夢はつまり、思い出のあとさき 2011.3.20

 昨日、ちびQが寝言を言ったそうです。「おいしー、おいしー」って。私は聞いてないのですが、きっと何か美味しいものを食べてる夢でも見てたのでしょうか。今のところ極端な好き嫌いはなく、だいたいのものは美味しく食べています。それにしても涙が出てきます。被災者の方々、特に子どもたちのことを考えたら。毎日この話で申し訳ないのですが、やっぱり考えずにはいられない。寒い中、お腹すかせてる子どもたち。素直な感情としては、やっぱり腹の立つこと、やりきれない感情はあります。

天災は仕方ないにしても、東電、そして政治的な対応の甘さ。枝野官房長官が頑張ってると評価されてるようですが、よくよく考えると、原発安全対策費を仕分けしたのは枝野さん本人。麻生政権で計上したその予算がしっかり活かされていたら、、、と思うのは確かに後の祭り。今はいかに多くの命を救うかだけが重要。地震から10日が経ちました。悲しい話ですが、行方不明者が生存している確率は劇的に低くなっています。でも、避難所に滞在している人たちも、深刻な状況には違いありません。食糧、燃料、そして医薬品。まさに生死の境目にある被災者の方々の命をお救いください。お願いします。

 それにしても、、、こんなふうに思ってしまう人って決して少なくないと思います。それは「これは夢だった」、と。今、私は「夢」を見ていて、目が覚めてテレビを付けたら普通にお笑い番組がやっている。そう考えたことが、この10日間で5~6回はあります。でも、あるのは悲しい現実だけでした。3月11日から大災害が始まり、今もなお、多くの犠牲者が増えている状況。はじめはまさか阪神大震災を超えるものだとはこれっぽっちも思いませんでした。でも、これが現実でした。

 ただ、、、瞑想していると、ふとこんなビジョンが出てきました。実は本当に「これは夢だった」のだと。私たちってのはいずれ肉体の死を迎えます。これだけは平等に与えられた宿命。そして肉体の死を迎える前を「この世」といい、後を「あの世」と呼んでいます。言うまでもなく今は「この世」にいます。しかし実は、本当にリアルな世界ってのは「あの世」にあるのでは、と。

 つまり「この世」とは「あの世」の私たちが見る、壮大な「夢の世界」なんです。実際に私たちが普段見ている「夢」ってのはめちゃくちゃな設定が多いです。高校時代の友達と大学時代の友達が友達で一緒に飲み行ったりなどは序の口で、私が相撲取りの設定などもありました。最近見たのでは、高校時代の吹奏楽部が出てきて、なぜかフラメンコのコンクールに出場していたり。月に行く夢も見たことがあるし、空を自由自在に飛ぶ夢も何度もあります。マジンガーZみたいな巨大ロボットとHしてる夢なんかも。

 なぜ人が「夢」を見るかについては、最終的な結論は出ていないのですが、記憶の整理って説が支配的なようです。いろんな記憶を出し入れして、脳内を片付けているのでしょうか。ハードディスクをデフラグする感じで。ですので、夢を見ないと脳の動作が鈍くなって、考えたり憶えたりするのに支障をきたすのでしょう。

 昨年、ディカプリオ主演の「インセプション」って映画がありましたが、映画自体はあまり面白いと思わなかったものの、夢の中で夢を見る、、、など夢の重層設定はなるほどと思いました。そう言えば私自身も「夢の中で夢を見る」ってことはあったように思います。

 しかし、私たちが見ている最大の「夢」ってのは、もしかしたらこの「現実世界」なのではないかと。今、私はパソコンを叩きながらブログを書いていますが、これ自体が壮大な夢の世界。ちびQが「おいしー、おいしー」って寝言言ったのも、夢の中でさらに夢を見たようなもの。

 つまり、私たちはこの「現実生活」において、今まさにいろんな夢を見ている最中なのです。その中で予測できない「設定」が起ることもあるでしょう。しかしいつかは夢から覚める。それは肉体の死と同時に訪れる。その一方で、私たちが寝ている時に見る夢でも、それを夢として認識することはありますよね。明晰夢と言うのですが。同じようにこの「現実世界」においては、それ自体が夢だったり幻想だったり、別の言い方すれば「空(くう)」だったりすることに気づく人がいて、その瞬間があります。いわゆる現実世界における明晰夢状態でしょうか。あ、やっぱり夢なんだ、と気がつきます。

 だからと言って、何でもかんでも自由にできるものでもなく、地震は来る時に来るんです。でもこの「現実生活」という名の「夢」から覚めた時、きっと「すっげ~夢見たよ」ってなるのでしょうか。それがドラマティックであればあるほど。

 何となく現実逃避的な考え方に聞こえるかもしれませんが、どうやら「あの世」こそがリアルな世界であって、「この世」はすべて夢の中。喜びも悲しみも、幸も不幸も、楽も苦も、、、すべては「夢」の中での出来事。いつかは覚める。だけど、覚めるまではしっかりと生きることも大切。実際の夢を見ていても、「さあ、起きよう」って思っておきられる人はあまりいないと思いますが、寝る時も、そして起きる時も、勝手にそれが起るのです。同じように、私たちが肉体の死を迎えるのも、それは勝手に起ること。それ自体に意味もないし、何かの因果関係もありません。

 何があっても私たちはいつかは目が覚める。だけど、夢を見ている間は、しっかりと夢を生きる。今、そんな気分になっています。井上陽水の「少年時代」って歌の中に「夢はつまり、思い出のあとさき」ってフレーズがありますが、正直、意味がよくわかりません。と言うか、この歌をロジックで理解するのは不可能(たぶんキマッてる時に作った歌だろう・・・)。でも、ぼんやり聞いていると、、、何となく「この世はすべて夢なんですよ・・」って言ってるように聞こえる。



 なるほど。喜びも、そして悲しみも、いつかはそれが「夢」だったことに気がつく。でも、気がつくまではしっかり見ようぜ、、、って思います。だから一生懸命生きるのです。やりたいこと、しっかりやって。どうせ「夢」なんだからね。やらないと損な気もする。

 てなわけで、そんなこと書いてたら、随分と心が軽くなりました。さ、とにかくオレにはオレのやることだってたくさんあるし、まずはオレの見てる夢をしっかり楽しみたいと思います。ありがとうございました。

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by katamich | 2011-03-20 23:39 | ■精神世界