ティオマン島にて 2012.10.15

 昨日は外の屋台でチキンライスとビールを飲んで、宿に戻ってシャワーで汗を流すやいなや横になって寝てしまいました。現地時間で11時過ぎなのが最後の記憶で、そのまままったく目が覚めずに気が付くと6時前。バスでマレーシアに行く予定にしてたら普通に遅刻。午前いっぱい時間があるので街歩きする予定だったけど、ブログの更新などして11時まで部屋にいました。チェックアウトして再び空港へ。マレーシアのティオマン島に行くのです。こんな感じのプロペラ機ですが、写真を撮ると怒られちゃいました。指さされてますね。
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 30分ほどであっという間に島に到着。ここからマレーシアです。ティオマン島には何があるのか知らないけど、こじんまりしたした島がなぜか好き。こんな道をABC村ってとこまでかなり歩きました。途中で1メートルほどの大トカゲに遭遇。
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 この島の宿は基本的にバンガロー個室。扇風機の部屋で約1,300円。こんな感じですが、いかにも安宿な部屋は久々で胸躍ります。
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 しばらく村を探索して、、、と言うか何もないのですが、さほどキレイでもない海を見ながらただボケーッとするだけ。宿のレストランは野ざらしで、読書や物書きをしながら夕陽を眺めます。
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 ああ、いいなあ。こんな時間が欲しかった。こんな場所が欲しかった。家族には申し訳ないけど、そしてわがままも承知でいうけど、私には必要なのです。こんなのが。ここはWi-Fiも通じないので、ネットからも遮断。ネットにつなぐにはその場所に行かなければならないけど、ま、ブログ更新ときだけでいいや。メールもフェイスブックも見ずに、ただ波の音だけを聞く。今はオフシーズンらしく、人もまばらで白人さんがちらほらビキニで寝そべってます。いい眺めだね。オレは海には入らないけど。

 ところでこの旅にはルイーズ・ヘイ女史の「ライフ・ヒーリング」なる本を持ってきてるのだけど、これって読めば読むほど「ビリーフ・チェンジ」の話なんです。そしてビリーフはどこでできるかと言うと、やっぱり「両親の世界観」が中心なんですよね。この本にもそう書かれてあります。そしてこないだも書いたと思うけど、世に生き辛さがあるとすれば、それは「両親の世界観」と「自分の世界観」とのギャップにあるわけです。実はこの数日、立て続けにこのような話を聞いたので、ちょっと考えてみたのですが、「両親の世界観」を最も受けやすい人は誰か。それは長男・長女であり、伝統的には特に長男。

 例えば「長男としてのあり方(期待)」として、どんなことが考えられるでしょうか。「家の跡取り」、「兄弟の見本」、「模範」、「特別」などが出てきやすいですが、では「次男としてのあり方」ってどうでしょう。長男はこんなタイプ、次男はこんなタイプはあっても、「次男のとしてのあり方」ってほとんど思い浮かびません。これは私の知る人の話なんですが、とかく長男を特別視して育ててきた人がいました。後に弟や妹も産まれたのですが、すべてにおいて長男は特別。おかずも一品多いなど、露骨なまでに長男優遇してきた。それがその地域の普通のやり方だったそうです。ただ、その当時は家業など明確に継ぐものがありましたが、今は必ずしもそうではありません。会社なら継げますが、役人だったり、医者だったり、先生だったりは、基本的に本人次第です。つまり長男としての受け皿がない場合も多くなっており、だけど昔から長男としての役割だけは期待されてきた。そこに大いなるギャップが生じ、それが生き辛さを生むこともあるのです。

 また、これも最近聞いた話なんですが、その方は敬虔なクリスチャンで、最初から聖書に基づいた子育てをしようと頑張ってきました。もちろん聖書が悪いわけじゃないですが、多少なりともバイアスがかかることだってあります。いずれにせよ、親はよかれと思ってある種の「規範」を最初の子どもに押しつけるのです。その方が今どうされているかは割愛させて頂きます。

 ただ、これらのような伝統的風習や宗教観がなくとも、初めての子どもに対しては何かと手をこまねいてしまいます。実は私の二男たくちゃんは、生後一ヶ月にしてそろそろ首が座りそうなんですが、これは長男のときにような「おそるおそる感」がないからのような気がします。退院した頃には普通に縦で抱っこをしていましたし、長男に比べてはるかにいい加減です。だけどこれは仕方ないことなんですよね。だって、両親にとって長男・長女は初めての子育て体験なのですから。もちろん子育てに正解はないし、思い通りに育つことなんてまずないでしょ。むしろ正解を求めれば求めるほど「価値観」の肥大化が生じ、本来持つべき子ども自身の「価値観」と乖離するような気もします。

 世の中には子育てに関する本がゴマンとありますが、何一つ統一的な理論やノウハウはありません。評論家、宗教者、たまたま子育てが上手くいった人など、いろんなことを無責任に言ってるのを耳にしますが、こればかりは科学的な再現性などあったものじゃない。先ほどの「一品多く」の方は自分自身が長男としてそのように育てられ、そして満足できる自分になっているのだから、当然、長男にもそのように育てる「べき」だ、とよかれと思って取り組んだのでしょう。だけど、結果はどうでしょうか。

 もしも子育てに関する「統一理論」があれば、それは確かに楽でしょう。こうすればIQが高まる、こうすれば強くなれる、こうすれば素直になる、こうすればコミュニケーション能力が高まる、、、など、確かにいろんな人がいろんなことを言ってますが、最終的にそんなことやって見なきゃわからないのです。だけど、一つだけ言えることは、親が特定の規範や価値観を押しつけようと、押しつけまいと、子どもは育つってこと。そしてさらに大事なことは、子育てに正解もなければ、不正解もないってこと。言い替えると、子育てに成功もなければ、失敗もないのです。どのように育とうとも、そのように育っただけのこと。一番あかんのが後悔。自分の子育ては間違いだった、こう子育てしておけばよかった、、、などと過去を悔やむこと。

 確かに子どもを育てるプロセスにおいては責任を持つ必要があるけど、子育ての結果に関しては無責任であることが重要だと思います。仮に育った子どもを見て、これが「失敗」だと見なすのは子どもという一人の人間に対してあまりにも失礼。さらにその「失敗」が自分のせいだと悔やみ悩むのなんか愚の骨頂。「失敗」とか「成功」とか勝手に決めつけること自体が「価値観」の強要ですからね。

 自分が自分として自分らしく生きるには、最終的に「両親の価値観」を乗り越える必要があります。むしろ否定するくらいでいい。だけどこれは「両親の価値観の否定」であって、「両親そのものの否定」ではありません。今、ビリーフチェンジの手法を学ぶ上で、当然、ぶち当たる「両親の価値観(ビリーフ)」との葛藤について考えていました。セラピーの中でもそのような「葛藤」と対決する儀式のようなものがあるのですが、見ようによってはやや過激。その結果、両親に悪態ついたり、かえって逆効果になるんじゃないか、、、などの疑問もありましたので、その辺の質問をしてみました。まだ実際に確かめたわけじゃないですが、「価値観」を乗り越えると、むしろ両親との信頼は深まるとのこと。それはわかる気がします。

 そもそも「親の言う通りに生きてきて、おかげさまで幸せです。感謝しています」なんて言う子どもがいたら気持ち悪いでしょ。逆に「親の言う通りに生きてこれませんでしたので、自分には生きる価値がありません」なんてことになったら悲劇的。だけど、決して少ないケースではありませんけどね。一方で「親は親やけど、自分は自分なりに生きて幸せやけどね」って思う方が健全だし、それで親と仲違いすることなどあるでしょか。ちょっと考えられません。

 これまでコーチングやセミナーをする中で、両親との確執をテーマにする人は少なくなかったです。だけどそれは単に「両親の価値観」を乗り越えてないだけのこと。つまり、制限となるビリーフに苦しめられているだけ。一方でこんな人もいます。いつしか自然に両親の価値観に気がつき、自分の人生を生きようと決心して、それを乗り越えたとき、確かに両親とのわだかまりが消えて逆に仲良くなったなんてことも。両親の価値観を越える、否定するなんてことは、決して両親への反逆でもなく、ごくごく健全なことでしょ。スポーツの記録保持者が、後にそれを破られることがあっても、破った本人は偉大なる先駆者のことをけなしたりしないし、破られたその先駆者も、そのスポーツを愛していればこそ喜ぶことじゃないでしょうか。
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 そんなことを書いていたら、カレーが来ました。マレー風カレーですね。ココナッツミルクが入って最初は甘い感じですが、後から唐辛子でヒリヒリくる味です。だけど具は別のにしとけばよかった。昨日チキン食べたばかりなのに、なんか反射的に頼んじゃってね。ただ、東南アジアはチキンが美味いんですよね。ブロイラーじゃないからかな。

 そんなとこで明日は一日ティオマン島にいます。洗濯もしたしバッチリです。ありがとうございました。

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Commented by kho_chang1978 at 2015-08-23 20:12
はじめまして。
ティオマン島で検索したら、ここまでたどり着きました。

私も数年前に、この村に訪れました。
写真を拝見して、とっても懐かしく思いました。
この村は何もなかったので、ただ毎日本を読んだり、浜辺を歩いたり、地元の子どもたちと遊んだりしていました。
本当にゆったりとした村だったのを、憶えております。

私はシンガッポールからバスとフェリーを利用しましたが、バスはマレーシアの道がとってもクネクネしているので、
往復とも酔いました。。
また訪れるときは、飛行機を利用したいと思います。
Commented by katamich at 2015-09-02 17:36
■kho_chang1978さん!
コメント、ありがとうございます!
ティオマンは、、、よかったですが一度行けば十分かな^^;
飛行機がいいと思いますよ。
by katamich | 2012-10-15 23:39 | ■旅・ツアー | Comments(2)