ほかの誰が否定しようと、このオレがおまえを認める 2012.11.19

b0002156_1530202.jpg フェイスブックでブログ更新のお知らせすると、記事に使った画像がサムネイルで表示されるのですが、今日は別に「キン肉マン」の話が中心じゃないので、よかったら今日も読んでくださいね。それにしても、今日も実に濃い一日だった。昨日はセミナーの後、かなり飲んでしまい終電で帰りそのままバタン。いや、その前に「キン肉マン」を読んだのですが、これまた胸熱な展開で、しばらく興奮して眠れませんでした。特にキン肉マン世代を狂気させたのが最後のコマ。このまま二週間も休載なんてひどすぎるよ~。それ以外にも今回は全体的に熱かったです。完璧超人に二連戦中のブラックホール(BH)ですが、前の試合の傷も癒えずに満身創痍のままリングに上がったのですが、やはりなす術がなくフルボッコ。それでも立ち上がり、アニメ版タイガーマスクの最終会を彷彿させるような反則技に出て会場からブーイングを浴びてしまいます。そのときBHにかけられたセリフが同じ悪魔超人であるスプリングマンからの激励。

「ほかの誰が否定しようと、このオレがおまえを認める」

 これ、めちゃくちゃ深い言葉ですよ。究極のスポンサーシップ。こんな深い言葉が「キン肉マン」で読めるとは鳥肌。どういうことかと言うと、セルフイメージとか自己重要感ってのは、幼少期にどれだけ人から、特に両親から認められているかにかかっているのです。もっと正確に言うと「無条件」で認められたかどうか。確かによほど問題がある家庭でもない限り、0歳から1歳まではある程度無条件に愛され認められているでしょう。ただ、それでも両親が忙しかったり疲れていて、あまり抱っこされてなかったりすると、どこか「不安」を抱えたまま育ってしまうこともあります。ただ、十分に愛され、抱っこされていたとしても、少なからずの親は子どもに対して何らかの「期待」を寄せてしまうもの。まずは同じ月齢の他の赤ちゃんと比較して、歩くのが早いとか遅いとか、しゃべるのが早いとか遅いとか。さらに成長すると、今度は英会話やピアノなどお稽古ごとをさせたり、さらに成長すると、学校の成績や運動会の順位などで過剰に期待を寄せるようになります。

 その結果、「成績が良いあなたは価値がある(成績が悪いと価値がない)」、「かけっこが早いあなたは価値がある(遅いと価値がない)」、「ピアノが上手なあなたは価値がある(下手だと価値がない)」、「よい子のあなたは価値がある(よい子じゃないと価値がない)」など無数の「条件付け」をしてしまいます。子どもにとって両親から認められるかどうかってのは死活問題。なので、頑張って、頑張って、頑張って親から認めれるよう、与えられた「条件」を満たそうと努力します。だけど、そうやって努力すればするほど、「条件付け」を強化することになる。学生時代、家庭教師をたくさんしたのですが、その中でいわゆる問題児を見たことがありました。ほとんど学校に行かないので勉強はまったくできない。中二でABCが最後まで言えないし、もちろん書けない。数学(算数)は割算で挫折。

 勉強を教えようにも、3分と座ってられずすぐに横になる。基本的に無気力。私は勉強を教えるために依頼されたので、そんな態度に腹が立って、「なめとんか!こら!」とか言ってしまったりして、結局、3回くらいで終わりました。その子にとって必要なのは、何よりもまずはメンタルケアであり、今ならそれなりの対応もできると思うのですが、当時はそんなこともちろん考えません。辞めさせられてせいせいした気分。その親がしきりに言うのが、「やればできるんです」、「割算さえなければ」、「やる気さえ出してくれれば」。一番多かったのが「やればできる」かな。小学低学年までは明るく朗らかな子だったようですが、高学年くらいから勉強に落ちこぼれて、そこから学校に行かなくなる。友達もいない。家庭教師が終わって半年か一年くらいしたとき、郵便局前の人通りの多い場所で制服姿でタバコを吸っているのを見かけました。もちろん声などかけません。

 今思うと、そうやって人前でタバコを吸うことがが、彼なりの何らかのアピールだったのかもしれません。オレを見てくれ、オレを認めてくれ、という。両親がしきりに言う「やればできる」は確かにそう。「やれば」、誰だって「できる」のです。もちろん限度はありますが、小中学校で習う勉強の程度であれば、誰だってやればできる。だけどどうだろう。「やればできる」と言われた人は、その言葉をどのようにとらえるか。「そうか、オレはやればできる、ポテンシャルがあるんだ」と前向きには考えないでしょう。「やればできる」と言うことは、つまり「今はできていない」と言ってるようなもので、もしもその子が「できるお前は価値がある」などのストロークを受けていたら、「やればできる」→「今はできていない」、よって「できていないお前は価値がない」とつながってしまいます。つまり、「やればできる」は「お前は価値がない」と言ってるのと同義であり、「やればできる」と言えば言うほど、その子のセルフイメージを引き下げる結果となってしまいます。そんな彼が人通りの多いところで制服姿でタバコを吸っていたのも、彼なりの「オレを見てくれ」ってアピールだったのでしょう。

 では、子どもにとって、いや、人間にとって最も大切なのはどのような接し方なのか。それが「無条件のスポンサーシップ」です。勉強できようができまいが、かけっこが速かろうが遅かろうが、ピアノができようができまいが、何ができようができまいが、、、「あなたは価値がある」と認められること。赤ちゃんの頃はできないのが当たり前だから、普通の親ならばオールOK。だけど、成長するにつれ、親の期待、つまり親の「自我」が子どもに投下され、子どもは必死にそれに応えようとする。そして親はできたときは喜び、できなかったときは悲しそうにする、または怒る。そうやって「条件付け」が強化され、セルフイメージ、自己重要感が低下する。

 そしてもし、「自己重要感」を下げられたまま成長するとどうなるか。人は何とかして「自己重要感」を上げようと努力します。頑張って勉強して、頑張って仕事して、頑張って、頑張って、頑張って。だけど、頑張っても思うように結果が出ない。すると今度は「自分は価値」がないと言うことを証明するために、時には反社会的な態度に出ることもある。先ほどの家庭教師の子も、中学生にして「自己重要感」が極度に低い状態となり、無気力になることで重要でないことを証明しようとする。だけど、本当は寂しい。その寂しさを埋めるために、人前でタバコを吸って自分をアピールする。勉強もスポーツも人づきあいもダメ。そんな自分がどうやったら人から見てもらえるのか。その一つの方法が「人前でタバコを吸う」ってことだったのでしょう。制服姿なので目立つに決まってます。

 冒頭のキン肉マンの話に戻ると、スプリングマンのセリフはまさに無条件のスポンサーシップ。「BHが反則しようが、汚い手を使おうが、オレはお前を認める。お前は無条件に価値があるんだから」、、、熱いじゃないですか。悪魔超人。先ほどの家庭教師の子も、「勉強ができようができまいが、割算ができようができまいが、運動ができようができまいが、、、お前は私たちの大切な子ども。ありのままでいいの。ありのままで価値があるの」というストロークを受けていたら、間違いなく人生は違っていたでしょう。両親は激励のつもりで「やればできる」と言い続けていたのでしょうが、それって子どもにとってつらいんです。

 私にはめちゃくちゃ勉強のできる兄と弟がいて、私自身は決して勉強ができなかっため、それによって卑下することもなかったわけではありません。特に中学に入ると、兄の勉強のでき方が明確になるぶん、それに比べて勉強ができない私に対し、兄の同級生からしきりにバカにされまくってたわけですが、だけど両親は私をバカにすることはなかった。「お兄ちゃんはあんなに勉強ができるのに、なんであんたはそんなにできないの」なんて言われたことは一度もなし。特に父親からは勉強のことでとやかく言われた記憶がまったくない。中学になると確かに兄の同級生からはバカにされ、それが発展してなぜか「お前は何一つ取り柄がない」と言われることもあったけど、12歳までは一度も言われることがなかったので、幸いにも大人になった今の人格形成にはさほど影響しなかったと言えるでしょう。

 だけど世の中には、、、「条件付き承認」を受けてきた人のなんと多いことか。もちろん育てられる過程において、多かれ少なかれ「条件付け」は与えられます。勉強や運動、性格、見た目など、どうしても判断基準が出てくるし、それらと無関係に生きることもできない。なので、程度の差はあれ「自分は重要じゃない」、「無条件には自分を認められない」、「ありのままの自分はダメ」などの思い込みは誰にだってある。もちろん私にもあるけど、自分自身の願望を実現する上で支障になるほどでもない。そうなんです。願望実現を妨げる上で、最も多く、そして深刻なのが「自分は願望を実現するほど価値がない」って思い込みになるのです。収入もそう。結婚もそう。恋愛もそう。健康もそう。それらの「願望」を「実現」する上で、それらを妨げるブレーキ、ブロックがある。それを私は「心のコリ」または「コリ」と呼んでいるのですが、自分を認められない度合いが大きければ大きいほどコリも大きくなり、当然、願望実現も遠ざかってしまう。どんなに頑張っても、頑張っても、コリが大きい限り、自分を苦しめるだけ。そして最終的に、その「苦しさ」から逃れるために、願望の叶わないダメな自分を証明しようとする。収入は低く、結婚・恋愛にも縁がなく、健康状態もよくない。

「やっぱり私はダメな奴なんだ」

 そうやって願望に立ち向かうことへの「苦しさ」から逃れることはでき、そこに逃げ口があるのは確かだけど、本当に叶えたい現実を手にすることは永遠になくなってしまう。それでも、その人の本音は「願望実現するために頑張って苦しい思いするくらいなら、ダメな自分でいた方がいい」という選択をしてしまう。ダメな自分でいたいのならそれはそれでいい。だけど、そうじゃないでしょ。収入を上げたい、恋愛もしたい、結婚もしたい、健康でいたい、自分の思いを実現させたい。そう思ってるのはウソじゃないでしょ。だったら、それ、実現しようじゃないですか。これ以上、「ダメな自分」を演じる必要もない。今から新たな自分として人生を謳歌する「決断(再決断)」をすればいいじゃないですか。

 ・・・私は今、ようやくその具体的な手法を身に付けることができました。もちろん一度にすべて解決するとは限らないけど、一度に解決することだってある。とにかく見てみないとわからないし、やってみないとわからない。自分で自分をダメにしている「原因」を取り除くのは一発。自分らしくあれない最大の原因がそこになるのだとすれば、それだけで人生は180度変わります。「キン肉マン」の話からえらい熱い展開になってしまいましたが、そうなんです。スプリングマン、めちゃくちゃいいこと言いました。明日はいよいよ東京セミナーです。人によっては人生が180度変わるインパクトを受けることになるでしょう。また宣伝になって恐縮ですが、当日は席も補助席もありますので、今からでも、飛込みでもどうぞ。可能であればぜひ「決断」をお待ちしています。

 前置きはそれくらいにして、今日は昼から出かけて、棚田先生の個人コンサルを一時間受けました。目的は「年収2,000万円突破する具体的な戦略について」と「収入と結婚のビリーフチェンジに関する疑問点」など。実に実りある時間となりました。その後は三鷹に移動して雲黒斎さんの月一の講演会。アウルズエージェンシーの下野社長さんから「東京いるなら連絡しろよ!」と電話がかかってきて、ちょうどいいタイミングだったので、久々に黒斎さんにもお会いできました。話の内容もいろいろヒットすることがあって、また追々シェアしたいと思います。その後は、、、黒斎さん、下野さんらと飲みに繰り出し、、、なんだかんだと店を出たのは2時でした。また、面白い方とお知り合いになることができ、チャネリング大会となりました。初対面で私の情報を一切与えたないのに、私がチベットにいたことなどバンバン当てられちゃいました。前世でもやっぱりいたらしい。そして修行してたらしい。それと同じことを、2004年3月にある知人から言われ、それがスピリチュアルの世界に入ったきっかけとなったので、実に不思議な出来事でした。そして飲みながらも「アセンション」の話とかするのだけど、2004年3月のあの日も同じ話してたな~と思い出しました。もっとも、その頃は「フォトンベルト」の話でしたが、2012年12月の話には違いない。いよいよ何かが起こりそうな予感。そして当然ながら終電はとっくになくなってたのでネットカフェで時間つぶし。濃すぎる一日でした。ありがとうございました。

今日の話に共感して頂ける方はクリックをお願いします!
↓ ↓

人気blogランキング
Commented at 2012-11-21 10:41
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by katamich at 2012-11-23 06:02
■非公開こめんとさん!
ありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
by katamich | 2012-11-19 23:39 | ■願望実現 | Comments(2)