自分で判断する 2011.6.27

 実は最近、ヘミシンクの「ゲートウェイ」にハマっています。ついに私も「ゲートウェイ」の全6巻を入手してしまい、意識の拡大に勤しむ毎日が始まっているわけです。9月11日には博多で「とみなが夢駆」さんとのコラボセミナーも予定されているので、その時までにはある程度のことを語れるようになりたいな~と思っています。

 そう言えば以前、こんなことを聞かれたことがあります。「Qさんはヘミシンクを否定してるのですか?」、と。この際ハッキリ言っておきますが、否定も批判もしていませんし、だけれども大推薦をしているわけでもありません。それに関しては滝行も同じ。私は年間100日ほどの滝行をやっていますが、誰にでも大推薦しているわけじゃありません。もちろん否定も批判もしていません。さらに言うとドラッグ。あまり大きな声では言えないですが、一応、伝統的なナチュラルなものについては寛容なスタンスを取っています。もちろん法令遵守の限りで。どんなに安全だの習慣性がないだの理屈をこねても、法治国家でその法を犯してまでやるべきじゃないと考えています。だったらオランダなど法的にも寛容な国ではいいのですか、と聞かれたら「個人的には寛容に考えています」と答えるでしょうね。

 今、ヘミシンク、滝行、ドラッグを例としてあげましたが、じゃあそもそもそれらは「何のために」あるものなのか。人によっていろんな目的や意見はあると思いますが、私は「潜在意識の探求」のためにあると考えています。ま、滝行に関しては「生活のリセット」の意味もあるのですが、2004年から今まで一貫して「潜在意識の探求」はテーマであったようです。ただ、そう考えると「宝満山」に登ることもその一環です。

 滝行については、特に真冬の極寒の滝に打たれることで、自らの「身体」と徹底的に向き合う。氷点下に近い水による物理的な負荷にどう立ち向かうか。普通であれば身体が自らを守らんとして自動的に緊張状態を作るのですが、そうなるととてもじゃないけど入っていられない。呼吸困難に陥る。真冬の滝で苦しいのは冷たさではなく、呼吸困難なんですね。その時、意図的に「リラックス」することで「潜在意識のホメオスタシス機能」から解放されるのです。

 NLP(神経言語プログラム)のセミナーではいつも言ってることですが、「潜在意識」ってのは特定の「刺激(入力)」と「反応(出力)」とを結び付けるプログラム(アンカー)であり、私たちは24時間このプログラムから支配されています。そして私たちはその支配者(潜在意識)のことを普段は気にすることもありません。私にとっての「滝行」とはまさに「刺激‐反応」のホメオスタシス機能を打ち破ることにつながり、それによって「潜在意識」とは何たるかを今まで探求してきたのだと思っています。ですので、おそらくこのブログにしても滝行をしていなかったら書けてない内容だと思うのです。

 宝満山に登ることもそうですが、福岡近郊の方がぜひ一度は登ってみてください。めちゃくちゃキツイですから。運動不足であれば途中で引き返すような過酷さです。だけど、それだけキツイ山だけに、途中から「無心」になってきて、その時、いろんなインスピレーションが降りてきます。私の場合、特に「収入」に結びつくようなインスピレーションが降りてくるので、ぶっちゃけ金儲けしたいと思ったら登ればいいと思ってます。そんな邪な考えてで登っていいのですか、、、と聞かれてても、「むしろ邪な考えで登ってください」と言いたいくらい。もちろん「登らせて頂いている」との「感謝」の気持ちは重要ですが、邪であろうがなんであろうが素直に登ればいいのです。つべこべ考えずに。

 ドラッグについても同様。難しい話は省きますが、ドラッグによって脳内のA10神経を刺激し、それによって脳幹と前頭葉の間の関所となっている視床の機能を弱めます。すると脳幹(無意識)から前頭葉(意識)へと大量に情報が流れ込み、いわゆる潜在意識の情報を読み取ることができる。滝行もそうですが、瞑想においても脳内麻薬と呼ばれる物質によってA10神経が刺激されことは研究により実証されています。ヘミシンクはどうか知りませんが。

 いずれにせよ細かいメカニズムはいろいろあるにせよ、私にとってヘミシンクも滝行もドラッグも、、、と言うかドラッグはやってませんが、「潜在意識」の情報を読み取る手段でありツールだと考えているに過ぎません。もしもそのようなことに関心があるのだったら、それはとりあえず宇宙愛だとか人格の向上とかとはまったく関係ありませんが、いろんなツールがありますよ、、、と言ってるのです。

 私の場合、2004年から年間100日ほど滝行を続けてきて、その間だけでもいろんな「体験」はあります。例えば「金星」に降りていたとか。滝に打たれている間、意識がどうやら見たことない場所に飛んでいたのです。「これどこだろう・・・」とか思って滝から出ると、導師から一言。金星だね。霊能者である導師は私が見ている風景を見ることができるのでした。だから何、と言われたらそれまですが(笑)、それ以外にもいろいろあるにはあります。

 だけど、正直なところ、手軽に滝行ができる環境にある人って、決して多くないですよね。私などは車で15分のところにあるのですが、普通はそんなことはない。しかも、滝行ってのは時間もかかるし、サラリーマンだと続けるのは困難。だとすれば、「ヘミシンクがいいんじゃないですか?」となるのです。理論も再現性もあるし、何より手軽だし。ゲートウェイのパッケージを開いて説明書を読むと、「ほほ~」と思う一文がありました。それは「このシステムは知識習得の為のものであり・・」という一文。その他、自己探求、自己向上という単語は見られますが、決して「人格向上」のためのものでもない。そして特別な存在になるためのものでもない。それは瞑想だって滝行だって同じ。

 だけど今まで知らなかったことを「知る」ことにはなると思うから、せっかくだったらやってみてもいいよね、とは思います。正直なところ、私って実はそんなに本を読まないんですよね。特に精神世界系の本はほとんど読まない。あえて言うならディーパック・チョプラ博士の本くらいかな、読むとすれば。その上でこのブログを書きつづけているわけですが、他の本やブログなどはまったく参考にせず、私の「考え」をつらつら書いているだけ。では、その「考え」はどこから来るかと言うと、それはきっと「潜在意識」からダウンロードされてくると思うのです。ま、こう言わずに「守護天使が言ってる」とか「ガイドからのメッセージ」とか言えば、もっと色気も出て、ブログの読者も増えるのかもしれませんが、生憎と私にはそのようなスキルがないので、ただ無骨に文章を重ねるだけ。それでも、少しずつは文章も上手になってる気はしますけど。

 ところでなぜにこんな話をしているのかと言うとですね、、、実は今日、ちょっと変な話を聞いてしまったのです。あえて詳しくは書きませんが、ようは大切なことは「自分自身」だってこと。自分でダウンロードした情報はまず間違いない。なぜなら究極は「ひとつ」だから。その「ひとつ」につながることが、私はとても重要だと思うのです。その手段として、伝統的には禅や瞑想、修行などがありましたが、今はもっと手軽にいろんな手段があるのであって、ヘミシンクもその一つなのでしょうが、今まさに一人ひとりが「ひとつ」であることに気がつこうとしている。そのように感じるのです。

 それに対してやっぱりマズイと思うのは、他人に著しく依存してしまうこと。特にスピリチュアル(サイキック)な能力を持っていると思わせている人に頼ってしまって、その人の言いなりになるようなこと。例えば「般若心経ってどうなんですか?」と疑問に思ったとしましょう。そこでその人が「素晴らしいマントラです」と言えばいいけど、「かなり危ないです」と言ったら、それだけで判断を停止してしまう。無条件で「般若心経=危ない」となってしまう。

 もちろん般若心経は一例であり、それもまた良いと思っている人は良いし、そうでない人にはそうでない。だけどそれは最終的に自分で判断すること。この自分で判断する、、、ってのが、何をおいても一番重要だと思うのです。あくまで「軸」は自分にあること。自分の神様とつながること。その「軸」を決して他人に預けてはならないと思うのです。では、どうすれば「軸」を取り戻すことができるのか。こればかりは手段として紹介できるものはないのですが、あえて言うならば、「やりたいこと」をやる以外にないと思うのです。

 自分が本当に「やりたい」と思ったことをやる。その際、他人の意見など気にもせず、とりあえずやってみる。そして成功すればいいけど、失敗すればそれはそれで学び。自分の人生なんだから、いろいろ経験したらいいじゃん、と思うのです。だけど人は「恐怖」によってとかくコントロールされてしまう。

 例えば「先祖供養」ってありますが、私も先祖供養は大切だと思っています。だけどそこには、厳密な理由はありません。ようは「時々は思い出すのもいいかな」って程度。先日、祖母の墓参りに行きましたが、行っても行かなくても状況はたぶん変わらないでしょう。だけど、行ったことで何か妙に清々しい気持ちになってる。その意味では行ってよかったと思うのですが、じゃあ、行かなかったら先祖から祟られるってこともない。だけど中には「祟られるから先祖供養する」と思ってる人もいる。

 人をコントロールするのは簡単。「喜び」と「恐怖」をまき散らせばいいだけ。それを巧みに利用したのがオウムでしょう。教義に従うことへの「喜び」を植え付け(アンカリングし)、教義へ逆らうことへの「恐怖」を植え付ける。しかもスピリチュアルや精神世界には、そうやって人をコントロールしようとする存在があまりにも多い。その意味で不健全な世界だとも思うのです。だけど、実際に精神世界によって助けられた人もいる。私のように。そして私もまた、コントロールされていた時期はあった。だけど今は完全に解放されたと思っています。そこにはいろんな学びがあったから。

 つい最近も明らかにコントロールされている人が身近にいまして、だけどその人を自由にすることができなかった。もしそのコントロールから解放させるには、もっと強いコントロールを仕向ける必要があり、結局、その人を救うことにはならない。その意味で「無力感」を感じることもあるわけです。だけど、私のこのブログを読んで、一人でも「そうだよな~」と思う人がいれば、それだけでも書いてよかったと思うかもしれません。こうやってしつこく書いて、一人でも多くの人が勝手に解放されるきっかけになればいいな~とはどこかで思っています。

 結局、「なにやってもいい」ってことだけが真実だと思うのです。だけど、一つだけ例外はあります。それは「自由」を奪うようなことだけはしてはならない。一番顕著な例が殺人。相手の生きる自由を奪っているわけですから。だけど誰かの「自由」を著しく損なうようなことでなければ、なにをやってもいいし、なにをやらなくてもいい。それだけが真実だと思うのです。

 その意味ですべては自分自身だし、自分の判断を大切にして欲しい。ヘミシンクだって滝行だって瞑想だってやりたければやればいい。だけど、やらなければマズイってこともない。やりたくないのならやらなくてもいい。だけど、その「やりたい・やりたくない」ってのが「○○が言うから」ではなく、自分自身の判断であって欲しいと思うのです。そんなわけで、ちょっと奥歯に詰まったような言い方になりましたが、私の言いたいことはそんなとこと。それではまた明日。ありがとうございました。 

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Commented at 2011-06-28 17:31 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by at 2011-06-28 17:41 x
そうだよな~
(*^-^*)
Commented by katamich at 2011-06-28 18:58
■非公開コメントさん!
非公開の件、了解しました。
Commented by katamich at 2011-06-28 18:59
■営さん!
ありがとうございます。
Commented by Kimi at 2011-06-29 12:20 x
その通りだと思います。大阪セミナーに参加しました。私は除霊もするけど、霊は見えません。Qさんの考えと違うところも多々あります。でも、それはそれ。どうするかは自分次第。それ以上に参考になるQさんの考え方がいいと思います。これからも、ばんばんいっちゃってください。応援してます。
Commented by katamich at 2011-06-29 22:57
■kimiさん!
ありがとうございます!お互い頑張りましょう!
by katamich | 2011-06-27 23:39 | ■精神世界 | Comments(6)