走馬灯の仕組み 2011.5.29

 今日は一日、家で本を読んだりしてまったり過ごしました。昼からはちびQと二人でお留守番。最近、アンパンマン、トーマス、トムとジェリーがお気に入りで、飽きもせずにずっと見ています。今日読んだ本は「ナニワ金融道」「石井裕之」「科学系」「営業系」「インド系」「会計系」などなど、一気読みしちゃいました。それにしても図書館で借りてる「ニューアース」が2ページも読めないのはなんでだろう。いつかは読了したいです。

 ところで最近、「探偵ナイトスクープ」って番組を録画して見ているのですが(関東ではあまり放映されてないそうですが)、最近(福岡は一周遅れ)見た回がなかなか面白かったです。「奇跡の隕石」ってタイトルですが、こんな話です。

 あるご主人(現在70歳)が20年ほど前、事業に失敗して借金生活で苦しんでいる時、夜空に流れ星を見ました。それが通常の流れ星よりも長くて、願いごとなら10個くらい言えるのにな~とか思った2~3日後。スポーツ新聞で、その流れ星が「隕石」だったことを知ります。その流れ星は島根県の民家に直撃して、幸い人的被害もなく、その流れ星(隕石)のおかげで記念館までできたことを知ります。

 いつか行って見ようと思っていた時、仕事中にビルの7階から転落して両足と尾てい骨を骨折して入院してしまいます。ビルの7階ですので本当なら死んでもおかしくないところ、落ち方がよくて一命を取り留めます。ご主人いわく、「隕石のおかげだ!」(なんでやねん!)。そこで探偵に依頼。島根県に落ちた隕石をぜひ見に行ってお礼を言いたい、とのこと。

 関東の方はあまりご存知ないと思いますが、この番組は関西では超人気番組です。視聴者のいろんな依頼にタレント探偵が調査して答えるって内容です。いくつもの名作を生み出してきたのですが、今回は麒麟の田村が探偵でした。結論から言うと、依頼者は無事に隕石に会うことができ目的を達成したわけです。

 ただ、私が興味を持ったのは隕石ではなく、依頼者がビルの7階から落ちて助かったところです。7階から落ちて着地するまで、どうなんでしょう。2~3秒ってとこなんでしょうか。依頼者はその2~3秒に、、、生まれてから今までのことを走馬灯のように見たと言うのです。よくある話ですが、やっぱり本当なんですね。その中でテレビで見た水泳の飛び込み競技を思い出し、「へそを見ろ」みたいな話が突如よぎったとか。その通りにへそを見ると、頭から落ちてた身体が回転し、ちょうど体育座りのような姿勢で着地したんだそうです。もしもその時、へそを見なかったら頭から直撃で即死だったのでしょう。

 このような話は、依頼者の方には申し訳ないですが、とても興味があります。しかもそのことと「隕石」とを結び付ける辺り、、、正直、意味不明ながらも何だかわかるような気もするのです。借金生活に苦しんでいる時に見た流れ星。しかも後日、たまたまスポーツ新聞で隕石だったと判明。その後、事故はあったものの奇跡的に一命を取り留め、今は借金も返し終わって元気に仕事(事業)されてるそうなんです。やっぱりあの隕石は、、、と思いたくなる気持ちもわかりますもんね。

 それはそうと、7階から落ちた話です。ものの2~3秒の間に人生をトレースし、その中で命を取り留める情報に出会う。もしもその間に「水泳の飛び込み競技」が出てこなかったら、この依頼者はこの世にいなかったかもしれません。私はここに「超意識」の存在を見るのです。もちろん論理的に説明できるものじゃないですが、この方はまだまだ生きて使命を果たす必要がある。ここに「超意識=神」を見るのです。こればかりは本当に不思議な体験です。ただ、この方は「隕石」のおかげで今があると思えるくらいの人なので、普段から何かしら「目に見えない存在」を感じていたのかもしれません。

 私は昨日、宇宙人なんていない(会えない)って話をしたと思います。おまけに霊も死後の世界もない、と。しかし矛盾に感じるかもしれませんが、霊や死後の世界などのような「幻想」の向こうに、、、やはり超越的な「何か」があることは感じています。そうでなければ、これまでの人生を説明することができないから。

 なぜあの時、、、とは誰もが考えることと思いますが、私の人生も、そしてすべての人の人生も、「偶然」のように見えて、振り返ってみると、やはり「必然」としか思えないことってあると思うのです。と言うか、ほとんどがそうではないでしょうか。その「必然」を起こしている存在こそが、「幻想」を超えた最もリアルな存在なのです。

 そしてその存在はどこにあるのか。それがまさに「今ここ」です。実はこの世界ってのは「0」と「1」で成り立っています。「2」もありますが、それはあくまで「1」の延長上のもの。その意味で「1」も「9,999」も同じもの。そして「0」こそが「今ここ」であり、「1」が「幻想」なのです。私たちは普段、「1=現実」の世界で生きているのですが、それはあくまで「脳」が作りだした「幻想」に過ぎません。それは「1」でも「2」でも「3」でも作りだせる。

 一方で私たちは「1」でも「2」でも「3」でも「9,999・・」でもない世界をも同時に生きている。それが「0」であり「今ここ」なのです。「1×1=1」だし「1×2=2」だし、また「2×2=4」のように、私たちは幻想に幻想を重ねて生きているに過ぎません。だけど、、、「1×0=0」だし、「999×0=0」だし、さらには「2×44×234×9×0×12,345×78=0」でもあります。つまり「0:今ここ」の世界を知ると、いかなる「幻想」もが消滅してしまうのです。それがまさに「色即是空」の悟りです。

 私たちは「1」や「3」をリアルな世界と錯覚していますが「0」を知ると、それらがすべて「幻想」であることがはっきりわかってしまいます。ですので、現実もまた幻想だし、霊や死後の世界も所詮は脳が作りだした幻想に過ぎないのです。
 
 ただ「0」だからと言って何もないわけじゃありません。これは「ないけどある」ってな不思議な存在。0であり無限でもある。つまり「0」にこそこの宇宙のすべての情報が書かれており、それを精神世界ではアカシックレコードと呼ぶわけです。ただし、アカシックレコードと言っても複雑なものではありません。何が書かれてあるのか。このことが書かれてるのです。

「この世は幻想だよ」

 お釈迦様はこれを「色即是空」と呼んだのですが、この文脈で説明すると「私たちが1とか2とか思ってる世界なんて、実は0なんだよ。だけど0でありながらも1や2の世界で生きているのもまた事実だもんね」と言ってるのです。ただし、この「0」にはやはりいろんな情報が書き込まれているようなのです。それは私たち一人の人生までもが。

 この依頼者の男性はビルの7階から落ちて一命を取り留めましたが、それもまた最初から決まっていたこと。ただし、何が書かれてあるかはわからない。それでも「何か」はあるわけで、その「何か」のことを人々は「神」と呼んできたのだと思います。そして7階から落ちる走馬灯の中、「飛び込み」の情報がやってきて救われる。これぞまさに「神」であり、すなわち「超意識」なのです。

 ちょっと宣伝させてもらいますが、「超意識ワークス2日間セミナー」もいよいよ週末に東京です。ここでは「願望実現」を題材として話を進めてはいきますが、「願望実現」だって所詮は「幻想」です。だけど、私たちはこの幻想の中で生きてるわけで、だとしたら望ましい「幻想」を構築した方が楽しいでしょ。ただし、、、その「幻想」から「メタ(超越)」した立場に立つことなくして、「幻想」をコントロールすることはできません。その「メタ(超越)」こそが「超意識」なのです

 ですので、このセミナーでは初日に「意識」と「潜在意識」のメカニズムをしっかりと理解して体感してもらう。だけどその意味がわかるには二日目の「超意識」に接することが不可欠。言い換えると初日が「1」の世界であるに対し、二日目にいよいよ「0」の世界に突入するのです。そんなセミナーですが、現時点で残り4名です。次回はいつになるかわかりませんので、ぜひこの機会にご参加お待ちしています。

 話を続けますが、何度も言うように「この世は幻想だよ」ってことが真実。ただ、人によっては「幻想」って言葉自体に違和感を持つこともあるかもしれませんね。何となく空しいと言うか。ですので、時々は「イリュージョン」なんてカタカナにすることもありますが、そのことを知ってしまうと、空しいどころか、、、めちゃくちゃハッピーになるのです。

 だって、、、「幻想」ってことは、自分でいかようにも世界を構築できるわけですからね。それを知るのと知らないのとでは、えらい違いだと思うのです。それはそうと話変わりますが、「走馬灯」ってのは、とても興味深いです。ものの2~3秒の間に50年の人生をトレースできるなんて、脳はいったいナンボほどの情報処理能力が秘められてるんだろう、、、と。私たちは普段、3%程度しか脳を活用していないと言われますが、それも納得できますよね。

 臨死体験者の多くが「走馬灯」を見ていると言いますが、その「走馬灯」また幻想。そしてその後に見える「三途の川」もまた幻想です。この幻想はつまり集合的無意識(潜在意識)に情報化されてるわけで、何かのきっかけに脳がフル回転した時、その情報が一気に表に出てくる。それが「走馬灯」であり「三途の川」なんでしょうね。

 では、そうやって脳がフル回転するきっかけとはどのような時なのか。それは「血液中の二酸化酸素濃度が上昇した時」に起るようなのです。そのことに関して、「臨死体験の原因は血中の二酸化炭素?」ってレポートが興味深いです。このレポートによると「その正確な病態生理的メカニズムは今のところ不明だが、大量の二酸化炭素を吸い込んだ場合や高度の高い場所では、血中の二酸化炭素濃度が上昇し、臨死体験に似た症状が現れることが知られている」だそうで、おそらく二酸化炭素濃度が上昇(酸素濃度が低下)することによって、脳に何らかの負荷が与えられ、いわゆる「幻覚」のようなものを見るのでしょう。ただし、その「幻覚」とて集合的無意識(潜在意識)にあったもの。そう考えると「夢」もそうかもしれません。睡眠中は血中における二酸化炭素濃度が上昇するらしいので、それと夢を見ることには関係があるのかもしれません。私には検証はできませんが。

 で、思ったのですが、9月にインドのラダックに行きますよね。私も2005年に行ったのですが、標高3,500mなので当然酸素は薄い。すなわち二酸化炭素濃度が上がるわけで、それと私の「神秘体験」とは無関係ではないと思うのです。実際、あの日、標高3,500m以上の場所で般若心経を唱えまくっていたわけですから、標高が高いに加えて過呼吸状態で二酸化炭素濃度は上がって当然です。

 聖者、仙人、修行僧などが、やたらと高いところで修業したがるのも、無関係ではないと思うのです。ラダックってのはチベット地方の一部です。今はインド、ネパール、中国など国をまたがっていますが、元々は「チベット」です。では、なぜに、、、あんな空気が薄くて、食糧も不足した不便なところに好き好んで住もうと思ったのか。これはやはり「修行に適した土地」だからと考えた方が自然です。

 そう言えばヨガの修行でもわざと過呼吸にする呼吸法がありますが、これもまた血中の二酸化炭素濃度を上げるための方法論です。今度行くラダックでは標高5,400mまで登りますので、高山病とかの心配はあるのですが、何だかすごいことになりそうな予感はあります。でも今回はメンバーの中に看護師さんもいるし、現地でお世話してくれる人も経験豊富なので心強いです。

 先ほどの7階から落ちた男性の話に戻りますが、おそらく7階から落ちた瞬間、一気に酸素を消費して、急激に二酸化炭素濃度が上昇したことで「走馬灯」を見たのでしょうね。その中で自分の命が助かる情報を検索して、へそを見ることで一命を取り留めることができた。そこで「神」の存在を身近に感じるからこそ、「隕石」に感謝したくなったのでしょうね。

 そんなことをぼんやり考えたりしてました。おっと5千字超えたので、今日はこの辺で。この手の話、、、まだまだ続きます。ありがとうございました。

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Commented by HOKA-O at 2011-05-30 20:14 x
血中の二酸化炭素濃度のお話、非常に興味深く読ませて頂きました。

私は武道を齧っているのですが、よく絞め落とされた時に幻覚だったり死んだ○○と会ったなどという話を聞くのですが、これも頚動脈を締められたことによって脳内二酸化炭素濃度が上がってしまった結果とも言えなくないなぁと思いました次第です。

車の下敷きになった子供を救う為に、母親が火事場の馬鹿力を発揮して車を持ち上げた話などと同じで、人間はピンチに追い込まれると潜在意識の力を発揮しやすくなるのでしょうかね~。
Commented by katamich at 2011-05-30 21:33
■HOKA-Oさん!
興味深いお話です!武道でもそうですし、マラソンでもランナーズハイの状態とかは、光を見た、、、なんて人もいますもんね。
二酸化炭素濃度、、、なんて言うと色気がない気もしますが、神秘現象も取り立てて特別なものでもないんでしょうね。
Commented by モグ at 2011-05-31 14:09 x
次から次と面白いお話です。ありがとうございます。
探偵ナイトスクープも毎回楽しみに見ていて岩石の話も見ました。
動画で宇宙論を見たり、興味深くなったものの、余計わからなくなった世界です。現実が幻想・・・?
さて、「幸せの経済学」という映画がラダックの様子を録っているそうで是非見てみたい映画です。
Commented by katamich at 2011-06-01 20:41
■モグさん!
「幸せの経済学」、、、私もみたいです!先日、全国でやってたようですが、見逃しました。また近くでやる時は見に行こう。
by katamich | 2011-05-29 23:39 | ■精神世界 | Comments(4)