2011年の意味 2011.1.3

 今日で正月三箇日も終了。今年は、と言うか今年もいろんなことにチャレンジしていこうと思っています。が、いつどこで誰と出会ってどうなるかわからないのが日常ですので、その都度その都度、やりたいと思ってことから取り組んで行きたいと思っています。

 そう言えば年末年始と私の周囲からいろんなニュースが飛び込んできました。結婚しました、出産しました、妊娠しました、プロポーズされました、就職しました、転職しました、などなど。とても喜ばしいニュースばかりで、年始から微笑ましい話が続きます。ちなみに「2011年」を「超意識コーチング」的に「数」で解釈してみるとどうなるか。ま、一種の数字遊びではありますが、あながち外れてないかもですよ。

2011=「2」0「11」
2011→2+0+1+1=「4」


ってことで「2」と「11」と「4」が今年の数字ってことになりますね。意味の対応はこちらをご参照頂きたいと思いますが、それぞれ、「2:分化・対立・価値」、「4:挑戦・意志・時間」、「関係・邂逅・霊感」ってのがその意味となります。

 実際、「2」と「4」ってのは似たような意味になるのですが、いずれもあるべき解決に向かうための途上を意味します。新たな価値観が芽生え、それが旧来の価値観と対立し、最終的には何かしらの統合を果たすわけです。そして「11」ですが、これは地球的な数字である「10」と宇宙的な数字である「12」の間にあることから、橋渡し的な意味が生じています。ひっくるめると、旧来の価値観とはいわゆる地球的な価値であるのに対し、新たな価値観は言うまでもなく宇宙的な価値。それらを「橋渡し」し、人類全体が新たな統合を見ようとする。それがもしかすると「アセンション」なのかもしれませんね。

 いずれにせよ2010年から2012年までの3年間は、煽るわけじゃないですが、人類史上における大きな転換点だと考えられます。私が生まれて37年になりますが、正直なところ、そんなに大きな変化は起ってませんよね。例えば「明治維新」や「第二次世界大戦終結」ほどの大きな変化は見られません。明治維新が封建社会から市民社会への改革、終戦が全体主義から民主主義への改革であったように、そこでは社会の価値観自体が一夜にして変わっています。共通する変化は、「民」が中心になったこと。

 明治維新以前は「武士-平民」による階級社会、それ以降終戦前までは「国・天皇-国民」による支配社会だったのが、今では限りなく個人個人が自由に社会参加できるようになっています。日本においては。もちろん法治国家ですので、最低限の規制はあるものの、戦前における全体主義のそれとはまったく異なります。ついでにこれは雑学なのですが、「民」って漢字はもともと「目のない人間」って意味に由来するそうです。「民」の字を見ると「目」ではなく「口」になってまして、元々は目をつぶした奴隷って意味だったとか。いかにも昔の中国って感じですよね。
 
 それはともかくとして、実際、歴史をひも解いてみると、「奴隷」なんて存在が少なくとも表向きはいない時期ってのはごく最近のこと。同じ人間なのに、にわかに考えられないことですが、その存在を当たり前とする時代が長くあったのは事実。一言に奴隷と言っても、待遇の差こそあれ共通するのは「自由」が著しく制限されていたこと。そして支配する側も、される側も、それが当たり前だと「条件付け」されていたこと。

 奴隷は今となっては極端な例かもしれませんが、江戸時代も、さらに戦前も、いわゆる「支配-被支配」による強い社会的条件付けがあって、誰もが「自由」を享受できる時代ではありませんでした。しかし、いくつかの「革命」を経て、人間にとっての「自由」と「尊厳」が認められるようになったのはごく最近のこと。その「革命」の代表が明治維新であり、さらには敗戦という形であるにせよ民主主義へと移行できた終戦を経験してのこと。ただし、私自身は原爆を正義とも必要悪とも考えてないのですが、その話はさておき。

 とにかく歴史的・社会的に「自由」に覆い被さるいろんな条件付けが一枚一枚と剥がれ落ち、今、ようやくと誰もが「自由」を享受できる時代になっているわけです。しかし個人個人を見てみると、多くの人が非常に強い「条件付け」に縛られているのも事実。

 その典型が「やりたいことはできない」って条件付け。奴隷は確かにやりたいことができないし、武家社会の平民もしかり、全体主義社会での国民もしかり。しかし、そのような時代を超えた現代でさえも、いまだに「やりたいこと」ができないと思い込んでいる人が多いのが現状。そしてそれこそが最後の条件付けなのかもしれません。

 もしも「アセンション」なるものがあって、それが明治維新や終戦に匹敵する社会変動であるとすれば、それはおそらく誰もが「やりたいこと」ができるって「可能性」に気づくことなのではと考えています。そしてもしも、スピリチュアル界で言われているように、アセンションできる人とそうでない人がおり、その二極化が進行するのだとすれば、まさに「やりたいこと」を自由にできる人とそうでない人の二極化なのかもしれません。

 そこで2011年です。今こそまさに「やりたいこと」を思い切ってやる一年なのではと考えています。そして誰もが「やりたいこと」を自由にできるって当たり前のことに気づき、それを実践する。行動する。我慢することはない。そんな一年になるのとではと感じているわけです。

 そんなわけでして、さあ、2011年は何をやりましょうか。その前に本当に「やりたいこと」って何だろうか、と。もちろん私はいろいろあります。二冊目の出版、自転車講演会、インドツアー、各種セミナーなどなど、これまでやってきたことの拡大、そして新たなチャレンジも含めて、どんどん「やりたいこと」を実行していこうと思っています。

 アセンション。もはや使い古された言葉ではありますが、2012年がアセンションだとすれば、今こそ、「やりたいこと」を思い切って実行する一年となる。もしも今年それができなければ、これからもずっとそうかもしれない。まさに「奴隷」のように生きていくのか、または思いきって「自由」に羽ばたきやりたいことをどんどん実行していくのか。そんな「橋渡し」となる一年が2011年なのです。

 さあ、始まりました。「やりたいこと」をやるにはお金も時間も仲間もあった方がいい。お金だけが人生じゃない、、、なんて言わずに、もっともっと自由に積極的に稼いで見ることも大切。そんな意味で、私は今年もどんどん稼ぎますよ~。てなわけで、三箇日も今日で終わり。新たなスタートに向けてイッてイッてイキまくりたいと思います。ありがとうございました。 

ランキングが落ち気味(笑)、、、どうぞよろしくお願いたします!
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by katamich | 2011-01-03 23:39 | ■精神世界 | Comments(0)