宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

文殊の導き 2010.11.5

-人生を変える100日ブログ(97日目)-

 今日も無事に5時に起きて滝行。家から車で15分のところに滝の修行場があるなんて恵まれてますね。私が聞く範囲内でも、滝行に興味があるのだけど場所など機会がないって方が結構いらっしゃいます。その点、福岡・北九州には比較的安全でかつ本格的な滝の修行場がたくさんあるので、その時々の状況で選べるほど。ほんと、恵まれてます。

 かつてはニートでダメサラリーマンだった私の人生を変えたのブログと滝行。それが2004年のことでした。前も言ったように一つのことをコツコツと継続してると、それはどんなことであれ「人生」になる、と。私にとってそれが「ブログ」であり「滝行」だったわけで。その意味で「2004年」は本当に人生のターニングポイントでした。

 でも、その前に伏線はいろいろありました。例えば2003年8月にスリランカに旅行した際、ゴールという街の近郊の海岸にて一人の日本人女性に会いました。歳にして50代半ば。その方は拙著「宇宙となかよし」の登場人物の一人である「サラスヴァティ」のモデルの一人となった人物。元々心理カウンセラーをしていたそうだけど、不動産所得があるのでリタイアして精神世界の勉強をされているって人でした。ベジタリアンで、毎朝、仏塔で瞑想している、、、当時の私から見たら「怪しい人」でした。

 その人とはなぜか帰りの飛行機の日程と時間が同じで(便は違いますが)、最後に空港での別れ際、こんなことを言われました。

「あなたは精神世界の道に進むことになると思うわ」

と。それを言われた時は、「冗談じゃない」みたいな思いはありましたが、それ以降、いろんなことが起こりました。「過去世」を見れる人が立て続けに3人くらい現れて、どの人も「過去世はお坊さんだった」と言うのです。おまけに2歳くらいのまだ言葉もまともにしゃべれない子どもからも指さしで「お坊さん」と言われるほど。それが2003年のこと。さらにその年の12月に人生を変えるきっかけをつかみたくて、武沢信行さんの「頑張れ社長」というセミナーに行きました。そこで「目標設定」の話を聞いて、年始に素直に実行。その中に「ホームページを立ち上げる」というのがありました。
 
 そして2004年5月に「かたみち切符」という旅と音楽のサイトを立ち上げ、その「日記部門」として設置したのがこのブログです。当時は「日常的雑文」というタイトルでしたが、2005年1月に「宇宙となかよし」に変更され、今に至ります。

 ですので、人生のターニングポイントは2004年だったのですが、その前年にはキーとなる人物とも出会っており、きちんと伏線が敷かれてたんですね。そしてブログを書き始めると、何だか楽しくなって、人が見ていようがいまいが、何となく「ネタ探し」をするアンテナが出てきたんです。例えばテレビでシュールストストレミングが紹介されてて、自分も挑戦したくなってネットで輸入。仲間内でさっそく試食会。その記事がちょっとトラックバックされたりして、普段のアクセスが20くらいだったのが、にわかに50になってビックリしたものです。

 「滝行」も一種のネタでした。ブログ書いてなかったらやってたかどうかわかりませんが、最初に「滝行」の話を聞いた時、「これはいいネタになる」くらいの感覚だったと思います。ですが、最初の滝行がものすごく気持ちがよくて(夏だったのもあり)、何となく続けたくなったわけです。おまけに導師からは「キミには何か仏様がついてる」みたいなこと言われて、余計に続けたくなって。ちなみにその仏様とは「文殊菩薩」でした。導師はいわゆる「見える人」で、滝に来る人たちの「うしろの人たち」をよく見ています。本人は覚えてなくても、うしろの人たちで覚えてるとか。で、最初は何の仏様か判断できなかったそうです。「獅子に乗ってるのは何だったかな~」と見て、後で図鑑を見て「文殊菩薩」だとわかったとか。

 それ以来、「文殊菩薩」は私のアイコンの一つとなり、それが後にコミュニケーションの神様であることを知ってビックリしたものです。「文殊菩薩」は「三人寄れば文殊の知恵」と言われるように、「知恵」の象徴として知られているわけですが、それが具体的な問題解決という意味での「知恵」なわけです。有名な法話としては、お釈迦様の弟子の人である維摩居士との対戦。

 これは私も大好きな話なのでちょっと語らせてもらいますね。維摩居士は居士の名が示す通り、在家の仏教者であり、実業家、資産家でもあったそうです。ある日、維摩居士が病気になったところを、お釈迦様が見舞いに行くよう、弟子たちに命じたのですが、行ったところでまた論争をふっかけられ言い任されるのに辟易していた弟子たちはなかなか行こうとしません。そんな中、文殊菩薩だけが名乗りを上げて見舞いに行きました。それを他の弟子たちも傍らでそっと観戦。

 文殊菩薩が維摩居士に「なぜ病気になるのか」などの問答をふっかけ、「人々が病気になる慈悲の心で病気になるのだ」と答えます。つまり維摩居士は病気でもなんでもなく、方便として病気を語り、そこから仏教の思想を知らしめようとしたわけです。

 そしていろんな問答がなされ、最後は仏教思想の核心に迫ります。それは「空」の思想。その頃には文殊菩薩の周りにも他のお弟子さんたちが並び、維摩居士に「空とは何か」と問われています。実際の文言としては「不二とは何か」なんですが、この「不二」とはつまり「すべてはひとつ」のこと。

 生と死、愛と憎、天と地、有と無などの「二元論」を超えたところの「ひとつ」を問う思想が「不二法門」と呼ばれるここでのやり取りです。後にインド三大聖者の一人であるシャンカラチャリアが「不二一元論(アドヴァイタ)」を説いたのも、当然、これと無関係ではないでしょう。

 要するに「幸」も「不幸」もありませんよ、と言うこと。病気一つにしても、それ自体には何の価値判断もなく、当然、病気だから不幸だ、、、なんてこともありません。それらの二元的対立を超えた絶対的なる境地。それが「空」であり「不二」なわけです。

 で、このやりとりがなされる「維摩経」のハイライトがこの場面なんですが、文殊菩薩は「不二」についてこれ以上にないくらいの解答を導きだします。そして最後にこれでもかと言わんばかりに、維摩居士に対して「さあ、不二とは何か?答えてください」と迫ったわけです。するとあれほど雄弁だった維摩居士は何も言うことができなかった。

 そこで文殊菩薩は「まいりました」と維摩居士に頭を下げるのです。それが「維摩の一黙、雷の如し」と知られる場面で、「沈黙」によって「不二(空)」を語らしめたことで、文殊菩薩は負けを認めるわけです。しかし、文殊菩薩を贔屓するわけじゃないですが、最後は目上を立てながらも、よりメタの立場から「空」を説明することに成功した文殊菩薩に軍配が上がるでしょう。と言うか、文殊菩薩はすべてを悟った上で、意図的に維摩居士を黙らせ、それによって「空」を説いたと考える方が、話としても面白いと思います。さすがは知恵の神様。

 この話は「空」や「大乗仏教」の話としても当然面白いのですが、私が目を付けるのは文殊菩薩のコミュニケーション能力です。維摩居士と対等に渡り合ったことはもちろんですが、極めつけはなんと言っても最後の「まいりました」です。まさに「負けるが勝ち」の姿勢そのもので、例えば営業マンの真髄でもあります。お客さんを論理で言い任しても成約には至りませんが、どんなことであれお客さんをいい気持ちにしてあげれば、最後はちゃんとお買い上げ頂き成約となるわけですから。「安くする」ことを「負ける」と表現するのも、まさに言い得て妙ですよね。

 ちなみにこのお経(維摩経)は聖徳太子も絶賛してたそうで、維摩居士という在家の覚者によって仏教の真髄が語られると言う意味で、「大乗仏教」におけるバイブルだと思うのです。大乗仏教ってのは、例えば「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰でも涅槃に行けますよ、と言うように、出家せずとも悟れるって仏教思想です。維摩居士のように事業でも成功して、酒飲み、女とヤリまくっても「悟り」に至れる。カッコイイですよね。

 私は今後も出家や得度することは絶対にないと思いますが、生涯、滝行も坐禅も楽しむと思いますし、ちゃんと子育ても金儲けもしながら、ブログも書き書き、いろんなメッセージを発信していきたいと思っています。まさに維摩居士のごとく生き、そんな私を文殊菩薩が見守ってくれている。心強いじゃないですか。

 話を戻しますが、「滝行」との出会いは、本当に私の人生を変えてくれました。しかし、これが福岡にいなければ、、、出会うこともなかったかも。そもそも大阪出身の私が福岡にずっといることも何かの導きでしょう。きっかけは大学ですが、卒業した大学は必ずしも第一志望ではありませんでした。こう言ってはあれですが、滑り止め的な感じで受けて、最終的にそこしか受からず、それ以上浪人するのも辛いので、しぶしぶ行ったってのが最初の動機です。

 ですが、思いのほか福岡が肌に合い、ニート時代などは大阪に帰ってもよかったのですが、なぜかズルズルと福岡にいて、運よく就職までして、さらには福岡の女性と結婚までしちゃったわけで、結局、福岡から出ることができなかったわけです。でも、だからこそ滝行にも出会えたし、それ以外にも様々な機会に恵まれたってわけですね。感謝、感謝です。

 そうやっていろいろさかのぼって考えると、やっぱり何一つ無駄はないな、と思うのです。2003年にスリランカで「あなたは精神世界に道に進む」と言われたのも、重要なメッセージだったわけだし、それがなかったら出版もしていなかったでしょう。

 出版で思い出したけど、前も言ったかもしれませんが、私の文章は実は小学五年生の時に出版物に掲載されてるんです。「ベーシックマガジン」というパソコン雑誌なのですが、当時、小学一年生の弟がゲームのプログラムを作り、その説明文を私が書いて掲載されたってもの。ベーシックなので、そんなにたいそうなプログラムではないもの、今思うと、実に意味ありげです。弟は工学系の大学院を修了し、○○重工でエンジニアをしています。プログラムもバリバリ。そして私は、、、こうやって文章を書いたり、出版したり、しゃべったり。やっぱり何かの「導き」ってのはある気がしてなりません。

 天命や使命なんてのもあるかどうかわかりませんが(私はあると信じてますが)、その人の進むべき道ってのがあって、ハイヤーセルフはそのための道筋をきちんと示している。少なくとも過去を振り返るとそう思う以外にありません。そしてこれからもいろんな導きがあるんだろうな、、、と思っています。だからこそ、、、じゃないですが、私ってあまり人生に対して不安がないんですよね。マジの話で。

 だってお任せしとけばいいわけだから。でも、それは「何もしない」ことを意味するんじゃないですよ。お任せだからこそ、今すべきことをする。前も言ったように、ハイヤーセルフは結構、厳しいことも言ってきます。それに対して潜在意識は必死で抵抗を試みるわけですが、最後にはやっぱりせざるをえなくなる。そして気がついてみれば、、、「やっぱり」と思うことばかり。大学受験の失敗なんて、最初の試練ではありましたが、あれも完全なる導きでしたもんね。あの時、浪人してなかったら本の素晴らしさに出会うこともなかったわけだし。

 そんなわけで、今日はちょっと振り返りの文章になりましたが、つくづく、人生に無駄はないってこと。そのことに心から気がつくことができれば、きっといろんなことが見えてくるんじゃないかと思います。ちなみに私が40歳でブッダになると予言されてますので、もしそれが本当であれば、どのような導きがあるのか楽しみな感じね。導きを信じる、導きを楽しむ。そしてすべては導き。この瞬間も導き。感謝しかない、ですね。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-11-05 23:39 | ■精神世界
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