宇宙となかよし

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「この世」と「あの世」の謎を説く(その1) 2010.11.10

 11月10日。突然の投稿です。今朝も4時55分に起きてすぐに滝行。気温は10度。いつもようにお参りと読経の後、滝着に着替えて空を見上げると。満点の星空。真上にオリオン座。静寂の中で滝の音だけが響き渡っている。無限の星たちに見守られながら滝に打たれると、いろんなインスピレーションが降りてきて、そのことを今から書こうと思います。書かなきゃ忘れそうで。で、次の図を元に説明していきますね。(図をクリックすると大きくなります)
b0002156_1714619.jpg

 先日も似たような図を紹介しましたが、これはその詳細バージョンです。実はこの図一枚で「コミュニケーション」「願望実現」「悟り」が説明できてしまいます。もっと言うと、この全宇宙の仕組みとでも言いましょうか。それをチャネリングした、、、と言うと怪しくなるかもしれませんが、朝から書かずにいられない気分なのです。多分夜は夜で普通のブログを書くとは思いますが。

b0002156_17182457.jpg この概念図を簡単に説明すると、登場人物はAさんからEさんまでの5人。もちろんこれは5人だけのことではなく、60億人、いやそれ以上の人数を概略したものです。これはよくある「意識・無意識」の氷山の図を横につなぎ合わせだたけ。右の図がそうですね。これはユングからきてるのですが。

 まずは「意識階層」から説明しますが、水面上に見えてる氷山が「意識」であり、水面下の見えない大きな氷山が「無意識」です。その「無意識」はさらに「個人的無意識」「集合的無意識」「超意識」に分けられます。私たちは普段、水面上の見えている範囲で生活しているように見えます。つまり、私がいて、あなたがいて、彼がいて、Aさんがいて、Eさんがいて。それぞれ別々の人格を持って生きています。その人格には当然、優劣らしきものがあります。図で見ると、大きい三角もあれば小さい三角もあるように。

 この「意識」の階層のことを、私たちは「この世」と呼んでいます。一方、「無意識」の階層については「あの世」と呼ぶことができます。ただし、「この世=生」、「あの世=死」ではありません。なぜなら私たちは生きながらにして「あの世」にも存在しており、その前に私たちは今まで生きたこともなければ死んだこともないし、今後もずっとそうであるか。そんな意味で、「この世=生、あの世=死」という二元的な対応は間違いなんです。

 ここんとこはもうちょっと説明が必要とは思いますので、後ほどまたふれるとして、「この世」と「あの世」の関係について言うと、「この世」とは「あの世」の似姿であるということ。つまり「この世⇔あの世」ではなく、「この世←あの世」であって、「あの世」は「この世」に対して、絶対的な支配力を持っているのです。

 これが俗に言う、「潜在意識が現実を作る」って意味です。「潜在意識(無意識)」にインプットされた情報は100%、「現実」に反映されています。例えば「お金持ちになりたい」との願望があったとしても、「無意識」が「貧乏である」という情報を持っていたら、現実には貧乏が反映されます。

 ですので「願望実現」とは、「この世」の論理から「あの世」の世界を書き換えること同義なのです。その方法論はたくさんあるのですが、例えば「紙に書く」というテクニックがあるとします。その紙に書いた内容は、書いた時点では「この世」の論理です。しかし、「この世」と「あの世」をつなぐパイプがあり、そこをうまく通ることができれば、「この世」の論理が「あの世」へと届くようになります。

 そのパイプとは「感覚(身体)」のことです。一般的に「思考」や「言語」(つまり「意識」)だけで「願望」を述べたところで、それは「あの世」に入って行くことは稀です。それどころか「願望を持つ=未達成」を認めることになり、「あの世」にある「未達成」という事実がいつまでも現実に反映され続けるのです。

 では、「感覚」によって「この世」と「あの世」のパイプをつなぐとはどういうとか。それは「言葉(意識)」を「感覚(無意識)」に浸透させることです。つまり「願望」を言葉にした瞬間、それがさも叶ったかのようにワクワクしながら実現を5感でイメージできるようにするのです。願望実現にはしばしばアファメーション(宣言)が重要と入れますが、中にはアファメーションすればするほどワクワク感が遠のく人がいます。例えば「彼氏ができました」と言ったところで、その直後に「でも、多分ムリだろな」の内的対話が続いてしまう状態。しかもそれは「無意識」で続いてしまうことが多いので、「無意識=あの世」の世界が現実へと反映されてしまいます。

 ですので、その気になりきって、本当に願望が実現した「感覚」をビンビン感じられるのならばアファメーションは効果的ですが、そうでなければ逆効果。では、アファメーションが逆効果な人はどうすれば「あの世」に願望を届けることができるのか。その方法の一つが「紙に書く」ことです。

 ただし、紙に書いた願望は即座に封印して忘れることが重要。特に「手書き」が重要です。なぜなら「無意識=感覚」であるため、「手書き」という動作を行うことで自然と「無意識」に浸透していくからです。そして書いたらすぐに封印して一年間は見ないようにします。見てしまうと、おそらく「こんなこと書いてるけど、、、ムリだろな」という内的対話が無意識にウイルスのように増殖してしまうため、効果が無くなってしまうから。

 手で書く。その時点で「感覚」を通して「あの世(無意識)」へと情報が届けられます。そこで二度見てしまうと、「でもムリ・ウイルス」が無意識へと増殖してしまう。だから見てはなりません。次に見るときは何を書いたか完全に忘れた頃。だいたい一年は置いといた方がいいです。そして書いた一年後に開封の儀式を行うのですが、すでにそれが忘れていた情報(意識にない情報)になっていれば、そのうちの7割は実現していることが一般的。後の3割は3~10年後にはおそらく実現しているでしょう。

 それは私が10月28日の結婚記念日にやってる儀式であり、すべてにおいて7割以上の実現率、そして残り3割も後から実現している体験から力説できるのです。

 「願望実現」の方法は他にもいろいろあります。いずれにしても、共通するのは「あの世(無意識)」にその願望をしっかり届けること。ヘミシンクでは「フォーカス15」にそれがあるらしく、その段階に願望を置いてくると必ずかなう、、、と聞きました(私は未経験ですが)。

 ま、「願望実現」の話はともかくとして、この図の説明を続けたいと思います。「この世」はもっぱら「意識」や「自我」によって作られる世界。仏教的には「色(しき)」と言います。一方、「あの世」は「潜在意識」と、そして「超意識」から成り立っています。

 まず「潜在意識」についてですが、これは先ほど書いたように「個人的無意識」と「集合的無意識」に分けられます。「個人的無意識」とは「緑色X」の部分に相当しますが、文字通り、個人的な体験・経験が蓄積された万能のデータバンクとして機能しています。

 特に「個人的無意識」の役割は、「自我」に対して安心・安全を守ることですので、その軸を通して「個人的無意識」がプログラミング(アンカリング)されるわけです。それはコミュニケーションにおいても同様。その部分としてはAさんとBさんの無意識上で重なる部分の「赤X」が相当します。

 通常、コミュニケーションと言うと、「この世」における言語的なコミュニケーションが中心と思いがちですが、実際には無意識下における非言語的なコミュニケーションが大部分を占めています。例えばAさんがBさんに「私は信頼できる人間です」と言ったとても、その言葉以上に、Aさんの表情、雰囲気、しゃべり方、服装などから実際に信頼できるかすでに判断してるのが現実。

 ですので、例えばNLP的なコミュニケーション術なんかでは、まずは非言語的なコミュニケーション(ラポール)について学び、その上で言語が「無意識」に影響するコミュニケーション(ミルトン・モデル)をマスターすることになります。そしてコミュニケーション(ラポール)の最重要事項もまた、相手に安心・安全を与えることに他なりません。

 その点で言えば、コミュニケーションの苦手な人はまず過去の体験の中で、他人から何らかの危害(言葉を含む)を加えられてきたことが多く、「X」において「人=危険」という一般化された情報がプログラミングされているのです。ですので、そのまんま人と接すると、無意識のうちに身体が緊張・委縮し、さらにそれが相手にも伝わってしまうので、良好なコミュニケーションを成立させることが難しくなります。

 良いコミュニケーションを成立させるためには、まず「人=危険」というプログラム(アンカリング)を解除させる必要があります。そのための方法論もたくさんあるのですが、今日のところは割愛させて頂きます。

 また、「個人的無意識」の部分には「人=危険」と同様に、様々な「ビリーフ(思い込み)」がプログラミングされています。例えば「私は結婚できない」などの思い込み。そのビリーフ(情報)が「あの世」にしっかりとインプットされてしまってるため、「この世」においても、それが現実となっているのです。

 その現実を変えるためには、先ほどちょっと説明した「願望実現」のプロセスが必要であり、もちろんそれは「紙に書く」だけではなく、様々な方法があり、その人ごとに適切なやり方があります。繰り返し言いますが、いずれにせよ、「願望」を「実現」させるには、「あの世」における情報を書き換えることだけが必要となるのです。

 
 次に「集合的無意識」について説明します。それは「紅色Z」の部分。これは言うまでもなくユングによって提唱された概念ですが、「個人的無意識」よりもかなり深く、個人の体験・経験を超えた普遍性があります。例えば「犬が怖い」は「個人的無意識」の範疇であり、それは過去に犬から何らかの怖い思いをしたからによります。

 しかし「蛇が怖い」はそれとはやや異なります。蛇ではないのですが、うちの1歳半のちびQは保育園で蜘蛛を怖がったと聞きました。ちびQは蜘蛛を見るのは初めてのはず。そうでなくとも、蜘蛛を怖がるような体験はしていないはず。一方で、犬に対しては平気で近づきます(ちびQの5歳の従兄は犬を怖がりますが)。なぜ蜘蛛や蛇を怖がるのか。それが「個人的無意識」を超えた「集合的無意識」にインプットされた情報なのです。

 つまり長い人類の歴史の中で蛇や蜘蛛や少なからず人間に危害を加えてきました。それが個人の経験や学習を超えて「蛇・蜘蛛=危険」という情報が「あの世」の論理に浸透した結果なのです。同じことがいわゆる「死後の世界」についても言えます。

 日本人にとって死ぬとは「三途の川」を渡ることに象徴されています。多くの方が臨死体験において「川」に遭遇し、渡ろうとした矢先、後ろから家族らの呼び声で戻った報告をしています。これは先日から書いているように、インドの「ガンジス川」が死の象徴として「集合的無意識」にインプットされており、実際の臨死状況において、それが脳内現象としてビジュアライズされるのです。

 「ガンジス川」はヒンズー教徒が死期に向かう場所であり、それが仏教、道教、儒教を得て日本的宗教・文化へと無意識化されたのが、まさに「三途の川」なのです。

 人は死期に接すると、それまで人生が走馬灯のように蘇ると言われています。それは死に瀕する危機的な状況において、脳内からドーパミンが大量放出され、「個人的無意識」に貯蔵されている大量の体験データが前頭前野に瞬時に送られたことを意味します(ドーパミンは情報の関所たる視床の働きを弱めるため)。

 そしてさらに進むと、今度は「集合的無意識」のゾーンに入っていき、そこで見えるのが「三途の川」なのです。西洋では門や階段が多いそうですが。そしてこの「個人的無意識」から「集合的無意識」までの流れのことを、私たちは「あの世」と呼んでいます。

 一方で「あの世」のことは「この世」に反映されると言いましたが、それは「願望実現」と同様、「前世」や「過去世」の秘密を解き明かすヒントでもあるのです。ここでいよいよ「あの世」の真骨頂である「前世・過去世」について解明していきたいと思います、、、ですがそろそろ字数制限ですので続きます。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-11-10 17:11 | ■精神世界 | Comments(3)
Commented by ブルース・リリー。 at 2010-11-10 22:36 x
はぁースゴイわ。納得。でも僕は相当に疑り深く、懐疑的で、願望実現に挫折ばっかりですね…何も度返しな願望ではないのに。それで人生はかなり損してきてる事、分かってますが…もう、どうすればイイのやら
…『でもムリ・ウイルス』が一般的な人に比べてベッッットリ着いているのでしょう。自覚ありますもん…声に出す方法はまず自分に向いてませんね。手紙法以外にも知りたいです。

ではでは続編を楽しみに待ってます。更新アリガトウ!
Commented by KT at 2010-11-10 23:02 x
宇宙の仕組み・願望実現の仕組みがとてもわかりやすく、理解できました。
ありがとうございます。
Commented by Rika☆彡 at 2010-11-10 23:49 x
是非、機会が有ったら、『「人=危険」というプログラム(アンカリング)を解除させる方法論』ブログに載せて下さい。
間違いなく私にもそのプログラムが有る気がします。
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