宇宙となかよし

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「瞑想=微分」「願望実現=積分」 2011.11.30

 いつの間にか21日滝行も3分の1。スタートした2~3日は寒かったのですが、ここ数日は気温も15度前後で比較的暖かいです。私としてはもう少し寒い日を期待したいのですが、ま、それは私が望むようなものじゃありませんけどね。毎回言うようですが、滝行をやってて一番緊張するのが、入る直前です。毎日やってわかってるけど、やっぱり怖い。入りたくてたまらないって気持ちになることもまずありません。でも、来たからには入るしかない。六根清浄、六根清浄。

 すぐに身を起して「禊の祓い」を唱えるのですが、最初のうちはまだ身体も反応せず、いけそうな感じ。でも徐々に身体が異常状態に気づき、全身が引き締まり、頭がガンガン。「般若心経」を唱えながらも、息絶え絶えに呼吸を整え、次の「観音経」を唱える辺りから、徐々に呼吸が楽になり力も抜けてきます。

 「観音経」ってお経は割と長く、しかも「念彼観音力」ってフレーズが繰り返されるため、途中で迷子になることもよくあります。迷子になるのは決まって「思考」が入った時。何度も唱えているので身体は覚えているはず。だけど、その時に考えごととかし始めると、絶対に迷子になって途中で止まってしまうのです。そうならないためには、どれだけ「思考」を中断させるかが大切。私は滝の音に集中するようにしています。すると「思考」がの音が止み、ほぼ自動的にお経が口から出てくるわけです。その瞬間がとても素晴らしい。

 観音様と一体、、、とまでは言いませんが、自分が無くなったような錯覚に陥ることがあります。でも、本当はこれが自然の状態なのかも。確かに人間の生理的反応としての暑いや寒いはあるけれど、じゃあ、どっからが暑くて、どっからが寒いなどの基準は実はありません。気温14度の滝行は私にとってはさほどでもないのですが、初めての人にはかなり堪えるでしょう。例えばラダックに住む人にとっては、14度など夏のようかもしれません。

 結局のところ、身体が凍るとか、焼けるとか、化学的な反応の範囲内であれば、暑いも寒いも、自分自身の「思考」が生み出す価値判断に過ぎないのです。そのような「思考」を中断させ、ただ、「今、ここ」に入ることで、世の中とはいかに「ラベリング」された世界であるかを知るようになります。

 この世界には、一切の価値も意味もありません。お釈迦様はそれを「色即是空」と言ったのでしょうが、つまり色(意味・価値)とはすべて空(幻想)だってこと。でも、私たち人間にはその「空」に着「色」する自由があるわけで、同時にどんな「色」を付けるかが私たちに求められていること。だけど、もともと「空」であることを知って「色」を付けるのと、知らずに「色」にまみれるのとでは、人生の楽しみ方が180度違ってきます。

 「私たちは色に支配されている」から「私たちは自由に色を付けることができる」の転換は、まさに180度の転換であり、人生におけるパラダイムの大変革なのです。どっかで書いたかもしれませんが、その「空」を知るためには、「世界を微分」する観点が効果的に思います。

 例えば私たちが生きる世界は「3次元」と言われています。厳密には不可逆的な時間があるので、「3.5次元」と言えるのですが、ややこしいので3次元にしておきます。これをユークリッド幾何学で表すと「Y=X^3」となります。これは「空間」であり、私たちにとっては「身体」そのもの。

b0002156_1375461.jpg これを微分すると、「Y=3X^2」であり、つまり「2次元」となります。これは通常、「平面」と呼ばれ、私はこれを「価値・意味」と名付けています。つまり「身体(環境・行動・能力)」よりも高次の概念。これは言うまでもな(ってこともないでしょうが)、NLPのニューロロジカルレベルを援用しています。

 「3次元・空間・身体」が何もないキャンパスに「描かれた世界」であるのに対し、「2次元・平面・価値」はキャンパスに「描こうとする意味づけ」であると言えます。つまり、どんな絵を描こうか思考(意味づけ)することで、各々の世界が決まってしまう。私はこれをしばしば「ビリーフ(信念・思い込み)」と呼んでいます。私たちの世界は100%がビリーフの反映です。「自分はお金持ちだ」と思い込んでいる人は、間違いなくお金持ちであり、そのための環境、行動、能力が整います。その逆もまたしかり。

 そして2次元をさらに微分すると「Y=2X」となるのですが、これは通常、1次元つまり「直線」と呼ばれ、私はこれを「意思」と呼んでいます。自己認識やアイデンティティとも呼べるのですが、自分が何であるのかの方向・意思のこと。「私は父親である」という方向を向けば、私は父親。「私はQである」という方向を向けば、私はQ。

 ただ、こう言うと、「自分はお金持ちだ」の「平面」と、「自分は父親である」との「直線」はどう違うかって話になりそうですが、イメージとしては「平面上を歩きまわっている自分」と「一方向を向いているだけの自分」の違いとなります。つまり「お金持ち」という「ビリーフ・思い込み」を持つには、それなりの「価値付け・意味付け」が必要であるのに対し、「お金持ち」という「アイデンティティ」を持つには、単にその方向を向いていればいいだけ。内容的には似たようなものですが、抽象度が違うと持って頂ければいいです。言うまでもなく「アイデンティティ」の方が「ビリーフ・思い込み」よりも抽象度が高く、それだけ強烈です。

 で、次なんですが、今度は1次元である「Y=X」を微分すると「Y=0」となってしまいます。これがまさに「0次元」であり、ユークリッド的に言えば、「高さも幅も長さもない、位置だけの存在」となるのです。ちょっとまとめます。


Y=X^3 : 3次元 : 空間 : 身体(幅・高さがある)
Y=X^2 : 2次元 : 平面 : 価値(幅だけで高さがない)
Y=X : 1次元 : 直線 : 意思(長さはあるけど幅がない)
Y=0 : 0次元 : 位置 : 存在(位置だけがあり、高さも幅も長さもない)



 この「0次元」こそが、「今、ここ」の世界であり、ここには当然、価値もなければ、自分や自我もありません。ただ「ある」があるのみ。そしてこの世界こそが「空(くう)」であり、サンスクリット語の「シーニャ」、、、つまり「ゼロ」なのです。

 私たちはこの「ゼロ」の世界に、なにがしか「意思」を持ち、「価値」を付け、そして「世界(身体)」を構成しているのです。しかし、それらはすべて「幻想」であり、唯一にしてリアルな世界は「ゼロ」、つまり「今、ここ」にしかないのです。

 私たちが今生きている世界はもちろん3次元です。しかし、3次元とはアプリオリな存在ではなく、人間の発達した脳が恣意的に創りあげた世界に過ぎません。それをどんどん微分していくと、まず「価値(2次元)」に出会います。そして「意思(1次元)」に出会います。そしてさらに微分すると「存在(0次元)」に出会うのです。その世界こそが「今、ここ」であり、唯一にしてリアルな世界なのです。

 この世の多くの人は、今生きている世界を「3次元」としか認識できていません。一方で、いわゆる「仏陀(悟った人)」は、「3次元」が幻想であることを知り、「0次元」から世界を見ることを知っています。つまり、これこそが「悟り」のプロセスなのです。あえて言語化しますと、


私はどんな世界に生きているのか : 3次元
  ↓ ↓
私はどんな価値を持っているのか : 2次元
  ↓ ↓
私は何者であるか : 1次元
  ↓ ↓
私とは・・・ : 0次元


となります。つまり「悟り」のプロセスとは「世界を微分するプロセス」なのです。そして一度でも「0次元」を見てしまうと、そこからスタートすることができる。目の前の世界がすべて幻想であることを知り、今度は逆に世界を作ることさえできてしまう。それを私は「願望実現」と呼んでいます。

 通常の「願望実現」はまず努力して「世界」を変えていくこと。これはとても大変。次は「価値」を認め、それを変えること。いわゆるビリーフチェンジです。かなり強力です。そして次は「意思」つまり「アイデンティティ(私は何者であるか)」を知ること。ここまで来ると「変える」ってのがアホらしくなります。そして最後は「空」の世界。ここまで来るとすべてがアホらしくなります。笑えてきちゃいます。だって、世の中ってすべて幻想なわけですから。

 実のところ、私のアプローチは「0次元」から出発すること。つまり「すべては幻想」だってことを知り、その上で「幻想を自由に創り上げる」わけです。そうすれば、「願望」なんてスルスルと実現するのですが、これをセミナーで完全に再現するのは難しい。到底一日や二日では無理。バグワン・シュリ・ラジニーシ(osho)なんかも、2,000時間以上の瞑想を弟子たち(サニヤシン)に勧めていたそうだし、禅や密教を始め、伝統的な心身修行の行きつく先もまさに「空」の世界です。

 私自身は確かに滝行とかやってますが、滝行で「空」に入るのは難しい。と言うか、何かの手段で「空」に入るのはちょっと違う。それは突然訪れるものであって、私にとってはまさに2005年のラダックでの出来事がそう。この世はすべて幻想、私はその時、「すべて感謝」って受け止めたのですが、それでこの宇宙は完全に「大丈夫」だって知ったのです。じゃあ、そっからスタートして、そのことを証明してやろうと思って今に至ります。確かに「願望」は叶いまくっています。

 で、今改めて思うのは、人間ってのは、生きている間にいつか「0次元」を知った方がいいってこと。死んでしまえば誰だって知れるし、いや、むしろ生まれた瞬間は知っていたのです。だけど、この「脳」が発達したばっかりに、そのことを忘れてしまう。だけど、もしかしたら死ぬまでに思い出すことができるかもしれない。そのための準備として、私はたまたま滝行に出会ったし、それは禅でも瞑想でも、または芸術活動、スポーツ、研究、仕事、、、ようは何でもいい。

 ある瞬間、突然、「あ、そうだったのか」と知る時がくる。そう思いながら生きててもいいんじゃないでしょうか。そしてその瞬間に行きつくまでのプロセスがまさに「微分」であり、そこからさらに世界を再構成(つまり願望実現)するプロセスが「積分」であるとも言えるのです。

 まずは目を瞑って、世界、価値、意思へと微分し、最後に絶対的なる「存在」に到達すれば、とりあえずそれがゴールでありスタートとなるのでしょうか。今日の滝行ではそんなインスピレーションが降りてきました。ではまた明日。あ、明日から12月ですね。ありがとうございました。

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by katamich | 2011-11-30 23:39 | ■精神世界
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