縁起について 2012.5.14

 今日は一週間ぶりの滝行に行ってきました。今月は「行」は入れなさそうですが、週二回の滝行は継続していきたいものです。さて、今日もフェイスブックのへ滞在時間が長く、もっぱら高校時代の同級生・先輩後輩らと昔の話で盛り上がったり。私にも当然、お世話になった先輩、そして怖い先輩とかいました。先日同級生と飲んだとき、誰それがダルかったみたいは話でも盛り上がり。この場合の「ダルい」とは、私たちの寮の言葉で「鬱陶しい」とかの意味。寮生活してると、ほんと、ダルい先輩が多かったです。そして寮を離れて部活(クラブ)でもダルい先輩はいたのですが、その先輩方のおかげで今があると思ったりも。

b0002156_11391954.gif 小学生の頃、昨日も話にでた、としや君とせーちゃんと私は、地域の同級生の悪3人組でした。今日もせーちゃんとは昔の話で盛り上がりました。ウルトラマンごっこ、仮面ライダーごっこ、庭球野球、BMX、体育館でプロレス、ファミコンでバンゲリングベイ(クソゲー)など。ほんま、よく遊んだものです。そんなある日、一時的に流行った遊びがありました。それは、工事現場のおじさんに石を投げる遊び。しかし、この遊びには正当な理由がありました。それは私たちの小中学校の隣に、公立の中学校が建設されるのことになったのですが、そうなると学校同士のいさかいなどが懸念される、などと父兄が話し合ってるのを聞いたから。そんな話を聞くと、正義の血がわき、なんとしても建設を阻止せねばならない。そこで非力ながらも、工事現場の人たちに石を投げて邪魔をする貢献に出たのです。当然、現場の人たちは怒って追いかけてくるのですが、それを見越して行動してたので、そう簡単には捕まりません。

 そんなことを連日続けていたある日、としや君と二人でまた投石に出かけます。すると、近くで吹奏楽の練習をしているお兄ちゃんたちから「ちょっときて」と呼ばれて、私は嫌な予感がしたのですが、アホなとしや君は面白がってついて行ったのです。結局、私も同行したのですが、予感が的中。その吹奏楽のお兄ちゃんから、「お前ら何してんねん、あの人ら仕事してるやろ、お前ら遊んでるだけやん、あんなことしておもろいんっか!」などと説教を食らい始めました。心の中では「おもろいからやってるねん」と思いながらも、「いいえ、おもしろくないです」と答えて、最後は「やったら、おまえら、謝ってこい!」となって行こうとしながら、猛ダッシュで逃げました。そのときは帰って爆笑したのですが、その後も、学校の登下校時に、その吹奏楽のお兄ちゃんを見かけるんですよ。そのたび、としや君と二人で「あいつや!逃げろ~」と言って、それはそれで盛り上がっていました。もちろん投石はしなくなりましたが。

 それから数年後、私も中学に入ります。としや君はサッカー部、私は、ちょっと前から笛が好きだったので、吹奏楽部に入部します。すると、そのときのお兄ちゃんがいたのです。高校2年生でした。内心ビビりながらも、さすがにそのときのことは忘れてしまっていたようです。そうやって吹奏楽部での生活がスタートしたのですが、中2のとき、私以外の同級生男子が全員辞めてしまい、私だけ残されました。そうなると、私も部活に行きたくなくなるのですが、他の辞めた人は別のクラブに入りながらも、私は入りたいクラブがありません。そして何となくサボるだけになったのですが、放課後は私にとって地獄。吹奏楽の練習の音が聞こえるから。聞きたくなくても耳に入ってくるのです。うわ~~~~ってなるしかない。

 だけど、自分ではどうしようもないともがいているとき、学校で一つ上のダルい先輩から「おまえ、はよ、クラブ来いや!」と脅すように言われて、だけど、内心、その言葉にすごく助けられ、引きずられるかのように部室に行きました。その当時、吹奏楽部は中高合同だったので、部長は高3のそう、投石で説教食らったお兄ちゃんでした。もしかしたら前のように、「おまえ、なに、サボっててん!」とか説教されるんかと思いながらビクビクしてたのですが、私の顔を見ると「お~、久しぶり、どうしてたん?はよ練習せーよ」と何事もなかったかのように迎え入れてくれたのです。それ以来、もう部活をサボることはありませんでした。下手は下手なりに頑張って、結局、高3の卒業まで続けたのです。

 実はその中2の頃のこと、今でも時々、夢に出てきます。おそるおそる部室に入ると、部長だった説教のお兄ちゃんが左手にいて、そして右手には同じ学年の先輩女子がいた。そのときの光景、今でもくっきりと焼き付いています。記憶は感情と結びついて強化されます。感情と結びついた記憶は消えることはありません。二日前の夕飯メニューは思い出せなくても、はるか昔の初体験の情景は、20年、30年経った今でもすぐに思い浮かぶでしょう。そこには強烈な感情が伴っていたから。

 一説によると、頭で覚える記憶の容量はかなり限られているようで、しかも、個人差はそんなに大きくない。ごくまれに、見たもの聞いたものをすべて克明に記憶できる脳を持つ人がいるようですが、その人たちは記憶を編集する能力が欠けており、実生活には曲芸くらいにしか役立たないそうです。言わば脳の障害。モーツアルトも一度聴いた音は決して忘れない脳を持っていたそうですが、そのレベルなら今でもたくさんいます。彼が天才だったのは、その上にさらに音を編集する脳が生きていたこと。しかしそれは、音楽にのみ与えられた能力で、実生活はめちゃくちゃでした。天才とはすべからくそのようなもの。

 話戻しますが、私たちの記憶する脳はかなりキャパが限られてるので、適当に忘れるようになっています。大学受験ではあれほどのデータを叩き込んだはずなのに、ほとんどが消えてしまっている。でも、それが正常なんです。しかし、記憶をずっと保持する方法もあります。一つは繰り返し。大学受験で詰め込んだデータも今でも繰り返し使っていると、それは消えることはありません。日本語もおよそ毎日使っているから忘れることはない。だけど、外国生活とかで日本語を使わなかったら、文法レベルで忘れることはなけれども、単語などは次々と忘れてしまうそうな。そしてもう一つの忘れない方法がインパクト。つまり強烈な感情です。

 私が学生時代、歴史の授業が苦手でした。覚えるのが苦痛だったため、浪人してからは日本史・世界史を捨て、倫理政経と数学で受験するほどに。しかし今は、日本史なり世界史なり覚えるのがまったく苦じゃありません。いや、覚えようとしなくても勝手に覚えてしまいます。それはまさに海外を放浪した経験があるから。行く先々で、ほとんどが初めての経験なので、そこで強烈な感情が呼び起こされます。見る、聞く、触る、嗅ぐ、食べる、そして感じる、考える。五感、六感がフル稼働し、潜在意識に強烈に情報が吸収されていきます。あとは、本などで知識を乗せるだけ、それだけでもう忘れることはありません。

 なので、私は効率的な学習をする上で大切なのは「体験」だと考えています。学生時代には頭が良かったとしても、社会で役に立たないことの方が多い。逆に学生時代は悪ばかりして、ほとんど勉強してなくとも、社会に出てガンガンに活躍する人はいくらでもいます。特にリーダーシップなんてのは、いくら本を読んでも身につくことはありませんが、若い頃、暴走族を仕切ってた人間などは、体験として人を動かす方法を知ってるので、ディール・カーネギー辺りを一冊読むだけで、いや、読まずとも、会社組織のリーダーになっていたりします。

 話がかなりそれてきましたが、もう少し続けると、ようするに今からでも遅くないから「行動」しましょうってこと。何かやりたいことがある。だったらやればいい。本を何十冊読んだところで、成功するかどうかの確証はつかめません。あれこれ考える前に、とにかくやること。一歩を踏み出すこと。それが成功しようが失敗しようが、「体験」というデータベースは必ず得られる。それから本を読んでも遅くないどころか、体験をベースに知識を組み立てられるので、すごく効率的。

 最近、私は仏教哲学の勉強をしています。今はナーガールジュナの本を読んでいるのですが、不思議なくらいに頭に入ります。オレってこんなに頭よかったかな、、、なんて錯覚するくらいよくわかるのですが、これは本を読む前に滝行、瞑想、座禅、読経、写経、そして説法のようなセミナー、仏跡周遊などの「体験」があったからのでしょう。中でも仏教哲学の中心概念である「空」なども、それを体験した者のと、そうでない者とでは、同じ哲学書を読んでも理解は雲泥の差でしょう。ようは、あれこれ考える前に、まずは行動なんです。

 話をまた戻します。中2のあの日、部室に入ってそうやってちょっとしゃべって、自分の楽器があることを確認し、おもむろに組み立て、外に出てロングトーンを始める。当時はまだ寮生活じゃなかったので、練習後は家に帰るのですが、なんかすごくスッキリしたとこまで覚えています。そしてその翌年の夏休み、実は中3で引退することも頭にあったのですが、夏の甲子園の応援の後(うちは昔、高校野球の名門で、ちょうど中日の立浪がいた時期)、帰省して(寮生活は中3からだったので)、何気なく一本のカセットテープを聴きました。それがモーツアルトの「クラリネット五重奏曲イ長調K581」のテープで、演奏はカール・ライスターのクラリネットにベルリンフィルゾリステンの弦楽四重奏。夏の暑い日。もう、めちゃくちゃに感動してしまい、ほんと、泣くほど感動してしまい、それがきっかけで部活を最後まで続ける決心となりました。

 で、結局、何を言いたいのかと言うとですね、こうやって一連のいろんなことがあって、最後まで吹奏楽部を続けたおかげで、ちびQがここにいるんだな~って改めて思ったのです。あの中2のサボってたとき、皆と一緒に辞めていたら、もう、楽器を手にすることはなかった。辞めずに続けていたからこそ、高校を卒業しても、いくつかの市民バンドで楽器を続けることができた。そして2001年にまた3年ほどのブランクを経て、何となく楽器をやりたくなって入った楽団で、ツレと出会ったわけです。そして数年後に結婚し、その2年後にちびQ誕生。

 これは私の信条・哲学なんですが、「生」と「死」だけは完全に個人の自由意志を超越してると思っています。私が産まれたのも最初から決まっていた。そして死ぬ日もすでに決まっている。だけど、それがいつかはわからない。その「生」と「死」をつなぐ線においてのみ、私たち自由意思が動き、その認識によって世界は構築される。だけど、同時に「ある程度」は決まってることもある。キャラクターが変わることはあっても、ある程度は決まっている。2009年にちびQが「生」まれましたが、そこに行き着くまでに、それこそツレとの出会い、吹奏楽団への入団、それをずっとさかのぼれば、中学高校で部活を辞めなかったことにつながるのです。

 すべてはつながりです。この世界には何一つとして、「つながり」から独立した「実体」としての存在はありません。その「つながり」のことを釈迦は「縁起」と呼びました。この世界は「縁起」があるだけで、「実体」はない。それがまさに「空(くう)」の本質。ちびQも実体ではなく空。もちろん私も実体ではなく空。目の前のパソコンも実体ではなく空。形あるものはすべて実体がない。即ち、色即是空。しかし、同時に、、、その「空」を知るには、「空」から解放された絶対的にリアルな視点を持つことが重要。そのリアルな視点がまさに「今ここ」なんです。しかし「今ここ」さえも実体はありません。それはインド人が発見した「ゼロ」と同じ。「ゼロ」は実体はないけど存在がある。ユークリッド的に言えば、位置はあるけど面積はない。だけど、確かに「今ここ」は存在する。

 そして「今ここ」にこそあらゆる「縁起」がある。そこに「縁起」なるすべての情報があり、スピリチュアルな言い方をすれば、それがまさにアカシックレコードなのです。そのレコードには、すべての情報が刻み込まれています。だからさあ、、、ま、あれこれ、くよくよ考えたりせんと、すべてきまってるんだから、なるようになる。沖縄で言う、なんくるないさ~、、、で楽しく行きましょうってこと。

 てなこと言うと、さっき「ある程度」と言ったのに、今度は「すべて」ですか?どっちなんですか?などと疑問を呈する人もいるかもしれない。そこでの私の答えは、、、ま、飯食ったらウンコするよね、ってことくらい。意味?意味なんかね~よ。そんなとこで、昔の話、語ってたらよくわからん「真理」で着地したので、今日はこの辺で。投石さいこ~。ありがとうございました。


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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
Commented by 希望 at 2012-05-15 12:21 x
どんな体験も全て無駄はない、「あの失敗があったから今がある」というのは、よーく本に書かれていることですが、それはある意味、成功者的観念ですよね。
すごく良い人だった知人が病苦で自殺されました。幼い頃から薄幸だったようです。
昔、辛抱していたことが現在に繋がっている・・にはならなかったんだと残念でした。
Commented by katamich at 2012-05-15 19:08
■希望さん!
それは気の毒な話ですね。あなたの考え方が気の毒です。
Commented by 希望 at 2012-05-15 20:36 x
揶揄られているのかもしれませんが、腹は立ちません。
私は私の考えだからです。
Commented at 2012-05-15 21:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by katamich at 2012-05-16 07:01
■希望さん!
揶揄ではなく本気で気の毒だと思ってます。
Commented by katamich at 2012-05-16 07:02
■非公開コメントさん!
非公開だと返事しにくいので、Facebookさらまた連絡しますね~
by katamich | 2012-05-14 23:39 | ■精神世界 | Comments(6)