神秘体験について 2013.4.8



b0002156_14484581.jpg とにかく昨日は変わった経験をしたな~と思っています。懇親会にも参加せずにすぐに帰宅して入浴してから寝ます。12時前には布団に入ったと思うのですが、時々目が覚めてはつい考え事をしてしまったり。確かに「いい話」は聞いたのだけど、どこかしらに「違和感」がずっとぬぐえなかった。それは「元オウム幹部」なる偏見も入っているとは思うけど、話の内容がよかっただけに、なおのこと違和感があったのです。

 昨日も書いたけど、上祐氏はそもそも「神秘体験」に憧れてオウムの戸を叩いたはず。そしてそのような体験は十分にすることができ、それを「良きもの」として社会に還元しようと思っていたのも事実でしょう。つまり、かつては「神秘体験」こそがすべてで至上であったはず。だけど、今はあくまで表向きでしょうが、徹底した反オウム路線で、そのような神秘体験を全面に出すことはなくなっています。ただ、途中で「クンダリーニ」の話が出たので、すかさず質問はしました。今でも「クンダリーニ・ヨーガ」の指導はしてるのか、また、そのような神秘体験を起こさせる特殊な行法についてのスタンスはどうか、と。この質問は私にとっての核心の一つ。

 答えは、表向きはしていないが捨ててはいない、とのこと。では、もしそれを伝えるとしたら基準は何か、と聞きたかったのですが、流されてしまいました。そうそう、今回の質疑応答に際して、上祐氏のちょっとした「姑息さ」を見ることが多々ありました。それを今回のセミナーの趣旨に即して「空気を読んだ」と見るべきかもしれませんが、その「姑息さ」とは議論を強引に打ち切る技法について。例えば何か一つ、質問をしました。すると、それに関連して、見事な返答を与えてはくれます。もう、十分過ぎるほどに詳しく、完全なまでに納得する人もいたでしょう。しかし、言うだけ言ったすぐあとに、質問者から意図的にか目を背け、「他に質問がある方は?」とバッサリ切って次に進めます。いやいや、本当はその返答に対してももっと聞きたいことがあるのに、、、と思いながら、他にも質問したい人がいるだろうから私自身もちょっと遠慮してしまったのもまた事実。質疑応答の進行としては完璧でしょう。ただ、、、あと一歩の質問でより核心に踏み込めるのに、、、ともどかしい思いをしたのもまた正直なところです。

 話を戻します。神秘体験(クンダリーニ・ヨーガなど)については、表向きはしていないが捨ててはない。表向きしてない理由には「反オウム」のスタンスがあるのでしょうが、捨ててない理由としては、本物のクンダリーニ・ヨーガを残したい、との意図があるとのこと。確かに素人が見よう見真似で試したりなどしたら、場合によっては命の危険性もあります。また、上祐氏も言うように、安易な能力開発の手段として使われることもまた危険。何の努力もせずに、クンダリーニが上昇すれば、超能力者のようになれ、一読しただけで本を暗記し東大に合格する、、、なんて宣伝を私も見たことはあります。それはともかく、やっぱりどこかで残しておきたいんだな、神秘体験を、、、と思ったわけです。

 確かに今は穏健な仏教サークルに終始してるのでしょうが、時期が来れば、やっぱりやってくるかもしれない。実際、どんなに教義を頭で理解したところで、一度の「体験」ですべてが覆されることがあります。そしてどんなに反論したとしても、「体験したから」の一言で議論にならなくなるのです。例えば「死後の世界」について。これも聞きたかった話の一つではあるのですが、私は「死後の世界」に対する見解を一種のリトマス紙のように問うことがあります。「死後の世界」はどんな風になってるのですか。その真理は「わからない」です。なぜなら、現在この世に生きている人の中で、実際に死んだ人は一人もいないから。ヘミシンクやドラッグ、特殊な瞑想、呼吸法で「死後の世界」を見たと言う人はたくさんいますが、その見た世界が「死後の世界」である証拠は永遠にありません。なのでもし、「死後の世界」をとうとうと語る聖者やグル、指導者がいたとすれば、その時点で「ニセモノ」です。しかしそれでも、「体験したから」と言われたら、それ以上、反論する言葉もありません。あ、そうですか、と言うしかない。それだけ「体験」は強いのです。

 話を戻しますが、今は仏教をベースとした人生の学びの場であったとしても、いつかは「体験」への誘惑に勝てなくなる日が来るのではないか。代表である上祐氏がそうでなかったとしても、信者の中からはきっと出てくるはず。いや、もしかしたすでにそうかもしれません。今回、上祐氏の口から「本物のクンダリーニ・ヨーガは残しておきたい」と聞いたのですが、その時点で、私だって魅力的に感じるほどの求心性があります。そもそも180人の会員は何を求めて学んでいるのか。クンダリーニが上昇することで、あらゆる煩悩が「愛のエネルギー」に転換される。それは完全なる神秘体験であり、その瞬間に人生の悩みが一気に解決する。その本物の技法を、、、学び、体験することができる、なんて聞けば興味出てきますよね。つまり、神秘主義からスタートし、今は表向きは完全に封印しておきながら、実はいつでも神秘主義に戻れる準備にはあるのです。

 ちなみに「神秘体験」なんてしたところで、人生の幸せとは何ら関係ないですもんね。私は何人も「神秘体験をした」と自称する人と会ってきましたが、その人たちが幸せかと言うと、決してそうでもありません。結局、「神秘体験」なんてのは、「すごいだろ!」と言いたいだけの、自尊心回復ツールでしかないのです。ただし、それでホンモノかニセモノかはともかく、何らかの「体験」があったとしても、そんなことで埋められる自尊心なんて一時的なものです。「すごいだろ!」と叫んで、「すごい!」って言ってくれる人に依存するだけのことで、そうじゃない人の前に立つと、途端に元の自信のない自分に戻ってしまいますからね。

 私は今回、上祐氏の話を聞いて、「神秘体験」を求める人たちの気持ち、正確に言えば「ビリーフ」がよくわかるようになりました。いみじくも冒頭に上祐氏が言われたように、カルトにハマる人は「自己肯定感が低い」なる共通項があるのでしょう。足りない自分を埋めてくれるのは、神秘体験しかない。神秘体験で能力が開発されたら、今よりももっと優れた自分になり、自信を持って世に出ることができるんじゃないか。その根底にあるのが、「私は存在する価値がない」なるビリーフ(禁止令)です。そのようなビリーフを持つ人は、自分の価値のなさを証明するために自傷に走ったり、何やっても失敗する自分を繰り返したりします。それを絶望的決断と呼ぶのに対し、時にはそれが逆に作用することがあります。それが反抗的決断であり、自分の価値のなさを何とか覆そうと懸命に努力し過ぎるパターン。その典型がまさに麻原彰晃です。

 ウィキペディアによると「先天性緑内障のため生来、左目がほとんど見えず、右目は視力0.3程度だった。12歳年上の長兄は全盲、5男も弱視だった。父親は敗戦で朝鮮から引き上げ、叔父を頼り八代に住み、当時地場産業であった畳職人として働くようになった。しかし畳の需要は落ち、7人の子を抱え生活は逼迫していた。両親は働きづくめで、智津夫は兄や姉を親代わりに幼少期を送った」とあるように、両親の愛を十分に受けることなく、荒んだ幼少期を送っています。盲学校に入れられたことで「親から捨てられた」と思い、それが決定打となって、その後の麻原の人生脚本を定着させます。つまり「自分は価値がない、ゆえに、何とかして周囲に価値を認めさせよう」と決断することで、盲学校では弱い者いじめをし、生徒会長に立候補し、医学部を受験し、さらに総理大臣を目指そうとする。しかし、そのような道には能力面からも到底及ばず、そこで出会ったのが神秘思想でした。チベット密教を中心とする神秘思想を徹底して学び、まずは街に小さなヨガ教室を開きます。その教室の売りは「神秘体験」であり、それにひかれてやってきた一人が上祐氏だったのです。

 その上祐氏もまた、幼少期に父親が浮気から家を出て、半ば母子家庭のように育てられます。養育費こそ送られてきたそうですが、父親の愛情や威厳を知らぬままに成人してしまいます。彼の半生は戦いです。自分の価値を認めさせるための戦い。英語を学びたいと思って入った英語サークルでは「ディベート」という戦場の場に駆り出されたり、宇宙開発に興味があって入った事業団では、当時、冷戦時代と言うこともあり、宇宙開発が即戦争に結びついていたり、挙句の果て、宇宙戦争なんて話まで飛び出す始末。

 余談になりますが、NASAは宇宙人の証拠を隠ぺいしていません。逆です。NASAは地球人が地球外知的生命体と接触する可能性がゼロであることを隠ぺいしています。映画「ET」が上映されたのが1982年。冷戦まっただ中とは言え、上層部はすでに知っていました。近々、ソ連が解体することを。それまでは米ソ冷戦を背景に、宇宙開発こそが太平洋戦争以降の主たる公共投資(経済政策)だったはずが、冷戦が終われば宇宙開発の理由がなくなります。そこで、全体主義、共産主義の次なる敵として「地球外生命体」へと世論を洗脳する方向へと進み始めたのです。その洗脳手法の一つがまさに「ET」であり、「スターウォーズ」でした。ETはいい宇宙人でしたが、中には悪い宇宙人だっている。それらの襲撃に備えて、宇宙開発の手を止めてはならないのです。そのためには、宇宙人はいることにしなければならない。接触可能性がゼロである事実を隠ぺいしなければならない。それがNASAの真実です。ただし、今では「環境」なる次の敵が見つかったので、とりあえず宇宙開発は減速。「不都合な真実」なるウソ映画でまたも世間を洗脳しようとしてたことは記憶に新しいでしょう。

 話を戻しますが、上祐氏のアイデンティティは、ビリーフは、常に「戦う人」でした。ディベートで戦い、宇宙開発で戦いの場を示唆され、それが嫌で辞めて入った先がオウム。オウムを守るために最前線で戦っていた姿は多くの人の目に焼き付いています。しかし、最終的に彼は負けました。完膚なまでに負けました。父親知らずの上祐氏が「父親」と慕っていた麻原は捕まり、しかし、もし麻原が文字通りに「父親」だったら、かつての昭和天皇がマッカーサー元帥に「私の命を差し出してでも国民を守ってください」のようなことは言うべきだった。しかし実際は逆。自分のせいじゃないと泣き叫び、信者を守ろうとする意思などまったく見せることない。またも「父親」から裏切られた上祐氏は別件逮捕により3年間の収監後、改めてアレフの代表となる。しかし、そのアレフでもまた「戦い」が待っていました。麻原派と反麻原派との戦いにより、アレフから離脱。新団体の設立となり今に至ります。

 では、上祐氏は「戦い」を辞めることができたのか。もしも本当に彼が「戦い」の呪縛から逃れることができているなら、もう大丈夫でしょう。だけど、私には決してそうは感じられませんでした。今度は「ひかりの輪」なる新たな団体を「世間」に対し「認めさせる」ために、今、戦っているではないですか。もし彼が、天台宗に帰依し、世間に知られずに千日回峰行に勤しんでいたならば、それは確かに「戦い」を捨てることができたと認められます。だけど、実際は、それがいかに穏健的であろうとも、新たな団体の代表として、また新たな戦いに挑んでるではないですか。今は「反オウム」という武器で戦ってはいますが、次には何が登場するのか。そこが懸念材料なのです。

 と言うわけで、あまり書くと、ちょっとヤバそうな雰囲気もあるので、この話はここまでにしておきます。おそらく、この話だけで一週間は持ちそうですが、やめておきます。自分でも何書き始めるかわかったもんじゃないから。

 いずれにせよ、今回もわかったのは、やっぱり「人生脚本」はいかに「解脱」しようとも、なかなか抜け出せるものじゃないってこと。あえて「戦い」と言う言葉を使うなら、多くの人の一生は自らの「人生脚本」との戦いです。なぜ、幸せになれないのか。それは自らの「人生脚本」がそうさせてるから。では、どうすればその「人生脚本」から抜け出せることができるのか。一つだけ言えるのは、「神秘体験」がその手段にはなりえないと言うこと。麻原には麻原の「人生脚本」がありましたが、死刑囚となった彼は今、幸せだと思いますか。それは本人でなければわかりませんが、そうは考えにくいです。

 「人生脚本」から完全に脱するには、たった一つだけ方法があります。いや、それは方法と言うより、状態と言った方がいいのでしょうが、その「一つ」につながることなくして、真に幸せになることはできません。では、その「一つ」とは何か。

 申し訳ないですが、あえてここには書かないでおきます。それはやはり自分で見つけてください。ここで言葉にしてしまうと、それを頭だけでとらえることになり、決してその「状態」にはなりえないから。しかし、その「状態」については、、、やっぱりここで筆を止めたいと思います。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-04-08 23:39 | ■精神世界