新しい世界 2011.8.15

 今日はお盆休みでしたので、家族3人で過ごしました。昼からモールに行って新幹線のプラレールを買いました。そう言えば今までこの手の大きなおもちゃを買ってあげてなかったな~。レールの上をブンブン走る新幹線を見て、ちびQはゴキゲンです。今のうちに、、、自室に向かうと間もなく追いかけてきて、プラレールの横に座れと指図。先週はミズボーソーでずっと一緒にいたためか、完全にパパっ子になってしまいました(笑)

 ところで今日は、日本人として絶対に忘れてはならない日でした。震災以上に忘れてはならない日。そう、終戦記念日でした。毎年、この時期になると戦争に関する特番やドラマが放送されますが、戦争の記憶が自然と忘れられようとする時代、とても大切なことだと思っています。私が生まれたのは1973年。終戦から約30年経っています。でも今、38歳なので、意外と大昔のことでないことがわかります。

 父親は戦中に生まれ、母親は終戦の年に生まれています。当然、祖父母は戦前生まれです。小さい頃、知的には早熟だった兄が、祖母に戦争の質問をしていたのが記憶にあります。その時、なぜか「満州事変」なる言葉が記憶に残っています。その成功を機に、日本(大日本帝国)はますます全体主義の軍事国家へと突き進んでいき太平洋戦争勃発。そして数々の大空襲と2度の原爆で瀕死の状態となり無条件降伏。当時、アメリカの識者によると、日本が復興するには50年かかると言われていたそうです。しかし終戦10年後には「もはや戦後ではない」のスローガンに見るように、ほぼ完全なる経済復興を成し遂げ、世界の経済大国へと成長していきます。

 決して戦争を美化するわけじゃないし、空襲にしても原爆にしても許されることではないのですが、終戦によって日本人の「価値観」が変わったことだけは確か。しかしその価値観はアメリカの押しつけの面も無きにしも非ずですが。ただ、現在の日本はほぼ言語鎖国状態にありますが、もしも当時のGHQがもっと本腰を入れて英語教育を推進していたらどうなってたでしょうか。今よりも国際競争力の高い国になっていたか、もしくは文字通りのアメリカの属国になっていたか。それはわかりませんが、いずれにせよ、終戦を機に日本人の価値観がガラリと変わったことだけは確か。その節目となる日が終戦記念日なのです。

 ただ、人類の歴史っては「価値観」の歴史であるとも言えます。そして上部構造としての「価値観」と、下部構造としての「科学(経済や技術)」の発展の歴史がすわなち「歴史」なのです。その意味で言うと、世界的にはこの200~300年ってのはものすごい変化を経験しているし、日本も明治維新と終戦を機に、ものすごい変化を経験しています。

 神田昌典さんの「70年サイクル説」によると、その「ものすごい変化」はこれから3~4年のうちに起ると言われています。経済や技術の発展はこれまでの延長上にあると思いますが、ただ、「価値観」が抜本的に変わることは、今の私にはちょっと考えにくい。「価値観」と「社会システム」は不可分であり、今の日本及び先進国の「社会システム」は「資本主義+民主主義」が基本。巷ではアメリカのデフォルトを前にして、資本主義の終焉などと言う人もいますが、ほんと、これから先、どうなっていくのでしょうか。

 ただ、一つ言えることは、「予言」を信じるような価値観にはならないってこと(笑)。しつこいね。なぜまたこの話をしたかと言うと、ここ2~3日、恐ろしい意見を持つ人を知ってしまったのです。例えば「地震予知」なるものがありますが、現在、世界中の研究機関でその研究がなされていますが、それらと肩を並べる判断基準に「予言」があると言うのです。これはさすがに開いた口がふさがらない。

 歴史を見ればすぐにわかるのですが、「予言」ってのは今に始まったことでなく、それこそ有史以前から存在していたようです。そして予言をする人は支配階級に置かれ、それが制度化されていたのがバラモンです。つまりカースト制度。そして世界中のどこでも、いわゆる宗教職にある人は、そのまま支配階級にありました。その人たちがなぜに支配階級に置かれていたかと言うと、いわゆる「呪術」のような特別な能力があるとみなされていたから。
 
 日本では「神(道)」を司る「天皇」がその頂点に置かれていました。途中、仏教が入り混じったりしましたが、宗教職ってのはやはり支配階級にあったのです。つまりスピリチュアル職ですね。しかし、西欧ではピューリタン革命を契機に、特権としての教会(カトリック)が相対化され、いわゆる宗教職が支配階級から降ろされるようになりました。それが後々に資本主義を生みだし、同時に近代科学を発展させます。

 マックス・ウェーバーは「近代化」のことを「呪術からの解放」と表現していますが、ここでの「呪術」とは宗教儀式から迷信に至るまで、今で言う「非科学的」な様式から抜け出し、再現性のある「方法論」を発展させたことも意味します。この「呪術」の中にはもちろん「予言」なども含まれます。例えば古来、地震や台風など自然災害が起ると、「神のお怒り」だとして、それを鎮めるための呪術的儀式が行われてきました。首尾よく鎮まれば呪術のおかげ、鎮まらなければ神はまだお怒りだ、、、と言う。そして例えば地震で言うと、いついつに地震が来ると呪術者は予言します。それを鎮めるための生贄を村から選び、その生贄を殺して神に捧げる。地震が来なかったら生贄万歳。呪術万歳。ちなみに呪術者は生贄(例えば村一番の美少女・処女)を神に捧げる前に「品定め」をしたりもします。

 それが前近代社会。だけど今、災害に備えて生贄を捧げるようなことはしない。それはまさに「科学」の恩恵でもあることを忘れてはならない。だけど人間の思考様式は基本的にはその時代と変わってないところがあります。今回の「予言騒動」にしても、8月12日に地震が来なかったのはインターネットで予言が拡散されて、皆さんの祈りが通じた、、、と言う人がやっぱりいます。結局、インターネットなど手段は違えども、いまだに前近代的な思考様式を引きずっている人が多いし、それはきっと私だってそうかもしれません。程度の差はあれど。

 何が言いたいかと言うと、スピリチュアルの世界では、例えば2012年以降の世の中は、お金のない世界に代表されるように、物質文明から精神文明へと転換されると言う人や団体がいます。私はこれは間違いだと思っています。「精神文明」がどのようなものかの定義もありますが、それがもし「予言」を信じるような前近代的な文明へと転換すると考えるのであれば、それはないと思います。

 もしあるとすれば、「物質文明」から「精神文明」への交代ではなく、むしろ高度に「物質文明」化された社会ではないかと考えます。言うなれば、「予言」なんて概念さえもがこの世からなくなるような。だからと言って、今のような窮屈な物質文明ではなく、物質文明と精神文明の弁証法的発展こそが新しい時代なのではないかと思うのです。物質文明と精神文明のクロスオーバーとでも言えましょうか。

 例えば「ありがとう」って言葉は道徳的に「よい」とされてきたけど、なぜそれが「よい」のかを科学の世界でも究明されるような世の中。だからと言って「ありがとうが水の結晶をキレイにする」ようなものではありません。もっともっと自然な感じ。飯を食えば腹が太る同じレベルで、ありがとうと言えば心が豊かになる。それがごくごく普通のこととして受け入れられる。そしてそんな「共通認識」があるような世の中。

 う~ん、、、自分で書いてて発想が陳腐だな~と思いますが、とにかく「新しい世界」がもうすぐやってくるなって実感だけはしています。さて、どんな世界なのでしょうか。もちろん今の段階では確かなことは言えませんが、でもあと3~4年後には確実にやってくると思えば、なんだかワクワクします。終戦記念日に、何となく考えてみました。と言っても、考えたのは2~3分のことでしたが。ようするに何も考えずにブログ書いてるのが、このブログの本質です。明日も頑張ります。ありがとうございました。

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