「悲しまない」はそれほどでもないかもしれませんが、「怒らない」なるイメージはかなり強い。腹の立つことがあっても、スピリチュアルな人はその大きな器で「怒り」を吸収してしまう。スピリチュアルになれば宇宙とつながる。そして願望が次々と叶って幸せになれる。だからスピリチュアルであろう。そのためには「怒り」を抑えて生きよう、、、なんて極端な話ではありますが、いずれにせよ「怒らない」の信仰は強いようです。

 何度も言いますが、「怒り」は「大切なものを守るために必要」な感情です。よく出す事例なんですが、高校の時、いつの間にか中退していた同級生がいて、ついこないだ、その理由を別の同級生から聞かされました。原因はイジメだそうです。ただ、イジメてた連中とは普段は仲良いように見えていました。学校を辞める決定打となって事件があったようで、それはその男子を全裸にむいて女子教室に放り込んだことらしい。あまりにも低レベルで情けなくなる話ですが、目に浮かぶかどうかで言えば、浮かぶ。そしてそうされたとき、その彼は笑っていたと思います。笑って終わるのを待つしか自分を守る方法がなかった。

 ですが、本来は自分の自尊心を奪われてるのですから、命をかけてでも怒るべき。本気になって怒ったら、イジメてた連中も気が付くでしょう。奴らもまたヘタレな連中でしたし。だけど、怒ると逆に千倍返しとまでは言わずとも、教室には居づらくなる。独りぼっちになるくらいなら、怒りを鎮めて笑っていた方がいい。そのように決断したのでしょう。しかし、その「怒り」はどうなってしまうのか。「喜び(笑い)」によって昇華されるのか。いえ、されません。その「怒り」はずっと体内に留まってマグマのようになりを潜めています。

 「堪忍袋の緒が切れる」とはよく言ったもので、そのマグマのような「怒り」は溜まり過ぎると、突然、ブチ切れることがあります。サラリーマン時代のこと、ある上司と車で客先から帰る車中、私は運転していたのですが、その上司はいつものように缶ビールをプシュッと開けて飲み始めました。それはそれでいい。ただ、そうなるといつも説教タイムが始まります。まずは私の仕事の仕方や態度等について。それはわかります。しかり、次第に矛先は私に向いてるのですが、内容がぜんぜん別の方向に。私じゃなく会社や自分の上司に向けられてることは明らか。私は、「はい、はい」と聞くしかない。一時間もそうやって説教された後、その上司が言いました。「あー、スッキリした」、と。そして眠りに入って事務所に着いた頃にはケロッとしています。

 とんだとばっちりではあるのですが、今思うと、その上司はそうやって感情処理してたのかな、と。確かに周囲は迷惑かもしれませんが、本人にとっては健全な姿勢だとも言えます。しかし一方で、その本来出すべき「怒り」を出さずに溜めっぱなしにしていたらどうなるか。その「怒り」の矛先は次第に自分自身に向くようになります。その結果、心身を著しく害したり、例えば「ウツ」であったり「ガン」であったり。「ウツ」や「ガン」の人のほとんどには「存在してはいけない」のビリーフがあり、それを固めているのが「怒り」をはじめとした、自分を適切に守るための感情。と言うことは、体内に溜まっている「感情」をしっかりと処理すれば、それらの症状も軽減される、場合によっては治るかもしれません。

b0002156_11454993.jpg そもそも「怒り」とは「宇宙」の根源たる大日如来の化身である「不動明王」の本質です。不動明王のあの形相は「怒り」を表しています。その「怒り」の矛先は悪や無明に向けられているのでしょうが、私の滝行をするとき、必ず不動明王真言を3回唱え、不動明王の印を組んで入ります。そうやって、自分自身の「無明」を斬り、素の気持ちで入ることが望まれるのです。なので、もし、不動明王の真言を唱えずに入れと言われても無理でしょう。般若心経や祝詞を唱えずに入ることはあっても、不動明王真言なしはあり得ません。お不動さんはマストです。そこでは不動明王の「怒り」のエネルギーをお借りします。そしてそれは言うまでもなく、私自身の中にある「怒り」のエネルギー。ですので、気が付けばですが、私は「怒り」を感じることはありますが、それらはすべて滝の中で出しきっていた。だからこそ、ブログに「クソ」とか書く程度で、普段はほとんど怒ることがない。ものすごくきちんと処理されていることがわかります。

 怒りには怒りの表現。悲しみには悲しみの表現。恐れには恐れの表現。そして喜びには喜びの表現。4つの感情が「素直」に外に出るようになると、そこには宇宙の根源たる「大日如来」につながる。つまり、宇宙と一体化するのです。その結果、願望は何でも叶うし、真の意味での幸せを実感できるようになるのです。不動明王様、、、いつもありがとうございます。そんなわけで、来週あたりからまた滝行に入りたいと思います。今度はまた何かさらにチャレンジしたいと思っています。ではまた。ありがとうございました。

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Commented by ユーリ at 2013-07-29 13:33 x
なるほど!ふにおちました!
いつもありがとうございます(^-^)/
Commented by ひろみ at 2013-07-29 21:23 x
大日如来さま=不動明王なのですね^^。びっくり。
メラメラ燃えるのは、邪悪を焼き尽くす聖なる炎。かっこいい!
あらゆる感情を素直に表現し、宇宙の根源につながる→やって見ます!!つながるぞー。
Commented by katamich at 2013-08-01 06:10
■ユーリさん!
どういたしまして。
Commented by katamich at 2013-08-01 06:11
■ひろみさん!
大日如来の「怒り」を現したのが不動明王で、「慈悲」を現したのが観音菩薩となります。
Commented by ショウジ at 2014-04-30 08:16 x
不動明王の真言について知りたくてたどりつきました。
この真言は修行などしていない普通の人間が唱えることは逆に弊害があるということも聞きますが、どうなのでしょうか?
私は不安やイライラで落ち着かない時に何となく「ノウマクサンマンダ・・・」と数回となえると、のぼせた感じがスーッとしてくるので「利用」していましたが、滝にうたれたこともない人間はあまり唱えないほうがよいのでしょうか?私のような人間が唱えても大丈夫な真言があるのでしょうか?もしこの真言がふさわしくないのなら、日本語訳の「迷いを打ち砕き・・・」ならよいのでしょうか?ご教示願います。
Commented by katamich at 2014-05-07 11:00
■ショウジさん!
弊害があるって、どこ情報ですか?聞いたことないし、坊さんじゃない普通の人こそが唱えてるもんですよ、実際は。
正解はわかりませんが、自分の感覚を信じてください。
by katamich | 2013-07-28 23:39 | ■精神世界 | Comments(6)