廃人になろう 2013.2.6

 なんとなくまだ熱海の余韻が残ってるのですが、ツアーをするといつもこんな感じ。今回の熱海はツアーと言うより完全に合宿セミナーなんですが、食事、温泉、お酒が充実していると、旅行感はかなり大きいですね。3月の沖縄もめちゃめちゃ楽しみなのですが、あまりに余韻が強すぎて廃人のようになるのが心配です。9月のアイルランドも同様。だけど、この「廃人」ってのがすごく重要。だって、人間自体は変わらないのに、廃人ですよ。今、ウィキで「廃人」って調べてみると、差別的なニュアンスがあるので使用に注意、みたいなことが書かれてました。いずれにせよ、いい意味ではないのでしょうが、今日はいい意味であえて「廃人」を使ってみたいと思います。

 なぜ人は旅行とかイベントとか、楽しい行事の後に「廃人」になるのでしょうか。昨年の沖縄なんかひどくって、私もそうでしたが、他のメンバーもかなり廃人になってしまい、中には幾何も経たぬうちに久高島に戻った方もいらっしゃいました。久高島って何もないのに。もちろん、だからこそいいのですが、一般的に何度もわざわざ行くような場所でもなし。あとは、やっぱりメンバーが最高だってこと。私主催のツアーで何が自慢かというと、メンバーが最高なとこ。何度も言うように「価値観」が合うことが重要で、合わない人と行くくらいなら独りの方がいいけど、合う人とならこれ以上に楽しい旅はないのです。それはそうととにかく、楽し過ぎるとそのあとが怖い。廃人になるから。目を瞑るとあの楽しい情景が浮かんできて、胸の中がわさわさする。東京メンバーなんて一週間後に飲み会を開くくらいですから、わさわさに耐えられないんでしょうね。

 これはつまりは「キャパが広がる」ってこと。あの2日間なり3日間はとにかく楽しかった。楽しさを知ってしまった。だからもっと楽しくなりたい。北朝鮮が曲りなりにもあの体制を維持しているのは、いろんな要因があるのでしょうが、国民にとって「楽しい」って概念が希薄なことが言えると思います。北朝鮮国民は自由に海外旅行ができないんですよ。楽しみと言えば観劇とかテレビとか、いずれも国営であり、つまり国が与えたものでしかない。そこにきて、もしも国民が自由に海外旅行など行けちゃったりすると、その楽しさに気が狂いそうになると思うのです。資本主義の世界にはいい意味で欲望を刺激する要素が大きく、だからこそ発展するのでしょうが、その刺激ってのはほとんどの場合、国ではなく民間が提供するもの。
 
 人は楽しい思いをしたら、もっと楽しくなりたいと思うもの。北朝鮮の国民が、例えば韓国並みに楽しい思いをしてしまったら、それだけで体制を揺るがすモチベーションになる。結局、洗脳ってのは、情報を与えないことで成り立つもの。共産主義の国は、「平等」による豊かさをある一定ある一時期は実現したのかもしれませんが、結局、人々の欲望を抑え込んでしまい活力を失ってしまった。確かに欲望を持つことは苦しいことかもしれません。私の大好きな「ショーシャンクの空に」という映画の中で、無実の罪で監獄に入れられた主人公が、「希望」を口にすると、周囲の囚人が「希望はやめとけ、むなしいだけだ」みたいな助言をするシーンがあります。確かにショーシャンクのような環境では「希望」なんて持たない方が楽かもしれません。映画の中のほとんどの囚人は「希望」を捨てて、ただ、食べて寝て生活するだけの毎日。

 実はこれって、私たちの周りでも決して例外でないかもしれません。例えば「どうせ、オレなんか頑張っても金持ちになれやしない」なんて思ってる人は、それ以上の人生はありません。せいぜい楽しそうにやってる人間を見つけては、2ちゃんねるで攻撃するくらい。他にも「私なんかもう歳だから、結婚なんか関係ないわ~」とか言ってる人。それはそのまま実現しますよね。ショーシャンクの監獄で「希望なんか持たない方がいい」と思って生活するのと、「どうせ俺なんて、私なんて・・・」と思いながら生活するのと、大差ないと思うのです。私の大好きな「願望実現」も同じで、中には「願望」を持つことがさも浅ましいことのように力説し、「あるがまま」なんて言葉に誤魔化されることを選ぶ人もいる(この話に関しては、ひーこーさんのこの記事が素晴らしいです)。

 話を戻します。楽しい経験をすると、その楽しさが大きければ大きいほど、廃人になります。楽しい思いをしなければ、廃人になることもない。廃人になる苦しさを味わわずに済む。楽しいことを知ってしまったばかりに。そこで人は楽しいことを捨て、楽しそうな情報を遠ざけ、ときには楽しそうな人間を攻撃する。もう一度言いますが、確かに楽しいことは苦しいですよ。その直後は心にぽっかり穴が開いてる感じになりますから。私なんかもその連続。だけど、私の場合は、「こんなに苦しいのだったら、もう楽しことはやめよう」とは決してならずに、「もっと楽しい思いするにはどうすればいいか」って考え始めるのです。

 例えば私は「役得」だと思っています。熱海にせよ、沖縄にせよ、Q州にせよ、海外にせよ、今の私はお金を頂いて、その上で自分自身が一番楽しい思いをしているのですから。もしそれを「ずるい」と思うのなら、それだけのこと。では、誰もがこれと同じことをできるかと言うと、決してそれはない。何だかんだと企画するのも大変なところがあるし、何より難しいのが募集。どんな楽しい企画しても、人が集まらなければ成り立ちません。人さえ集まるなら、実は誰だってできます。セミナーにしても、それなりの資格を取って、さあセミナーするぞと意気込んでも、人が集まりません。そこで、今まで何度か言われました。「集めてください」、と。「ちょっとブログに書くだけでいいですから」、と。だけど、正直言って、「ちょっとブログに書くだけ」では人は集まりません。「全身全霊を傾けて書くこと」で、ようやくちょっと反応して頂ける感じ。私はそれを少なくとも5年、いや8年はやっています。人から見れば「ちょっと書くだけ」で集まっているように見えるのかもしれませんが、そんなはずはないんです。スタートは私もゼロでしたから。

 とにかく、私のベースにあるのは「楽しい」を求めるのみ。人生全般について「もっと楽しい思いするにはどうすればいいか」を求め続ける結果、会社を辞めたのもそうだし、セミナーやツアーを開催するのもそうだし、もちろんプライベートで結婚や子育てするのもそうです。「楽しい」という欲望に素直に動いているだけ。前のめってるだけ。だからいろいろ頑張れる。「楽しい」を求める中で、楽しくないことをする必要もあります。だけどトータルとして、つまり「楽しい-楽しくない=楽しい」であればどんどんやるだけ。ときどき勘違いしてる人がいて、「もう、楽しいこと以外しません!」と言って、「楽しくない」から逃げまくってるケースを見聞きしますが、これでは上手くいくはずがない。何だかんだと「楽しい-楽しくない」の計算上で動いてて、その積み重ねによって「楽しい毎日」があるだけで、「楽しくない」から逃げてるんではないのです。むしろそれも含めて「楽しい毎日」なだけ。

 で、話を戻しますが、楽しいことをすると、そのあと、廃人になることがとても多い。だけど、廃人になるからこそ、さらに楽しいことを求めるモチベーションにつながるわけで、そしてまたもっと楽しいことを実現してしまう。すると、さらにまた廃人になるのだけど、さらにもっと楽しいことを求めて・・・の繰り返し。そうやってると、人生楽しくないはずないでしょ。そして何度も言いますが、その「楽しい」を求め続けてると、当然、「楽しくない」もしなきゃならないことがあって、それでも「楽しい」が勝ればやればいいのです。

 9月にアラブ・アイルランドに行くのですが、私のツアーってどんどんエスカレートしています。振り返れば、最初は2006年5月あたりに「飲み会」をしたことがスタート。それがすごく楽しくて、参加された方にもすごく楽しんで頂けて、またやりたい!と思い、最初は大阪でしたが、東京やって、福岡やって、さらに名古屋もやって。また東京もやって、そのときは30名近く来られました。その時点では「セミナー」なんて概念もなかったのだけど、飲み会参加者の一人が「セミナー」をやってることを知り、「オレもやる~」ってなったのが2007年6月。ツアーにしても、飲み会に来られた人が「九州で滝行やりたい」って言いだしたのがスタート。じゃあ、やりましょう、ってことで宿坊を見つけて泊まったのだけど、その宿坊は今でも利用させてもらってます。さらに2008年のインドツアーでも、セミナーに来られた人がミクシィに「Qさんと行く奇跡のインドツアー」なんてコミュを作ったのがスタート。

 で、インドは二回やってるし、次はもっとエスカレートしてヨーロッパですよ。インドはうち一回はラダックって辺境の地。今のところ予定としては、再来年はまたラダックのつもり。二年に一回は海外をやりたいのですが、もしかしたらそのうち、毎年とかになったりして。「楽しい」を求めてたら、自然とそうなるでしょう。いや、待てよ。ラダックは来年って可能性もありますよ。今年新たに本を出して、思った以上に売れてしまい、ブログのアクセスも今の10倍以上。そうなると、自然と「ラダックに行きたい」って人が増えて、ツアーを企画せざるを得なくなる。そうやって書くとすぐ実現するので、多分そうなるでしょう。

 それはともかくとして、私のモチベーションの源にあるのがまさに「廃人」なのです。楽しいことすればそのたびごとに「廃人」になる。すると、今度はもっともっと楽しいことを企画してしまう。ただ、ひーこーさんの記事にもある通り、「願望を持つと、達成しても次から次へと新たな願望が出てきて、キリがない」って話は私も聞きます。え、いいじゃん、と思います。どうして自分に制限をかけるのでしょうか。人生なんて80年くらいしかないのだから、キリがないと言っても、所詮それくらいのこと。10,000年くらい生きるのならまだわかりますが、80年くらいでキリがないもないでしょ。ただ、キリがないと言って上を目指す苦しさもあるにはあれど、願望を実現してきた、楽しい思いをしてきた「満足感」はきちんと残ります。

 私が今、いろんな願望を実現していますが、確かに新たな願望は出てきますよ。だけど、それで苦しいと思うことはまったくありません。ちなみに「キリがない」って言ってる人、多分それ、ウソだと思います。願望ができない苦しさを誤魔化してるだけで、本当に願望を実現していったら、どんどん前向き、前のめりになって、楽しくなりますもん。

b0002156_13213822.jpg 前に「願望実現5か月セミナー」ってのに参加したのですが、そのとき、私はどんどん願望を実現しているまっただ中でした。そんな中、同じセミナーの参加者さんから「石田さんはこのセミナー、いらんやん」と言われました。「願望実現セミナー」は願望が叶ってない人のためにあるもの。それはその人の勝手な思い込みで、私ももっともっと達成したいと思い、その一環として興味があったから参加しただけ。また、石井裕之さんの音声CDでも言われたのですが、潜在意識の法則からして、人は幸せになれば、それで満足するのではなく、もっともっと幸せになりたいと思うものだそうで、私も実感あります。正直言って、今の私は幸せです。不幸なら負けかなと思ってる。今の自分は勝ってると思います。って言うか、自分で自分を不幸にしたら負けかなと思ってる。キリがないなんて制限したら負けかなと思ってる。もっともっと幸せになっていい。その限り、今の自分は勝ってると思います。

 そんなわけで、これからも「廃人」になっていこうと思います。ありがとうございました。

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【福岡】2月23日(土):「心のコリ」をほぐして願望を実現する「引き寄せの法則」実践セミナー
Commented by ゆうおう at 2013-02-08 10:25 x
はじめまして。
今日はじめてこのブログを読んだのですが、ラダックの話がでてて驚きました。自分も去年はじめての海外旅行でたまたまラダックに行っていたので。。
Commented by katamich at 2013-02-12 21:13
■ゆうおうさん!
最近、ラダックに行く人が増えてきましたよね。
by katamich | 2013-02-06 23:39 | ■願望実現 | Comments(2)