宇宙となかよし

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誤作動する脳 2012.4.22

 最近、「運のいい人の法則」を読んでから、日本語で読めるワイズマン博士の本をすべて取り寄せました。今日は「超常現象の科学」をざっくり読了。実に面白かった、、、と言いたいのですが、大半は「結果」自体は知っている内容。しかし、その検証プロセスを見せながら説くあたりはさすがに心理学者で説得力があります。占い、幽体離脱、超能力、幽霊、予知能力など「超常現象」と呼ばれるものはすべて「脳の誤作動」である。これが本書の結論にしてテーマとなっています。私自身も今まで超常現象体験はいろいろありました。幽体離脱は自然に何度も起こったし、ヘミシンクを聞いても普通に起こります。幽霊も最近はまったく見ませんが、一時期は頻繁に見ました。超能力の類も信じていた部分はあります。長崎のマジックパーラー「あんでるせん」などは超能力でもなんでもなく、素人の私でさえもタネをすべて言えるほどの陳腐なマジックですが、あれを超能力と信じる人もやっぱり多い。

 「あんでるせん」を超能力だと信じてしまう心理要因はいくつかあるのですが、一番大きな要因はいわゆる「自己正当化システム」によるもの。「あんでるせん」は長崎の佐世保の手前の川棚って駅の近くにあります。鉄道は通ってますがローカルでアクセスは良くない。大半は車で来るのですが、それでも遠いことは遠い。だけど、それだけしても行く価値があると言われ、全国各地から、時には外国から来る人もいます。福岡から行くにしても、ほとんど一日仕事です。ショーは一日2回あるのですが、13時からのショーには11時までに来店する必要がある。なので、9時には家を出る必要があり、帰り着くのも夕方6時とか。東京からわざわざ来る人も多いので、プラス福岡空港までの飛行機などがあります。「あんでるせん」に行く目的は「超能力」を見ること。手品であれば、東京はもちろん長崎だって小川心平さんなど、ものすごいのが見られます。なので、下手な手品を見るために行くとこじゃない。そしていよいよ2時間のショータイム。ぶっちゃけ、ミスもたくさんするし、明らかに手品とわかるものも多い。例えばスプーンをかじったら、そこに歯形が付くなど。口の中でシャリシャリするので、確かにスプーンを食べたようには、、、ま、見えませんけど、普通は。だけど、最初に連れてってもらった知人は、「あのマスターはスプーンを食べる」などと真顔で言ってました。

 要するにものすごく苦労して行ったのだからそれが「超能力」でないと困るのです。行った側からすれば。「あんでるせん」での客単価は1,000円程度。グッズを買ったりすると、もうちょっとかかるかな。だけど行くまでに高速代、ガソリン代、レンタカー代、飛行機代、ホテル代などいろいろあって、人によっては10万円近くかかることだってあります。つまりそれだけの費用と時間をかけて「超能力」を見に行ったのに、それが超能力じゃなかったらどうです。ガッカリじゃないですか。10万円どぶに捨てたようなもの。いや、時間換算したらそれ以上。ですので人は、それが「超能力」であることを必死で信じようとするのです。

 例えば、ついにマンションを買ったとしましょう。それまでにいろんなマンションを見て、ついに決めた。だけど、住んでみると上の階の足音がうるさい、隣の家の水道の音まで丸聞こえ、駐車場から玄関までかなり遠い、部屋の構造的に足の小指を何度もぶつけてしまう、、、などたくさんの落ち度が見つかります。だけど、そんな些細なこと、本来の快適さに比べたら些細なことじゃん、、、などと言って正統化します。昔、カセットビジョンってテレビゲームが家にあったのですが、その末期に友達の家で遊んだファミコンに衝撃を受けました。だけど、自分は持ってない。いや、今度出たカセットビジョンの「エレベーターなんとか」ってゲームの方が面白いに決まってる。それで無理してそれを買ってもらい、必死で面白いふりして遊ぶんです。それも自己正当化。結局、ファミコンを買ってもらうことになってスッキリしたわけですが。

 結婚だってそうじゃないですか。結婚してから旦那のDVとかが発覚して酷い目にあわされてるのに、いろんな都合つけて「だって、いいとこもあるんだから」と正統化する。人は自分の「意思」で決めたようなことについては、それを正当化するメカニズムがあるのです。優れた営業マン、例えば加賀田晃氏のような営業マンは、その辺ことを熟知していて、買わせるときはお客の意思で買ったように誘導します。「私は無理強いしない」と言いますが、無理強いしたら売れないことは営業マンが一番良く知っています。だけど、営業を仕事に選んだのであれば、その辺のこともしっかり勉強して売上を上げるべき。そのこと自体を批判するつもりはありませんが、いずれにせよ、人は誰もが「自己正当化システム」に陥っているのです。

 「あんでるせん」の話に戻りますが、超能力を見に行ったのだから超能力でないと困るのです。中には東京都内でやったらもっと注目を浴びるのに、、、と言う人もいましたが、とんでもない。都内にはもっとすごいマジシャンもたくさんいるし、何より気軽に行けるようじゃ価値がない。トリックを暴いてやろうとする人もたくさん来るだろうし、「あんでるせん」はあの片田舎だからこそ繁盛するのです。客層は超能力、霊、UFOなどを盲目的に信じる人たち。地域は長崎の片田舎。商品は超能力に見せかけたマジックと説法(喫茶店だけど飲食が主じゃない)。客層戦略、地域戦略、商品戦略、、、つまり「弱者の戦略」の成功例にピッタリ当てはまります。栢野さんもぜひ事例に加えるべき。ほんと、よくできたお店なので、「超能力」を見るのではなく、ランチェスター経営戦略の視察先としておススメできるくらいです。

b0002156_13225480.jpg ま、私も今まで何度も「あんでるせん」に行ってますし、それも人を連れていく立場だったので、本来は批判などとんでもないのですが、確かにいいとこもあったのです。俳優の藤岡弘さんが、その昔、仮面ライダーでブレイクしたはいいけど、そのキャラが強すぎて俳優として低迷してしまっていたときのこと。何かのきっかけで「あんでるせん」に行ったのだそうです。そこで見る数々のショーに度肝を抜かれ、そしてマスターの説法にも励まされ気持ちがガラッと一転。それをきっかけ仮面ライダーの呪縛からも説かれ、本物の俳優として成功したって話があります。なので、今は知りませんが、藤岡弘さんは毎年のように「あんでるせん」に行ってたそうで、店内には写真もたくさんあります。おそらく同じような経験をした人もでしょうし、だからこそ人を惹きつける要素があったのでしょう。私がQ州ツアーなどで「あんでるせん」を日程に入れていたのも、そんな効果があることを期待して。興味ある人も多いだろうし、せっかく九州まで来たのだから、話のネタにも行ってみてもいいかな。そんなとこで。

 しかし、2009年を最後に、私はもう「あんでるせん」に行くこともないし、人に勧めることもなくなりました。そのきっかけは、その年、Q州ツアーで15名を連れて訪れたときのこと。何かのマジックで「福沢諭吉さんからメッセージをもらう」などいかにもギミック臭いショーではあるのですが、一人のお客さんの耳元に丸めた一万円札をあてて、そこから数字が聞こえてくるって仕組み。当然ですが、一万円札がしゃべってるわけじゃなく、そのお客さんの耳元にピンポイントで音が届くようなスピーカーで伝えているだけ。そのショーは3回見ましたが、いずれも一番前の右端のお客さんがターゲットでした。ただ、その最後に行ったとき、機会が壊れてたのか、位置がまずかったのかわかりませんが、お客さんに声が届かなかったのです。そのお客は私の仲間でした。聞こえないので「聞こえません」と言ったところ、マスターは驚くような一言を発します。「あなたは耳が悪いので耳鼻科に行ってください」、と。

 占いにせよ、チャネリングにせよ、タロットにせよ、私は一つのルールを敷いています。それは相手を不幸にするようなことを絶対に言わないこと。人は9対1の割合で、不吉なことにフォーカスします。占い師として成功するには、相手に不吉なことを言うこと。それできちんとリピートしてくれます。私の知人にいいことしか言わない占い師がいるのですが、ものすごい知識や造詣がありながら、占い師としては食っていけません。本人もそのつもりはないのでしょうが。本職はサラリーマンですし。人間の自己防衛本能から、不吉なことは殊更気になるもの。その不吉な要素を取り除くために、またその占い師をリピートし依存関係が出来上がるのです。私は占いもチャネリングも否定はしませんが、相手に対し不幸な発言をし、それで依存させてしまうような人には近づくべきでないとルールを敷いています。それが「あんでるせん」を見限った一番の理由です。

 確かに最初からマジックとして見ているなら「耳鼻科に行ってください」もギャグとして笑えるし、笑うとこでしょう。だけど、現状としてはやっぱり「超能力」を見たくて訪れる人が多く、マスターもそれを知っているはず。その空気の中で「耳鼻科に行ってください」は笑えません。だけど、たったそれだけのために、いろんなメリットに蓋をするのはもったいない、と思う人もいるでしょう。そう思うならそれでいいですが、あくまで私は、この手のことに対するルールは厳格にするスタンスです。10年間信頼関係を築いてきた占い師であったとしても、たった一言、不吉なことを言い始めたら、無条件で離れるべき時なのです。オセロ中島や辺見マリだって最初から脅されてたわけじゃないでしょうし。

 ついでに言いますが、昔こんなこともありました。何度かここでも書いたことですが、以前、私主催でお茶会をしたときのこと。私の仲間がすごい人を連れてくると言うので楽しみにしていました。その人はいわゆるチャネラーで、その仲間も絶大な信頼を寄せていました。とにかくいいこといっぱい言ってくれたんでしょうね。悩みの相談もしてくれたり。そしてそのお茶会の場で、そのチャネラーさんは主催者である私を無視して、勝手に有料でセッションを始めました。変な人だと思いながらも、とりあえず放置。数名のセッションが終わって、最後に私の前に来ました。挨拶として名刺を渡したのですが、それをテーブルに投げ捨て「疲れてる?ぶっ倒れるで?」と突然言い放ったのです。こりゃやばいと思い、そこからは話を聞かないようにしました。その話をミクシィ日記に書いとところ、その人を連れてきた仲間から、ものすごい攻撃のメールを頂きました。おまけに他にも数名から心配を装いつつ「ぶっ倒れないくださいね」なるメールが頂きました。

 これもまた自己正当化のシステムです。一貫性とも言うし、現状維持メカニズムとも言います。そのチャネラーさんは私の仲間Aさんとは信頼関係があり、いろいろと有益なアドバイスを頂いてたのでしょう。それに対し、私に向かっては不吉なメッセージ。しかも私はそれを全否定した上に論理的にその危なさを指摘。Aさんは一貫性を守るためには、チャネラーさんの言うことがすべて正しくなければなりません。自分にはいいこと言う、私には悪いこと言う。信じるならどっちも信じる、信じないならどっちも信じない。それが一貫性であり自己正当化システム。結果、Aさんは「信じる」ことを選びました。すると、そこで敵視されるのは私です。その場には10名ほどいたと思うのですが、強烈なメッセージを発するチャネラーさんの影響力の方が、私よりはるかに大きかったのか、1名を除いて今では完全に交友が切れています。もっとも、その1名はもともと私の友人だったのですが。

 今はどうなっているのかわかりませんが、もしもそのチャネラーさんが「大物」であったならば、Aさんのことを案じざるを得ない。占いもチャネリングも超能力も一種の「超常現象」です。あえて「呪術」と言ってもいいですが、確かに人類の歴史は大半が「呪術」によって支配されてきました。社会の支配者層もすべて呪術師でした。つまり人類の歴史とは超常現象の歴史と言ってもいい。だけどこの2~300年の間に「呪術」に変わる新しい価値が登場しました。それが「科学」です。確かに過去には呪いによって病気を治癒してきた事実があります。なぜ、呪いで病気が治るのか。それもまた自己正当化システムで説明できます。

 その地域の長が呪術師だったとしましょう。その呪術師に従うことは地域のルールであり、絶対の存在でした。その存在から「治る」と言われたら、治るしかないのです。「あんでるせん」が超能力だと信じるのと同様、呪術師の絶対性を担保するには、治ると言われたら治るしかない。それによって体内のホメオスタシス機能が働き、実際に病気が治るように「正統化」されるのです。しかし、その逆もまたしかり。長から不吉なことを言われたら、本当にそうなりやすい。むしろ「治る」よりも強烈なメッセージとして、その人の心身に突き刺さります。今でこそ洗脳だとか、マインドコントロールだとか騒がれますが、その昔はそんな概念もなく、それでいて一部の支配者層に完全に洗脳され続けてきました。

 しかし人間の「霊性」の向上とあえて言わせて頂きますが、「霊性」が向上すると、様々な依存、洗脳、コントロールから解放される道を歩み始めます。その結果、「科学」が誕生しました。つまり「霊性」の向上と「科学」の発展は同時進行なのです。そこを誤解している人がとても多いのが残念ですが、今では「科学」を信じることが「霊性」を貶めると言う人までいる。それはかつての支配者層と同じで、呪術により人をコントロールしたいとの「闇」の力が働いているからなのです。

 もちろん「科学」と「呪術」は拮抗するものではなく、今もなお、その呪術性は尊重されるべきところがあります。西洋医学の医者にしても、科学(医学)によってできる限りの処置はしながらも、最後は患者本人の生きる力に寄るしかないことを良く知っています。むしろ、患者本人の力、意思、エネルギーがなければ、いかなる処置も効果はありません。その「生きる力」を与えるのは、あえて呪術性と言っていいと思います。目に見えない存在が、根拠のない力を与えてくれることもある。私の関心事はむしろそっちであることは、これまでも書いてきた通り。

 私はしばしばホメオパシーの批判者のようにとらえられますが、実はむしろ肯定者でもあります。条件付きではあれど。私が批判するホメオパシーは、すべて科学否定の上に成り立つものです。具体的に言うと、私が批判しているのは、、、ゆ、やっぱりやめておきましょう。ホメオパシーに代表される呪術性が、実際の治療に役立つ可能性があることを私はきちんと認めています。だけど、個人的には積極的にお勧めするスタンスでもない。ただ、それだけのこと。

 話を戻しますが、「超常現象」とはすべて「脳の誤作動」であるとのワイズマン博士の結論には共感します。ただ、「誤作動」もときには良い誤作動もあります。そもそも、自分のことを幸せに思うとか、運がいいと思うとか。完全なる誤作動ですからね。もちろん不幸に思うなどもそう。すべては「誤作動」なのです。人間は「脳」を持つ時点で「誤作動」の呪縛から永遠に解かれない。だったら、どうせなら楽しい誤作動したらいいじゃん。それが私のスタンス。誤作動自体は悪くないのです。

 しかし、、、その「誤作動」から一時的にも解かれるとき、さらに言うと今私が書いたように、「すべては誤作動」であることを体験としてわかることある。脳が誤作動しないときはどんなときか。まさに「今、ここ」にいるとき。この世はすべて「空」であることを悟ったとき。な~んだ、簡単じゃん。この世はすべて誤作動であり、幻想なんじゃん。だったら、自分の都合のいいように誤作動起こせば、よりハッピーになるじゃん。そう、それでいいのです。私の「願望実現」の極意は「脳の誤作動」ですが、それを「誤作動」であると体験するには、「今、ここ」なる絶対的な境地に立つことも重要。言います。「今、ここ」に立つことができれば、絶対的な至福を体感するばかりじゃなく、物質的にも恵まれてきます。自我バリバリの言い方ですが、そうなんですよ。そんなもんです。

 だってこの世のは「脳の誤作動」って知ってるのだから、都合良く誤作動させることだってできるに決まってます。私自身も今までそうやって誤作動させてきたし、これからもそうあると思います。だから、正直、困らないんです。そんなわけで、実は今日は「幽体離脱」の話を今こそしておこうと思ってたけど、余談が長くなりましたので、また次の機会に。ありがとうございました。

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by katamich | 2012-04-22 23:39 | ■精神世界
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