宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

されんだあ 2012.8.30

 今日はこれまで一日パソコンを開きませんでしたが、セミナーのお申込みも含めてメールの多い一日でした。メールはスマホからすべて確認できます。特に嬉しいメールとしては、このブログを読んで実践して効果があった、なる報告。例えば以前、メルマガで「潜在意識に請求書を出してお金を引き寄せる方法」をご紹介したと思いますが、それを素直に実践して本当に入ってきたなどの報告は嬉しいです。今日は3件ほど、その報告メールを頂きました。このブログはスピリチュアル系に分類されるのかもしれませんが、単に「ワクワクしましょ~」のようなふわふわした話ではなく、じゃあどうすればワクワクできるのかなどを、論理的に再現性を担保しながら解説することをベースにしています。巷のスピ系情報も、中にはファンタジック過ぎて付いていけないものもありますが、大方間違ってはいない。「ありがとう」が運を良くする。これは真実です。だけど私はなぜ「ありがとう」が運を良くするのかを説明したいし、そもそも「運」って何かについても明確にしたい。

 以前は、例えば5年ほど前は私もまだまだ勉強不足で試行錯誤状態だったため、いろいろ間違ったことも書いてたと思いますが(訂正はしませんが)、ここ3~4年はほとんどブレもなく、正しいことを書けているような気がします。実際、効果があったなどの報告メールも増えています。で、昨日の話をちょっと補足と言うか、単なる繰り返しになると思いますが、願望を実現することについて。

 願望を実現するとは、「認識」を変えること。私の言い方では、「認識」というフィルターをずらすこと。誰もが目の前に固有のフィルターがあって、それを通して世の中を見ています。だけど、世のほとんどの人はそんなことさえ気が付いていません。例えば赤いサングラスをかけた人がいたとして、「世の中って赤いんです!」って力説したところで、「ちょっとおまえ、サングラス外せよ!」って言いたくなりますよね。それと同じことで、自分の人生がいかに不幸かを力説されたところで、「ちょっとおまえ、不幸のフィルター外せよ!」としか言いようがないんです。確かに怪我したりなど不幸かもしれませんが、怪我のおかげで人生が好転したなんて話なんぼでもあるでしょ。今の私の話で言うと、滝場まで今日も歩いたのですが、初日に足の裏の皮がむけて二日目はかなりヤバかったです。歩くスピードがいつもの7割から半分。この調子で金曜日まで歩くのキツイな~とか思いながら、どっかで「おいしい」と思ってるのです。今回、そんな思いまでして歩いた理由は明確にあるのですが、それはまた後日説明するとして、その限りにおいて言うと足の皮がむけるくらいにキツイ思いがしたかったのです。

 確かに現象としてはいろいろありますよ。試験に落ちた、男・女から振られた、会社を首になった、姑がうざい、入院したなど、ま、簡単に書けないような深刻なことだってあるでしょう。だけどそこで「絶望だ」と思うか「何かあるぜ」と思うかは、それぞれ固有のフィルターによるんです。「試験に落ちた」って現象があったとして、私は「何かあるぜ」と思うのですが、同じことでがっちり落ち込む人だっているじゃないですか。

 ここ最近で言うと、、、確か2007年だったと思うのですが、私はある試験に落ちました。それはNLPトレーナーコースの試験。リチャード・バンドラー系のNLPマスターまで行けば、以前ならばアメリカのトレーナーコースに行くだけで資格をもらえてました。だけど、私のときくらいから人数が多くなって、日本人の枠を設定することになったそうです。私もトレーナーとして活動したいと当時は思っていたので、コースに行くための試験を受けました。試験と言っても書類と5分間のプレゼンだけですが。そのときの審査が何とかって外人のトレーナー。ただ、後から分かったのですが、その試験に先立って試験に通るためのセミナーがあったらしく、それに参加した人が優先されたとのこと。だけど私はその試験の落選通知を受け取ったとき、数分は落ち込んだのですが、そのときすでに「何かあるぜ」の思想を身に着けていたので、すぐにその後の展開を楽しみにするようになりました。最終的にトレーナーコースのために考えていた約100万円は別のセミナーなどに充て、そしてそれは大正解でした。しかもバンドラー系のNLPトレーナーなどは完全に飽和状態でその費用を回収することさえ難しい状態に。

 でも通ってたら通ってたなりにどうにかしてはいたでしょう。だけど起こったことは起こったこと。目先的には落胆することであっても、間髪いれずに「何かあるぜ」と「認識」を改めれば本当にその通りになる。つまり同じ一つの現象に対して「絶望だ」と認識する人もいれば、「何かあるぜ」と認識する人もいる。それはフィルターの違い。そのフィルターはそれまでの「環境」によって掛けられたことだけど、実は意識するだけで掛け替えることができる。ここまで読んだ人はちょうど今ここです。今から自分にとって都合のよいフィルターを掛け替えるよう「意識」すればいい。

 ただし、昨日も言ったけど、なかなか変わんない人だっているんですよね。それはそう、「自我」が強すぎるから。オレが、ワタシが。つまり「1次元」である「自我」が強いから、それに規定される「2次元」である「認識」が変わんない。よって「3次元」である「現実」も変わらない。元をたどればすべては「1次元」に帰するわけです。つまり「自我」ですね。そこでです。今から「現実(3次元)」を変える方法を書きますね。それは何度も言うように「認識(2次元)」を変えること。だけど「自我(1次元)」が強すぎて変わらない。そうなんだけど、とりあえずそれはそれでいい。変わらないなら変わらなくてもいい。とりあえず「認識」にフォーカスする。自分はどんな「認識」を得たいのか、それを紙に書く。お金が欲しければ潜在意識に請求書を書く。理想のイメージをスケッチする。音読する。方法はいろいろあります。だけど、やっぱり「自我」が強いので、変えようとすればするだけ苦しくなるんです。

 そこでです。「認識」を力いっぱい変えようと頑張ってるとき、「自我」が突然なくなったらどうなるでしょうか。「え!」ってことが起こります。つまり「奇跡」です。あまりに唐突ですが、今まで苦労してたのはなんだったの~って具合に「現実」が変わるんです。あくまで「認識」と「現実」は連動してるのですが、「自我」が強すぎると「認識」も変わらず、よって「現実」も変わらない。だけど「認識」を変えようと意図しているとき、突然、「自我」がなくなったらどうなるか。そうです。「認識」がポーンと変わって、そのままガラッと「現実」が変わる。それが「願望実現」の瞬間です。では、どうすれば「自我」をなくすことができるのか。それがまさに「サレンダー(帰依・南無)」です。お任せしちゃうこと。

 ただ、それは何もしないってことじゃない。できることを普通にする。例えば私は今回、滝場まで歩いて足を痛めました。止めるって選択肢もありましたが、理由があってそれはしたくない。だからと言って、痛いまま歩くのも嫌だ。この場合、不本意に止めることも、痛いまま我慢することも違います。戦ってはならない。そこでできることと言えば、皮のむけた個所にガーゼを当ててテーピングでしっかり固定する。それだけでかなり楽になりました。もしここで「テーピングなんて邪道だ!」などと変な思想を持ち出して、わざわざ痛いのを我慢してますます悪化させたところで誰が得するでしょうか。私の目的は6日間は往復15キロを歩いて滝行すること。テーピングとは何の関係もありません。テーピングで痛くなくなればまけばいい。

 それから先ほど試験に落ちた話をしました。落ちたのは落ちた。ばん回できればしてもいいけど、できそうもない。だったらそれ以上くよくよ悩む必要もない。起こったことが起こったのだから。そこで私が考えたのが、せっかくなのでその費用をもっと建設的な投資に充てたい。貯め込んでもその時点ではあまり意味がない。そこで別のセミナーに参加することを考え、そう言えば最近、立て続けにある人の名前を聞くのだから、その人の情報を当たってみよう。5か月のセミナーがあるのか。よし参加。サレンダーって何もしないんじゃない。起こったことを受け止めて、そこからできることをする。痛いの我慢したり、必要以上に悩んだりする必要はない。それが「自我」を投げる、つまりサレンダーなのです。

 話を戻しますが「認識」を変えようにも「自我」が強すぎて変わんないのであれば、そうであってもとりあえず理想とする「認識」をしっかりと動かす。動かなくても動かす。90日くらい。そして後は「なるようになれ」と手放す。その瞬間、「自我」が消えて、それまで動かしていた反動で「認識」がピタッと変わって、「現実」がガラっと変わる。願望実現です。

 「願望は忘れた頃に叶う」ってのもこのメカニズム。願望するってのは「認識」を一生懸命に変えようとする行為。だけど「自我」がガッチガチでなかなか変わってくれない。それでも人間の脳は都合よくできていて、いつの間にか忘れるようにもなっている。と言うか、「なるようにしかならんわ・・・」くらいに投げちゃうと、ガッチガチの「自我」がどっか行って忘れてしまう。すると、、、叶ってた。その連続ですよ。願望実現ってのは。

 ただ、「自我」を弱めるにはそれなりの習慣が必要。もし自分の「自我」にとって不都合な「現実」がやってきたらどうするか。普通であれば「自我」の力を大きくして、「現実」を悔やみ恨み悩むわけですが、私なんかは「これは何かあるぜ」と思って「現実」をまずは受け止めてしまう。すると「自我」の力が弱くなり、「認識」がぐらぐらになるので、そこで都合のよい選択をすればいいだけ。めちゃくちゃ簡単。なのでどっかでも書いたと思いますが、何か都合悪いことがあれば、「これは何かあるぜ」を呪文として「自我」をちょっと弱めればいい。それだけで「認識」は都合よく変わるわけですから。

 ところで9月末の東京セミナー参加者からこんなご質問を頂きました。

「「運命は2次元にあり 2012.8.29」のブログで弱くなればいい自我はなぜ居るのでしょうか?」

 前後の文脈がないので、質問の真意をしっかり理解しているわけじゃないですが、とりあえずこう答えます。

「人間だから」

 「自我」を弱めるなんて目新しい話じゃなくて、いろんなスピ系の本に書いてあること。ただ、中には「自我」を敵視してるようなニュアンスも見られる。もし「自我」が嫌なら前頭葉にメス入れてしまえばいい。一種の植物状態になって、悩むことも考えることも自他を区別することもない。おそらく人間以外の動物もそう。赤ちゃんもそう。だけど私たちは「人間」です。たまたま進化の過程で脳が発達するようになり、そこで「自我」を獲得してしまった。だから苦しみが生じるのだけど、だからこそ人間なんです。お釈迦様が人生の本質を「苦」だと説いたように、人間が苦しむのは、そして「自我」を持つのは宿命なんです。そのこともまた受け入れること。それがサレンダー。

 「オレの自我ちゃん、ファンキーだぜ~」くらいにヘロヘロ生きていいじゃないですか。「自我」を弱めるなんて情報を聞いてしまって「自我」を敵視するんじゃなくて、「自我があるから人間なんだよ~」くらいに楽しく受け入れる。そんなとこですね。そう言えば7月のQ州ツアーに参加されたヒガシ君がまた素晴らしいイラストを書いてくれました
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 先日のこの記事を受けてと思いますが、すごい絵です。一日一イラスト書いてて、ネタを探す大変さが伝わる分、「手抜きネタ」と言えなくもないですが、それでもすごい絵ですよ。無駄に画力高いって説もありますが。とにかくロビンマスクから言われちゃったのでもう少し落ち着こうかと思、、、うはずないです。どんどん熱くいきたいですが、だけど時々暴走することもあるので、そんなときはこの絵を見ようかと思います。それではまた明日。ありがとうございました。

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【東京】9月29日(土):90日で願望を実現する「引き寄せの法則」実践セミナー

【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-08-30 23:39 | ■精神世界 | Comments(6)
Commented by 揚羽蝶 at 2012-08-31 15:49 x
目的の為に90日は頑張ってみる、なるほど!
頭でうじうじ考えずにまずはやりたかった勉強やってみます!

結婚に関してはどうしたら良いのでしょうか?
何をしたらよいのか?お見合い?
相手がいる場合は、結婚の話を出してみるということですか?
Commented by haru at 2012-09-01 19:40 x
「人間だから」
いつも答えはシンプルなんですよね。
でも考え過ぎてそこまでがなぜか遠く険しい道のりに。
忘れて、またぐるぐるし遠回りして…の日々繰り返しですが。

ありがとうございました。セミナー楽しみたいと思います。
Commented by katamich at 2012-09-02 23:30
■揚羽蝶さん!
結婚に関しては、相手を幸せになれるような自分になれば、それだけでOKです!
実際に相手がいても同様。
Commented by katamich at 2012-09-02 23:31
■haruさん!
どうぞよろしくお願いいたします!
Commented by 海洋 at 2012-09-03 12:48 x
相変わらずQさんのブログは鳥肌ものですね。
はっきり、Qさんのブログを毎日読んだり実践した方が、そこいらの自己啓発本より効果的な気がします。

いつもありがとうございます。
Commented by katamich at 2012-09-05 15:08
■海洋さん!
大きく評価して頂きありがとうございます!!
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