ふか~く潜ると・・・ 2010.11.8

-人生を変える100日ブログ(100日目)-

 今朝、目が覚めたのは4時39分。時計見た瞬間、「サンキュー!」と言っちゃいました。「39」は私にとってラッキーナンバー(ひっくり返すとキューサンだしね)。一日に何度か見るのですが、その度に「サンキュー!ありがとう!」と言ってますので、その都度、感謝モードへとリセットされるのです。これ、よかったら真似してくださいね。「39」じゃなくてもいいですが、自分のラッキーナンバーを時計で見た瞬間、「ありがとうございます」と感謝するんです。それを習慣化すれば、「感謝」がアンカリングされて、怒涛のようにいいことばかり起ってきます。マジで。効果にこだわる人はしなくてもいいですが(笑)

 で、39分に目が覚めてiphoneでセミナーのお申込みの確認ができてテンション上がってガバッと起きて滝行。今日も気温は12度で比較的温か。気持ちいい~。セロトニン、ドーパミンどばどば。そう言えば10月からほぼ毎日筋トレしてるんですが、最近、筋トレのキツサが気持ちよくなってきました。最初は腕立てと腹筋をそれぞれ30回ずつから始めて、それでもきつかったのですが、今では50回までは楽勝になっています。そしてそれぞれ60回をノルマにしてるのですが、最後の10回で明らかに脳内ホルモン出てるんですよね。おお!きたきた~!って感じで。でも、そのうち60回が楽勝になるでしょうから、年内に80回は行けそうな気がする~!あると思います。

 ところで今日の本題。最近、なぜかヘミシンクの話聞かせてくれってメールが増えてるんですよね。なんのこっちゃと思うのですが、私などそんなに面白い話できませんって。何度も言うように、あれは高度に設計されたヒーリングミュージックであり、ひとりヒプノセラピーツールに過ぎないんです。「過ぎない」って言葉はよくないかもしれませんが、少なくとも「過去世」だの「あの世」だの「体外離脱」だの「ガイド」だの、その辺のスピ系の好きそうな世界にばかり興味を持ちすぎると、肝心なものが見えない気がするんです。

 私が初めてヘミシンクを聞いた10月1日のこと。その日は「7日滝行」の初日で、前日にCDが届いたので、わざわざ4時半に起きて聞き始めました。最初はちょっとした期待と怖さの感情を頂きながら。イヤホンを差し込んで、横になって聞き始めると、不思議な音と男性のナレーションが始まります。最初に言われたのが、とにかくリラックスしろってこと。

 そして確かにヘミシンクを聞いていると、身体の力がどんどん抜けてリラックスできているのがわかります。そのうち私は眠りに入りました。しかし、眠っているのを知っているという、不思議な感覚に襲われます。今でも聞くときはそうですが、私は両手をお腹の上において聞いていました。するとその両手の重さがお腹に伝わってきて、そのうち両手が上がらなくなります。軽い金縛り状態です。つまり「意識」は起きてるんだけど、「身体(潜在意識)」は眠っている状態が訪れます。

 その瞬間、身体が奇妙な動きを見せ始めたと思ったら、突然、間の前にビジョンが出てきたのです。それはちびQによく似た(つまり私によく似た)赤ん坊が檻の中に入ってもがいている姿。そのビジョンと身体の奇妙な動きが連動しているようで、即座に何が起こっているのかわかりませんでした。

 一枚目のCDが終わったので、そのまま起きて滝に行きます。北九州の畑観音。そして滝場を掃除している時、突然、朝に見た赤ん坊のビジョンと、少年時代に経験した思い出したくないビジョンとがつながったのです。その瞬間、「ああ、、、あれはオレのインナーチャイルドだったんだ」と気が付きます。そしてチャイルドを癒やす真言は言うまでもなく地蔵菩薩真言。滝の中で唱えるレパートリーに加わりました。

 そしてそれ以来、出張時以外は毎日聞くのが日課になっています。なぜ私が「ひとりヒプノセラピー」と言ったのかは、つまりリラックス状態になると身体の「コリ」が思いのほか意識化されるからです。そしてそのコリにこそ、ある種のプログラムがあり、多くの場合、自らを守るためのブレーキになってることがわかるのです。そのコリが「赤ん坊」というビジョンとして現れたのですが、言うまでもなくインナーチャイルドなんてのは単なる名称であって、そのような実体が存在するわけではありません。

 しかし私たちの集合的無意識には、そのような未完了な潜在意識のコリの部分が「赤ん坊」として映し出される共通項があり、それを誰かがインナーチャイルドと呼んだのが始まりだと思うのです。そしてそのコリに気がつくと、後は自動的に癒やされていきます。と言うか、そのように指令を出せば、勝手に癒やされるのです。その結果どうなったか。私は体重が減ってきました。

 何度も言うように私はお菓子が好きです。しかし頭ではお菓子を食べると太ることはわかっています。実際上のメリットがないこともわかっているのに食べてしまう。なぜ食べたくなるのか。それがまさに潜在意識のコリにあったのです。それに気がつくことで、なんとお菓子が食べたくなくなってきたのです。おかげさまで、一か月で3キロ減量することができました。(←この辺のメカニズムはもっと正確に書けるのですが、今日は先を急ぎます)

 つまりヒプノセラピーが潜在意識のコリを見つけ出す手法であるように、ヘミシンクもそれと同じ効果をもたらすことのに気がついた。だから「ひとりヒプノセラピー」と言ってるのです。ただ、ヒプノセラピーもしばしば「前世療法」などの手段として考えられることがありますよね。

 しかし、「前世」や「過去世」と言われちゃうと、もうそこで思考停止になってしまいます。なぜなら絶対にそれを確かめることができないから。ただ、見えるものは見えるのです。それが前世かどうかはわからないけど、見えるものは見える。それは多くの場合、ヒプノなどで深いトランスに入った際に生じるのですが、同じことがヘミシンクでもやっぱり起っている。

 ちなみに私が見えたのは、、、その前にもう言っちゃいますが、聞いているCDは「ゴーイングホーム」という7枚組。これ書いちゃうと、それがおススメみたいに思う人が出てくるので、今まで書いてきませんでした。なぜ私がそれを最初に買ったのかは(と言うか、それしか持ってない)、「死」に向き合って見たかったから。そのCDは不治の病の患者が死の恐怖を乗り越えるために開発されたもののようです。私たちは私たちが思っている以上の存在であり、それは「死」という不可避の事実によって覆されることではない。そのことに気がつくと、死の恐怖が柔らかくなる。

 実はこの理念は「悟り」を目指す菩薩にとっても通じるものがあります。「悟り」の一側面として、「死」を超越するってことがあると思います。つまり私たちは永遠に死なない存在であることを知る。禅の公案の中に「父母未生以前に於ける本来の面目如何」という有名な問答がありますが、それ自体、「父母が生まれる以前からある本当の自分」ってのが前提となっています。

 つまり生まれる前から、そして死んだ後も、人間には「本当の自分(本来の面目)」が備わっており、そこに気がつくことで死を超越することができる。私が「ゴーイングホーム」を手に取ったのも、その辺との整合を確かめるためってのがありました。そしてそれは正解だったと思っています。

 詳しい説明は省きますが、7枚組CDの何枚目かに「死後の世界ツアー」みたいなCDがあったと思います。それを聞いてみました。するとやっぱり「三途の川」が出てきたのですが、それはまんま「ガンジス川」だったことは以前に書いたとおり。

 そこで一つの仮説を立てたわけですが、結局のところ「三途の川」なんて場所があるわけじゃなくて、私たちの「集合的無意識」にそれが永劫と組み込まれているに過ぎないんだと。

 前も書いたとおり「ガンジス川」はヒンズー教の聖地であり、仏教の前身にヒンズーがあったとすれば、「ガンジス川」は私たち日本人にとって馴染みがあって当然なのです。そしてガンジス川の西岸は「生の街」としてにぎわっているのに対し、東岸は何もありません。文字通り「死」を連想させる土地だったことを、私は実際のガンジス川を渡って見てきました(24歳の時)。

 そして私たち日本人の集合的無意識における「死」の象徴が「三途の川」を渡ることであるとすれば、それはそのまんま「ガンジス川」を西岸から東岸へと渡ることを意味します。そして「三途の川」の手前は「この世」の意味で「此岸」と呼ぶのに対し、向こう岸は「あの世」の意味で「彼岸(ひがん)」と呼ばれています。そして「彼岸」とは「日岸」と読むことができ、すなわち日が出る「東岸」そのものだったのです。

 さらにお釈迦様が目指す「悟り」とは生きながらにして「彼岸」に行くことであり、それを般若心経では最後に「ぎゃーていぎゃーてい(行け!行け!)」と唱えるわけです。私は実際にヘミシンクというツールを用いて「三途の川」を見たわけですが、そんなに特別なことではなく、「な~んだ!」ってのが正直なところでした。

 このように、ヘミシンクとは最初から「あの世」だの「ガイド」だの言うからわかりにくいのであって、もう一度言いますが、単なる「ひとりヒプノセラピー」のツールに過ぎないのです。しかし、その効果はさすがにアメリカで研究されたものだけに、かなりの再現性を担保しています。

b0002156_0581487.jpg そしてヘミシンクを聞くことで、いとも簡単に「変性意識」に入ることができ、無意識の深い部分もまで場合によっては行けてしまいます。ユングの「心の構造」としては、眠たいので図は書きませんが(右の小さいのを拾ってきました)、「意識」の下に(水面下に)、「個人的無意識」とさらにその下に「集合的無意識」があります。

 「個人的無意識」とはつまり「潜在意識」のことであり、私が見たインナーチャイルドのようなものだと考えていいです。フロイトの無意識論もここで終わっており、彼の場合はすべてをリビドー(性衝動)に還元してるわけですが、ユングはさらにその下に「集合的無意識」なるものを発見しました。神話の研究とかいろいろしながら。

 ですので、ヘミシンクで言う「フォーカス○○」ってのは、このまんま「無意識」の深さを表すのだと考えています。最初のCDでは私はインナーチャイルドに出会いました。それはまだ浅い部分の「個人的無意識(潜在意識)の段階です。そしてCDを進めるにつれて段々と「無意識」の深いところにまで進んでいき「集合的無意識」にアクセスするわけです。その段階で初めて「三途の川」が見えるわけです。

 ちょうど私のセミナー資料の中にわかりやすい図があったのでご紹介します。
b0002156_0592155.jpg

 ここにはAさんからEさんまでの5人の人がいますが、上部の「意識」の部分がそのまんま「自我」を表します。これを見るとAさんとそれ以外の人は独立しているように見えます。コミュニケーションにおいても、そこでは「言語」を主に使うことになります。

 しかし水面下の「無意識」に目を向けると、この5名はすべて「つながっている」ことがおわかりでしょう。隣合わせのAさんとBさんは重なる部分が大きく、これは割と近しい関係を意味すると思っていいです。家族間などは、相手が何も言わなくとも(言語的コミュニケーションに頼らずとも)、だいたい何を言いたいのかわかりますよね。それは無意識的な非言語的コミュニケーションが成り立っていることを意味するのです。

 それに対してAさんとEさんの重なる部分は比較的小さくなっています。これは私から見ると、地球の裏側のジョアン君のことを指しています。彼も私のことは知らないし、私も知らない。だけど、、、水面から深く深く潜っていけば、、、AもEもつながっているし、私もブラジルのジョアン君もつながってるんです。

 水面上だけ見ると、AからEまでは別の人格(自我)があるように見えますが、水面から深く潜っていけば、これをなんと言うのでしょうか。はい、そうですね。ワンネスです。すべてつながってて、すべては一つであることを確かめることができるでしょう。

 水面からちょっと潜ったところではAさんとEさんは重なってませんが、深く潜ればやっぱり重なってる。そしてさらにもっともっともっともっと潜ればどこに行くと思いますか。それが「彼岸」であり「死」の世界なのです。では「死」の世界ってどんな世界なのか。

 正直言います。私はその世界を見てきました。そこには丹波哲郎の描く世界はありませんでした。何もない、あえて言うなら絶対的な静寂があるだけで、何にもないんです。「ない」というのが「ある」ような世界。ただ、この世界ってどこかで見たことがあるよね。

 そうです、ありました。「今、ここ」です。つまり生きようが死のうが、究極的には「今、ここ」しかないってのが、この宇宙の唯一の真実なのです。それを見ちゃうとね、、、申し訳ないけど、前世がどうとかってファンタジーって言うか、笑い話にしか聞こえないんですよね。

 ちなみに前世とか過去世ってのも、割とはっきりと説明できるわけなんですが、今日も5,000字を超えちゃったので、続きはまた明日にします。まだまだお伝えしたいことがたくさんあるのですよ。あ、今日で100日ブログが終わりましたね。皆勤賞の方々は。100日ブログの総括をしたいとは思うのですが、しばらく今日の話の続きをさせてください。書かずにはおられない。てなわけで、明日も4時39分に自然と目が覚めるかな。ありがとうございました。

クリックで水面下に深く潜ると、、、もっと濃い話が書けそうです・・・
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by katamich | 2010-11-08 23:39 | ■精神世界