宇宙となかよし

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とりあえず悟ってみる 2012.12.11

 今日で滝行14日目。明日でとりあえず満行。今回は大阪・名古屋出張があるので、残り7日間は23日から30日までとします。これでギリギリ年間100日。それから、5月からやっていた写経ですが、とっくに100枚は終わってたのですが、そう言えばこれは108枚だったとハッと思い出し、昨日から残り8枚を始めたところ。これも出張を挟まざるを得ないので、年内に終わる計算となります。108は煩悩の数。一枚写経するごとに煩悩が取れると言われますが、ま、私などはまだまだ煩悩だらけ。今回の「行」の間、なぜか二日連続でエロい夢を見て、幸か不幸か最後まで行かなかったので、む○いするまではなかったです。だけど、もう一度してみたいね。24歳のときのシリア旅行中以来やってないし。

 ただまあ、エロい煩悩ってのは男にとって本能であり必要なことだから、健全と言えば健全。写経したくらいで性欲なくなっても困りますから。おそらくここでの煩悩とはいわゆる「カルマ」のことでしょう。般若心経を写経したり唱えているとわかるのですが、あのお経で一番出てくる文字は言うまでもなく「無」です。「空」のお経と言われますが、それが出てくるのは前半の少しだけで、中盤からことごとく「無」が続きます。中でも象徴的な一節が「無色無受想行識」でしょうか。これは「五蘊皆空」とセットの概念で、つまり「五蘊」とは「色・受・想・行・識」のこと。「色」は目の前に現れる現象のことで、「受想行識」はそれぞれ細かい意味があるのだけど、一言で心の働きのこと。私なりに言うとビリーフ。つまり、ビリーフもそして目の前の現実も実体はないわけで、それらはすべて「空」なんですよ、、、と言ってるだけ。般若心経はご存知のように「色即是空」を説いてるのだけど、同時にそれしか言ってない。そのことを説明するためにくどくど説明してるだけで、最後の「ぎゃーてい、ぎゃーてい」は「空」に行くための呪文。ようは、「空とはこうで、そのために呪文でも唱えてみよう」って言ってるだけのこと。

 で、「カルマ」だけど、これ言うとすぐに過去世とかって話になるのだけど、これも「ビリーフ」のことを言ってるだけ。別に悪いことをしたことの報いとしてあるものじゃなくて、カルマもビリーフもそれぞれは無色透明なもの。こんなカルマを、こんなビリーフを持っていると、こんな現実が作られますよってこと。般若心経的に言えば、こんな「受想行識」があると、こんな「色」が作られますよってことかな。だけど、そんなこんなもそもそもは「空」であって、「無」いものだよって。ただ、そうは言うものの、私たちは普段からカルマ・ビリーフ・受想行識にコントロールされてて、ことごとくそんな現実を生み出し、そこに生きている。自分にとって都合のよいことならまだしも、そうじゃないことだってある。

 一昨日の記事で「パターン」の話をしたけど、ここで言う現実がまさにパターンのこと。そしてそれを生み出してるのがビリーフと言ったりカルマと言ったり。すべての「パターン」は「ビリーフ」の現れである。これが真実。だけど、そもそもはビリーフもなければ、パターンもない。そのように般若心経は言ってます。そしてビリーフから自由になり、パターンから脱することを「解脱」って言ってるわけで、つまりは「悟り」のこと。そのためには、そうですね、とりあえず「呪文」でも唱えてみますか、、、とお勧めしてるのですが、本質はその呪文の意味とか音にあるんじゃないと思ってます。別に「ぎゃーてい、ぎゃーてい」じゃなくても、「えーろい、えーろい」でも、「くーそが、でーる」でもなんでもいい。「ぎゃーてい」の意味はよくわからないけど、そもそも意味なんてないんじゃないかな。もしそれに「意味」があると言ってしまえば、前半の講釈がすべてパーですから。だって、「色即是空」ってのは、この世の中には価値も意味もなんにもないって言ってるのに、最後だけ「ぎゃーていは素晴らしいご利益のある呪文だから、さあ、唱えましょう」って言ったらおかしいじゃないですか。おそらく、お釈迦様じゃないとは思うけど、とりあえず「空」に近づくには、黙ってても厳しいし、だからと言って考えても無駄なので、とりあえず適当な言葉でも発しとけばいいんやないか、、、ってことで、適当に作った呪文に間違いないです。

 なのに、日本の仏教なんかは「般若心経はご利益のあるお経です」なんて平気で言ったりして、そんなものないっての。唱えようが、写経しようが、ご利益もなければ、開運もできないっての。そもそも「ご利益」とか「運」ってもの自体がドロドロの「価値」じゃないですか。般若心経ではこの世に価値なんてものはなくて、当然、ご利益も幻想だって言ってるのに、なぜに偉いお坊さんは「般若心経はご利益がある」なんて言ってしまうのか。それも一種の方便と言ってしまえばそうかもしれないけど、その辺の本質をしっかりつかんでおかなければ、人々を混乱させますからね。とりあえず、ここでは言っておきます。般若心経にご利益なんてありません。煩悩も取ってくれません。そんなこと思って唱えたり、写経したりしても無駄。108枚、写経したら奇跡が起こるかって? 起こらねーよ!

 般若心経の言うところは、つまり「空」であることに気づけってこと。そもそもこの世は「空」であって、意味も価値もない。そんな意味や価値、つまりカルマやビリーフ、受想行識から完全に自由になるのは勉強してもダメだし、そのために努力するものでもない。「努力する」ってこと自体が意味や価値にガチガチに縛られてることになるのだけど、だからと言って何もしないの違う。だって、「空」に気が付くために、「何もしない」と努力してしまうでしょ。そうなったら本末転倒。じゃあ、どうすればいいのか。その糸口となるのが「とりあえず」です。

b0002156_0253412.jpg とりあえず呪文でも唱えてみようか、意味はないけど。とりあえず紙に書いてみようか、意味はないけど。それによって何が起こるかわからないし、そもそも何かを起こすために唱えたり書いたりするのでもない。さっきも言ったように、人間、何もしないのも難しい。今朝、コンビニに入ったら、漫画コーナーに「ウシジマくん」って漫画があったので、最初の方だけ読んでみました。誰かにお勧めされたけど、買うと部屋が散らかるからちょっとだけ立ち読み。主人公は生活保護の男性でしたが、まあ、やることないみたいですね。寝る、食う、トレイ、パソコン、オ○ニーしかしない生活。これはこれで苦しいけど、これだって何もしてないわけじゃなないですもんね。人間、生きていると必ず何かやってるわけですから。

 と言うことは、「何もしない」ができない以上、意味があろうがなかろうが「とりあえず」で何かやってみる。それが読経や写経でもいい。瞑想でもいいけど、最初はあれこれ考えちゃうから、まずは何かの対象があった方が楽。それを自分で探してもいいけど、探し切らなかったら、とりあえずは「ぎゃーてい」でいいんじゃないの。それだけのことなんですよ。もう一度言うけど、般若心経にはご利益なんてないのだから、そんな期待して写経とかしない方がいいと思います。煩悩も取れませんし。だけど、何かに集中して、雑念を飛ばすには読経とか写経はいいと思うので、とりあえずやってみてもいいんじゃない。これが「空」に入る近道です。もちろん仕事でもいいし、掃除とかでもいい。

 そんなとこで、私もとりあえずこのクソ寒いなか、二週間も毎日滝行をしてみました。これはこれでさっぱりするし、なんか「やったぞ感」があるのでよかったと思います。なんにせよ「とりあえず」でやってみるのがいいですね。仕事でもプライベートでも、あれこれ考える前にとりあえずやってみる。それで何かわかったり、進んだりすることもあるので、あまり過度な期待はせずに「とりあえず」やってみるといいと思います。人生なんてこの連続ですもんね。そんなわけで、今日はこの辺で。14日の大阪イブニングセミナーもとりあえずお待ちしています。ありがとうございました。

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by katamich | 2012-12-11 23:39 | ■精神世界
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