モノリスワーク二日目 2011.1.9

 さて、「モノリスワーク」の二日目です。肝心のワークの内容については全然お話してませんでしたね。ワークのコンテンツとしては「カードリーディング」「波動チューニング」「ヘミシンク」「音楽ヒーリング」などが中心となりますが、やっぱり圧巻は「波動チューニング」に尽きるでしょう。

 実際、カードリーディングやヘミシンクなどは他にもされる人はたくさんいらっしゃるでしょうが、ケイスケさんの「波動チューニング」はケイスケさんだけのもの。ワークの人気の秘訣もこれにあるのかな、と思いました。では、実際にどのようにしてチューニングされるのかと言うと、、、こればかりは言葉では書きにくいです。参加者は輪になって座り、その中央に2名の方が並んで座ってチューニングを受けられるのですが、ケイスケさんが2人の後頭部を何やらやってて次々と言葉を投げかけている。そして割かし大音量で音楽が鳴っている。そして一人につき10分前後か、人数の割には一人ひとりのチューニングに時間をかけているようでした。

 そして驚くべきことのチューニングを受けている方が次々と泣きだしているのです。男も女も。中には嗚咽しながら号泣していらっしゃる方も。実際、それを見ていて、、、なぜにそんな風になるのだろうか、、、と訝しく思っていたのですが、気がつけば、私もそれに同調して目から涙が。不思議な感覚です。私自身、何も悲しいことも感動するような感覚もなく、割と客観的に見ているつもりだったのに、涙だけは出てきている。いわゆる貰い泣きってのとも全然違います。冷静客観にありながら涙だけ出てくる。

 ただ、この理由はすぐにわかりました。純粋に潜在意識が同調しているのでしょう。いつも書いているように、「潜在意識」は「身体(の感覚)」に現れます。そしてチューニング中は受けている側も、それを見ている側も、同じものを見て、同じ音楽を聞いて、同じように座っている。そしてただひたすら誰かのことを思っている。それによって集団的な深いラポールが形成され、それによって「身体(の感覚)」が同調され、涙だけが自然と出てくるのでしょう。

 実際、チューニングを見ながら、私の中にも様々なビジョンが見えてきて、きっと受けられている二人の方と同じ何かを共有してるんだな、、、と感じました。とにかくまあ、あのチューニングの場だけは、その場にいなければわからない。もしもビデオかなんかでその光景を撮って客観的に見てしまうとドン引きするかもしれない。

 実際、「ワーク」ってのは神聖な儀式なんです。いろんなセミナーでいろんなワークが行われることがあるしょうが、残念ながらその多くは「儀式」にまで昇華せずに、単なるロールプレイや疑似体験に終わっているのがほとんど。しかし本当のところ、セミナーにおけるワークも、宗教的な儀式も、その派生系のお祭りも、無意識レベルの内部表現をガラガラと変えていく神聖なる場なのです。その点、ケイスケさんのチューニングは、まさにそれが「儀式」として神聖化されており、それが直接受けられる二人だけでなく、その場にいる参加者全員を昇華させていくのでしょう。私自身も学びの点から得るものが大きかったです。

 ま、こうやって客観手にあーだこーだと言うのもいいでしょうが、じゃあ、オマエはいったいどうだったんだ!って話も重要ですので、一つずつご説明したいと思います。まずはカードリーディングですが、正直、あまり好きじゃないので、これまでもこの類のはほとんど受けたことがありませんでした。

 そもそも私のスタンスとしては、メッセージは直接受けるものであって、例えばチャネラーと呼ばれる他人や、またはカードやフーチなどグッズに頼るものじゃないと考えてたんです。しかしながら、誰もかれもが「直接」受け取れるとは限らず、仮に受け取ったとしてもその確かさに自信を持つまでには段階が必要。

 そんなわけですので、実は私のコーチングにも「数字」を用いたリーディングを導入したのが年末の話でしたね。この手の手法を使うは自分にとって「譲歩」だったのですが、やって見ると思った以上にドンピシャが連続したので、あくまでツールとして補助的に使うにはいいかなって思うようにはなってます。そんな矢先にカードリーディングやら集団リーディングやらを受けるのは、ま、それもタイミングなんでしょうね。

 ケイスケさんのカードリーディングでは、、、ちょっとやられちゃいました。例えば「朝のアファメーション」とか、「風水を取り入れる」とか、いかにもやってそうでやってませんもの。部屋も散らかってるし、最近はアファメーションもあまりやってません。今一度、初心に戻ってやってみようかな、、、と思う次第。それから「休憩」なるメッセージも出てきたのですが、実際、私ほど休憩しまくってる人もおらんと思いながらも、頭の中はいつも活動してるし、時には枕元にipohoneを持ちこんで何やらやっている。寝る時は寝る。休む時は頭の中も含めて休む。そんなメッセージだと受け取りました。他はね、、、まさに願望が実現しようとしてるって。ただ、私の「願望」って何だろう。菅野○穂とエ○チか・・・なわけないか。でもまあ、今まで通り、思ったことはほとんど実現するんで、その通りになるんでしょう。とにかくアファメーション、部屋の片づけ(風水)、休む時は休むを徹底したいと思います。

 で、カードリーディングは初日だったのですが、その後の懇親会も楽しかったです。いつになく熱くなってしまい(いや、いつもか・・・)、特にケイスケさんとはツインソウルかと思うほど考えが同じで激しく意気投合。8時過ぎからスタートして終わったのが11時過ぎ。明日も早いことだし、、、帰宅せずに近くのサウナにチェックイン。サウナで汗を流して、大広間のリクライニングに「魁!男塾」と「カメレオン(主役:矢沢栄作)」を持ちこんで読んでいると、そのまま寝てしまってました。起きがけに再び「カメレオン」で爆笑して二日目がスタート。

 9時ちょっと前に部屋に入って昨日の続きです。他の方のカードリーディングの後、ヘミシンク。なるほど。坐禅や瞑想と同じように、皆ですると入り方が違いますね。ヘミシンクは2回やったのですが、最初の方がいい感じでしたね。「5つの問い」ってワークですが、どうやらやっぱり私は「旅」をする感じです。自転車やインドも含めて。そこで午前は終了。ランチは参加者6名でインドカレーを食べに行きました。私がよく行く店の系列で。そう言えば数年前のQ州ツアーの初日もそこでしたっけ。いろんな話で盛り上がるのですが、やっぱりこの手のワークだけに、いろいろ見える人も多いようで、ある方は私に「チベット」を見たそうです。

 確かに今までいろんなところで「チベット人」と言われましたし、過去世はチベットの僧侶とも言われたことがあります。だからこそか、インドのチベットである「ラダック」に魅かれるのかな。拙著「宇宙となかよし」の表紙もラダックだし。やっぱりラダックはもう一回、、、と言わずとも、人生においてとても重要な場所であることは間違いないでしょうね。

 それから私にとって大切な場所としてケルト地方があります。アイルランドやスコットランドですが、これもなぜか理由なく魅かれるんですよね。そこにも今後、ぜひ行きたいと思ってます。ま、今回のワークの場だと、当然のように前世や過去世って話が出てくるんですが、正直、私自身はあまり関心を持っていません。今生だけでも考えることたくさんあるのに、過去世のことなど気にしてられませんもの。と言いながら、過去世があると考えた方が納得できることもあるし、まったく意義がないわけでもないかな、、という立ち位置です。その上で言うと、おそらくは過去世なるものがあるとすれば、きっと私の過去世はラダックやケルトにいたんだと思うんです。

 そして午後はいよいよ私が「波動チューニング」を受ける番です。私のブログを読んで頂いてるって方とペアになりました。そう言えば今回のワークにはこのブログを読まれてるって方が何名かいらっしゃいました。ありがとうございます。で、どうなるんだろう、、、と思いながらケイスケさんのチューニングを受けます。大音量の音楽を聞きながら、後頭部を何やらされてて、要するに完全にトランスに入ってるわけですが、そこにケイスケさんのメッセージと言うかリーディングが入ってきます。

 その都度、なるほどな、なるほどな、、、と思いながらただお任せしてチューニングを受けるのですが、実は、、、その時、ちょっとした変化、そして気付きが訪れました。そして決して泣くまいと思いながらも、ある意味、私のついてはいけないかしょに触れられ、、、10粒くらいの涙が頬を伝わったのです。あ、そうか、オレはこのためにこのワークに参加したんだな、、、改めて参加目的を発見させられるような瞬間でした。

 何度も言うように、このワークは、当初から「内容そのもの」に対して触手が動くものではありませんでした。カードリーディングに波動チューニング。そんなこと自分でできるわい!って思ってましたので、なぜに参加しようと思ったのが「意識」ではピンと来てなかったのです。でも、私の「無意識」はきちんとその意図を知っていて、引き寄せるが如くこのワークに参加するように仕向けた。その意味がケイスケさんの波動チューニングで理解できたのです。

 では何が起こったのか。その話をするとめちゃくちゃ長くなるのですが、それはまさに「モノリスワーク」のそれ自体の目的と合致するものでした。チューニング中、ケイスケさんから「あなたは私と似たところがあります・・・」と3回くらい言われました。最初は何が似てるのかわかりませんでしたが、最後になってようやくわかりました。それはケイスケさんの著書である「驚愕の前世体験」において、編集者からカットされた部分に関すること。

 あえて申し上げたいと思います。私がずっと気にしていたこと、意識的にも無意識的にも気にしていたこと。それは「子ども」のことです。それは我が子(ちびQ)ももちろんですが、もっと広く、保育園の子どもたち、そして日本の子どもたち、さらには世界の子どもたちのことをいつも気にしている自分がいたのです。

 私の最も大きな夢は「この世からイジメと虐待をなくすこと」です。以前、ミクシィにそのことを書いたら、あるマイミクさんから「そのために何をするんですか?」みたいな冷ややかな返答が付いたことがありました。結局、「できること」をするしかないのですが、具体的なアクションに出ているかと言うと決してそうとは言えません。それでも何かできないか、何かできないか、と思っているのは、偽善ではなく純粋な私の気持ちです。

 私自身はイジメも虐待も受けたことはありませんが、なぜかその二つのことに対して、過剰に反応する部分があります。そしてその二つほどセルフイメージを傷つけるものはありません。いろんな非難を浴びることを承知で言いますが、世の中に「イジメ」がある限り、そこにはいじめる側といじめられる側が存在します。そして37歳になった今、改めて言わねばならないことがあります。それは子どもの頃に「イジメ」に関わった二種類の人を比べると、いじめられた側はいじめた側に比べて相対的に不幸になっていると言う事実です。これは「相対的に」ですので、絶対ではないにせよ、その傾向は確かにあります。

 私の小学校時代からの同級生で、中学高校といじめを受けていた人間がいました。その彼はそれを苦にして高校の途中で辞めてしまいましたが、その何年か後、その彼の噂を聞きました。いまだに、、、その時のいじめを苦にしてか、家に引きこもりっぱなしだと言うのです。一方、いじめた側はどうかと言うと、とても楽しくやっています。マンガだといじめられた側は、なにくそと奮起して社会で成功するのでしょうが、世の現実は決してそうではありません。

 つまり現実的には「イジメ」を受けた側は、よほどの奮起がない限り、その傷はずっと癒えないままに人生の多くを過ごしてしまうのです。そんな人たちに対して何ができるのか。その一つの解決策として、、、もしかしたら「スピリチュアル」があるのでは、と考えています。それは決して前世や過去世、ピヨピヨ天使と戯れることではなく、私がいつも言っている「本当の自分」を知ること。しかしイジメを受けた側はその「本当の自分」に到達するまでの「NOISE」があまりにも大きいのです。しかしもしも、その人が「本当の自分」の存在を少しでも知っていたら、、、きっといつかはその「NOISE」を乗り越え、自分を取り戻すことができるのでは。そしてもしも、このブログまたは本、さらには私と志を同じくする人たちのメッセージを受けることができ、それがその人たちに「本当の自分」を取り戻すきっかけを与えることができれば。もしかしたら、私がブログを書く理由の一つもそこにあるのかもしれません。

 そして「NOISE」を強くするのは、イジメだけでなく「虐待」も同様です。実はそのことに関しては、非常にショッキングな話があるのですが、それについては近いうちミクシィかアメンバー記事にでも書こうかと思っています。とにかく「この世からイジメと虐待をなくすこと」は私の最大の目的であり、そのために自分ができることは何か。それをいつも考えているようなのです。

 よくよく考えると、私の涙腺を刺激するのは、ほとんどが「子ども」に関することです。例えば2008年11月に行ったインドでは、ブッダガヤの小学校で号泣。また、その昔、オーケストラで演奏する子どもたちのバックでクラリネットを吹いている時、ふいに涙が止まらなくなったりとかも。それ以外にもいろいろあったと思います。

 ケイスケさんの「モノリスワーク」も、それを申し込んでから知ったのですが、彼自身の使命もまさに「子ども」だったのです。そして「驚愕の前世体験」で編集者からカットされた部分とは、、、実は保育園に関することでした。どんなに保育園がしっかりしていても、3歳くらいまでは親とべったり一緒にいることが重要。時間の短さを深さでカバーできると言う人がいますが、子どもに関しては決してそうではない。物理的に長く一緒にいることが最も大切。実はそのことを知識としても知っていましたし、感覚的にも感じていました。

 そしてこの数日、朝、ちびQを保育園に送ると、それまではそうじゃなかったのに、私が帰ろうとすると大泣きするんです。そのことはちびQを保育園に送っていることへの私の「罪悪感」として、ある種の「NOISE」となっていたのかもしれません。しかし現実的には私だけでなく、保育園を必要としている家庭は無数にあります。では、少なくとも私の場合、どうしてあげることがいいのか。できることはなにか。それは些細なことかもしれませんが、夕方、一時間でも早く迎えに行って、その間、家で一緒に遊んであげること。それならできます。

 昨年の10月1日のことでした。朝、初めてのヘミシンクを聞いている時、突然、腹部が動き出して、その瞬間、「檻の中に入ってる子ども」が出てきたとブログにも書きました。その子どもはちびQであり、幼い私。それを私は「インナーチャイルド」と解釈できたのですが、それを癒すには特別なことをする必要はない。地蔵菩薩の真言を唱えることでもない。ホオポノポノをすることでもない。まさに、ちびQと一緒に真剣に遊ぶことなのではないか。そんな気付きが訪れたのです。それは私にとって大きな気づきでした。

 そしてなぜ、私が「ラダック」に魅かれるのか。実はラダックはその過酷な生活環境から、乳幼児死亡率は世界でもトップクラスなのです。その数値と我が子を失った親の悲しみとはリンクしています。そしてその悲しみに同調して、私はラダックに引き寄せられるのかもしれません。もちろん私の過去世がチベット人だったことも含めて(?)

 そんな話はともかくとして、世の中には現実に虐げられている子どもたち、親と一緒にいられない子どもたち、さらには一緒にいたいけどいられない親たち、そして幼い我が子をなくした親たちの悲しみ。それらは今でもなくなることはありません。その「悲しみ」を少しでも減らしていきたい。そのことを強く思う瞬間がありました。

 それからチューニングの最後にこんなことを言われました。「Qさん、、、どうかこれからも『宇宙となかよし』でいてください・・・」、と。答えは「ひゃっほ~!!」です。はい。ありがとうございます。

 てなわけでして、ま、いろいろ気づきのあった二日間でした。他にもいろいろとあったのですが、それらは今後のブログに追々反映されていくことでしょう。それから今回も多くの出会いがありました。すべてが価値ある出会い。もちろんケイスケさんとの出会いも。そして人生の質は出会い。誰と出会うかによって大きく左右されます。その意味でも今回はとても意義ある二日間でした。

 今月は末に東京に行きます。東京でのイブニングセミナーと、そして熱海での二日間。それもまた必然的に貴重な出会いが待っていることでしょう。それはともかくとして、、、まずは「家族」を第一におきながら、これからも楽しくやって行きたいと思っています。2011年はまだ10日しか経ってませんが、もう半年くらい経った気分。いよいよこれからもっともっと楽しいことが待ってます。それは私もあなたも。

 こんなところで中途半端なレポートになったかもしれませんが、「モノリスワーク」のシェアを終了させて頂きたいと思います。ありがとうございました。 

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by katamich | 2011-01-09 23:39 | ■精神世界